「しかし、それほど強力なのか?上位整合騎士というのは」
時は遡ること大戦開幕の数時間前。決戦の地へと向かう、恐竜にも似た二頭の怪物が引く巨大な四輪戦車の上では、皇帝ベクタことガブリエル・ミラーと、暗黒騎士に扮したヴァサゴ・カザルス、そして暗黒術師ギルド長のディー・アイ・エルが席を共にしていた
「えぇ、それはもう。あの憎き最高司祭に仕えていた彼らは人界屈指の術理と剣の技量を兼ね備えており、三百年続く戦いの歴史に於いて、我ら闇の術師や騎士が整合騎士を討ち取ったことはただの一度も…と申し上げればご理解いただけますかしら?もちろん、その逆は星の数ほどありますが」
「・・・ふむ」
自身の問いかけに対するディーの返答を聞いたガブリエルは、備え付けの玉座の肘掛けに肘を置きながら頬杖を突くと口を閉じた。すると彼に代わって、広いキャビンの壁際で胡座をかいて蒸留酒を口にするヴァサゴが訝しげな声色で、分厚いカーペットの上に寝そべるディーに訊ねた
「けどよぉ、ディーの姐さん。その整合騎士とかいう奴ら、そんなに強えなら、なんでこっちに攻めて来なかったんだよ?」
「あら、いいご質問ですわヴァサゴ様。彼奴らは確かに一騎当千の猛者ではありますが、それでもあくまで一騎に過ぎないのです。広大な空間で万の軍勢に囲まれれば、かすり傷が積もり積もって天命が尽きることも有りますでしょう?故に連中は卑怯にも、包囲される危険がない果ての山脈からは決して出て来ないのですわ」
「へーぇ、なるほどなぁ。ってことはアレか…どんなクソ硬いMobでも、安全圏からDoTダメージでチマチマ削っていきゃあ、いつかは倒せるっていう…」
「・・・は?も、もぶ…?」
いかに将軍ユニットと言えど、一介の人工フラクトライトであるディーに分かるはずもない喩えを出すヴァサゴに対し、ガブリエルはジロリと鋭い視線を投げると、彼の両手を合わせる仕草に嘆息を吐きながら言った
「ともかく、だ。要はその整合騎士どもを十分に広い戦場に引っ張り出せば、包囲して殲滅できる…ということだな?」
「理屈では、そういうことですわね。その際のゴブリンやオーク共の犠牲は軽く万を超えるでしょうが、奴らの武装完全支配術を前にしては、犠牲はやむを得ません」
ディーに言われるまでもなく、ガブリエルにとっては歩兵ユニットの損耗など気にかけるつもりはなかった。彼の唯一の目的は、アリスのフラクトライトを城へ持ち帰り、イジェクション操作によって現実へ抽出することだけなのだから。そんな風に考える彼を余所に、この作戦をどこかゲーム感覚に捉えていたヴァサゴがもう一度ディーに聞いた
「なぁ。上位整合騎士ってのはその、ぶそーかんぜん…なんとかってのがあるから強いんだろ?じゃあソイツを使える奴はコッチの軍勢にはいねぇのか?」
「残念ながら。武装完全支配術とは、人智を超えた武具である神器と、その素材に眠る記憶を引き出す技量があって初めて成立する術式ですわ。故に武装完全支配術とは術の真髄にして唯一無二。その効果は騎士と神器によって異なっています」
「なるほど。エクストラ…ひいてはユニークスキルみたいなもんか。じゃあ例えばどんなのが?」
「そうですわね、やはり代表例としては整合騎士長ベルクーリが持つ時穿剣でしょうか。奴が持つ剣は未来を切ることができ、彼が描いた斬撃の軌跡はその場に残ると言われています」
「Oh!ソイツはクールだな!カッケェな!」
ディーの話に興奮しているヴァサゴにガブリエルは深くため息を吐くと、それを押し戻すようにワインを喉に流し込んでから話に割り込んだ
「感心してる場合か。それが本当であれば、我々とて苦戦を強いられるであろう。しかし解せぬな。剣を振った軌跡が残るなどという限られた範囲にしか及ばぬ技ならば、何も万という犠牲を払わずとも押し切れるのではないか?」
「ベルクーリの支配術だけを見ればそうかも知れませんが、それが複数あるが故に厄介なのです。先ほど、その効果は騎士と神器によって異なると申し上げましたように、その神器によっては効果が広範囲、長距離に及ぶ術式もございます」
「・・・なるほど、道理だ」
「こちらに関しましては、実に如実な例がございます。整合騎士団副長ファナティオが持つ『天穿剣』という名の神器からなる武装完全支配術は………」
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「・・・捉えた」
守備軍と侵略軍の剣が衝突する数刻前。人界守備軍第一部隊中央陣を受け持つファナティオ・シンセシス・ツーは両足を大きく開き、左前の半身で立っていた。肩の高さにある右手には彼女の神器、天穿剣がしっかりと握られていた。しかし、それを握る拳の向きは逆手で、残された左手は水平に伸ばされ、掌で銀白の刀身を支えていた
「エンハンス・アーマメント」
ファナティオは深く息を吸い、囁くようにして唱えた。瞬間、彼女の手の中で天穿剣の刀身が眩く輝いた。見る者全ての視線を奪うその術の中でも、ことさらに目を引かれるのはやはり彼女の姿勢。その極細の切っ先を穿たんとする敵一点に向けるその姿は、スナイパーライフルを構える狙撃兵と酷似していた
「貫け!光よッ!!」
暗黒の闇が支配する領域に、一条の光が射した。眩く輝く天穿剣の切っ先から、その刀身の輝きすら霞むほどの閃光が迸った。さながらスナイパーのように膝をついて剣を構えたファナティオの視線の先では、桁外れの巨躯を誇るジャイアント族の中でも、一際巨大な族長『シグロシグ』の姿を完璧に捉えていた
「グオオオオッ!?」
目を焼くような眩しすぎる視線に、シグロシグは思わず目を庇いながら尻餅を突いた。その瞬間、灼熱の閃光が彼の右頬を掠めた後に、彼の後ろに続いていた配下のジャイアント三匹が鮮血を噴き出しながら、腰から上下に巨大な体を割られたのを目の当たりにした
「ッ!外した…!?」
「ヒイイイイイッッッ!?」
遠方でファナティオが舌打ちしながら顔を顰めている時、シグロシグは思わず座りながら後ずさりしていた。今自分はもし転けていなかったらコイツらのようになっていたのか。そんな容易にあり得た未来に怯え、巨大な体を動かす心臓はドクドクと脈を打ち、死の恐怖が駆け巡る脳内は信じられないほどに熱くなっていた
「嘘だ、うそだ、うぞだ!!俺殺す、人間コロス!ころすごろすごろずごろディルッ!でぃるでぃるでぃるDIRdirdirdir!!!!!」
シグロシグのフラクトライトには、ジャイアント族の長に相応しく強固に築かれた最強者であるといつイメージが、確かな『主体』として刻まれていた。しかしてそれが、腰を抜かして立てないという『恐怖』が正面からぶつかり合い、それぞれの感情を主張し合うことで加速度的に量子回路の崩壊を助長させていた
「ディルッ!ディルッ!ディルディルディルディルディーーーッッッ!?!?!?!」
ジャイアント族の戦士達が呆然と立ち尽くしながら、しゃがみ込んで錯乱するシグロシグを見守っていた最中、族長だった怪物は突然に立ち上がった。そして手にしていた巨大な戦鎚を乱雑に振り回しながら、前方にいた同族達を左右に跳ね飛ばし、凄まじい勢いで突進を開始した
「ーーーーーッ!?」
先頭のゴブリン部隊を文字通り踏み潰しながら迫る来るジャイアント族の長に、整合騎士ファナティオは戦慄を覚えていた。四メルを超える巨躯がもう目の前まで迫っている。このままでは自分も、あの錯乱した巨人に踏み潰されるしかない。そんなのは考えるまでもないにも関わらず、ファナティオは膝をついた姿勢のまま動くことが出来なかった
(ど、どうして…何故動けないっ!?)
心意。己の魂に思い描く思いの強さやイメージの力によって事象を上書きする秘中の秘。それは時によって、殺意と憎悪によっても形となって現れる。そして今まさにこの瞬間、シグロシグのフラクトライトの崩壊によって溢れ出した殺意と憎悪が、ファナティオの体を狙撃姿勢のまま凍りつかせていた
「ニンゲンゴロ!ニンゲンゴロズ!ニン!ゴロ!ディルディルディルーーーッッッ!!」
両目に赤黒い光を滾らせ、もはや言葉とも取れない絶叫を上げながら迫るシグロシグの鉄槌が自分に向けて振り下ろされるまで、もう後10秒もあるまい。そう考えるのとは裏腹に、ファナティオの体は動かなかった。動ければ、切り結ぶことさえ出来れば、あんな粗雑な鉄槌に神器たる天穿剣の刃が負ける道理はない。なのに、立てない。そもそもの前提が現実にならない
(・・・・・閣下……)
ファナティオが整合騎士として過ごした日々の中で愛した男の姿が、微かに脳裏をよぎった。その名を、動かない唇で小さく呟く。何と無様な最後なのか。整合騎士副長たる自分が、敵の殺意に飲まれ動けずに、ただ潰される。そんな最期を、彼女は恥じた。こんな生き恥を晒すくらいなら、早く消えてしまいたい…そんなことさえ考えながらその時を待つ彼女の前に、小さな人影が割り込んだ
「立てっ!そう長くは押し留められねぇぞ!」
「ッ!?」
ガアンッ!!という爆音と共に、無数の火花がファナティオの目の前で散った。振り下ろされる鉄槌と、それを突き上げるようにして防ぐ純白の盾。その下には、ジャイアントの巨躯の半分にも満たない体格の少年、上条当麻がいた。自分の体を凍らせた鮮烈な殺意を放ち続けるシグロシグへ敢然と立ち向かうその少年の後ろ姿に、ファナティオは思わず目を疑った
「だあっ!!」
「どうし…て………」
上条が吠えて、彼の身の丈程もある巨大な鉄槌を押し返す。その光景に、ファナティオは疑問が尽きなかった。なぜあの殺意を前にしても、彼は臆することなく立ち向かえるのか。あの盾は素材こそ良いが、天穿剣のような神器ではないのに、巨大な鉄槌をどうして防げるのか。そして、なぜ彼は明確な体格差を前にしても、小さな右手の拳を撃てるのだろうか
「ラァッ!!」
「ディルッ!?ディ、ディッ!?」
懸命に振り上げた上条の拳が、シグロシグの鳩尾に埋まる。しかし、どれだけ背伸びしても彼の拳が届くのはそこが限度いっぱいだ。正気を失った巨人は呻いてよろつく程度で、決して倒れはしない。それでも上条は必死に右拳を振り上げ、左手に握る盾の銀縁を懸命に巨人にぶつけ続けた
「うおおおおおおおっ!!!」
「よ、よせっ!無茶だ!」
「ゴロズ!ニンゲンゴロオオオ!!!」
シグロシグの殺気によって凍りついていたファナティオの口が、気づけば上条の無謀な抵抗を止めようと叫んでいた。だがその時には既に、体勢を立て直した巨人が鉄槌を今まさに振り下ろさんとしていた。上条の体が圧倒的な質量に押し潰される光景を脳裏に浮かばせたファナティオが、思わず目を背けたその瞬間……
「シッ!!」
「グオオオオオーーーッ!?!?」
『ダキラ・シンセシス・トゥエニツー』。ファナティオ直属の部下である四旋剣の一人にして、純白の兜の下に素顔を隠した整合騎士。その彼女が持つ細身の鉄剣が閃いた。神器には劣るが、他とは一線を画す優先度を誇るその剣は、上条へと振り下ろされた鉄槌ごとシグロシグの右腕を跳ね飛ばした
「悪い!助かった!」
「勘違いするな!私はお前ではなくファナティオ様に助太刀しただけだ!」
「そ、そりゃどうも…」
「ダキラ…!」
「お前達!今こそ私たちの命をファナティオ様に捧げる時だ!」
ダキラが上条に向けて吐き捨てた言葉の後に、ファナティオが腰を下ろしたまま彼女の名を呟いた。そして彼女の叫びにジェイス、ジーロ、ホーブレン、三人の四旋剣が隊列から飛び出して来ると、ファナティオを庇うようにして最前線に立つ上条と共に並び立った
「行くぞ!四旋剣、秘奥義!」
四旋剣は固有の部隊名こそあれど、決して精鋭によって構成されているわけではなかった。単騎で前衛任務に出すのは不安が残るとファナティオが判断した実力不足の騎士を集め、連携技によって生存率を高めようと結成された謂わば『落ちこぼれ部隊』だった。しかしてその評価は、この戦争、この瞬間を以て覆ることになる
「「「「『環刃旋舞』!!!!」」」」
それはまるで、竜巻のようだった。緑色のライトエフェクトを放った四本の剣が、荒れ狂う嵐のように旋回し、シグロシグを含め周りのジャイアントやゴブリンを一斉に薙ぎ払っていくその連携技に、落ちこぼれ部隊だと感じさせる姿は微塵にも残っていなかった
「「「ギャアアアアアアア!?!?!」」」
「す、すげぇ…!」
四人の白騎士が、その倍以上の敵を薙ぎ払うその光景に、上条は思わず目を見張って感動にも似た呟きを漏らした。SAOにも連携という概念こそあったが、連携技と呼べる代物はなかった。それ故に、もし仮に誰かが作り出そうと息巻いても、これほどの妙技が完成するとは思えなかった
「d#a×g÷chrs=afuv←itzーーーーーッッッ!!」
「なっ!?」
だからこそ上条は、四本の剣が織りなす連携技を受けても、なお立ち上がったシグロシグにそれ以上の驚愕を覚えた。イかれたラジオのようなノイズを吐き出しながら、自分の巨体を切り刻んだ四旋剣を薙ぎ払おうと鉄槌が横に振られる。その先にいる四旋剣は、技を放った直後で体勢を立て直す時間も足らず、ただ呆然とその鉄槌を見上げることしか出来なかった
「クソッ…!」
「伏せろっ!!!」
ズバアアアッ!というガスバーナーにも似た音が、ファナティオの叫びに続いた。凍りついていたはずの彼女の体は、部下を護ろうとする意志によってついに解き放たれた。自由を取り戻した彼女が握る天穿剣から再び閃光が迸ると、その光線の刃はシグロシグの胸板のど真ん中に風穴をぶち開けた
「ゴッ……ディ…ガ…………」
「ファ、ファナティオ様!」
ズウンッ!という短い地鳴りがして、シグロシグの巨体が黒い焦土に沈み、起き上がることはなかった。それを見たファナティオは短く息を吐いて、前に出ていた四旋剣と上条の元へと走り寄った
「済まない、お前達…私はあの巨人を前に、一度は戦いの心を引いてしまった。お前達がいなければ私は今頃…」
「何を仰いますかファナティオ様!私たちの方こそ、環刃旋舞を放った後は完全に油断していました!申し訳ありません、陣形から外れて自ら前に出ておいて、このような無様な失態を…!」
「懺悔は後にしろ!畳み掛けるなら今だぞ!」
互いに謝罪の言葉を述べるファナティオとダキラを上条が叱責した。彼の声に彼女達は敵方へと視線を戻すと、ファナティオの武装完全支配術と四旋剣の連携技によって、すっかり萎縮してしまったゴブリンやジャイアント達が目に入った
「第一部隊中央!前進せよ!」
「「「おおおおおっっっ!!!」」」
右手を振り下ろしたファナティオの合図に続いて、幾人もの兵士が押し寄せる波のように闇の軍勢へと襲いかかった。その最前線には、殺気に凍りついていた瞬間が嘘であったかのように、天穿剣を敵に向けて振るファナティオと、手当たり次第に目についた敵を右拳と純白の盾で押し飛ばす上条の姿があった
「助かりました!礼を言います!」
「だからそういうのは後にしろって!」
「はっ!大人数入り乱れての戦いが不得手だと言っていた割には、中々どうして手腕を振るうではありませんか!」
「アンタの方こそ!最初はすっかりビビっちまったのかと不安になったぜ!」
「ふっ、言ってくれますね…整合騎士副長の私をして。ですが、あなたのそういう所はキリトに似ています。彼との戦いの記憶は、今の私にとってはなくてはならないものです。ですが実際にあなたの戦う姿を見て、私はあなたとも戦ってみたくなりましたよ!」
「この戦争が終わったらいくらでも!」
迫り来る敵を斬り伏せながら、また叩き伏せながら、上条とファナティオは半ば叫ぶように会話を交わしていた。片方の世界では交わることのなかった二人は、天下分けめの大戦でついに肩を並べた。そんな奇妙な縁が可笑しかったのか、二人の男女は少しだけ微笑みを交わした後で、裂帛の気合いと共に叫んだ
「「押し返せえええぇぇぇっっっ!!!」」