とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第10話 示された道

 

「なんで…どうしてアリスにそんなことが分かるんだよっ!?」

 

 

気づけば上条はテーブルに手をついて立ち上がり、額から首筋には自らの不安を色濃く表した脂汗を滲ませ、荒々しく息を吐きながら目の前のアリスに迫っていた。しかしアリスはそんな彼とは対照的に、極めて自然な声で上条に言った

 

 

「今言ったように、私はこの世界でキリトとユージオと共に最高司祭様と戦いました。しかしそれと同じくして、あなたとユージオと共に最高司祭様と戦った記憶を、今も鮮明に覚えているのです」

 

「・・・は?」

 

「であるならばあなたも、キリトとユージオと似たような経緯で出会って央都に来たのではないですか?そうでなければ、私達の出会いが同じ修剣学院であったことや、共に剣を交えたことに説明がつかないのです」

 

 

上条はアリスの言っている事の意味が分からなかった。それではまるで、アリスとユージオが実は二人存在していて、その記憶がなんらかの要因で合体したとでも言っているようなものではないか

 

 

「ーーーッ!?」

 

 

そこまで考えて、上条はようやく重大な見落としに気づいた。アリスとユージオだけではない。昨夜出会ったセルカも、自分のことを見て『あり得ない』と言った。もしそれを信じるなら、アリスの口にしている人物が敵味方問わず全員二人存在していたことになる。そこから導き出される答えは、つまり………

 

 

「人間を丸ごと含めた、全く同じアンダーワールドが…俺たちの世界とキリトの世界、両方に存在していた…?」

 

 

上条はアンダーワールドに来て早々に、何故自分が本来交わることがないはずのキリト達の世界が作った仮想世界にいるのか疑問を持ったことがあった。しかし、それは違った。自分はカセドラルの頂点で、たしかに冥土帰しや御坂美琴の声を聞いた。故に、あのアンダーワールドは確実に自分達の世界が生んだ仮想世界なのだ

 

 

「つまり、俺は…俺の世界のアンダーワールドに再ログインしたんじゃなくて…キリト達の世界の方のアンダーワールドにログインしたってのか…?」

 

 

むしろキリトの方が自分達の世界のアンダーワールドにログインしたのではないか、という考えも当然頭をよぎった。しかしそうなると、何故目の前のアリスがキリトがいることが当然であるかのように語り、彼女やセルカと最初に会った時に、自分を腫れ物でも見るかのような目を向けたのか説明がつかなかった

 

 

「嘘だろ…そんなの…そんなことって有り得るのかよ…!?」

 

 

そうなると、これは自分自身の過ちが招いた結果なのではないか?という考えが上条の脳裏をよぎった。体感にして二年前、妖精の世界でキリトから聞いたSTLに関する技術や知恵を、安易に自分の世界に持ち出すべきではなかった。そんな自責の念に駆られ、全身が血の気を失っていく上条に、アリスはなおも事実だけを確認するように訊ねた

 

 

「あなたと共に戦った時も、キリトと共に戦った時も、最高司祭様はあなた達を前に同じ台詞を口にしていました。『イレギュラーの坊や』、『向こう側から来た』と。ここまでピースを提示されて、パズルを組み立てられないほど私も頭が悪いわけではありません」

 

「あなたやキリトは、名もなき偽りの神のいる世界…ないし、この世界ではない別の世界からやって来た。そしてあなた達はいわゆる向こう側の世界で、決して浅からぬ縁があった。違いますか?」

 

「・・・・・」

 

 

アリスの問い掛けに、上条はただゆっくりと首を縦に振った。それから両手で頭を抱えると、ツンツンと尖った髪の毛をくしゃりと握り潰した。そんな途方に暮れる上条を前に、アリスは一つ息を吐いて言った

 

 

「このような俯瞰的な視点に至るのは、苦悩とも言うべきものでしたが…私の推察はこうです。私達が生きるこの世界は、あなたやキリトが住む世界の人間によって作られたものであり、この世界は……ええっと……」

 

「・・・アンダーワールド。それがこの世界の名前だ。そしてこの世界に住んでる人は人工フラクトライトって呼ばれてる。そんで俺たちが元々住んでた世界は『リアルワールド』とでも呼んでくれ」

 

「アンダー、ワールド…人工フラクトライト…ですか…」

 

 

指示語ばかりで自分達の住む世界や、上条達の住む世界を説明しようとしていたアリスが言葉に詰まると、上条が助け舟を出すようにそれぞれの世界の仕組みを提示した。アリスは自分が住む世界の本当の名前や自分の意義を聞くと、視線を落として少し長い感慨に耽ってから、再び顔を上げて話し始めた

 

 

「・・・では、そのように。あなた方リアルワールドの人間によって作られたアンダーワールドは、実際は二つ存在していた。そして二つのアンダーワールドでは私やユージオ、セルカを始め全く同じ人工フラクトライトが生活し、全く同じ歴史を辿っていました。その二つのアンダーワールド内一つにはキリトが、一つにはカミやん、あなたが降りてきました」

 

「そして、あなたが降り立ったアンダーワールドは、最高司祭様が倒れたその瞬間に巨大な黒い穴に吸い込まれ…崩壊しました。けれどおそらくあの現象は、崩壊というよりも二つのアンダーワールドが融合した…と言う方が正しいのでしょう」

 

「その結果、あなたはキリトのいるアンダーワールドに巻き込まれた。加えてカミやんのいた…今となっては消えてしまったアンダーワールドで得た私達の記憶は、融合先であるキリトのアンダーワールドに存在する、私達本人にも共有されるようになった…ということではないかと私は思います」

 

 

なんとも突拍子もない話だと上条は思いたかった。しかし、そう思うには余りにも話に筋道が通っていた。それどころかアリスは、アンダーワールドという単一の世界すら完全には理解していない小さな存在のはずなのに、もっと広い世界があることや、その事情を知っている自分よりも先に、ここまで正解に近いのではないかと思える推察を立てたことに上条は脱帽して言葉を失いながらも、何とか話を繋げた

 

 

「・・・えっと…だな、たしかに俺とキリトには浅からぬ縁がある。だけど、俺とキリトの住んでいるリアルワールドは、本来なら別々に存在する切り離された世界なんだ。今のアンダーワールドみたいに、何らかの原因で交わったりしない、完全に切り離された世界に俺たちは住んでるんだ」

 

「そして、二つのアンダーワールドもまた、俺たちが住む切り離されたリアルワールドで別々に作られたものだ。決して片方のリアルワールドで二つのアンダーワールドが作られたわけじゃない」

 

「え、ええっと…それはつまり、カミやんもキリトも同じリアルワールドの住人であっても、そのリアルワールドも二つ存在する…ひいては別々の世界の人間…ということですか?」

 

「あぁ、その通りだ。そして俺達の住む二つのリアルワールドは、今のアンダーワールドみたいに同じ人がいて、同じ歴史を辿ったわけじゃないんだ。生きているほとんどの人が違って、それぞれ別の歴史を辿っていたんだ。だから、技術の進歩の仕方とかにも、かなりの違いがある」

 

「・・・そう、ですか…」

 

「驚かないのか?この話が本当ならアリス達は整合騎士云々関係なく本質的には誰かに作られた存在で、そんなことを出来る世界が二つもあるってんだぞ?」

 

 

上条でさえ今の混沌極める状況に驚愕してもしきれないというのに、アリスはむしろ開き直ったように苦笑すると、小さくかぶりを振って言った

 

 

「驚いていない…と言えば嘘になりますね。ですが、私達も最初は際限なく天界の存在を信じていたわけですし、あなた達が別世界の人間であると知った時点で十分に驚き切っています。今さら別世界が一つ増えたところで、そこまで驚くことはありません」

 

「き、肝が据わってんなアリスは…まぁそうでもなけりゃこんな馬鹿げた推論を立てたりしないもんな」

 

「ええ。それにカミやんやキリトの視点から見れば、確かに私達は人工フラクトライトという、作られた存在であるかもしれません。ですが私の視点から見る私達アンダーワールドに住む民は、決して誰かに意図して作られた訳ではなく、両親のお腹から生まれ落ちた確かな命であってほしいと、私は思います」

 

「・・・そうか。アリスはやっぱり強いな」

 

「そうなれたのは、きっとあなたやキリトと出会ったからですよ」

 

 

そう言ってアリスは穏やかに微笑むと、上条も照れ臭そうに笑って後ろ頭を掻いた。だが、それで話が丸く収まるほど簡単な状況ではないと二人とも理解している故に、少し間を置くと自然と表情が引き締まり、再び上条が視線を奥で眠るキリトに向けながら話し始めた

 

 

「話を戻すと、そういう訳で俺とキリトは本来は別世界の人間であって、リアルワールドは当然、アンダーワールドでお互いに出会える存在じゃないんだ。俺たちが異なるリアルワールドに住んでいる以上、それは絶対にあり得ない…ハズだったんだけど…」

 

「・・・あり得ないものは、本当に起こらないからあり得ないのであって、こうして現にあなた達が出会ってしまったのには、何か理由があるハズでしょう」

 

「あぁ。だけど、二つのアンダーワールドが融合したその理由も含めて、俺にもその原因は全く分からない…キリトなら何か分かるかもしれないけど、あの様子じゃ期待できそうにもない。それに俺は、これから一体何をすればいいかさえも……」

 

「それでしたら、私に一つ思い当たることがあります」

 

 

今度は打って変わって険しい表情で悩ましそうに上条が後ろ頭を掻いて言うと、そこにあえて割り込むようにしてアリスが口を開いた

 

 

「思い当たること…?」

 

 

ベッドに寝そべるキリトに視線を向けていた上条は、真剣な顔で自分に言ったアリスの言葉を繰り返しながら彼女に視線を戻すと、黄金の騎士はゆっくりと頷いて言った

 

 

「キリトが最高司祭を倒した後、カセドラルの最上階に出現した不思議な水晶板に話しかけていた、と私は言いましたね。私の予想が正しければ、あの不思議な水晶板はキリトのいるリアルワールドの民と会話するための、ある種の道具なのではないでしょうか?」

 

「ッ!?あ、ああ!そうだ!俺の方のアンダーワールドでも、アドミニストレータの野郎が同じようなのを出現させて、俺も外部の人間と連絡を取った!でも、アリスの話じゃソイツはもう何も動かなかったって…」

 

「ええ。ですがあの時、私は水晶板から発せられる言葉を僅かながら覚えています。その水晶板はキリトに向かってこう言っていました………」

 

 

そんなところまで同じ仕組みなのか、と上条は舌を巻きながらも、新たな糸口が見えたことに歓喜した。しかし、それがもう動かないことを同時に思い出して声色を暗くしつつアリスに訊ねると、彼女はそれに答えつつ一拍置くと、やがて静かな声で言った

 

 

「『ワールド・エンド・オールターを目指せ』と。キリトの世界の民は、水晶板の向こうから確かにそう言っていました」

 

「『ワールド・エンド・オールター』…?」

 

 

目指せ、と言うからにはどこかを指す場所の名前なのかと上条は思ったが、同時に場所の名前にしては大仰すぎるとも思った。そんな場所の名前を一度聞いていればそう忘れないだろうが、上条は19年と少しの人生でも、二年いたアンダーワールドでも聞いた覚えがなかった

 

 

「えっと…それは場所の名前なのか?もし場所の名前なんだとしたら、俺はそんな場所、見たことどころか聞いたことも……」

 

「それはそうでしょう。人界広しといえど、そんな場所はどこにもありません」

 

「え?じゃ、じゃあ一体どこに…?」

 

「ですから、人界ではないのです」

 

「・・・まさか…ダークテリトリーか!?」

 

 

アリスが言わんとしていることを悟った瞬間、上条は思わず目を見開いて声を荒げて彼女に迫っていた。アリスは驚愕に満ちた表情を見せる上条から視線を外すと、部屋の東を見つめながら言った

 

 

「ええ。あの水晶板はそこを目指せ、と言った後にこう続けていました。『東の大門から出て、ずっと南へ』とね。東の大門を出る、それ即ちダークテリトリーへの侵入を意味しています」

 

「だけど確か、ダークテリトリーへの侵入は禁忌目録違反になるんじゃ…」

 

「それが、今このタイミングではそれは禁忌目録の違反にはならないのです」

 

「・・・は?」

 

「えぇ…いっそ禁忌に違反するだけなら、まだ良かったんですがね…」

 

 

アリスはなんとも形容しがたい意味深なトーンで、かつて自分が犯した禁忌を自嘲気味に言った。流石にそのセリフの裏側まで察することが出来なかった上条は、首を傾げながら彼女に訊ねた

 

 

「ど、どういう意味だよそれ?なんで今なら禁忌違反にならないんだ?」

 

「もう忘れてしまったのですか?昨晩の悲劇、そしてあの最高司祭様でさえも危惧していた、いずれこの人界を襲うであろう最大の厄災を」

 

「・・・闇の軍勢の侵攻…!?」

 

「そうです。最高司祭様がお亡くなりになられた今、闇の軍勢は過去に例を見ないほど勢力を増し、機運を高めつつあります。そんな中に私たち二人で飛び込んでずっと南に進むなど、自殺行為にも等しいでしょう。ですが時を同じくして、今や東の大門には来たる闇の軍勢を迎え撃つため、騎士長ベルクーリ閣下を中心に、多くの整合騎士と人界全ての戦力が集まりつつあります」

 

「東の大門、そしてダークテリトリーの魔物。私たちにはどうあっても避けては通れぬ道です。戦争を終わるのを待つ…という手ももちろんあるでしょうが、もし闇の軍勢が東の大門の本拠地を破った時には、人界は蹂躙し尽くされてしまいます。そんな博打に出るわけにはいきません」

 

 

そこでアリスは言葉を区切ると不意に視線を落とし、テーブルの上で組んでいた両手に強い力を込めた。そして瞳に強い力を宿しながら再び顔を上げると、上条に向けて続けた

 

 

「付け加えるなら、もはや戦争それ自体が博打にも等しいのが現状です。人界の兵の総数は五千に届くかどうかというところですが、対するダークテリトリーの侵略軍は調べによると、五万は下ることのない大軍だと聞いています」

 

「ごっ!?五千対五万!?それじゃこっちは向こうの十分の一しかいねぇじゃねぇか!?」

 

「えぇ。こうなってしまった以上、今の私にとっての選択肢は一つです。私は東の大門に馳せ参じ、小父様や整合騎士達と共に剣を取って、闇の軍勢に立ち向かいます」

 

「ですが、今の私にはそれと同じ…あるいはそれ以上にキリトを守らなければならないという責任があります。このまま私が参戦すれば、これまで通りキリトに付きっ切りになることは出来ません。無論、今の彼を戦場に連れ出すなど以ての外です」

 

「ですから、カミやん。私に、キリトに、そして人界全ての民のために、あなたの力を貸して下さい。私だけでは、私が守りたい全てを、守れないかもしれないのです…!」

 

「お願いします、カミやん。私とキリトと共に東の大門に馳せ参じ、闇の軍勢と共に戦ってはいただけませんか。今の私とキリトには、あなたの力が必要なのです!」

 

 

力強い口調でそう言うと、アリスは両手を膝の上に置き、深々と頭を下げた。アリスの視線が下がっている長い沈黙の間で、上条は鉛のように重いため息を吐くと、呆れたような口調で言った

 

 

「はぁ…あのなぁアリス。それわざわざ俺に頼むようなことか?」

 

「そ、そんなっ!?か、カミやんでなければダメなのです!我ら整合騎士はおろか、最高司祭様までをも右手一つで押し退けてみせたあなたの力が…!」

 

「い、いやっ…ちょ、ちょっと待てアリス!そういう意味で言ってんじゃねぇ!」

 

「えっ…?」

 

 

言い方が悪かったか。と上条は口中で小さく呟くと、ゆっくりと席を立ち上がりアリスの元へと歩み寄った。そして呆ける彼女の前に、これまで数多の人間を繋げてきた右手を差し出して言った

 

 

「こんな俺でよければ、よろしく頼む。わざわざキリトの方のリアルワールド人が行けって言うくらいだ。そのワールド・エンド・オールターってのには、きっと何かがある。俺にも無視できるもんじゃない」

 

「だけどそんなの関係なしに、俺は戦うぞアリス。お前達が必死に戦ってるのを指咥えて見てるのなんて死んでもゴメンだし、困っているお前を放り出して、自分だけワールド・エンド・オールターに行くなんてことも出来ない。それに、キリトや人界の人々を守りたいのは、お前だけじゃない。俺も同じだ」

 

「それと、俺が右手一本で整合騎士やアドミニストレータを倒したって言ったな?悪いけどそれは違う。俺が武器にしてたのはサードレのおやっさんにもらった盾はもちろん、リーナ先輩に貰ったこの服、ユージオに名付けてもらった星空の剣、その他にも色んな人の思いがあって、それ全部が俺を支えてくれる何よりも強い武器だったんだ」

 

「あの時俺が最後まで立ち向かえたのは、守りたいと思えるこの世界の人達がいたからだ。だから俺も恩返しがしたい。俺には戦う義務がある。人界のみんなにもらった力で、みんなを守る義務がある。行こうぜアリス。俺たちの力を、闇の軍勢の奴らに見せつけてやるんだ!そんで、いい加減キリトの目を覚まさせてやろうぜ!」

 

 

そう言って彼が笑うだけで、どうしてこんなにも胸が暖かくなるんだろう。どうしてこんなにも、勇気が湧いてくるのだろうとアリスは疑問に思った。そして気づけば、頬を一筋の涙が伝っていた

 

 

「はい!行きましょう!整合騎士の名にかけて、人界の民を必ず守り抜いてみせます!」

 

 

嬉しさから自然と滴っていた涙を、微笑みながらそっと指で掬うと、アリスも椅子を立って差し出された上条の右手を取った。あらゆる幻想を殺した彼の右手は、記憶の中で垣間見ることしか出来なかった彼の右手は、とても優しく、暖かい不思議な力に満ちていた

 

 

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