とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第20話 アンダーワールド大戦 開戦

 

 

「あーあ。結局、俺は出番なしかねぇ…」

 

 

ダークテリトリーの血にも似た色合いの空に宵闇が差し込む頃、オブシディア城から丸三日かけて移動した侵略軍は東の大門が何とか視認出来るほどの距離を保って進行を停止し、来る戦に向けて居を構え始めていた

 

 

「見ていたぞ。お前、あのシャスターとかいう暗黒騎士の将軍が竜巻に変身した時、私を放置して真っ先に逃げたろう」

 

 

そんな軍の中で、移動式の指揮車の上で何本目かのウィスキーボトルを開けてボヤいたヴァサゴに、冷徹な視線を向けながらガブリエルが叛乱の起きた夜の行動を指摘した

 

 

「あっは。流石は隊長だ、よく見てるねぇ。いや何せほら、俺は昔っからPvP専門だからさ。あんな実態のないバケモンの相手は向かないわけよ」

 

 

対して悪びれる素振りもなく、どこまでが本気なのか分からない言い訳を口にしたヴァサゴに、ガブリエルは軽く溜め息を吐いた。しかしそれ以上はその件について特に気にすることはないと結論付けると、なおも酒を喉に流す彼にガブリエルが訊ねた

 

 

「・・・時にヴァサゴ、お前はなぜこの作戦に志願した?」

 

「作戦って、アンダーワールドへのダイブがか?そりゃもちろん、面白そうだから…」

 

「いや、その前だ。『オーシャン・タートル』への襲撃作戦そのものだよ。お前はグロージェンDSのスタッフだが、あくまでもサイバー・オペレーションが専門だろう。実弾を喰らうかもしれない作戦に関わった動機は何だったんだ?」

 

 

決してガブリエルは、このヴァサゴ・カザルスという男に深い興味を抱いた訳ではない。ただ、この自分より若い男の軽薄な態度の下に何があるのか、部隊を率いる人間としてふと思ってしまった

 

 

「・・・んまぁ…そっちも理由としては、面白そう。だからだな」

 

「ほう?」

 

「大体それ言うんなら、アンタみたいな大学出のエリート様が現場に出る方がよっぽど無茶ってもんだぜ。いくら軍隊経験があるって言ってもな」

 

「私は現場主義だからな」

 

「そりゃ結構なことで」

 

「ではヴァサゴよ、お前にとって面白い事とはなんだ?銃を撃てることか?それとも、人を殺せ……」

 

「陛下、お時間のほどが」

 

 

ヴァサゴへの疑問を口にしているガブリエルの横から、暗黒術師ディー・アイ・エルが一礼しながら声をかけた。ガブリエルはその声にスイッチをベクタの演技へと切り換えると、ヴァサゴに問いかけていた口を噤み、ディーの方へと視線を向けた

 

 

「そうか。東の大門が崩壊するまでは具体的に後どれくらいだ?」

 

「一時間ほどかと」

 

「よろしい。では現時刻をもって、第一師団を峡谷へと侵入させろ。大門の手前ギリギリに展開させて、崩壊と同時に一斉攻撃。前線を押し上げられるようなら、第ニ、第三師団も惜しまず投入し、一気に殲滅する」

 

「はっ。承知致しましたわ。明日を待たずに、敵将の首を捧げてご覧に入れますわ。もっとも、黒焦げになっているかもしれませんが」

 

 

そう言い残すと、ディーは僅かな笑みを浮かべた唇を細い指でなぞり、黒い霧となって薄っすらと消えていった。そしてその気配が完全に亡くなるのを確認すると、ヴァサゴはガブリエルに向けて不敵に笑いながら言った

 

 

「ま、理由はどうあれ、今の俺は出番がなきゃ意味がねぇ。だからせめて、このウォーゲームを思いっきりぶっ飛んだ面白ぇ舞台に仕上げてくれよ、兄弟」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

時刻は午後の六時を回った頃。既に宵闇も過ぎて文字通り暗黒に染まったダークテリトリーの空の中に、彼女は静かに佇んでいた

 

 

「どうか見ていて、キリト。私は必ず、最後まであなたを守ってみせる」

 

 

果ての山脈に連なる峡谷の遥か上空。自身の騎竜である雨縁に跨ったアリスは、黒髪の若者への思いを胸に、その時を待っていた。先刻から彼女の顔を正面からなじっていたのは、どこか渇いた冷たい風だった。しかしその風を押し返すように、質量を持っているかのような分厚い風が、アリスの背中側から吹くと、彼女は来るべき時が満ちたのを悟った

 

 

「ーーーーー…来た」

 

 

東の大門。かつて神の手によって築かれ、人界暦300年以上にわたって人界と暗黒界を隔ててきた巨大な石壁は、今まさに崩れ落ちようかというほどにいくつもの亀裂が走っていた。そして数え切れない罅が悲鳴をあげるようにして、いくつもの岩石となって砕けていった

 

 

「・・・・・本当に、落ちた…あの東の大門が…!?」

 

 

その光景を背中で見守る人界守備軍5千の兵の中、一介の兵士の誰かがポツリと呟いた。その瞬間、ついに無限にも等しかった東の大門の天命が底を突き、如何なる爆発にも勝る轟音と、地を裂くような地響きを世界中に轟かせた。それは不吉な遠雷となって、アンダーワールドの元にいる誰もが空を仰いだ。そして、数秒後……

 

 

「・・・最終…負荷実験…」

 

 

五千人の守備軍の中で、上条当麻は東の大門が崩れた後に空に浮かんだ『Final Tolerance Experiment』という炎に包まれた文字の羅列を仰ぎ、一人静かに囁いた。その言葉の意味を知る自分以外の者が、この地に後二人もいることすら知らずに………

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「Wow……」

 

 

赤黒に染まったダークテリトリーの空にも、炎に染まった文字はこれ以上ない存在感を示していた。五万の兵がひしめく闇の軍勢の中で、その総本山たる指揮者に乗ったヴァサゴは興奮去り止まぬといった様子で低く笑いを漏らしていた

 

 

「最終負荷実験かぁ…コイツは世界歴代映画興行収入第一位のエンドゲームにも勝る大作になりそうだぜ。いっそのことチャチなAIなんかより、この映像技術を頂いた方がいいんじゃねぇか兄弟?VFXスタジオでも拵えれば、俺たちゃあっという間に億万長者だぜ」

 

 

くつくつと笑いながら喋るヴァサゴと共に指揮車に乗るガブリエルは、彼方の一大スペクタクルの幕開けを告げる炎の文字に視線を奪われながらも、極めて冷静に指摘した

 

 

「残念ながら、この映像を録画することは出来ん。この世界を象る万物はポリゴンではないからな。今ここでSTLに接続している者にしか見ることの叶わぬ、極上のエンターテイメントだ」

 

 

そう言ってガブリエルは漆黒のマントを翻すと、指揮車の屋根に据えられた玉座から立ち上がり、ディー・アイ・エルという暗黒術師が設置していった大型の髑髏に歩み寄った。小さなテーブルに乗るそれは、音声伝達の能力を付与された、現代でいう通信機のようなもので、同じ物を持つ十侯の将軍に声が届く仕組みになっている。ガブリエルはその髑髏を手に取ると、闇の神ベクタの名に相応しい冷厳な声を響かせた

 

 

「闇の国の将兵共よ!待ち望んだ瞬間がやって来た!命ある者は全て殺せ!奪える者は残さず奪え!己の力の元に、人界の民を蹂躙せよ!!」

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」

 

 

その言葉に、大列そのものから鬨の声が轟いた。五万全ての兵から上がるその叫びは、先の東の大門が崩壊した轟音にも勝るとも劣らず、突き上げられた無数の蛮刀や長槍が血の色に染まる陽光を反射して鈍く閃いた。高揚する兵の雄叫びの中でガブリエルは天高く右手を掲げると、それを鋭く振り下ろしながらウォーゲームのプレイヤーたる第一声を発した

 

 

「第一陣!突撃開始ッ!」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「テメェら、しっかり固まって俺に付いて来い!突撃ぃぃぃ!!!」

 

 

皇帝ベクタの号令を合図に叫んだのは、シャスターの叛乱によって亡き者となった、山ゴブリンの長ハガシの跡を継いだ『コソギ』という名の新たな長だった。今年で二十歳になる彼は侵略軍第一陣を構成するゴブリン部隊の右翼、五千の兵士を率いて、分厚い山刀を突き上げながら走り出した

 

 

「第一部隊、抜剣!戦闘用意!修道士隊、治癒術!詠唱用意!」

 

 

整合騎士団、および人界守備軍の副長を務めるファナティオ・シンセシス・ツーは、部隊の指揮官として人界守備軍の最前列、その中央に立っていた。ついに崩壊した東の大門の向こう側から迫り来る地鳴りのような轟音、ゴブリンの小刻みな足音、オークの間延びした足音、地面に槌を打つようなジャイアントの足音に負けまいと、彼女は紫のマントを靡かせながら声高に叫んだ

 

 

「・・・始まるのか」

 

 

迫る侵略軍第一陣と守備軍第一部隊の号令を、上条当麻は第一部隊と第二部隊の丁度境い目あたりで耳にし、静かに呟いていた。上条当麻は幼少期から学園都市の教育を受けて育った身であるが、その教育カリキュラムは能力開発だけでなく、歴史についても触れることもあった。そこで知った大正から昭和にかけて日本で続いた『戦争』という単語は、終戦を迎えてから時が経った現代では決して好まれる物ではなかった

 

 

「形はどうあれ…これも等身大の戦争なんだな…」

 

 

上条は、後に『アンダーワールド大戦』と呼ばれるこの戦争に、どちらかと言えば銃器を扱わない、単純なぶつかり合いがモノを言う、戦国時代は黎明期に繰り広げられていた合戦のようなイメージを持っていた。しかしそれにしても、歴史ドラマや映画による再現を見たことがある程度で、実際の戦場で飛び交う兵士達の叫び声や、漂う殺気に身震いしていた

 

 

「ビビるなよ俺…守れないかもなんて不安があるのは、みんな同じだ。命の取り合いなんて、あの世界でいくらでもしてきただろうが」

 

 

ソードアート・オンライン。ゲームの世界での死は現実での死を意味する悪魔のデスゲーム。ここアンダーワールドでは、自分の死が現実の死に直結するかは定かではない。別段の影響はないかもしれない、だが確証はない。だからこそ、上条はこれまでもこの世界に自分の命を賭けてきた。そして今ここが、その終局であることは、もはや多く考えずとも分かることだった

 

 

「・・・行くぞ。この世界を守るために、俺は戦う」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「エンハンス・アーマメント!」

 

 

巨大な火炎が、人界守備軍第一部隊の右翼側から上がった。デュソルバード・シンセシス・セブンの大弓から迸ったそれは、200メル先に迫った侵略者達を赤く照らした。そして彼の弦に番えられた4本の矢が、豪炎を纏って輝いた

 

 

「我が名はデュソルバード・シンセシス・セブン!誉れ高き整合騎士の一柱である!我が前に立つ者は骨すら残らず燃え尽きると知れ!!」

 

 

名乗りの直後に、ズドオッ!という爆裂音と共に4本の火炎が熾焔弓からが発射された。放射線状に放たれたそれの餌食…ひいては戦争最初の犠牲者になったのは、谷の左側を突進する平地ゴブリン族の兵士達だった

 

 

「怯むなテメェら!まずはあの弓使いを殺せぇ!囲んで刻んで叩き潰せ!俺たちゴブリンは使い捨ての兵力じゃねぇ事を見せてやれ!最下層種族として虐げられてきた積年の怒りと恨みを、白イウムの血にしてぶち撒けろぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

平地ゴブリンの新たな長『シボリ』は、同族を屠られた瞬間、無骨な戦斧を振り上げて叫んだ。だがその怒りは、自分の配下を殺されたことによるモノのみではなかった。並進するゴブリンの後続には、オーク族やジャイアント族が地を揺らしながら迫ってきており、立ち止まろうものなら何倍もの体躯を誇る彼らにゴブリンはあっさりと踏み潰されてしまうことを分かっていながら、この最前線に配置されたことにもあった

 

 

「「「殺せぇ!殺せぇ!殺せぇ!」」」

 

 

ゴブリンは数ばかりの下等種族。それがダークテリトリーにおいて緑の異形に対する見方だった。シボリを始め、ゴブリンは決してそのような蔑みや虐げられてきた過去を忘れることはなかった。種族そのものが抱える怒りは、守備軍の兵士に対する憎悪と殺意に変換され、五千の平地ゴブリンから獰猛な絶叫が上がった

 

 

「・・・ここいらが潮目か」

 

 

ゴブリンが迫る間にも、デュソルバードの熾焔弓は三度にわたり火矢を放ち、数にすれば150にも登るであろうゴブリンを焼いた。しかし、彼の炎が至近距離で当たれば、その熱は味方にも被害を及ぼす。故に彼我の距離が50メルを切った所で紅蓮の騎士は武装完全支配状態を解除し、通常の射撃へと切り替えた。矢筒から次々に鋼矢を引っ掴んでは乱射し、一本の矢が軽々とニ、三匹と絶え間なくゴブリンを貫いた

 

 

「騎士殿を守れっ!奴らの刃を触れさせるなっ!」

 

 

そう叫んだのはまだ二十歳そこらの若い衛士長だった。勇み叫んだ喉とは裏腹に、身体は恐怖に細かく震えている。しかしてそれは、彼の周りにいる衛士も同様だった。当然と言えば当然だろう。歳や衛士の歴など関係なく、この軍にいる者のほとんどは実際に命のやり取りをするのが初めての人間が大半なのだ。そんな懸念をデュソルバードはぐっと息を溜めて堪えると、衛士長に低く声をかけた

 

 

「済まん。左右を頼む」

 

「お任せあれ!」

 

 

デュソルバードの声に、衛士長はニッと太く笑った。その数秒後、なだれ込んできたゴブリンの蛮刀と衛士隊の長剣が剣戟の火花を散らした。押し寄せる侵略の波と、守護の壁がぶつかり合った。それこそが、総数五万の闇の軍勢と総数五千の人界守備軍、相入れることのない二つの軍勢の明確なる衝突だった

 

 

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」

 

 

アンダーワールド全体を震撼させる、両軍の兵士による雄叫びが爆ぜる。ぶつかり合う金属音と、足音と、悲鳴と、咆哮。全てが混沌と絡み合っていく。様々な願いと思惑が交錯する中、アンダーワールドの命運をかけた大戦の火蓋が、今ここに切って落とされた

 

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