とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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最終話 ヒーロー

 

「はぁ…はぁっ…!」

 

 

セントラル・カセドラルの最上階は、文字通り半壊していた。床は抉れ、壁は天蓋にかけて巨大な穴が空いていた。ところどころの石材が小刻みに震え、破損した壁や床の自動修繕に当たろうとしていたが、いかんせん破損箇所が大きすぎたのか、ほとんど意味を成していなかった

 

 

「か、カーディナル…カーディナルッ!?」

 

 

上条は切れた息を整えながら翡翠色に戻った剣を鞘に納めると、真っ先にカーディナルの元へ駆け寄った。もしも彼女にまだ息があれば、強力な治癒の神聖術でユージオもアリスも救える。そう考えた上条は、半ば祈るような気持ちでカーディナルを抱き起こすと、彼女の小さな体の上にステイシアの窓を開いた

 

 

「・・・・・ぁ……」

 

 

しかし、もう手遅れだった。彼女は傷だらけの体のままソードゴーレムを抑え込むのに全ての力を出し切り、天命がマイナスを振り切っていた。その凄絶な最期には似合わず表情はとても安らかで、微塵の後悔も感じさせない笑顔のまま、カーディナルは200年にも及ぶ生涯に幕を閉じた。そしてその身体は、やがて上条の腕の中で淡い光の粒子となり、ゆっくりと虚空に交わるように消えていった

 

 

「・・・すまねぇ、カーディナルッ…!ユージオ…ユージオはっ…!?」

 

 

今はまだ泣くべき時じゃない。そう自分に言い聞かせた上条は、瞳から溢れそうになった涙を必死に押し留めると、周囲を見渡してユージオを探し、血を出して横たわる彼の姿を見つけると、大慌てで駆け寄って声をかけた

 

 

「ユージオ!しっかりしろ!ユージオッ!」

 

「カミ、やん………?」

 

「ユージ……ッ!?!?!」

 

 

上条の呼びかけに、ユージオは辛うじて口を開いて答えた。それに上条が安堵するのも束の間、彼が傷を負った腹部に目をやると、上半身と下半身が完全に別れていた。もうどれだけ神聖術を使っても、手の施しようがないのは明らかだった

 

 

「あぁ…ダメだ、ユージオ…死ぬな…死ぬな…頼む、死ぬな…!」

 

「・・・今日は、星が綺麗な夜だね。カミやん」

 

「・・・え?」

 

 

弱り切った親友の表情を見てついに涙が頬からしたたり落ちた上条に、ユージオは力なく笑って言った。ユージオに言われるがまま上条は彼の視線の先を見上げると、先の一撃の影響なのか、この空間を隔離していた闇が消え、吹き飛んだ天蓋から無数の星が煌めく夜空が広がっているのが見えた

 

 

「カミやんは、不思議だよね…人と人とを…繋げる力がある。君と関わった人、皆が笑顔になって…星と星が繋がるように…カミやんを中心にして…皆が強く、輝けるようになるんだ…」

 

 

ユージオの声は、彼らしい優しさに満ちていた。届かぬ夜空に手を伸ばし、その瞳には星が輝いていた。そして彼は最期に、上条に向けて笑顔を見せ、消え入りそうな声で言った

 

 

「・・・ねぇ、カミやん。君の剣…『星空の剣』って銘は…どうだい…?」

 

「・・・あぁ、いい名前だ…ありがとう、ユージオ…ありがとう……」

 

「うん、大丈夫…僕はこれから、一緒に帰るよ…あの日のアリスと…いっしょ、に………」

 

 

星の輝く空に向けられていた手が、力なく地面に落ちた。彼の瞳から光が消え、残っていた僅かな天命は間もなく底を突いた。上条は自分の腕の中で眠る親友を前にして、止めどなく流れる涙をそのままに叫んだ

 

 

「ユージオ…ユージオ…ユージオーーーーーーーーーーッッッ!!!!!」

 

「やっぱり、薄いとはいえ服は着ておくものね。あと一歩でも物質変換が遅れていたら危なかったわ」

 

「ッ!?!?」

 

 

ありえない声がした。その女は、半壊した最上階の上空に、亡霊のように浮かんでいた。艶のある髪が夜空に靡き、透き通るような肌は一糸纏わぬまま曝け出されていた。アンダーワールドの絶対なる管理者は、莫大な威力を誇る上条の武装完全支配術の直撃を受けてなお健在だった

 

 

「なんで、生きて……!?」

 

「一応ね。あの光線が直撃するほんの手前で、服を何重もの障壁に変換したのよ。まぁそれでも無傷とはいかなかったけど」

 

「こ、この…畜生がっ……!」

 

 

そう言うとアドミニストレータは大理石の床に降り立ちながら、肩口からごっそりとなくなった、元は右腕のあった場所に視線をやった。それから唯一大広間で立って絶望している上条を見ると、死の淵から還ってきた彼女は狂ったように笑い始めた

 

 

「あは、あははははは!やっぱり最後に笑うのはこの私!公理教会最高司祭アドミニストレータなのよ!どうかしら坊や?まだ何か策があるのかしら?あなた一人だけが取り残されたこの状況でぇ?」

 

 

左腕のレイピアにこびり付いた血を舐め取りながら、アドミニストレータはなおも体を反らせて笑い続けた。上条はその姿を見て歯噛みした。もう、自分にはこの状況をひっくり返す手が残されていない。完全な詰み。その悔しさを滲ませて諦めかけていた時、彼の横にふらつく足取りで黄金の少女が並び立った

 

 

「ぜぇ…はあっ…!いいえ…まだ、これが最後などでは…ありません…!」

 

「アリス…!」

 

「・・・ふぅん」

 

 

息も絶え絶えに言ったアリスは、膝をガクガクと震わせ、金木犀の剣を杖にしてどうにか立っているような状態だった。誰がどう見ても限界、もはや戦力にならないのは明白だった。しかし彼女は、一度深く呼吸すると、アドミニストレータに向けて叫んだ

 

 

「最後に笑うのは、自分だと…はぁ、あなたは言いましたね…?それは違います…。最後に笑うのは、幸せを噛みしめる民達です…!あなたの支配と呪縛から解き放たれ、真の自由を手にした民が笑う、その瞬間に…天に約束された我らの勝利は叶うのです!!」

 

 

そこまで言い切ってアリスの体は完全に脱力し、ぐらりと揺れながら倒れていった。しかしその体が地面に着くすんでの所で、上条が彼女の体を両手で受け止めると、ゆっくりとユージオの隣に寝かせた

 

 

「ふふっ、なんだ…まだ、動けるでは…ないですか…」

 

「・・・あぁ。ありがとな、アリス。おかげで喝が入った。後は俺に任せて、ゆっくり休んでくれ」

 

「申し訳、ありませんが……そうさせて…もらいま…す…………」

 

 

上条の言葉を聞いて、アリスはゆっくりと目を閉じた。アリスとユージオ、シャーロットとカーディナル、この場で倒れた全ての命と意思を胸に刻みながら上条は立ち上がり、アドミニストレータを強い眼差しで見据えた

 

 

「・・・流石にそろそろ不愉快になってきたわ。お前達は何故そうまでして無為に、醜く足掻くの?戦いの結末はもう明らかだというのに。決定された終わりに辿り着くまでの過程に、一体どんな意味があるというの?」

 

「テメエには分からねぇだろうな。俺たち人間にとってはその過程が重要なんだよ。這いつくばって死ぬか、拳を握って死ぬかがな。例え絶対的に不利な状況でも、俺は最後まで拳を握って戦う。そしてその末に、テメエの懐にある僅かな勝利をもぎ取る。それだけだ」

 

 

上条は右手で拳を握り、静かに闘志を燃やしていた。どれだけその闘志を折ろうとしても、決して最後まで折れることはない。誰がどう見ても右手一本では勝ち目がない敵だとしても、敢然と立ち向かっていく。そんな彼の勇姿を目の当たりにしたアドミニストレータは、剥き出しの怒りを露わにして叫んだ

 

 

「なぜだ!なぜそうやって愚かにも運命に抗うのだ!?」

 

「当たり前だ!俺たちには、テメエの決めた運命とかいうレールに従う理由がねぇ!例えこの道の先にあるものが既に決まってるとしても、そのレールをどう歩くのかは俺たちの自由だ!それをただレールを敷きたいだけのテメエが、何もかも勝手に決めてくれてんじゃねぇ!」

 

「ここは私の世界だ!招かれざる侵入者にそのような振る舞いは断じて許さぬ!膝を付け!首を差し出せ!恭順せよ!」

 

 

レイピアを掲げるアドミニストレータを中心にして、負の心意とも呼ぶべき闇の波動が渦を巻いた。上条はその爆風に歯を食いしばって耐えると、あらゆる幻想を殺す右手の拳を偽りの神に向けて突き出した

 

 

「テメエの世界?違ぇな。テメエはただの薄汚ねぇコソドロだ。この世界の人間を、誰かが支配するなんてことは絶対に出来はしねぇ!」

 

「それでもまだテメエがこの世界の支配者を気取るってんなら…いいぜ!テメエのそのふざけた幻想を!!テメエが支配する世界ごとまとめてぶち殺すっ!!!」

 

「小僧があああぁぁぁっっっ!!!」

 

 

世界を支配する者と、世界に刃向かう者の叫びが世界の頂点で木霊した。アドミニストレータは残された左腕でレイピアを引き絞り、上条は右手の拳を振りかぶって彼女の懐に突っ込んでいった

 

 

「うおおおあああああっっっ!!!」

 

 

上条が右拳を振り抜いたその瞬間、アドミニストレータはテレポートじみた速さで上条の拳をかわして彼の右側に立った。その直後、紫色のライトエフェクトが瞬き、目にも留まらぬ六連撃の刺突が上条の体に突き刺さった

 

 

「い゛っ!?」

 

「細剣六連撃ソードスキル『クルーシフィクション』よ」

 

 

一瞬の内に走った六度の衝撃に、上条はたまらずバランスを崩して転けた。それは仮想世界で同じくレイピアを使う美琴とアスナが使用しており、上条も見知っていた剣技だった

 

 

「なん、でっ……!?」

 

 

しかしそれ以上に上条は自分を襲う激痛に悶えながら、なぜアドミニストレータがこの世界で一般に秘奥義と呼ばれる技を『ソードスキル』と呼んでいるのかという疑問が湧いた

 

 

「うふっ、ふふふ…なんで私がそんなことを知っているのか、って顔してるわね。言っておくけどね、この世界を動かしてるシステムに関して私の知らないことなんてないのよ」

 

「ッ!?だったら…どうしたぁっ!!」

 

 

そう。今さら彼女が何を知り、どんな技を使おうが上条には関係ない。例えどれだけ傷を負っても、この女はここで絶対に倒さなければならない。倒れていった仲間のために、この拳を叩き込まなければならない。そう自分の心に命じた上条は、再び立ち上がって走り出した

 

 

「じゃあ、これでどう?」

 

 

すると、アドミニストレータに握られているレイピアの刀身が細身の刃ではなく、一般的に片手直剣と呼ばれる両刃の刀身に変化し、橙色のライトエフェクトを放った

 

 

「片手直剣八連撃ソードスキル『ハウリング・オクターブ』」

 

「ぐあああああっ!?」

 

 

細剣と見紛うほどの高速の五連突きの後に、上下に行き交う切り下げ、切り上げ、切り下げの三連撃。しかし今度の上条はそれで倒れることなく、なおも前進を続けた

 

 

「く!」

 

「刀単発ソードスキル」

 

「そっ!!」

 

「『絶空』」

 

 

片手剣だったアドミニストレータの剣は刀に変化し、腰に据えた状態からそれを真一文字に振り抜いた。まさに神風のごとき迅さを誇る一閃は瞬く間に上条の脇腹を切り裂き、彼の正面にいたはずの彼女は、いつの間にか彼の背後で刀を振り切っていた

 

 

「ヅッ!?がぁっ…!?」

 

 

勢い余った上条は、切られた脇腹を抱えながら前方に転がり込んだ。瓦礫で額を切り、頭から汗と鮮血が滴り落ちてくる。しかし、もはやそんなものを気にする余裕はなかった。彼の全身は既に血で塗れ、体に刻まれた刺し傷と切り傷は15ヶ所にも及んでいた

 

 

「ちく、しょっ…負けられ……!」

 

「あら、別に立たなくていいのよ?」

 

「うぐあああああああっ?!?!?!」

 

 

そしてアドミニストレータはダメ押しと言わんばかりに、倒れた上条の背中に容赦なくレイピアを突き刺し、彼の肢体を床に縫い止めた。銀の刃が立てられた上条の体は絶叫と共に血の海に沈んでいき、全身の筋肉は萎むように力を失っていった

 

 

「あーっはっはっは!いい眺めだわ!やっぱり向こう側の人間は感情表現も一味違うのかしら?あなたの苦痛に歪むその顔を、永遠に飾っておくのもいいかもしれないわ。あなたがもう二度と、向こう側の世界に帰れないようにねぇ!あはははははは!!」

 

(・・・ダメだ。もう…痛みで、立てない…例えどれだけ立ち上がっても、俺は…コイツに…勝て…な……)

 

 

背中から腹にかけて貫いた細剣を乱雑に引き抜くと、アドミニストレータはその美貌を微塵にも感じさせないほど汚く笑った。常人であれば既に天命が尽きていてもおかしくはない傷と痛みに、流石の上条も立ち上がる気力を失いかけていた………その時だった

 

 

『・・・らしく、ないぞ。いつまで、そうして寝てるんだい…?』

 

(ゆ、ユージオ…!?お前…!)

 

 

失くしかけた意識の片隅で、心の奥底で、魂の境界で、その声は聞こえた。もうとっくに天命が尽きたはずのユージオの声があった。聞こえるはずのない親友の声は、上条に寄り添うように語りかけ、強大な敵に立ち向かう彼と共にあろうとするかのようだった

 

 

『ルーリッド村で夢を諦めていた僕の背中を押してくれたのは…カミやんだった。だから今度は、僕が君の背中を押すよ。さぁ、立って。君なら、もう一度立てる。そう、何度だって…立ち上がれる』

 

「・・・・・おぉ、」

 

 

アリスの横で眠っていたユージオの体が、やがて薄れていく声と共に光となって消え始めていた。しかしてその瞬間、死に体だったはずの上条の喉が唸った。両手を地面に突き、全身に余っている力すらも超えて、体を持ち上げる。血反吐を吐きながらも歯を食いしばり、顔を上げる。震える足の膝に手をついて、立ち上がる。その傍で、背中を押してくれる友の声が、聞こえる

 

 

『さぁ、行こう。僕の親友。僕の英雄。僕の『ヒーロー』…上条当麻…!』

 

「ぉぉぉぉぉーーーっ!!!オオオオオオオオオオオオオオオオオーーーッッッ!!!」

 

「な、なにっ!?貴様、まだーーー」

 

「あぁっ!アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーッッッ!!!」

 

 

遠い世界へと旅立っていく相棒の声に、親友の声に、上条当麻が答える。言葉はいらない。ただ己の内から湧く衝動で答える。二本の足でもう一度立ち上がった上条は悪鬼の形相で吼え猛ると、一心不乱に右拳を振り上げた。その一撃はアドミニストレータの下顎を捉え、骨を砕かんとする威力のままに彼女を退けさせた

 

 

「がっ!?はあああああっっっ!?」

 

 

既に傷の痛みは体から失せていた。ただ右手首から先が燃えるように熱かった。それは心意の力を得た、現実の彼の右手とは比較にならない一撃だった。上条当麻の心に眠る親友の最期の意志、そして願いが、消えかけだった上条の魂の炎を、もう一度強く燃え上がらせていた

 

 

「小癪な…小癪なあああああっっっ!!!」

 

 

殴られた顎を庇いながら叫んだアドミニストレータの銀に輝く長髪が、カセドラルの最上階全体を覆うようにして蠢いた。そして測りきれないほど長く伸びた髪の先に炎、風、氷、雷、闇…ありとあらゆる神聖術の素因が発現し、一斉に上条当麻に向かって降り注いだ

 

 

「うおおおおおおおおおおおっっっ!!!」

 

 

その神聖術の規模は、もはや天災と呼ぶに相応しかった。天より降り注ぐ神の威光に、上条は真っ向から右手を叩きつけた。100を超える素因がせめぎ合い、彼の右手を吹き飛ばさんと嵐のように荒れ狂った

 

 

「ぐぅっ…!?…おおっ、うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 

幻想殺しが異能を打ち消す甲高い音を発するが、今ので打ち消せた素因は精々15かそこらだ。残りは耐えず津波のように上条の体を押し退けようと躍起になっている。その勢いに上条も思わず後方へ足を滑らせたが、決して足を引いてはいない。その程度では、今の上条当麻は決して止まらない。例えどんな苦痛に苛まれようと、打ち倒す敵を目指して、ただひたすらに、前へと進み続ける

 

 

「支配…?恭順…?ふざけんじゃねぇよ…俺は他人を虐げることしか目的がねぇテメエとは違う…!俺は負けねぇ!俺にはある!支配以外の目的がある!テメエとは背負う理由の数が違う!テメエを叩き潰す理由ッ!それを死んでも突き通す理由ッ!ここでテメエに勝たなくちゃならねぇ理由がちゃんとあるッッッ!!!」

 

 

災厄は、音を立てて粉々に崩れ去った。炎の海を、荒ぶ風を、氷の骸を、疾る雷を、遮る闇を払いのけ、上条は走った。全身はとっくに限界を迎え、悲鳴を上げている。それでもまだ、右手は残っている。折れても良い。砕けたって構わない。たとえすり潰れても。引き千切れなければ。残った右手で拳を握れるのならーーー!

 

 

「アドミニストレータァァァーーーッッッ!!!」

 

「チィッ!?この、くたばり損ないがああああああああああああああっ!!!」

 

「ーーーヅッ!?」

 

 

しかし、それでも圧倒的な実力差は埋まらない。アドミニストレータの細剣が突き出され、その切っ先が上条の脇腹を貫いた。異能を殺す右手があったとしても、自力の差は覆しようがない。何しろ相手は神にも等しい権限を持つのに対して、上条当麻はどこにでもいる平凡な少年でしかない

 

 

「あ…ははっ!そうよ!いくら神聖術を打ち消すことが出来ても、こればっかりはどうしようもないでしょう!?」

 

「がっ!ぐうっ!?いぎっ…!?」

 

 

アドミニストレータは声高に笑いながら、神器『シルヴァリー・エタニティ』を何度も上条の体へと振りかざした。神の剣の冷徹さに、何度も身を切られる苦痛に、上条の顔が歪んでいく。何十回にも渡って切り刻まれた彼の体は、未だに動いていることが不思議なほど鮮血に塗れていた

 

 

「死ねっ!死ねっ!死ねっ!死ねっ!死ねっ!あははははははははははははは!!!」

 

「ごふっ…!がっ、ゔっ!?…あぎっ…!」

 

 

体を切られる度に、上条は成す術なく床を転がった。たとえ立ち上がっても、アドミニストレータが何度も呪詛を吐きながら剣を振り下ろし、また彼の体が地面に転がる。その無様な姿を楽しむように、アドミニストレータは何度も弱々しく立ち上がろうとする彼の体を切り刻み続けた

 

 

「はははははははははは!!!………は…?」

 

 

アドミニストレータは、そこで微かな違和感を覚えた。いくらこの少年がこの世界にとってのイレギュラー、外界的な存在であるとしても、数値的な天命を持つことには変わりはない。この世界に在るものは、動物でも、植物でも、意思を持たぬ物質でも、必ず天命が存在している。それは、この少年とて例外ではない

 

 

「ぐゔっ…あぁっ……!?」

 

 

そしてこの少年の天命の数値は、一般の人型ユニットと大して差がないハズだ。禁断の扉から引き出した神聖術で天命を増幅させた自分と比べれば、その数値は微々たるものでしかないのに、この少年の息は絶えていない。目の前の少年に、天命を操作するほどの術式権限があるワケがないのに。治癒術でこれほどの傷が治るワケがないのに

 

 

(・・・・・何故…?)

 

 

おかしい。そもそもこの少年は、神聖術の類を何一つ行使していない。無数の傷口から今も鮮血が滴り落ちていることからも、その事実は疑いようがない。少年の身体を切った回数など、30を超えた辺りからもう数えていない。それだけこの神器で刺されて、切り刻まれて、普通の人間が生きているハズがない。間違いなく少年の天命は尽きている。しかし、眼前の少年は死なない。傷だらけの体のまま、もう一度、またもう一度と立ち上がって来る

 

 

「・・・うっ…おおお……!」

 

「〜〜〜〜〜ッ!ゾンビかお前はっ!!」

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?!?!」

 

 

何度も立ち上がって来る上条の執拗さに痺れを切らしたアドミニストレータが、怒号と共に彼の体を切り飛ばした。血塗れの体が更にビチャビチャと鮮血を撒き散らしながら無様に転がっていき、やがて地べたへ伏した彼の体は、ピクリとも動かなくなった。それを見届けたアドミニストレータは、上条の死体を訝しげな視線で睨みながら吐き捨てた

 

 

「・・・ふんっ、随分と手こずらせてくれたわね坊や。でも、もうこれで………ッ!?」

 

「・・・・・・・・あああぁぁぁっ……!」

 

 

静かに、ゆっくりと、上条当麻は立ち上がった。その光景に、絶対なる女神は自らの眼を疑い、戦慄した。もはやその姿は、常人ならば見るに堪えないものだった

 

 

「な、何故…!?貴様の体はもう死に体だ!どう考えても、天命は既に0すら振り切っているハズなのに!二度と立ち上がれるハズがないのに!どうして貴様は死なないっ!?」

 

 

狼狽えながら問いかける女神の目に映る少年は、生霊や死霊に近い、生ける屍とでも呼ぶべき姿に成り果てていた。再び立ち上がった少年は、口から血反吐を吐きながら懸命に喉を鳴らすと、震える唇のまま言った

 

 

「・・・どうしてか…って?簡単な事だ…死ねねぇんだよ、このままじゃ…俺は…。言ったろ、勝たなくちゃならねぇ理由が、ちゃんとあるんだ…。だから俺は、テメエに勝つまで…死んでも、死に切れねぇんだよっ…!」

 

「見てろよ…セルカ、サードレのおやっさん、リーナ先輩、アズリカ先生、ティーゼ、ロニエ、シャーロット、カーディナル、アリス、ユージオ…!」

 

「俺は絶対に…コイツを倒して…みんなが生きた世界を守ってみせる…!!」

 

「…ッ!…ッ!…ッ!」

 

 

アドミニストレータは何度も唇を食んだ。彼女には知る由もないが、確かに上条当麻の天命は尽きていた。そう、『尽きていた』。既に六度に渡って、彼の天命は数値的な『0』に達していた。しかしその度に、彼の天命には存在しないハズの『1』という僅かな天命が刻み続けられていた

 

 

「ふざけるな…私がどれだけ、その死という概念に恐怖したと思っている…!私がどれだけ、永遠の支配と命に縋ったと思っている…!」

 

 

それはアドミニストレータにとって、初めての感情だった。これまでの彼女には、自分の手で思い通りにできなかった物などなかった。その事実が今、目の前で崩れ始めている。この少年だけは、これから先どうあっても自分の思い通りにはならない。それどころかこの少年は、自分にはたどり着けなかった領域にいる。300年に渡ってありとあらゆるものを支配し続けてきた神は、それを認識すればするほどに、腹わたが煮えくり返るような激しい怒りに身を焦がした

 

 

「私とお前では、掌握している物の数がまるで違う…!生きてきた年月も、手にした力も、何もかも私の方が上回っている…!それなのにお前はどうしてそんなにもあっさりと…私がここまで積み上げてきた物を…!ふざけるなあああああっっっ!!!」

 

「ヴォッ…ア゛ッ!?ガァァァァ!?」

 

 

片手直剣単発技『ヴォーパル・ストライク』。赤いライトエフェクトと共にアドミニストレータが放ったその剣技は、技という体こそ為していたものの、身を焦がすほどの怒りに狂った所為なのか、余りにも粗雑な一撃だった。しかし、それで十分だった。長剣の刀身に灯った赤い閃光は同じ色の鮮血に染まり、満身創痍で立ち尽くしたまま心臓を抉られた少年の体は、ついに七度目の死を迎えた

 

 

「ハアッ…!ハアッ…!・・・ハッ!」

 

 

アドミニストレータは胸に突き刺さったレイピアを乱雑に引き抜くと、上条の体を右足で蹴り倒し、懸命に肩で息をしながら、横たわった上条当麻の死体を見下ろした。今度こそ、死んだ。心臓を貫かれた人間が、生きているワケがない。死んだ人間が生き返るワケが、立ち上がるワケがない。失われた天命の蘇生。それだけは、あらゆる術式を網羅した彼女でも実現し得なかった、覆しようのない、この世界の絶対の理ーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・ぉぉ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その絶対すらも覆して、上条当麻は立ち上がった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーッ!?」

 

 

タン!と、手を突く音があった。それが七度死に達した人間の、八度目の回帰だった。身を裂かれる鮮烈な痛みと、死という冷徹な感覚に消し飛びそうになる意識を手繰り寄せた瞬間、またしても『0』だった上条の天命は、アドミニストレータでさえもあずかり知らぬところで『1』へと上書きされていた

 

 

「ぐうううううううっっっ……!!!」

 

「い、いい加減にしろっ!とっとと死ね!立ち上がるな!もう二度とそのツラを私に見せるなああああああああーーーっっっ!!!」

 

 

息を吹き返した上条当麻がギリギリと歯を食いしばり、呻くような声を漏らしながら徐々に体を起こそうとすると、アドミニストレータは半狂乱になって叫んだ。その直後、ビシャアッ!という血が飛び散る音と同時に、振り下ろされた彼女のレイピアが上条の首を切り落とした。そしてゴロゴロと転がった生首の横に、残された彼の体が仰向けになって倒れ、最上階に長い静寂が訪れた

 

 

「・・・は、ははは…簡単じゃない…最初から、こうすれば良かったんだわ…。首さえ切り落とせば、もう流石に、生き…て………?」

 

 

それは、なんとも奇妙な現象だった。確かにアドミニストレータは、立ち上がりかけていた上条の首を切り落とした。明確な手応え。噴き出した鮮血。なにより、首が落ちた瞬間を、その目で見た。首を落とした説明はいくらでも出てくる。それなのに、目の前で倒れた少年は、何故か首と体が繋がっていた

 

 

「・・・・・・・・ぅぅ……!」

 

「ヒィッ!?う、嘘よ…首が落ちても死なないなんて、絶対にあり得ない…!一体どうすれば…これ以上何をすれば、コイツは死んでくれるって言うのよ!?」

 

「 う゛お゛お゛お゛お゛お゛っ゛! ! ! 」

 

 

アドミニストレータがあまりにも奇怪な現象に驚愕していると、上条当麻が血だまりの中で雄叫びを上げながら、もう一度立ち上がった。そして足を引きずりながらにじり寄って来る少年を前に、偽りの神は声をか細く震わせながら後退りし始めた

 

 

「や、やめろ…来るな…!もうそれ以上、私に近寄るな…!つ、次は肉も骨も残らないくらい跡形もなくバラバラにして殺せば…そうすればいくらお前だって、死んで……!!」

 

「・・・・・力を、貸してくれ…みんな……」

 

 

心意。仮想世界の事象を、感情の力、意志の力、明確なイマジネーションによって制御し『事象の上書き』を引き起こすことで、事象そのものを覆すシステム。その力が、死んだはずの上条を、尽きたはずの天命を何度も蘇らせていた。例えどれだけ体が死んだとしても、例えどれだけ冷たい死が積み重なったとしても、上条当麻の意志は、死なない。上条当麻の心は、死を乗り越え続ける。上条当麻の魂は、何度だって立ち上がるーーー!

 

 

「これで、本当に…最後だ………!」

 

「き、消えろ…消えろおおおおおぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!」

 

 

上条が放ったのは、見る物全てを灼きつくすような、血眼の眼光。その視線に魅入られたアドミニストレータは、底の見えない少年に恐怖するかのように叫びながら、ただ闇雲に剣を振り下ろした。しかし、その剣の一振りは、微かに残った本能のままに上体を逸らした上条当麻には、掠りもしなかった

 

 

「ーーーーーッ!?」

 

 

それこそが最初にして最後。人間が神に抗う絶望的な戦いの中に閃いた、唯一の勝機。上条当麻は何度も死に体になった全身を強張らせ、アドミニストレータの懐へと潜り込む。ダンッ!という力強い足音で踏み込んで、歯を食いしばり、その右手を何よりも硬い拳にして、ただ真っ直ぐに、振り抜く!!!

 

 

「俺、達の……勝ちだああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 

 

上条当麻の右拳が、鈍い破砕音を伴いながら、アドミニストレータの頬に埋まった。絶対なる神の顔が、醜く歪んでいく。少年はそこから更に深く一歩を踏み出し、全身の持て余す力全てを右手に回し、真下に向けて拳を振り下ろしていく。300年に渡り世界を支配し続けた神を、今この瞬間を以って、地へと叩き伏せるーーー!

 

 

「ううううううううううううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!」

 

 

全100階層を誇るセントラル・カセドラル全域が、激震した。どこにでもいる平凡な少年の雄叫びと、およそ右手一本から成り得るとは思えない破壊と轟音が、白い巨塔をまるごと揺るがした。上条当麻の全身全霊が込められた右拳を喰らったアドミニストレータは、背を地に付けて動かなくなり、全てを出し切った上条もまた、魂が抜けたように地面に倒れこんだ

 

 

「・・・んふっ、うふふっ。意外…全く、意外な結果だわ…」

 

 

一瞬だったのか、はたまた永遠だったのか、誰も知り得ない時間の流れの中で、その空間で最初に声らしきものを発したのは、世界の支配者たる女だった。漏れ出すような息の中で笑った彼女の全身は、少年に殴られた頬を中心にして、罅の入ったガラスのようにボロボロに崩れかけていた

 

 

「ここに残るリソースを…全て掻き集めてもっ、追いつかないほどに…天命を損なうなんて、ね……」

 

 

自分の隣で突っ伏して眠る上条を、憤怒と憎悪に満ちた瞳で睨みながら残った左手を突いて立ち上がると、アドミニストレータは可動関節を失った人形のように、大広間をぎこちなく歩き始めた

 

 

「ぐ、ふふっ…こうなってしまった以上、もう仕方がないわ…」

 

 

誰に向けて言うでもなく一人呟くと、アドミニストレータは欠け落ちた大広間の北側の床を震える右脚で、とん、と踏んだ

 

 

「悪いけれど…どう勝負が転んだところで、最後の最後に笑うのは、この私であることに変わりはないのよ……」

 

 

するとその足の周りが円状に光り、直径50センチほどの柱が伸びた。そしてその上には、本来アンダーワールドには存在するはずのない、一台のノートパソコンがあった

 

 

「当初の予定より、随分…早いけれど、一足先に…行かせて、もらうわね……」

 

 

水晶を想像させる半透明の筐体はまず間違いなく、原初の四人が残した外部世界への連絡装置なのだろう。アドミニストレータはそのキーボードに何らかのコードを左手の指でカタカタと入力していき、やがて彼女の足許から紫色の光のヴェールが発生した

 

 

「じゃあね、坊や。もう二度と、あなたの顔を見ることはな………ッ!?!?」

 

「・・・へっ、悪りぃな…。一回しか…使うなとは言われたけど、別に一回しか使えねぇ…ってワケじゃ、ねぇっ……!」

 

 

そこでアドミニストレータは、改めて地に伏している上条の方に振り返った。しかしそこにいた彼は、地に伏してなどいなかった。足腰をガクガクと震わせながらも、右手で星空の剣を高く掲げ、その刀身に黄金に輝く光を収束させていた。そして掠れた声で言って笑みを浮かべた上条に、勝利を確信していた支配者は、縋りつくような必死の形相で叫んだ

 

 

「ま、待って!やめて!おねが!ーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ザマァみろ、クソ女」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リリース・リコレクション。上条当麻は微かにそう呟いて、星空の剣を振り下ろした。遍く奇跡の輝きたる極太の光が、アドミニストレータの全身をあっという間に飲み込み、今度こそ、彼女の全てを跡形もなく消し飛ばした。そしてそれと同時に、星空の剣のガラスのように透き通った翡翠色の刀身は粉々に砕け散り、彼の手にはヒビ割れた柄だけが取り残されていた

 

 

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