とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第14話 残された意志

 

「悪いアリス、今戻った」

 

「あ、カミやん……」

 

 

ロニエと再会した上条はその後、ロニエを連れて自分の天幕へと戻り、入り口の垂れ幕をくぐった。するとそこには、変わらず項垂れているキリトの前でへたり込んで座るティーゼが、青薔薇の剣を抱きしめながら嗚咽を漏らして泣きじゃくっており、アリスがそれを懸命にあやそうと背中をさすっていた

 

 

「・・・ティーゼも来てたのか…」

 

「やはりこの子もあなたの知り合いでしたか。そちらの茶髪の子がカミやんは外にいると言って血相を変えて飛び出した…というのはそちらの学院生を連れて戻って来たあたり言うまでもないとは思いますが、その後でこのティーゼという少女にユージオの話をしたところ……」

 

「ユージオ、先輩っ…せんぱいぃ…」

 

 

林檎のような赤髪をした少女剣士、ディーゼ・シュトリーネンは何度も何度も、腕の中に抱く青薔薇の剣の持ち主の名前を呼んでいた。それに釣られるようにして上条の背後からもロニエのすすり泣く声が聞こえ、いたたまれなくなった上条は、ティーゼの傍に寄って彼女の肩に手を置いて話しかけた

 

 

「ごめんな、ティーゼ…俺はユージオを…守ってやれなかっ……クソッ!」

 

 

そこまで言って、上条も涙が溢れそうになるのを堪えざるを得なかった。カセドラルの最上階で看取った彼の姿が、どうしても青薔薇の剣を見ていると蘇ってくる。その彼は、この世界にもいない。もう、どこにもいない。ここに来て改めてそれを実感していると、ティーゼは小さくかぶりを振った

 

 

「いえ、ユージオ先輩がいなくなってしまったのは…カミやん先輩のせいじゃ、ありませんっ…私が、私があの日…ユージオ先輩に剣を抜かせてしまったからっ…!」

 

[・・・泣かないで、ティーゼ。僕はずっと、ここにいるから]

 

「・・・ぇ?」

 

 

それは、青薔薇の剣に触れていたティーゼにだけ聞こえていた。声とも呼べぬ声が彼女の内に響いたその一瞬だけ、ほんの微かに剣が光を帯びたのを、傍にいた上条も見ていた

 

 

「い、今…青薔薇の剣が、光って……」

 

「・・・聞こえた…ユージオ先輩の、声。泣かないで、って…僕はずっと、ここにいるから…って……」

 

「な、なにっ!?」

 

 

それを聞いた上条は、何かに取り憑かれたように青薔薇の剣に手を伸ばし、鞘の上に右手を置いた。すると、まるでそれに答えるように、氷の剣はもう一度だけ微かな光を放ち、上条の脳裏にユージオの声が蘇った

 

 

[・・・カミやん。ティーゼを、アリスを…僕のもう一人の親友、キリトを…よろしくね。カミやんならきっと、きっと………]

 

「ユージオ…ユージオッ!!」

 

 

上条はその声が消えた後も、必死に青薔薇の剣に向かって叫んだ。しかしそれからもう二度と、青薔薇の剣からユージオの声が聞こえることはなく、ただの刀身が折れた剣として沈黙した

 

 

「・・・あぁ、分かったよユージオ…それがお前の望みなら…必ず叶える。お前の心意は、確かに俺が受け取った」

 

「お前さん達、話は纏まったか?」

 

 

その場にはいない親友に向けて、上条は静かな声で答えると、青薔薇の剣からそっと手を離して立ち上がった。そしてその直後に、入り口の垂れ幕をめくり上げながらベルクーリが声をかけてきた

 

 

「小父様、いつの間に…」

 

「あぁ悪い、別に盗み聞きしようなんざ思ってなかったんだ。だけどさっきのカミやんとそこの茶髪の子の熱烈なまでの抱擁とか見てたら…どうにも気になってな」

 

「・・・ほぉ?熱い抱擁…ですか。へぇ?」

 

「な、なんでアリスさんはそこでカミやんさんを、見られているコッチが凍りそうな怖い目で睨みつけてるんでございましょうか…?」

 

「いえ、別に。ただ記憶を持ちすぎても、いい思いはしないと実感しただけです。しかし、私にはもうキリトがいますから」

 

「・・・訳が分からん」

 

 

アリスは呆れたように吐き捨てると、上条を凍りつかせんばかりの視線を投げつけていた瞳を閉じてそっぽを向いた。当の上条はそこまでアリスが不機嫌になる理由がイマイチ分からず、参ったと言った様子で後ろ頭を掻くと、一先ずはベルクーリの質問に答えた

 

 

「えっと…まぁ今ので俺は大体決めたつもりだ。戦争中キリトのことは、ロニエとティーゼに面倒を見てもらおうと思うんだけど、アリスと二人はそれでもいいか?」

 

「えぇ、構いません」

 

「わ、私も問題ありません!キリト先輩の傍付き練士として、責任を持ってお守りします!」

 

「私も、ロニエと同じです」

 

「そうか。お前さん達がそう決めたんなら、俺も口を挟まねぇし、他の連中にも口を出させはしねぇよ」

 

「ありがとう、助かるぜおっさん」

 

「なに、良いってことよ。じゃあとりあえず、こっちについて来てくれるか?そろそろ軍議が始まる時間だ。何にせよ、嬢ちゃんとカミやんの配置と役割を決めとかねぇとな」

 

「えぇ、分かりました。それじゃあティーゼさん、ロニエさん、しばらくキリトのことを頼んでもいいかしら?」

 

「はい!お任せ下さい!」

 

 

そうアリスが聞くと、ロニエが背筋を伸ばして敬礼しながらハリのある声で言った。ティーゼもそれに続いて敬礼すると、アリスと上条は二人に軽く手を振って、ベルクーリに続いて天幕を出た。それか彼の和服を追うように付いていくと、野営地の中央にある丸型の天幕へと入っていった

 

 

「・・・これは…」

 

「どうだい嬢ちゃん。急拵えの寄り合い所帯にしちゃ、中々のモンだろう」

 

 

丸く貼られた天幕の中には、30人ほどの人間が集まっていた。それを見たアリスが目を見張ったのは、集まっている30人ほどの人間が、身分の全く違うものでも分け隔てなく話していることだった。整合騎士や近衛兵長、衛士分隊長などの装備や見た目に差はあれど、そこに身分の差があるとは全く感じられないほどに彼らは打ち解け合っていた

 

 

「この守備軍じゃあ、そういう面倒な儀礼だの何だのは全部なしにしたのさ。幸い禁忌目録にも『一般民は騎士と話す前にはたっぷりご機嫌伺いをしなくてはならない』なんて項目は無かったからな。まぁそれでも最初は苦労したモンだが」

 

「えぇ、結構なことだと思います」

 

「・・・なぁおっさん、それとアリス」

 

 

彼らのやり取りから回りくどい敬語すらも省かれていることに驚いたアリスに、ベルクーリが満足気に笑っていると、ふと上条が呟くような声で話しかけた

 

 

「整合騎士ってのは、31番目のエルドリエが最後…つまりは31人いるんだよな?もちろんアリスとおっさんも含めて」

 

「え、えぇ…そうです、が……」

 

「ここにいるので、本当に全員なのか?なんか…どう見ても少なくねぇか?」

 

「は、はい…確かに。これは一体どういうことですか小父様?」

 

「・・・ま、気づくよなぁ…」

 

 

この世界の身分制度を半端にしか理解していない上条でも、身に纏う鎧の装飾から整合騎士とそうでない者の違いはハッキリと分かった。しかし彼の目に移る整合騎士は、どう見ても10人かそこらしかおらず、確認を取るために質問したアリスでさえ、改めて天蓋を見渡して同じ疑問を抱いた。それに対しベルクーリは、バツの悪そうな顔でため息を吐いた

 

 

「残念なことだが、俺たち整合騎士はここにいるので全部さ」

 

「え、ええ!?そ、そんな…カミやんの言っていた通り、整合騎士団には私を含めて31名の騎士がいるはずでは…」

 

「いやな、嬢ちゃんも知ってるだろう。元老長チュデルキンは、記憶に障害が出そうになった整合騎士に…謂わゆる『再調整』って処置を施していた。例の凍結睡眠…『ディープ・フリーズ』って神聖術をかけた後でな。おかげでヤツが死んだ時に元老院で再調整中だった七人の騎士は、まだ覚醒してねぇんだよ」

 

「なっ!?そ、それは本当ですか!?」

 

「本当も何も、嘘つく必要ねぇだろ。再調整の術式を行使できたのは、元老長と最高司祭だけだ。その二人が死んじまったんじゃ、時間をかけなきゃ七人を覚醒させるこたぁ出来ねぇ。だが今は何よりもその時間がない」

 

「なるほど…再調整か。それがあったから、俺がカセドラルを昇った時も、31人全員とは出くわさずに済んだのか。だけどそれなら、俺の右手はどうだ?俺の右手は心意の応用で、あらゆる神聖術を無効に出来る。コイツでその整合騎士に触れてやれば…」

 

「言ったろカミやん。再調整の術式を行使できたのは、あの2人だけだって。俺らはそれがどういう術なのかも分からねぇんだ。お前さんの右手も詳しいことは分からんってのに、そんな何も分からんままとりあえずで術を打ち消して、記憶がまるごと無くなっちまったらどうすんだ」

 

「そ、そうか。確かにそれは、ちょっと危ない橋だな…」

 

 

ベルクーリにそう言われると、上条は少し名残惜しそうにしながら、差し出した右手を引っ込めた。それからベルクーリはなおも苦々しい声で続けた

 

 

「まぁその中でも一人だけ再調整じゃなく、単に凍結睡眠中だった騎士がいて、ソイツだけはどうにか目覚めさせたんだがな」

 

「どなたです、そのお一人は?」

 

「・・・『無音』のシェータだ」

 

「ッ!?よ、よりにもよって…あの!?」

 

「あ、あのって…そんなにすごいヤツなのか?そのシェータって整合騎士は」

 

 

その名前を聞いて並々ならぬ驚愕を見せたアリスに、上条も少し面食らいながら訊ねると、彼女は目を細めながら上条の問いかけに答えた

 

 

「えぇ、まぁ…12番目の整合騎士『シェータ・シンセシス・トゥエルブ』。私もまだ直接お会いしたことはありませんが、幾つかの逸話とその名を耳にしました。しかし…その逸話というのが、実に信じ難い代物ばかりなのです」

 

「せ、整合騎士にはそんなやつもいるのかよ…カセドラルに侵入した時に会ってなくて良かったぜ…」

 

「まぁつまるところ、今覚醒してる整合騎士は全部で24人ってことになる。うち4人はカセドラルと央都の管理に残して、もう4人を果ての山脈の警護に当たらせてる。差し引き16人、それがこの人界守備軍に注ぎ込める上限ってわけだ。もちろん俺と嬢ちゃんも含めてな」

 

「16人…全体の半分ですか…惜しいことですね」

 

 

最初にたったの、と付けそうになったのをアリスはどうにか堪えると、ベルクーリに負けず劣らずの苦い表情になった。それから上条は、新たに気づいたことをその場で訊ねた

 

 

「それとなんつーか…雰囲気で分かるんだけど、この場にいるアリスとおっさん以外の14人の整合騎士の武器ってさ、半分くらい神器じゃないだろ、アレ」

 

「えぇ。整合騎士はその強さで順位が格付けされていて、大雑把に上位騎士と下位騎士と分けられています。そしてその下位騎士は、原則として武装完全支配術が扱える神器を与えられていません」

 

「今じゃ普通の盾しか持ってねぇ俺が言えることでもねぇけど…その下位に位置づけられてる整合騎士ってのは、本当に一騎当千って呼べるほどの強さなのか?」

 

「まぁ単純な剣の斬り合いであれば、ゴブリンの100や200は軽く屠ってみせる猛者ではありますが、戦況全体を動かすほどの爆発力は期待できないでしょう」

 

「31人いる整合騎士で集まれたのは半分…さらにその半分が下位騎士ってか。こっちはただでさえ絶対数が足りてないってのに…厳しいな」

 

「ははっ。何もそれしきのことで弱気になるなよ」

 

 

改めて天蓋の中に集まった30人ほどの、この守備軍においては上役とされる騎士や兵士を見渡しながら、上条は唇を噛んだ。しかしそんな彼の背中を、バシン!と叩きながら太く笑ったのは、先ほどまでまだ一番気難しそうな顔をしていたベルクーリだった

 

 

「痛って!?な、何すんだ!?」

 

「そうは言うがなカミやん。俺はこの勝負…案外なんとかなるんじゃねぇかと思い始めてるぜ」

 

「ど、どうしてだよ?なんか根拠があるのか?」

 

「これはここだけの話だが、俺には来たる戦の趨勢を決めるのは…あのキリトって若者とカミやん、お前さん達なんじゃねぇかと思えて仕方ねぇんだよ」

 

「・・・はぁ!?」

 

 

ベルクーリの物言いに、上条は思わず身を退きながら驚いた。そんな彼の態度にすら笑顔を見せる人界最強の剣士に、戦争の命運を分けると言わしめられた少年は、首をぶんぶんと横に振ってそれを否定した

 

 

「い、いやいや…確かにキリトなら、あの状態から復帰すれば、あるいはその可能性があるかもしれねぇよ。だけど俺には、アイツみたいなズバ抜けた剣の才能はない。あるのは盾を投げ飛ばす技術と、神聖術を打ち消す以外にはなんの取り柄もない右手くらいだ」

 

「だけどお前さんは、たったそれだけで俺たち整合騎士を退けたんだぞ?」

 

「そりゃあの時はほとんどの戦いが一対一だったからで、これは謙遜でもなんでもねぇ。それに戦争みたいな大人数入り乱れての戦いってのは、ステゴロの喧嘩しか出来ない俺にとっては一番戦い辛い戦況だ。とても戦争を左右するほどの戦力になるとは思えねぇよ」

 

「いいえ、それは違いますよカミやん」

 

「あ、アリス…お前まで俺をそこまで担ぎ上げるつもりなのか?」

 

「何もそんなつもりはありません。ですが、お前とて目の当たりにしたでしょう。キリトが小父様の心意の刃を、同じ心意…意志の力で跳ね除けた瞬間を」

 

 

アリスが真剣な顔で言ったことに対し、上条は何も言わずただコクリと頷いた。するとアリスは、彼の胸の上に自分の右手を置いてからもう一度口を開いた

 

 

「剣の才能、技の冴え、神器の力、それも紛う事なき強さと言えるでしょう。しかし、この世界で物を言う真の力とは、その者の心に宿る意志の力に他なりません。どれだけ修行を積み、強力な剣を持っても、その者の意志が伴わなければ、剣力は嘘のように失せてしまいます。最高司祭様を討った後に剣を取る理由を見失った、この半年間の私が良い例でした」

 

「その心意の強度を見るなら、キリトやカミやんはもはや別格です。ですが私の記憶の中でそのキリトとあなたを比べた時に、剣の才や誇る技がキリトに見劣りしているというのも、分からなくはありません」

 

「ですが、こと心意の強さのみに関してならば…カミやん、あなたはキリトと比べても別次元です。最高司祭様を討ったあなた達二人でも、その過程には決して比べ得ぬ違いがあります。だからあなたにもこの戦争を左右できるほどの力があるという小父様の意見は、私とて無視できるものではないと思っています」

 

「・・・俺の、心意の力…か…」

 

「騎士長閣下、時間です」

 

 

自分の右手に視線を落とす上条と、それを見ていたアリスとベルクーリの三人に声をかけたのは、猛禽の翼を象った兜を被った整合騎士だった。その騎士の声に上条は慌てて視線を戻した上条は、視界の端で奇妙なものを捉えた

 

 

「・・・どうしたアリス?そんな微妙な顔して」

 

「いえ…お前には関係のないことです」

 

「そ、そうでせうか…」

 

 

上条が見たのは、なんとも形容しがたい、アリスの微妙な表情だった。側から見ればただ少し口がへの字に曲がっているだけだが、それでもアリスがこの整合騎士に何か思うところがあるのだと察するには十分だった

 

 

(・・・この人…女の人か?)

 

 

そしてその騎士は、そんなアリスの視線の意味を知ってから知らずか、右拳を左胸に、左手を剣の柄に当てて敬礼した。上条とアリスもその騎士と同じ敬礼の姿勢を取るが、両足を肩幅より少し小さめに開いて直立する二人に比べ、その騎士は右足に体重を預け、左肩を少し落とすなよやかな姿勢だった。そんなどことない女らしさを漂わせる騎士は、薄紫の兜を無造作に引き上げ、美しく整った顔を露わにさせて言った

 

 

「久しぶりね、アリス。元気そうで嬉しいわ。それと初めまして、カミやんさん…だったわよね?私は整合騎士『ファナティオ・シンセシス・ツー』。これでも一応、整合騎士団の副騎士長を任されているわ」

 

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