とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第17話 軍議

「・・・この四ヶ月というもの、あらゆる作戦を検討して来ましたが、結局のところ現状の戦力で敵軍の総攻撃を押し戻すことは、非常に困難であることは変わりません。包囲された時点で、我々の勝ち目はなくなります」

 

 

ようやっとベルクーリが焚きつけた士気が落ち着きを取り戻し始めた頃に、軍議らしい軍議が始まった。軍の作戦を指揮するファナティオは、長机の先頭側に設置された地図の要所を指揮棒で指し示しながら話すと、自然と天幕に集まった面々が真剣に耳を傾けていた

 

 

「ご覧の通り、我々が戦う果ての山脈側は14キロル四方に渡って草原と岩場しかありません。ここまで敵軍に押し込まれてしまえば、後は五万の敵兵力に包囲、殲滅されるのが関の山です。故に我々はこの東の大門へ続く副100メル、長さ1キロルの峡谷で戦い抜かねばなりません。ここに縦深陣を敷き、敵軍の突撃をひたすら受け止め、兵力を削り切る。これを我が軍の作戦の基本方針とします。ここまでで、何か意見はありますか?」

 

(へぇ、果ての山脈の向こう側ってこんな風になってんのか…戦争だからしょうがねぇとはいえ、今まで禁忌で侵入を制限してたってのに、よく公開したな…)

 

 

ファナティオが指揮棒でなぞる地図を見ながら、上条はぼんやりとそんなことを考えていた。こんな兵法じみた作戦会議など、上条にとってはSAO時代に各フロアボスの攻略会議に参加したのが精々で、それだって上位ギルドのお偉い方や、かの血盟騎士団で副団長を務めていた御坂美琴の立てた作戦を聞きに徹するのがほとんどだった

 

 

(・・・こんな時、美琴がいてくれれば…)

 

「確かに副長殿の作戦は、数練った作戦の中で一番合理的かつ現実的であります。しかしそれは、敵軍がゴブリンやオークの歩兵のみで構成されていればの話。彼奴等であれば5万でも10万でも斬り伏せてみせましょうが、敵軍には強力な大弓を射るオーガの軍団、さらには一層危険な暗黒術師軍団も存在します。歩兵の後背から浴びせられるであろうそれらの遠距離攻撃には、いかなる対処を?」

 

 

あの悪夢のデスゲームで、決して少なくはない軍勢を率いていた一人の少女の姿を俯きながら思い起こしていた上条のすぐ横で、藤色の髪を靡かせながらエルドリエが意見していた。彼の声に上条はハッとしてすぐさま頭を切り替えると、バツが悪そうに唇を尖らせて次の作戦を口にしようとするファナティオの方へ視線を戻した

 

 

「・・・これは実に危険な賭けですが…峡谷の底は昼でも陽光が届かず、地面には草一本生えていません。つまり、空間神聖力が薄いのです。開戦前にそれらを我らが根こそぎ使い切ってしまえば、敵軍は強力な術式を撃てなくなると考えるのが道理です。それは無論、我が軍も同じことですが、こちらにはそもそも神聖術師が多くとも100名ほどしかおりません。術の撃ち合いとなれば、神聖力の消費量は敵方の方が遥かに多いはずです」

 

「なるほど…副長の言は確かに正しかろう。しかし、神聖術は攻撃のみに用いられるものでもない。神聖力が枯渇すれば、傷ついた者の天命を回復させることができなくなるのではないか?」

 

 

ファナティオが提唱する苦肉の策に意見を呈したのは、真紅の騎士デュソルバードだった。彼の意見を真摯に聞きとめたファナティオはコクリと頷くと、落ち着いた声で返答した

 

 

「えぇ。その上で賭けだ、と申しました。この野営地にはカセドラルの宝物庫に備蓄されていた高級触媒と治療薬をありったけ運び込んであります。使用する術式は治癒術に限定し、薬を補助的に用いれば触媒だけで2日…いえ3日は持つはずです」

 

「・・・それは結構なことですが、問題はもう一つあります、ファナティオ殿。いかにソルスとテラリアの恵みが薄いとは言っても、峡谷は完全な闇ではなく、また大地から切り離されている訳ではありません。あの谷には長い年月の間に膨大な神聖力が蓄積されていると思われます。一体何者が、開戦前の短時間でその力を根こそぎ使い尽くせましょう」

 

 

今回のアリスの質問には、さしものファナティオもすぐには答えられなかった。峡谷という広大な空間の神聖力を瞬時に枯渇させるには、どう考えても100人の術師では割に合わない。そんなのはこの場にいる誰しもが分かっていた。しかし副騎士長だけは、金褐色の瞳でアリスを見ながら小さく首を振った

 

 

「いいえ、たった一人だけいます。この人界守備軍に、それが可能な者が」

 

「・・・一人?」

 

「あなたよ。アリス・シンセシス・サーティ」

 

「わ、私ですかっ!?」

 

「自分では気づいていないかもしれませんが、現在のあなたの力は整合騎士の範疇をも超えています。今のあなたであれば、天を割り、地を裂く神の御技を行使できるはずです」

 

 

ファナティオの言葉に、軍議に集まった面々は騒ついていた。そしてある者は好奇の眼差しを、またある者は羨望の眼差しをアリスに向け、その視線に晒されたアリスは青色の瞳を揺らしながら小さく首を振った

 

 

「そ、そんな…そのような大それた神聖術など、私には到底…それこそ最高司祭様のような方でなければ…」

 

「おいおい。その最高司祭を倒したのは、お前の力もあってこそなんだぞアリス」

 

「か、カミやん…ですがそれは、他でもないあなたやキリトのような人がいたから…」

 

 

不安を表情に滲ませていたアリスの横にいた上条は、彼女の肩を叩いて笑いながら言った。しかしなおも自信を持てない彼女に、今度は上条が首を振った

 

 

「そういうこと言ってんじゃねぇよ。最初から諦めるなんて、お前らしくないってことが言いたいんだ。だってお前は、俺がアドミニストレータを倒しきれずに諦めかけてた時でさえも、剣を杖にしてまでアイツの前に立ち塞がったんだ。その諦めない意志の強さがあれば、お前は何だって出来る」

 

「・・・・・」

 

 

上条の言葉に、アリスは静かに瞳を伏せた。今のアリスには、その時の記憶しかない。けれど、その記憶と上条の言葉だけで十分だった。何よりも変わらない実感を持てた。やがてアリスはゆっくりと目を開けると、先ほどの不安を一切残していない曇りのない表情で言った

 

 

「分かりました。やってみましょう」

 

「・・・えぇ、それでこそだわ。では次に…ベルクーリ騎士長」

 

「ん?あぁ、そうだったな。カミやんをどこに置くか決めねぇとな。どうだカミやん、誰か下について戦いたいやつはいるか?俺たち整合騎士でも、先輩だったってあのセルルトって騎士でも構わん。なんだったら人数割りを考え直して一部隊を率いてくれてもいいぞ?」

 

 

ファナティオに進行役を移されたベルクーリは、上条の方へと視線を投げて訊ねた。気っ風のいい彼の提案に上条は内心驚いていたが、即座に首を振って言った

 

 

「いや、なんつーか悪いんだけど…俺は一人で行動したいんだ」

 

「・・・と言うと何か?どこの部隊に入る訳でも、部隊を率いる訳でもなければ、単独行動でこの戦争を戦おうってことか?」

 

「まぁ…端的に言えばそうだな」

 

「なっ!?じょ、冗談ではありません!」

 

 

上条の申し出に返す刀で反論したのはアリスだった。彼女は長机を叩きながら勢いよく立ち上がると、浴びせるようにして次々に上条を責め立てた

 

 

「お前はその考えが、如何に危険かまるで理解していません!一対一でない戦場において単独行動など、言語道断です!信頼の置ける部隊長がいないという意味で言っているのであれば、せめて私の飛竜で一緒に…!」

 

「おいおい、落ち着けよアリス。そりゃもちろん一人で戦うより、みんなで固まって戦った方が有利だってのは分かってる。だけど俺は、みんなと同じように剣で戦うわけじゃないだろ。俺の戦い方じゃみんなと連携取れる訳でもないし、盾投げる時なんかいい迷惑にしかならねぇよ」

 

「とは言ってもな…お前さんの生存率にも直結することなんだぞ?それにお前さんには従えてる飛竜もないだろう?いざという時に戦線から緊急離脱もしにくい。もしも一人で戦って敵に囲まれたらどうする?」

 

「い、いや何もそんなに部隊から離れるつもりはねぇし、敵の軍隊の中に一人突っ込もうなんて考えてるわけでもねぇよ。自由に動ければ、ピンチの仲間を助けたり、相手の防御が薄くなった所にも切り込みやすくなる」

 

「・・・まぁ、利点と捉えられんこともないか」

 

「それに、さっきおっさんには言ったように、俺は一対一ではそれなりに腕が立ったとしても、大人数入り乱れての戦いってのは最も苦手とするところなんだ。ちょっとワガママかもしれねぇけど、俺が一番力を発揮できるのは、流儀に近い単独行動なんだ。だから認めてくれねぇか?」

 

「・・・さてなぁ…」

 

「だ、ダメです小父様!例えカミやんだとしても無茶です!彼は貴重な戦力だと、小父様もそう申していたでしょう!その彼を、みすみす死なせる気ですか!?」

 

 

返答を待つ上条と、鬼気迫る表情で異議を申し立てるアリスを交互に見比べながら、ベルクーリは顎髭を撫でつつ低く唸った。そしてしばらくの間考えを巡らせていると、急に鼻から細く息を漏らして微笑んだ

 

 

「・・・ま、かつて俺を倒したお前さんを心配するってのも変な話だよなぁ。お前さんがそれでいいなら、俺はそれでいい」

 

「ほ、本当か!?」

 

「お、小父様…!」

 

「まぁそう固いこと言うな嬢ちゃんよ。俺が思うに、このカミやんを御し切れる部隊長なんてここにはいねぇし、コイツ自身が部隊長やれるほど頭がキレるようには見えん。だったら無理にこっちの環境に合わせず、やりたいようにやらせるのがいいだろう」

 

「で、ですが…!」

 

「他の皆には、反対の意はないか?」

 

「「「・・・・・」」」

 

 

ベルクーリが長机に座る全員に向けて視線を配りながら問いかけたが、それに楯突くものは現れなかった。唯一反対だったアリスもそれを見ると、苦い顔を顔をして押し黙り、静かに着席した。すると今度はベルクーリがさっと立ち上がり、端から端まで聞こえるようにハッキリとした声で言った

 

 

「よし、そんじゃあ本日の軍議はこれにて解散とする。色々と複雑で、一部にとっちゃ訳の分からん話をして悪かったな。今日ここでした話は、なるべく悪戯に広めるのは避けてくれ。それと明日もビシバシ訓練すっから、皆しっかり寝て英気を養ってくれ」

 

「「「はっ!!!」」」

 

 

その場を統べるベルクーリの号令に、全ての騎士が敬礼しながらハリのある声で返答した。そして天幕の中は雑談などで騒めき始め、大半の人間が出入り口へと向かう中で、上条はベルクーリの方へと歩み寄った

 

 

「すまねぇな、ベルクーリのおっさん。ただでさえ急な参戦だってのに、色々とまとめてくれて助かった」

 

「なに、いいってことよ。こと嬢ちゃんに関しちゃ、お前さんの処遇に納得してるか分からんからな。きっと機嫌を損ねてるだろうから、後でちゃんと詫びを入れるといい」

 

「・・・そう言われると戦争の前にアリスに殺されないか心配なんだが…」

 

「あっはっは!そりゃ堪らんな。だが気をつけろよ。嬢ちゃんと単独行動の件はもちろんそうだが、そりゃお前さんの力でどうとでもなる。しかしあの世界がどーの、お前さんやキリトみたいな片方の世界にしかいない人間がどーのって話については、俺が場の士気を上げて誤魔化したに過ぎねぇんだからな」

 

「わ、分かってるって…話せる時が来たら話す。それにアリスと一緒に訓練にも参加して、なるべく周りと打ち解けられるように努力もするさ」

 

「分かっているとは思うが、お前さんやキリトに対する風当たりはそう褒められたモンじゃあねぇ。全ての事情を包み隠さず話した者のみにしか、背中を預けてはならない…なんて口にしてはみたが、ことお前さんに対する不信感というか…異物感が全員の頭から抜け切ったわけじゃねぇ。だからとりあえず色んなヤツと話してみろ。なんだったら俺を殴り殺した武勇を語ってみてもいい」

 

「それはむしろ今よりも反感買うと思うんだが!?だけど、そうだよな…他人の信頼は、自分で掴むしかねぇもんな。ありがとよ、本当に色々と助かったぜ。いざという時は、おっさんの背中は俺が預かる」

 

「おうよ。お前さんの命運は、この人界守備軍が預かる。だから思いっきり走って、思いっきり殴れ。そして勝とう。必ずな」

 

 

そう言ってベルクーリと上条は、お互いに口角を吊り上げると、以前はぶつけ合うことしかできなかった拳を、静かに重ね合った

 

 

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