とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

63 / 144
第5話 襲撃

 

「酷い…!」

 

 

アリスが雨縁に乗って小屋を後にしてすぐに、ルーリッド村の惨状は確認できた。特に村の北側を中心にして、盛んに炎を吹き上げているのが目についた。エルドリエは異常はなかったと言っていたが、それは大きな誤算だったと思わざるを得なかった。きっと闇の軍勢は村の人間が寝静まった深夜を狙って大部隊を送り込み、瓦礫を撤去したのだと考えアリスは唇を噛んだ

 

 

「急がないと…!」

 

 

それから雨縁を急かすように背中を叩くと、彼女は一気に加速して村の上空まで辿り着いた。そこでアリスは身を乗り出して村の様子に目を凝らすと、村のあちこちで炎が上がり、逃げ惑う人々をゴブリンや大柄なオークが追従しているのが見て取れた。村の衛士隊が応戦してこそいるものの、人数も装備も心許なく、このままでは制圧されてしまうのも時間の問題だった。しかし……

 

 

「な、なぜ…!?」

 

 

問題はそれだけに留まらなかった。教会前の円形広場にある噴水の周りに、村人がギッシリと密集していた。おそらく、ルーリッド村の住人が全員集まっているだろう。その気になれば村の南の門から避難出来るはずだというのに、村人はその場を守ろうとするばかりで逃げようとする仕草を一切見せなかった

 

 

「雨縁、呼ぶまでここで待機!」

 

 

見かねたアリスは、上空を飛ぶ雨縁の背中から躊躇いなく飛び降りた。地上までの自由落下による速度は相当なもので、着地と同時に天命が少し減少して土煙が舞い上がった。しかし、そうするだけの効果はあったのか、突然空から降ってきたアリスに広場の人間の視線は釘付けになった

 

 

「ここでは奴らを防ぎ切れません!今すぐに南に向かって全住民は避難して下さい!」

 

 

アリスの大声が広場一帯に響き渡った。広場にいる住民は、村長のガスフトを中心に、急に空から現れた彼女の姿に驚愕していたが、その中からナイグル・バルボッサの野太い怒声が飛び出した

 

 

「馬鹿を言うな!屋敷を…村を捨てて逃げ出せるか!」

 

「そちらこそ馬鹿を言わないで下さい!今ならまだ、ゴブリンどもに追いつかれることなく逃げられます!家財と己の命、どちらが大事か考えるまでもないでしょう!」

 

 

凄まじい剣幕で迫るアリスに、ナイグルはぐっと言葉を詰まらせた。しかしそんな二人の間に割って入るように、驚きから我に返ったガスフトが低く張り詰めた声で言った

 

 

「広場で円陣を組んで守りを固めろ、というのが衛士長ジンクの指示なのだ。この状況では、村長の私とて彼の命令には従わなければならん。それが帝国の法なのだ」

 

「なっ!?」

 

 

アリスは思わず言葉を失った。たしかに帝国基本法に有事の際には、衛士の天職に就く人間が村や街の長に代わって指揮を執る一項があるが、彼らはこんな状況でも頑なにそれを破ろうとはしないのか

 

 

(広場北側の防御線で衛士達の戦闘を指揮しているジンクに命令の変更を…!けれどそこまでの移動するにも時間が…それに、このまま私がこの場を後にすれば住民が野晒しになってしまう!どうする…どうすれば…!)

 

 

自発的意思で右目の封印を破った自分が特別なのだとはアリス自身も分かってはいたが、すぐにこの場から住民を逃すにはどうすればいいかと考えを巡らせて歯噛みしたその時、毅然とした少女の叫び声が上がった

 

 

「姉さまの言う通りにしましょう!お父さま!」

 

「せ、セルカ…!」

 

 

それは、人垣の中で火傷を負った住民を神聖術で治療するセルカの声だった。アリスが彼女の無事を喜ぶのも束の間、セルカは素早く立ち上がってアリス達の前に走り寄ってきた

 

 

「お父さま!姉さまが昔から一度でも間違ったことがあった!?ううん。あたしどころか、ここにいる皆分かってるわ!このままじゃ皆殺されちゃう!」

 

「し、しかし…」

 

「ええい!子どもが出しゃばるでない!村を守るんじゃ!」

 

「ですから!村の財と住民の命どちらが大切なのかとさっきも…!」

 

「そ、そうか分かったぞ!村に闇の国の怪物どもを招き入れたのはお前じゃなアリス!昔ダークテリトリーに侵入したその時に闇の力に染まったんじゃ!この恐ろしい魔女め!」

 

「なっ!?」

 

 

ナイグルが太い指を突きつけながらアリスに言うと、アリスは驚愕と共に絶句した。どうやらこの男は、自分を悪役にしてでも村にある自分の財を手放すつもりはないらしい。そんな彼を見ていて、アリスは自分の中に黒い感情が渦巻いているのが分かった

 

 

(・・・もう、勝手にすればいい。そっちがその気なら、私も…私の好きにする。セルカとガリッタ老人、両親とキリトだけを連れて、どこか遠い場所で新しい住処を見つける)

 

 

そう考える方がずっと楽だ。今はセルカも自分に味方してくれている。このままならガスフト一人ならいずれは折れてくれるかもしれない。しかし、アリスはその思考をそこで捨てた

 

 

(けれど、この男や他の村人が私にとって愚かに見えているのなら…それは、長年に渡る公理教会の統治が招いた結果…であれば、これは私自身の責任でもある!)

 

 

その支配そのものが、人々から考える力、戦う力を奪い続けてしまった。それらは一体どこに集約されていたのか。その責任はどこにあるのか。無論公理教会並びに、アリスを含めた整合騎士だ。そう思った瞬間、アリスの隻眼が強い光を帯びた。自分には、半年前に最高司祭を討った力はもうないと思っていた。しかし紛れもなく、今この瞬間にもう一度彼女は強大な意志の力を宿していた

 

 

「・・・今、この瞬間をもって衛士長ジンクの命令は破棄。この広場に集う全員、武器を持つ者を先頭にして南の森へ退避するように命じます!」

 

 

己の内側から次々に湧いてくる熱に意志を任せ、アリスは広場にいる全員に向けて高らかに宣言した。それを隣で聞いていたナイグルはその声量に思わず仰け反ったが、すぐさま太鼓のような腹を震わせながら喚き散らした

 

 

「ふ、ふざけるな!なんの権限があって追われ者の娘がそんな命令を…!」

 

「無論、騎士の権限です」

 

「き、騎士ぃ!?騎士とはなんじゃ!?そんな天職、この村にはないぞ!ちょっと剣が使えるからって勝手に騎士を名乗るなんぞ、央都に仕える本物の騎士様に知られればどうなると思って…!」

 

 

ナイグルの言葉を最後まで待つことなく、アリスは羽織っていた外套を脱ぎ捨てた。その下に隠れていた黄金の鎧と青く澄んだマントが露わになり、広場の村人全員は眩く煌めく彼女の姿に心を奪われた

 

 

「私は…私はアリス!セントリア市域統括、公理教会整合騎士第3位!アリス・シンセシス・サーティ!」

 

「せ、整合騎士!?」

 

「姉、さま…?」

 

 

アリスの声高な名乗りに、ナイグルは驚愕と共に尻餅を突き、ガスフトは言葉を失った。そして瞳と同じ青のマントをはためかせる彼女を見たセルカが静かに囁き、アリスは妹の頭に手を置いて優しく微笑みながら言った

 

 

「今まで黙っていてごめんなさい、セルカ。これが私に与えられた本当の罰…そして、本当の責務なの」

 

「姉さま…!あたし、信じてたわ。姉さまは罪人なんかじゃないって…本当に、綺麗だわ…とても!」

 

 

二つの瞳に涙を溜めながら羨望の眼差しを向けるセルカに、アリスは瞳を閉じてコクリと頷いた。そんな娘達のやり取りをすぐそばで見ていたガスフトが、石畳の上に跪いて顔を伏せながら叫んだ

 

 

「御命令、たしかに承知致しました!整合騎士アリス殿!全員、起立!武器を持つ者を先頭に、南門へと走るのだ!村を出たら開拓地の南の森に逃げ込め!」

 

「お父さま…!」

 

 

素早く立ち上がって指示を出すガスフトに、セルカは心を打たれた。固まっている村人達も、最初こそ困惑していたが、次第に互の目を合わせて頷くと、屈強な農夫達が先頭に立ち、女性や子ども、老人なども続々と立ち上がった

 

 

「お父さま、皆を…セルカとお母さまを頼みます」

 

「・・・騎士殿も、御身を大事に」

 

「姉さま…無理をしないで」

 

「えぇ、分かっています。さぁ、行って!」

 

 

その言葉を別れに、村長とセルカを含めた村人全員が南に向かって一斉に動き出し、アリスは衛士とゴブリンが剣を交えている北に向かって駆け出した。進むに連れてどんどんと火の手を増している村を見つめていた時、若い男の絶叫が聞こえてきた

 

 

「もうここはダメだ!退けっ!退けーっ!」

 

 

その言葉を最後に、今度は村の衛士達が南に向かってなだれ込んでくる。アリスは彼らの流れに逆らって北に進むと、衛士達の一番後ろから走ってきたジンクの肩を引っ掴んだ

 

 

「おぅわ!?あ、アリス!?どうしてここに…ってその格好はなんだ!?」

 

「説明は後です!今しがた教会前の広場にいた村人全員に村から出て南に出るよう指示しました!あなた達はそちらに追いついて村人を守りなさい!ここは私が食い止めます!」

 

「なっ!?衛士長の俺に黙って勝手に何を…というか、あのゴブリン達を一人で食い止めるつもりなのか!?そんなの無理に決ま…」

 

「雨縁ッ!」

 

「ギオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 

戸惑うジンクを他所に、アリスは右手を天に掲げ、上空に佇んでいた愛竜の名を呼んだ。瞬間、アリスの声に応えるように雨縁の猛々しい咆哮が響き渡り、黄金の籠手を纏った右手が天から地上の魔物たちに向けて振り下ろされた

 

 

「ーーー焼き払えッ!!」

 

 

ゴバアッ!!という轟音と共に、雨縁の喉奥から青白い輝きを放つ熱戦が飛び出した。迸る閃光は村の西から東を文字通り焼き払い、飛竜の豪炎に包まれたゴブリン達が甲高い悲鳴を発しながら次々に吹き飛ばされていった

 

 

「なっ!?り、りりり…竜っ!?」

 

「これでもまだ無理だと思いますか?」

 

 

突然の出来事に腰を抜かしたジンクを見下ろしながら、アリスが冷たい声で訊ねた。それに対しジンクは青ざめた表情でぶるぶると首を振ると、すぐさま立ち上がって村の南に走り出した

 

 

「く、くれぐれも気をつけろよ!ヤツらもうすぐそこまで来てるぞ!」

 

「元より承知の上でここに来ています。心配は無用です」

 

 

走り去る彼の背中に向けて静かに口にすると、アリスは正面に向き直った。やがて雨縁が広げた炎の海の隙間を駆け抜けながら、蛮刀を握ったゴブリンが悪鬼の形相で飛びかかって来た

 

 

「ギヒィーーーッ!」

 

「はあっ!」

 

 

アリスは短い気合と共に金木犀の剣を鞘走らせ、素材が荒い蛮刀を叩き割りつつ、飛びかかって来たゴブリンの体を上下真っ二つに斬り裂いた

 

 

「ギャハァ!イウムの女だ!殺すっ!俺が殺して喰らうっ!」

 

 

なんと醜い生き物なのだろうか、とアリスは存在そのものが罪であるかのように一人胸中で呟いた。自分に飛びかかってくるゴブリンを一匹、もう一匹と血飛沫を避けながら次々に斬り伏せていく。そんな血の溢れる死と隣り合わせ戦いの中でも、アリスの心中は穏やかであった

 

 

(・・・最高司祭アドミニストレータ。やはりあなたは間違っていました。これほどの敵をたかだか30人の整合騎士に力を集約し、意思を封じて人形に仕立てた。そうすることで、人界中の人々に分け与えられるべき力を完全に掌握しようとした)

 

(けれど、あまりに偏りすぎた力はそれを持つ者、そして周囲の者を惑わせてしまう。あなた自身が強大な力に溺れ、人ではなくなってしまったように)

 

 

最高司祭を討った今となっては、それを改めて伝えることも、その過ちを正すことは出来ない。今の自分にできるのは、迫る敵をただひたすらに斬ることのみ。50を超えるであろうゴブリン達と、数は少なくとも桁外れの巨躯と分厚い鉄鎧に身を包むオーク達。殺意のみを己の糧として襲い来る闇の軍勢を前にして、アリスは新たな認識を胸に刻み込んだ

 

 

「これから私は、私自身が守るもののために戦います!妹を守り、父母を守り、そしてキリトとユージオが守ろうとした人界の人々を守るために戦います!」

 

 

それを口にした瞬間、アリスは自分の中に残っていた疑念や無力感が消え、力が湧いて来るのを一身に感じた。そして黒い布に包まれた眼窩に、強烈な熱と激痛が走るが、それを歯を食いしばって耐え、左手で一気にキリトが巻いてくれた黒い当て布を取り払った

 

 

「・・・ありがとう、キリト。この半年間、私はあなたの世話をして、守っているつもりだった。でも本当は、あなたが私を守っていてくれたのね」

 

 

一度は失われた右目をそっと開き、左手に握った黒い布を見る。少し色褪せたソレは今まさに天命を全うし、跡形もなく溶けるように消えた。手の上で暖かさが失くなった感覚を握りしめると、その掌にそっと口付けをした

 

 

「私は、もう大丈夫。きっとこれからも色々迷ったり、悩み、苦しみ、挫けることもあるでしょうけれど、それでも前に進んでいくわ。あなたと、そして私が求めるもののために!」

 

 

俯いていた顔を上げ、金木犀の剣を横薙ぎに振って空を切りつつ、青いマントをはためかせる。そして、なおも自分に襲い来る闇の軍勢を両眼で見据え、高らかに自らの名を謳った

 

 

「我、人界の騎士アリス!私がここに立つ限り、お前達が求める血と殺戮は決して得られるものではない!今すぐに、洞窟を通ってお前達の国に帰るが良い!」

 

「グアアアアアッ!偉そうに!たかが白イウムの小娘一匹、この『足刈のモッカ』様が踏み潰してくれるわぁ!」

 

 

アリスの凛とした声に気圧されるゴブリン達を掻き分けながら、集団の大将格と思しき大柄なオークが、両手持ちの斧を振りかざしながら前に出た。その声に一度は気圧されていたゴブリン達が忌々しい声を上げて勢いづいた。そしてアリスは、静かに金木犀の剣を天に振りかざし、神聖術の式句を叫んだ

 

 

「エンハンス・アーマメント!」

 

 

半年ぶりに使用する武装完全支配術だったが、金木犀の剣は少しも衰えを見せることなく、瞬時に刀身を無数の小刃となって炎の輝きを爛々と反射しながら中空を舞った

 

 

「吹き荒れろ!花たちっ!」

 

 

黄金の旋風が渦を巻きながら闇の軍勢を薙ぎ払っていく。モリッカと名乗ったオークの大将も、全身をいくつもの花弁に切り裂かれ血飛沫を上げながら横たわった。その周囲にいたオークやゴブリン達も、次々と黄金の風に倒れていく。敵の半数以上を亡き者にしたところでアリスはもう一度剣の柄を振ると、自分と敵の間に金木犀の花弁達を整列させて、山脈を越えて闇の国に届かんばかりの声で宣言した

 

 

「これは、人界と闇の国を隔てる壁!たとえ洞窟を掘り返そうとも、我ら騎士が存在する限り、お前達にこの地を汚させはしない!さぁ、選びなさい!前に進んで血の海に沈むか、後ろに退がって闇の国へ逃げ帰れ!!」

 

「ぎ、ギャーーーーー!!!」

 

 

奇声を発しながら先頭のゴブリンが勢いよく後ろを振り向いて逃げ出すまで、5秒もなかった。それに続いて喚き声と統率感のない足音が続き、やがてその姿が見えなくなると、アリスは金木犀の花弁を剣に戻し、黄金の鞘に納めて踵を返した

 

 

「グガルアアアアアッ!イウムの小娘が!調子に乗ってんじゃねぇ!!」

 

「なっ!?」

 

 

荒い叫び声がしてアリスが振り向いた先には、死んだと思っていたはずの敵オークの大将、足刈のモッカが血塗れのまま立ち上がって斧を振りかぶっていた。アリスは咄嗟に金木犀の剣の柄に手を掛けたが、その時には既に眼前まで凶刃が迫っていた

 

 

「ッ!?」

 

 

アリスは咄嗟に鞘から左手を離し顔を覆って目を瞑った。しかし、あの巨大な斧の前ではこんな防御ないに等しいだろう。自分の左腕が無残に切り落とされ、頭をかち割られる光景が頭をよぎったその瞬間………

 

 

「うおおおおおおおおっっっ!!!」

 

 

次に聞こえたのは男の雄叫びと、グゴギィッ!という鈍い音だった。ついに自分の左手が落ちたのかと恐るおそる目を開けると、そこにはオークの右側から跳躍して勇猛果敢に右拳を振り抜いたツンツン頭の少年と、顔をくの字に歪めながら重量感のある音と共に地に伏したオークの姿があった

 

 

「カミ、やん……?」

 

 

名前を聞かずとも、彼の声を、右手を振りかざす彼の姿を、記憶ではなく、心が覚えていた。今目の前に立っている、つい数分前に見た夢の中で見た少年は、確かに自分の中にいたのだと、アリスは高鳴る胸の鼓動を理由に確信した

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。