とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第12話 東の大門

 

「あと五日ぁ!?」

 

「えぇ。あくまでも、このまま天命が減少し続ければ…だそうですが」

 

 

もう日も沈みきった頃に、ようやっと上条とアリスは、自分達用に与えられた野営用の天幕へ荷物を運び終えた。そして運搬のために一度解体した車椅子を組み立ててそこにキリトを座らせた後で、上条がアリスが切り出した話に驚愕の声を上げていた

 

 

「ベルクーリ小父様曰く、300万以上あった東の大門の天命は、今や2985にまで減少しているとのことです。そして今もまた刻一刻とその数値は減っており、このままでは後四日で東の大門は天命が底を突き、崩れ去るだろうとのことです」

 

「あ、あのバカみたいにデカイ壁が本当に崩れるってのか!?原因は!?」

 

「原因は分かりません。ですが天命の減少と共に大門に音を立てて亀裂が走っているということですから、天命が底を突いた瞬間に崩れるというのは間違いないでしょう。そして……」

 

「そして……?」

 

「大門の左右の扉には『Destruct at the last stage』と、そう神聖文字で記されていたそうです。この言葉の意味は私たちには分かりませんが、カミやんには分かるのではありませんか?」

 

「・・・分かりたくはねぇけど…多分その解釈で合ってんだろうな。それが事実なら、間違いなく東の大門は崩れる。天命が減る数字の早さが加速するかどうかまでは、俺にも分かんねぇけどな…」

 

 

上条はアリスが語る話に、軽く舌打ちをした。かつて侵入したセントラル・カセドラルを囲む壁よりも、遥かに高く強固な人界を囲む大門の一部が崩れ去るなど、来たる最終負荷実験の存在を認知していなければどれだけ慌てふためくかなど、想像するよりも今の自分が良い例だった

 

 

「・・・まぁどっちにしたって仕方ねぇか。俺たちがここで闇の軍勢に負けちまえば、大門が崩れようがそうじゃなかろうが、いつの日か人界はアイツらに壊されちまうんだ。もう腹括って戦うしかねぇよな」

 

「えぇ、その通りです。この場に馳せ参じたからには、全力を尽くしましょう」

 

「あー、あーーー……」

 

「あぁ、ごめんなさいキリト。ちょっと待ってね」

 

 

車椅子に腰掛けているキリトが細い声を上げながら何かを求めるように左腕を伸ばすと、アリスが彼を何を言わんとしているか察したように荷袋に駆け寄った。そしてその中から夜空の剣と青薔薇の剣を引っ張り出すと、キリトの膝の上に乗せた。彼はそれを大事そうに抱え込むと、また顔を下げて静かになった

 

 

「・・・なぁ、アリス。さっきエルドリエの奴に、必要ならキリトを背負って戦うって言ってたけど…本気か?」

 

「・・・本音を言えば、難しいでしょう。キリトだけならともかく、彼とユージオの分身であるこの二本の剣も抱えて…となると、まず満足には動けませんから」

 

「じゃあやっぱり、キリトはここに置いて行って戦うしかねぇか?だけどそれだと、もし俺もアリスもいない時に敵がここに来ちまったら、誰もキリトを守れなくなっちまうぜ」

 

「こういう場合であれば、輜重部隊の誰かに面倒を見てもらうのが無難でしょう。ですがそうなると問題は、誰にキリトを預けるかです。先ほどの手荒い歓迎でも分かった通り、この戦場でキリトに対する風当たりはあまりよくありませんから……」

 

「クソッ、問題は山積みだな……」

 

 

一向に人間味のある反応がないキリトに視線を向けて顔を俯かせるアリスを見た上条は、渋い顔をしながら後ろ頭を乱雑に掻きむしった。すると不意にチリン、と天幕の入り口に付けられた鈴の軽やかな音が聞こえた

 

 

「よう、部屋はどうだい?」

 

 

出入り口の垂れ幕の端を腕で上げながら声をかけてきたのは、整合騎士団の騎士長にして人界守備軍の大将であるベルクーリだった。彼に声をかけられたアリスは一つため息を吐いて、入り口の彼にズカズカと歩み寄った

 

 

「どうだ、ではありません小父様。これだけ整った部屋に不満があるわけないでしょう。私の参陣に備えて一つ余計にこのテントを張っていたことくらい、一々考えなくても分かります」

 

「ははっ、そいつは信頼の証としてでも受け取ってくれ。まぁいかんせん、そっちの二人まで来るとは予想してなかったからベッドは一つしかねぇけどな」

 

「あぁ、別に気にしないでくれ。俺は床で寝るさ。硬いところで寝るのは慣れてる」

 

「おいおい、別にそんな遠慮するこたぁ…ってそんなのは後だな。嬢ちゃん、ちょいとそこのトンガリ坊やを借りてもいいか?」

 

「え、ええ。私は構いませんが」

 

「俺?一体なんか用があるのか?」

 

「まぁ着いてくりゃ分かる。こっちだ」

 

 

そう言ってベルクーリは自分の背後を親指で差して、垂れ幕から身を引いた。上条は首を傾げながらも続いて天幕を出ると、野営地を進む彼の背中を追った。そのまま上条がベルクーリに着いていくと、やたらと細長い天幕の前で足を止めた

 

 

「さ、入ってくれ」

 

「・・・まさか、これおっさんの個室じゃないよな?」

 

「なわけあるか。つべこべ言わずに入った入った」

 

「お、お邪魔します…」

 

 

ベルクーリに唆されるまま、上条は細長い天幕の入り口をくぐった。するとその中には、僅かな通路だけを残してびっしりと武具が並び立っており、吊るされたランプの光を反射して光り輝いていた

 

 

「うおっ、これひょっとして…カセドラルの武具庫にあったヤツが全部ここに…?」

 

「まぁ使わねぇ手はなかったからな。だが最終的には、人よりも武器の方が数を上回っちまった。ここにあるのは全部、代替品というか余り物だ。見たところお前さん、丸腰だったみてぇだからな。ここにあるのなら好きに使ってくれて構わねぇぜ。武装完全支配術まで使える贅沢な逸品はねぇが、どれもこれも優先度は折り紙付きだ」

 

 

背中でベルクーリの言葉を受けながら、上条は狭い通路を歩きながら並び立つ武具を見渡した。彼の言う通り、そこには上条の行きつけだったサードレ金細工店では、まずお目にかかれないような高質な剣や槍、斧に弓矢といった、ありとあらゆる武器が揃っていた。それらに目を奪われながらも、上条はやがて盾置き場の前で足を止めた

 

 

「・・・なんでぇ、やっぱりお前さんはそっちの方がメインなのか」

 

「まぁな。武装完全支配術もなけりゃ、才能がない俺にとっちゃ、剣は本当に背負ってるだけのお飾りだからな。さて、丸い盾…丸いやつ…おっ、結構いいのあるじゃん」

 

 

そう言うと、上条は木枠に立てかけられているいくつかの盾の前にしゃがみ込み、首を左右に振りながら視線を泳がせた。そしてその中から、いつもと同じ円型の盾を持ち上げた。それは表面が白く塗られ、中心に装飾として琥珀がはめ込まれた一般的なデザインの物だったが、ズッシリと重みがあり、裏側の取っ手も上質な手触りの革が使われていることから、一級品であることに疑いはなかった

 

 

「・・・ん、こいつを使わせてもらうよ。後はコイツを結んで背負うための剣帯かベルトをくれれば、俺はそれでいい」

 

「あん?おいおい、いくらなんでもそりゃ軽装すぎるってもんだろ。鎧とは言わないまでも、せめて胴当てくらいはするべきだ。その服だって、なんか特殊な仕掛けがあるわけじゃねぇんだろ?」

 

 

天幕を支える柱に寄りかかったベルクーリが、上条の黒い服を指差しながら言った。それに対して上条は、少し微笑みながら自分の服の裾を撫でて手触りを実感しながら彼に言った

 

 

「いや、俺はこれがいいんだ。この服は俺が唯一、俺が元いた世界の方から持ってこられた物で、お世話になった人からの贈り物なんだ。だから俺は防具はいいよ」

 

「・・・そうかい。まぁお前さんがそう言うんなら、止めはしねぇよ。さて、剣帯かベルトだったな。確かこっちの箱に……」

 

[ーーーッ!ーーーッ!]

 

 

ベルクーリが丁度足元に積み上げられていた木箱の内の一つを抜き出して開けた時に、外から誰かの叫ぶような声が聞こえた。天幕の分厚い布に遮られているせいでその声がいくらかくぐもってはいるが、声のトーンの高さから女性のものであることが上条たちにも分かった

 

 

「なんだぁ?何かあったのか?」

 

「・・・嘘だろ?今の声、まさか…!?」

 

「ん?お、おいカミや……!」

 

 

ベルクーリの言葉を待たずに、上条は手にしていた白い盾をその場に放り捨てて駆け出した。そして突き破るようにして天幕の垂れ布をくぐった瞬間に、右側のほとんど真横からつんざくような叫びが聞こえた

 

 

「カミやん先輩っっ!!!」

 

「ーーーッ!?」

 

 

その声に、バッと上条は首を右に振った。その視線の先にいたのは、修剣学院の初等練士の証である灰色の制服に身を包みながら、その上に軽装鎧を纏って腰に長剣を帯びた、一人の少女だった。黒に近いこげ茶色の髪、何度も見つめた濃紺の瞳。肩で息をしている彼女は、上条が指導性として面倒を見たロニエ・アラベルという名の少女だった

 

 

「せん、ぱい…カミやん先輩!!」

 

「ロニエ…ロニエッ!!」

 

 

気づけば二人は、お互いを目指して野原を蹴っていた。離れていた二人の距離はあっという間に縮まり、上条がぶつからないようにと速度を緩めた瞬間に、ロニエが彼の胸の中へと飛び込んでいった

 

 

「カミやん先輩……っ!!!」

 

「ロニエ……」

 

 

ロニエが上条の体に触れた瞬間、瞳から涙が溢れ出した。そして上条の体がちゃんとそこにあることを確かめるように、何度も彼の背中を上下に摩った。上条もまたそれに答えるように、ロニエの華奢な体を優しく抱きしめた

 

 

「あの、私…何て言ったら………っ」

 

「ロニエ、お前震えて……」

 

「カミやん先輩だって…震えてます……」

 

「え?あっ、あはは…先輩としてカッコつかねぇなぁ俺。ちくしょう……」

 

「会いたかった、です…カミやん先輩……」

 

「・・・あぁ、俺もだ。元気そうで、よかっ…」

 

 

縋り付くように上条の胸へと顔を埋めるロニエに、上条は口元を綻ばせて彼女の頭を優しく撫でた。しかし、そうして彼女が今ここにいる現状を認識した瞬間、ロニエの両肩を引っ掴んで強引に胸の中から引き剥がした

 

 

「いや、待ってくれ!そうじゃねぇ!なんでロニエがこんなところにいるんだ!?」

 

「は、はい?な、なんでと言われましても…それはもちろん、自ら志願してこの人界守備軍に…」

 

「ダメだ!危険すぎる!修剣学院に戻れ!」

 

「なっ!?そ、そんな訳にはいきません!いくらカミやん先輩の言葉でも、私は民を守る貴族の一人としてこの場で戦う義務があります!一度志願してここに来た以上は、例えどうあっても身を引くつもりはありません!」

 

「ッ!?」

 

 

尋常でない気迫で言い返してくるロニエに、上条は思わずたじろいだ。そして自分を見つめている濃紺の瞳に宿る光を見て、今の自分が置かれている状況を思い出したように顔を顰めて歯を軋ませた

 

 

(・・・そうだ。このロニエは、例え俺が面倒を見た記憶を持ってても、実際に俺の傍付きだったロニエとは違う…だけどっ…!)

 

「・・・ロニエ。お前は今、俺がなんでここにいるか、分かってるのか?」

 

「はい。今しがた、アリス様の天幕を訪ねて全てをお聞きしました。キリト先輩の事情も、なんでこの世界にいるはずもなかったカミやん先輩の記憶が、今の私の中にハッキリとあるのかも、全て理解してます」

 

「だったら!ここがどれだけ危険な場所かなおのこと分かってくれるだろ!今すぐにこの野営地から離れて学院に戻れ!これは上級修剣士としての…お前の指導生としての命令だ!」

 

「嫌です。たしかに私はカミやん先輩の傍付きでありましたが、この世界ではキリト先輩の傍付きです。もちろん、そこに優劣を付けるつもりはありません。ですが、あの日学院を自らの意思で去ったカミやん先輩は、もう自分は私の指導生ではないと言いました。今になってそれを引き合いに出すのは、少し卑怯じゃありませんか?」

 

「ぐっ!?いやそれは別に言葉の綾であって…俺はお前を…!」

 

「もうその辺にしておけ、カミやん。お前がどれだけ説得したところで、その子はもう止まらないよ」

 

 

そう背後から声をかけられた上条は、それがまたしても聞き覚えのある声であったことに驚きを隠せなかった。鋭く息を呑んで、ロニエの両肩から手を外し、恐るおそる振り返った先には、一年間自分に剣のいろはを指導した先輩が佇んでいた

 

 

「り、リーナ先輩…!」

 

「久しぶりだな、カミやん。日頃から不幸を嘆くお前にしては、私が指導していた頃のお前に似た、良い傍付きに恵まれたじゃないか。そして私が贈ったその服が似合うほどの良い剣士…いや、良い男になったようだな」

 

 

上条に向けて微笑んだ少し大人びた雰囲気を漂わせるその女性、ソルティリーナ・セルルトは、この世界でも変わらなかった。長い茶髪をポニーテールで結い上げ、濃い紫の服に身を包んでいた

 

 

「私も彼女たちと一緒に事情は聞いたよ。正直まだ飲み込みきれていない部分はあるが、お前がどれだけ混沌とした状況の中にいて、どれだけ不安なのかくらいは分かった。だからお前は、この戦争で自分の傍付きを守ってやれる自信も持てない。違うか?」

 

「ッ…!分かってんだったら口突っ込まないでくださいよリーナ先輩!俺はロニエの先輩としての責任が…!」

 

「ならば、私が今お前に『帰れ』と言ったら、お前は『はいそうですか』と素直にこの戦場を後に出来るか?」

 

「そ、それは……」

 

「とても出来ないだろう?分かったらワガママ言わずにその子を認めてあげろ。傍付きを信頼するのも、立派な指導生の義務だ。もちろん私も、カミやんのことを信頼している。剣の才能がないところも、少し真っ直ぐすぎるところも含めて、な」

 

 

リーナに微笑まれながら言われた上条は、何とも言い返せずに言葉に詰まってしまった。そして今一度ロニエへと視線を戻すも、余りにも迷いのないその瞳に嘆息するしかなかった。それからやがて諦めたように頭を抱えると、静かに口を開いた

 

 

「・・・分かった。じゃあロニエに一つ、頼みたいことがある」

 

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