とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第9話 彼らの軌跡

 

「き、キリト…?」

 

 

小屋の居間にある椅子に腰掛ける少年は、紛れもなく異世界の垣根を超えて友になった少年であった。妖精の世界で彼が使うアバターとはいくらか顔が違うが、それでも上条の中の記憶と本能が、彼は間違いなくキリトだと理解していた

 

 

「き、キリト!俺だ!カミやんだ!ひ、久しぶりだなぁおい!なんだかんだALO以外で顔合わせんのは初めてだよなぁ!?」

 

「・・・・・」

 

 

上条は久しく友の顔を見た興奮からか、かなりの勢いでキリトの両肩に掴みかかりながら話しかけた。しかし、キリトはその勢いに受け身を取ろうともせずに、ガタンと椅子ごと体を揺らした

 

 

「なんでお前がここにいるんだ!?やっぱりこの仮想世界はお前らの世界のSTLで作られた世界なのか!?なぁ、教えてくれ!俺は一体どうすれば…!」

 

「・・・あーーー」

 

 

なおも感情を昂らせながら立て続けに問いただす上条に、キリトは低く小さな掠れた声で答えただけだった。その反応に、上条は自分の耳を疑いながらもう一度唇を震わせながら言った

 

 

「は、…は?な、何て言った?悪いキリト、よく聞こえなかった。もう一回言ってくれねぇか?」

 

「あーー、あーーー……」

 

「・・・・・ぇ?」

 

 

そこでようやく上条は、目の前に座っているキリトの様子がどこかおかしいことに気づいた。服の右袖は肩口からだらりと下がっていて、いつも尽きぬ好奇心に輝いていた彼の瞳は光を失い、半ば焦点が合っておらず、自分が掴んでいる肩を始め体格が不健康なまでに細かった。そして何より、まるで魂を失った抜け殻のように口を開く彼の姿は、上条が知っているキリトとは似ても似つかなかった

 

 

「あ、あーーー…って…変な冗談よせよキリト!?俺は本気で困ってるんだ!この世界に来て二年でやっとこさっとこ最高司祭の野郎を倒したと思ったら、また訳の分からねぇままこの世界に放り出されて困ってんだよ!」

 

「あーーー、あーーー……」

 

「だ、だからっ!そんなタチの悪い冗談に付き合ってる暇なんて………がっ!?」

 

 

何を言っても聞いているのか聞いていないのかも分からないキリトの態度に、上条がやがて気を荒立てて彼の肩を掴む手に力を入れながら体をガクガクと揺すり始めた瞬間、彼の頬を強い衝撃が襲った。

 

 

「いい加減になさいっ…!それ以上は、いくらあなたと言えども目に余ります!」

 

「あ、アリス…?」

 

 

上条は思わず尻餅をついてジンジンと痛む頬を抑えながら、先ほどまで自分がいた場所に視線を向けた。するとそこには、肩で息をしながら拳を振り抜いた姿勢のまま怒りに顔を歪めたアリスがいた

 

 

「・・・すいません、突然殴ったりして。カミやんにも些かの事情があって、必死になってしまうのも分かっています。ですが、それはキリトとて同じことなのです。だからどうか、今の彼を責めないであげてください」

 

「あ、あぁ…いや、気にしてねぇよ。むしろ悪かった。俺もつい力が入ってた。でも、一体キリトに何があったんだ?」

 

「ええ、今からそれを説明します。そちらの椅子に掛けて下さい。私はキリトを寝かせてきます」

 

 

倒れた体を起こして立ち上がりながら上条がアリスに訊ねると、アリスは軽く頷いてテーブルの奥側にある椅子を指差した。それから上条はその指示通りに椅子に腰掛ける間に、アリスはキリトの体を持ち上げて隣の部屋のベッドに寝かせた

 

 

「今、お茶を……」

 

「いや、いい。さっき教会で水を飲んだからな」

 

「・・・そうでしたね。では、話を」

 

 

そう言うとアリスは、台所に行きかけた足を居間に戻して先ほどまでキリトが腰掛けていた椅子に座った。そして一度深く息を吸ってゆっくり吐くと、目の前に座る上条の目を真っ直ぐに見据えて話し始めた

 

 

「私がセルカから聞いた話では、キリトはベクタの迷子として、それまで過ごしていた日々の記憶を失い、気づけばこのルーリッド村の近くにいた…ということでした」

 

「それからキリトは、ルーリッド村創設の頃から七代続いていた、ギガスシダーと呼ばれる巨木をひたすら刻む樵の天職を担う少年、ユージオと出会いました。彼と出会ったキリトはその後、村の教会で世話になることになったそうです」

 

「ですがそれからそう日を置かずに、セルカが果ての山脈の洞窟に入り、数匹のゴブリンに捕まる事件が起こったそうです。その時キリトとユージオは、大きく天命を損ないつつもゴブリンを退け、命からがらセルカを救い出したそうです」

 

「その後彼らは、ユージオが大昔に果ての山脈で見つけたという、青薔薇の剣を使って、驚異的な速度でギガスシダーの天命を減らし、ついには七代に渡って続いた天職に終止符を打ちました。そして責務を全うしたユージオが樵の天職を解放されたのを機に、キリトとユージオは村を出て央都へと上ったのです」

 

「・・・・・」

 

 

上条は半ば意識を混濁させていた。アリスの口から紡がれる話を聞く彼は、口を開けたまま、ただの一度も瞬きをしていなかった。そして何度も何度も、胸中で「あり得ない」とだけ呟いていた

 

 

「ここから先は、最高司祭を討った後に私が公理教会の資料に目を通して知った事です。彼らは剣術大会での優勝や衛士としての経験を経て、北セントリア帝立修剣学院に入学しました。そこで彼らは『アインクラッド流』なる独自流派を発展させながら剣術を磨き、互いに切磋琢磨する日常を送り、一年間の初等練士期間を終えた後に、上級修剣士の座に就きました」

 

「しかしその矢先、彼らの傍付き練士となったロニエとティーゼという下級貴族出身の少女二人が、上級貴族出身のライオス、ウンベールという修剣士に貴族裁決権を理由に、その純心を弄ばれるという事件が起こりました」

 

「その場に駆けつけたユージオとキリトは、互いに剣を抜いて自分達の傍付きを汚そうとしたライオスとウンベールに立ち向かいました。そしてユージオはウンベールの腕を切り落とし、キリトはライオスを殺し、禁忌目録に背いた罪人となりました」

 

「そしてセントリア市域を統括する整合騎士だった私は修剣学院に赴き、罪人となった彼らをセントラル・カセドラルへと連行することになりました。こうして私は、キリト達と出会ったのです」

 

「・・・ぇ…ぁ……」

 

 

淡々と話すアリスとは対照的に、上条の顔はみるみる内に青ざめ、口からは吐息とともに叫びにも似た小さな声が漏れていた。それはまるで、タチの悪い怪談でも聞かされているかのような気分だった。上条にとっては耳を塞ぎたくなるほどの奇妙な話なのに、あまりの衝撃に身体は寒気を覚えるばかりで、全身は釘でも打たれたかのように動かなかった

 

 

「罪人となったキリトとユージオはカセドラルの牢獄に囚われましたが、知恵を絞って牢屋を脱出し、31番目の整合騎士エルドリエと対峙するも、何とか彼を退けました」

 

「それから彼らは全100階層あるセントラル・カセドラルの塔を登り始めました。彼らの行く手にはデュソルバード殿を始め、四旋剣やファナティオ殿といった名だたる整合騎士が立ちはだかりました。しかし彼らはことごとく我ら整合騎士を倒し、やがて私のいた80階、雲上庭園までたどり着きました」

 

「まだ整合騎士としての使命に囚われていた私は容赦なく剣を抜き、彼らとぶつかり合いました。しかしそこで思わぬ事態が起き、私とキリトだけがカセドラルの上空へ投げ出されたのです」

 

「止むを得ず私は一時キリトと休戦の約束を交わし、互いに協力してカセドラルの外壁から塔を登りました。しかしその途中で私はキリトから、整合騎士が本当は天界から召喚された騎士ではなく、最高司祭様に神聖術で記憶を抜かれた人間であることを聞かされました」

 

「キリトは公理教会の実態や、妹のセルカの話をしてくれました。それを聞いた私は、今まで仕えてきた教会や司祭様に疑念を抱くと同時に、身を焦がしそうなほどの激しい怒りに震えました」

 

「私はその感情を胸に刻み、これからは自らの意思で人界の民を守るため、公理教会と戦う事を決意し、右目の痛みに苛まれながらも、その痛みと封印に必死に抗い、右目を失いました。今は既に神聖術で回復していますが、その時キリトは私の為に自ら服を切って当て布を拵えてくれました」

 

 

そう言うとアリスは当時失った右目の青い瞳をそっと閉じて、柔らかな瞼の上に右手を添えた。そのまま暫しの間沈黙すると、やがて右手を下ろし目を開けると、もう一度口を開いた

 

 

「そしてキリトと共にカセドラル内部に戻った私は、大浴場でユージオに倒され、元老長チュデルキンの神聖術『ディープ・フリーズ』によって凍結されてしまった騎士長ベルクーリ閣下を発見しました。小父様は最高司祭様に抗おうとする私の背中を押し、キリトはそこでユージオの青薔薇の剣を拾い、再び塔を登りつつ元老院を抜け、99階にたどり着きました」

 

「そこで私とキリトを待っていたのは、シンセサイズされ整合騎士となったユージオでした。彼は既存のシンセサイズの秘儀とは違う何かで最高司祭様に特殊なモジュールを埋め込まれ、以前の彼とは別次元の強さでキリトを圧倒し、青薔薇の剣の武装完全支配術で私たちを拘束しました」

 

「しかし、それはキリトとの戦いで正気を取り戻した彼による策略だったのです。私とキリトは隙を見て100階に登り、私たち三人はついに最高司祭様と相対しました」

 

「私たちの戦いは熾烈なものでした。元老長チュデルキンを倒すも、最高司祭様が30の神器と整合騎士の記憶、そして300人にも及ぶ人間を犠牲に作り上げたソード・ゴーレムに圧倒されました」

 

「そこで彼らの協力者であるカーディナル様が現れ、身を挺して私達を庇ってくれました。そんな中ユージオは、絶望に打ちひしがれていただけの私たちとは違い、勇気を振り絞って立ち上がり、カーディナル様の力を借りて自らの身体を巨大な剣に変え、ソード・ゴーレムを討ち倒したのです」

 

「しかしその戦いでカーディナル様とユージオは命を落とし、彼の分身とも言うべき神器、青薔薇の剣の刀身は真っ二つに折れてしまいました。私も大きな負傷を負って気を失い倒れましたが、それでもキリトだけは最後まで諦めず最高司祭様に立ち向かい、右腕を失いつつも、ついにアドミニストレータを斬り伏せました。そして、永きに渡って続いた公理教会の支配体制に幕を引くのだと……そう、思っていました」

 

 

そこでアリスは一度話を区切ると、ベッドに横たわるキリトの姿を見やった。上条もそれに釣られるように彼の姿を見つめると、そのままアリスは話を続けた

 

 

「私は倒れて曖昧だった視界と意識の中で、キリトが最高司祭様が死の淵に出現させた不思議な結晶板に何やら話しかけているのを聞きました。そしてその直後に、突然彼が全身を強張らせ、床に倒れたのです」

 

「それから私はキリトの傷を癒し、何とか彼を起こそうと試みましたが、キリトは頑なに目を覚ましませんでした。私もその水晶版を調べて触れたり呼びかけたりしたのですが、何も起こることはなく、諦めてキリトを背負ってベルクーリ閣下の元へ戻りました」

 

「それからの小父様の対応は迅速でした。集められる整合騎士全員を集め、最高司祭様が討たれたことや、民の半数の命を剣の怪物兵器に変える計画など、整合騎士の来歴のみを伏せて、伝えられる限りの真実を伝えました。その事実に激しく抗議した騎士や教会の人間をどうにかして説得すると、来たる闇の軍勢からの侵攻に備え始めました」

 

「半壊した整合騎士団の立て直し、形ばかりの軍隊だった人界四帝国近衛軍の再編や再訓練という大仕事に取り掛かる小父様に、もちろん私も協力しました。しかしそんな中で少なからぬ整合騎士や、最高司祭様の死を知らない修道士達の間で、公理教会に反旗を翻したキリトを処刑すべしという声が上がり始めたのです」

 

「私はやむを得ずキリトを連れて央都を去ると、住居を求めてルーリッド村を訪れました。ですが私の父である村長を含め村の大半の人間は、幼児期に禁忌を犯した私とキリトを村から追い出しました。その時、村を去ろうとする私をセルカが呼び止め、ガリッタという老人に助けを求め、私は彼と共に建てたこの丸太小屋に住み始めました」

 

「そして私は最初に、キリトの治癒を試みました。私が持ち得る全ての神聖力を注ぎ込んで組んだ回復術式は、人間どころか飛竜の膨大な天命すらも一息に回復できるほどのものでした。しかし、その神聖術の恩恵を受けても、キリトはあのような虚ろな目を開けただけで、失われた右腕も戻りませんでした」

 

「以来、キリトはずっとあのままなのです。食事はほとんど喉を通らず、光のない瞳で虚空を見続け、支えがなければ立つことも歩くことも出来ず、彼と付きっ切りで過ごす私でさえも…この半年、マトモな会話を出来たことは一度も……」

 

 

そこでアリスは深い悲しみに耐えきれなくなり、瞳から涙を流してすすり泣き始めた。彼女の語る経緯に上条は雷に打たれたような衝撃に襲われながらも、なんとか言葉を絞り出そうとした

 

 

「そう、だったんだな…そんな事が……」

 

 

しかし、今の上条にはそれが限界だった。それ以上は言葉が見つからなかった。たしかにアリスやキリトの今の境遇には、自分も悲痛さを感じずにはいられなかったが、それを言葉にするだけの余裕がなかった

 

 

「だ、だけど…それが本当なら…俺は…?ここにいる俺は…一体…!?」

 

 

なぜなら上条の心の内では、キリトとアリスの悲しみを共有する以上に、許容し得ない現実と、アリスの語る話が嘘ではないのか、それ以上にこの世界が、ひいては自分の歩んだ世界が全て嘘だったのではないかという、底の見えない混沌が渦を巻いていた

 

 

「・・・カミやんも薄々感づいているとは思いますが、それは私も同じです。ここまでの私とキリトが辿った出来事を、全て話した上で、聞かせて下さい」

 

 

真相に手が届くのに、その手を伸ばせば全てが崩れ落ちそうな矛盾した感覚に頭を抱えていた上条は、彼女の語る真相に怯えながら、恐るおそる俯いていた顔を上げ、震える瞳でアリスを見つめた。彼女は頬を伝った涙を拭って改めて上条を見つめ直すと、届きかけていた真相に自ら手をかけた

 

 

「カミやん…あなたは細部が異なるとはいえ、キリトとほとんど相違ない道筋を、この世界と同じ、けれどこの世界とは違う別の世界で辿ってきた。違いますか?」

 

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