とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第15話 騎士の心情

 

「ど、どうも…カミやんです。よろしく」

 

「えぇ、よろしくね。お噂はかねがね、とても頼りになる存在だとベルクーリ騎士長から聞いているわ」

 

(これはまた、なんとも…どこか神裂に似た美人の整合騎士がいたもんだ)

 

 

ふっくらとした唇に口紅を差し、肩にかかった艶やかな黒い長髪を左右に掻き分けた整合騎士、ファナティオを前にした上条はその美貌に思わず目を瞬かせながら心中で本音を漏らした

 

 

「・・・『ね』?『わ』?」

 

 

そんな風に思ってしまったが故に、少し彼女の顔を見ているのがいたたまれなくなった上条は視線を横へ泳がせた。するとその先にいたアリスは、単語にすらなってない何かを呟いており、まるで信じられないものを見ているかのように三秒ほど絶句した後で、軽く咳払いしてようやく挨拶を返した

 

 

「お、お久しぶりです。副騎士長」

 

「そんな硬くならなくても、ファナティオでいいわよ。それよりもアリス、さっき小耳に挟んだのだけれど…そこにいるカミやんの他にも、私を倒した黒髪の坊やを連れて来たそうね?」

 

「えぇ、まぁ…色々と苦労はありましたが」

 

「そう。なら軍議の後で、彼に少しだけ会わせては貰えないかしら?」

 

「・・・わざわざキリトに面会を求める理由をお聞かせ願えますか、ファナティオ殿。よもや自分を倒してくれた腹いせに、彼を斬ろうなどと思っているのであれば…」

 

「お、おいアリス。何もそんな喧嘩腰で…」

 

「カミやんは黙っていて下さい。それで、理由の如何はどうなのです、ファナティオ殿」

 

「えぇ、もちろん違うわよ。だからそんな怖い顔しないで。別に今更になってあの子を斬ろうだなんて思っていないわ。ただ一言お礼が言いたいの。致命傷を受けた私を、あの坊やが手当てしてくれたそうだから」

 

 

険しい表情で問いかけるアリスに対して、ファナティオは少したじろいだように、微笑みに僅かな苦笑を忍ばせ肩を竦ませながらも、出来る限り優しい口調で答えた。するとアリスはしばらく彼女の目を見てから、安堵したように一つ息を吐くと、謝罪の言葉を述べながら続けた

 

 

「・・・左様でしたか。無粋な詮索を入れてしまったこと、心より謝罪します。しかし、それを知っておられたのですね」

 

「えぇ、目が覚めた後に騎士長閣下からお伝えいただいたの」

 

「であるならば、キリトに礼を言うというのは…その、どちらかと言うと対象が違うのではないかと…実際に副長を治療したのは、先代の最高司祭であられたカーディナル様のお力によるものだと聞いております。そしてそのお方は…半年前のあの戦いで、命を……」

 

「えぇ…朧げに覚えているわ。あのように温かく、力強い治癒術は初めてだった。でも、あの方のところに私を送ってくれたのはキリトなのだし、それに…もう一つのことで別にありがとうと言いたいのよ」

 

「別の、こと…ですか?」

 

「そう…この私と正々堂々と戦い、倒してくれたことをね」

 

 

若干頬を緩めながら言ったファナティオに、アリスは『やはりキリトを切るつもりなのでは』という疑いの視線を向けるも、ファナティオはそれに動じず真剣な表情で首を振った

 

 

「これは私の本心よ。だってあの坊やは、整合騎士として長い年月でたった一人、私を女と知っても本気で戦ってくれた男なんだもの」

 

「・・・は?それは、どういう…」

 

「私もね、昔は兜なんか被らずに素顔を晒して戦っていたのよ。でもある時、気づいてしまったの。模擬戦の相手をする男の騎士はおろか、命の取り合いをする暗黒騎士でさえも、剣筋に僅かな気後れがあることにね。私が女だから…そんな理由で手加減をされるなんて、負けて地に這う以上の屈辱だわ」

 

「私はこの兜で顔と声を隠し、敵を近間に入れないための連続剣技を身につけた。でもそれは裏を返せば、私こそが性別に囚われていたから、なのよね。あの坊やはそれを即座に見抜いても、私に全力で切りかかって来たわ。そして私は、彼に己の全ての剣と術を出し尽くして、負けた」

 

「カーディナル様のおかげで命を拾い、意識が戻った後には、つまらない偏見は私の中から消えていたわ。要は、私が相手に手加減なんてさせられないくらいに強くなればいい話だったのよ。その単純な事実に気づかせてくれて、私の身も心も助けてくれた坊やにお礼を言いたいと思うのは、何も不思議なことではないでしょう?」

 

 

真剣な顔で言ってのけたファナティオに、アリスは今まで疑いの念を向けていたことを強く恥じた。それを重ねて謝罪しようと口を開きかけたところに、ファナティオが悪戯っぽく笑って続けた

 

 

「けれど、少し癪でもあるのよ。坊やが素顔の私に全く女らしさを感じなかったって事実がね。だから、私があれこれしてあげたら坊やが目を覚まさないか、少し試してみようと思って」

 

「・・・ほぅ?」

 

(・・・おや?今なんかアリスとファナティオさんの間に小さな火花が…!?)

 

 

そう言って互いの視線をぶつけた二人の女の間に、小さな火花が散っていたのを上条は見逃さなかった。それが心意によるものか、はたまた自分の幻覚によるものなのかは分からないが、上条はその火花に一抹の不安を覚えると、その不安が一気に悪寒となって背筋を這うのを感じた

 

 

「えぇ。そのお心遣いはとても有難いのですが、彼は今しがた天幕で休んでおります。ファナティオ殿のお気持ちは、私が後ほどキリトに伝えておきます」

 

「あら?坊やに会うのに、あなたの許可が必要なの?私はカセドラルで執務中の閣下に面会を求めて来ても、私情で拒んだことはないつもりだけれど」

 

「え、なんでそこで俺…?」

 

「それこそ、私が小父様と会うのにファナティオ殿の許可は不要でしょう。大体、考えてみれば、男の騎士にコテンパンにしてほしかったのであれば、小父様にでも頼めば良かったではないですか。なんでしたら同じく私が連れ立ったカミやんも、男女の差などという些事は気にも留めず、過去には躊躇いなく私の顔面を殴り飛ばしたほどの豪胆さをお持ちですが?」

 

 

アリスとファナティオの間に散っていた不可視の火花は、二人が会話を追うごとに烈火のごとく燃え上がり、天幕を燃やし尽くさんばかりの猛々しい炎に様変わりしていた。ベルクーリはその様相に冷や汗をかくと、両手を軽く上下させながら二人の間に入ろうとした

 

 

「お、おい嬢ちゃんにファナティオ…とりあえず一旦その辺で…」

 

「騎士長閣下はいいのよ。世界最強の騎士なんだから、万人に手加減して当然だわ。アリスは知る由もないでしょうけれど、かの暗黒騎士長と対峙した時でさえ、閣下は情けをおかけになったのよ?」

 

「はぁ、そうでしたか。それは知りませんでしたね。私との稽古では、小父様は毎度汗だくになるほど本気で向かって来るものでしたので…えぇ、それは知りませんでした」

 

「ッ!?お、おいカミやん!お前さんからも何か二人に…!」

 

 

そこでようやっとこの場にいる自分の身の危険を察知したベルクーリは、後ろにいるはずのカミやんに救援を求めた。しかし振り返った先には、11月故の枯れ草が寂しく舞うばかりで、ツンツン頭の少年の姿はどこにも見当たらなかった

 

 

「なっ!?あ、あの野郎…さては俺を放って自分だけ逃げやがっ…!」

 

「閣下!今のアリスの話は本当ですか!?もしそうであるのならば…!」

 

「そもそも、騎士長がこの人を甘やかすからです!大体小父様はいつもいつも…!」

 

「なんでだあああっ!?」

 

 

いつの間にやらその場から消えていた不幸な少年の口癖に、どこか似た叫びを上げたベルクーリは、その後もアリスとファナティオから謂れもない追求を受け続けた。彼女たち二人の言い争いが、後に開かれる軍議よりも熱く白熱したものになるであろうことは、その天幕にいる誰しもが確信していた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「あ、危ねぇ…後一歩遅かったら死ぬとこだった…いや比喩でもなんでもなく…」

 

 

アリスとファナティオによる超激戦が幕を開けた頃、なんとかその場を一足早く逃げおおした上条は、天幕から少し離れた場所で膝に手を突いて一人呟いていた。そして走って上がった息を整えて天幕の方がどうなっているか振り返ってみると、天幕よりも先に、自分の前に立っている一人の騎士が目に入った

 

 

「・・・お前は…」

 

「エルドリエだ。今度こそ間違えるな」

 

 

白銀の鎧を見に纏った整合騎士、エルドリエは彼らしからぬ鋭い目つきと、貴族めいた言い回しをせずに上条の前に歩み寄った。上条はそんな彼の雰囲気に少し気圧されそうになったが、穏やかな口調で彼に訊ねた

 

 

「えっと…俺になんか用か?」

 

「用がなければ話しかけはしないよ。こと君とあの少年に対してはね」

 

「・・・左様でございますか。んで?じゃあエルドリエさんは、このカミやんさんめに何の用があるんでせう?」

 

「一つ、聞きたいことがある」

 

「聞きたいこと?」

 

「・・・君にとって、アリス様は何だ?」

 

 

月が浮かぶ夜空の下、白銀の鎧が月光を反射させる中で、エルドリエは上条の瞳を見つめながら真剣な表情で訊ねた。上条はそんな彼の視線に、並々ならぬアリスへの思いを少なからず感じ取ると、一拍おいてから少しため息混じりに答えた

 

 

「俺にとってのアリス?そうだな…まぁ敢えて言うなら、守ってやらなきゃならない存在だな。俺の親友が…ユージオが守りたいと、アリスと一緒にいたいと願ったなら、俺はその願いを踏みにじることはしたくない」

 

「ではお前は、アリス様を愛しているわけではないのだな」

 

「あ、愛してって…いきなり飛躍しすぎだろ……違げぇよ。俺は別にアリスのことが好きとかそんなんじゃない。そりゃもちろん仲間としては好きだけどな」

 

「そうか。ならば良い」

 

「そこまで言うってことは、お前はアリスのことを、その…好きなのか?」

 

「無論だ。この世の誰よりも深くアリス様を愛していると自負できる。今の私にとって、最も愛すべき淑女はアリス様を置いて他にはいない」

 

「じゃあ、そんなにまでアリスを慕う理由は何だよ?今更かもしれないけど、俺はアリスと二人でいた時間なんて24時間あるかどうかくらいで、アイツの人とナリをそんなに理解してるわけじゃない。アリスに誰かを惹きつける魅力があるってんなら、一つ教えてくれよ。俺だけ聞きっぱなしなんてフェアじゃない」

 

 

上条がそう提案すると、エルドリエは数秒の間逡巡してから、その視線を野営地の端へと向けた。上条もまたそれを追うように視線を彼と同じ方へ向けると、そこには飛竜の待機所があった。薄めの天幕で囲まれた待機所には、エルドリエが乗りこなす飛竜の滝刳と、アリスの飛竜である雨縁が身を寄せ合って寝息を立てていた

 

 

「・・・私の飛竜である滝刳と、アリス様の飛竜である雨縁は兄妹竜だ。滝刳が兄竜で、雨縁が妹竜として一匹の母竜から生まれてきた。しかしその母竜は、私が整合騎士になって間もない頃に、天命が底をつき永久に眠った」

 

「私はそれを、特に何とも思わなかった。確かに飛竜は貴重な戦力だが、たかが竜。所詮は我らに使役される生き物の一種だ。他の生き物と同じ、老いれば天命の総量も減り、やがては尽きる。そして放っておけば勝手に骨となり土に還り、あるべき自然に戻る。それがこの世の摂理だと、地神テラリアのもたらす恩恵にかくあるべきだと思っていた」

 

「しかし、私はある日の夜に偶然にも目にしてしまった。アリス様がその母竜一匹のために、夜な夜な神聖術を用いてカセドラルの庭にある薔薇園の土を掘り返し、その穴の中に母竜の亡骸を埋め、白木で十字の墓標まで立てて埋葬した。そしてあろうことか、その墓標の前に身を投げ出し、すすり泣いていたのだ」

 

「私は理解に苦しんだ。なぜ自分の騎竜でもない、たかが母竜一匹のためにそこまでするのか。なぜ墓など作り、嘆き悲しむことがあるのかと。泣いて悶えるアリス様の後ろ姿を私は鼻で笑って、身を翻した。だがそこで私は、どうしようもなく自分の目頭が熱くなっていることに気づいた」

 

「亡くなった母竜を悼んで泣くアリス様の御姿。それがどうして、あんなにも心を震わせたのかは、今でもハッキリとは分からない。しかし私は、溢れ出る涙を流したまま悟った。あの嫋やかで儚い姿こそが…気高き整合騎士ではない、本来のアリス様の姿なのだと」

 

「・・・あぁ、多分間違ってねぇよ」

 

 

上条は実際にその光景を目の当たりにしたわけではないが、エルドリエが語るその夜の光景がありありと想像できた。そしてその光景を脳裏に浮かべながら口元を綻ばせて言うと、エルドリエもどこかその日を思い出したように夜空を見上げて続けた

 

 

「それからの私は、アリス様の後ろ姿を追うことで必死だった。どうにかして、あの水晶の花のような女性を守る騎士になりたい…それだけが私の望みだった。だがアリス様は私などとは比べ物にならないほどの剣と術の才をお持ちだった。私に出来ることといえば、アリス様を師と仰ぎ、弟子として指導を欲することだけだった」

 

「同時に可能な限り食事を共にし、アリス様にあれこれ話しかけ、身につけた話術でどうにかしてアリス様の笑顔を引き出そうと努力した。そんな日々が身を結んだのか、ごく稀ではありつつも、アリス様の唇に微かな笑みを浮かべることに成功し始めていた…そんな日々の中で突然に、あのキリトとユージオという少年が牢を破り、公理教会史上最大の事件を巻き起こした」

 

「・・・そう、だったのか…」

 

「まぁ、奇妙な記憶の中に眠る君が来た時も、似たような時期だったと思うが」

 

「いや、そりゃなんつーか…悪かった…としか言いようがねぇけど、俺だってあの時は必死だったんだよ」

 

 

そう言うとエルドリエは、頭の横を右手の人差し指で小突きながら上条の顔を見て鼻で笑った。上条はそれに対して実に返答の仕方に迷いを覚え、しどろもどろに言い訳を交えながら謝罪した。そんな彼にエルドリエはため息を吐くと、少しだけ首を振りながら言った

 

 

「いや、別に謝ることではないよ。どちらにせよ私は負けたのだ。そして君達は、道筋は違えど騎士長閣下を始め、あの元老長や最高司祭様までも押し退けた。そして我が師であられるアリス様も、君達の力を認めている。昼に君達を最初に見た時あそこまで突っぱねようとしたのは、それが悔しかったからなんだろう。なんとも、未練がましいことこの上ない」

 

「でも、これが僕の愛なんだ。師アリス様に、一人の剣士として…また一人の男として認めてもらいたい。それだけが、今の僕の望みだ」

 

「・・・・・」

 

「ふっ、長話が過ぎたね。もう戻らねばならない。先に天幕で始まったアリス様とファナティオ副長様の小競り合いも、収まった頃合いだと信じよう」

 

 

彼の一人称が、騎士らしい『私』という呼称から『僕』に変わっていたことに、エルドリエ自身は気づいていたのだろうか。上条はなんとも赤裸々にアリスへの想いを語って身を翻したエルドリエの後ろ姿に、ある種の親近感を感じた。この騎士も、結局は自分と同じなのだと思った。愛する誰かへの、不器用な片想いに頭を悩ませる、等身大の一人の人間。例えそれが人工フラクトライトという作り物の存在のように呼ばれていても、自分と同じ人間であることに違いはないと、改めて上条は彼らという存在のあり方を実感して口許を綻ばせた

 

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