とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

81 / 144
第23話 混乱

 

「あのぉ、なんだかさっきから左側が危なそうなんですけどぉ…」

 

 

見習い整合騎士であるフィゼルが言うと、相棒のリネルがお下げ髪を揺らしながらコクコクとそれとなく頷いた。しかし、彼女らの声掛けに対し、指揮官であるシェータ・シンセシス・トゥエルブは特に何も答えなかった

 

 

「・・・・・」

 

(・・・本当に無口な人だなぁ)

 

 

心の中で、リネルはため息を吐いた。彼女らが配置されたのは、守備軍第二部隊の右翼側だった。100メル前方に陣取る第一部隊右翼は混戦模様だが、古参のデュソルバードが意地で平地ゴブリンの長シボリを討ち取ったこともあり、防衛線を抜けて来る敵はなかった

 

 

「・・・となると、やっぱり不安なのは左翼なんですよねぇ…」

 

 

今度はリゼルの呟きにフィゼルがコクコクと頷いた。事実、数刻前から左翼側は異様な気配を漂わせていた。損害は出ている様子こそ感じないが、無数の混乱した叫び声が中央の頭越しに聴こえており、よくよく目を凝らすと深い煙のような靄が峡谷に添いながら戦場を覆っているのを見て、なおも煽るようにフィゼルが呟いた

 

 

「『あの子』大丈夫かなぁ…」

 

「ねぇ〜。ベルクーリのオジサマには何か考えがあるのだと思って何も言わなかったんですけど、やっぱり第二部隊の左右は入れ替えるべきでしたよ。エルドリっちとレンリっちの並びが、いかにも不安すぎます」

 

 

この戦場に集った上位整合騎士は、たったの七人。第一部隊左翼にエルドリエ、中央にファナティオ、右翼にデュソルバード。続く第二部隊左翼にレンリ、中央にベルクーリ、右翼に無音改め、無口のシェータ。そんな配置によくよく疑問を覚えた下位騎士のリネルとフィゼルは、自分たちを指揮する無口な女性騎士のもとで密かに囁いた

 

 

「あたし思ったんだけどさ。騎士長のおっさんは多分、あたしらの隊長をなるべく戦わせたくなかったんじゃあ…」

 

「・・・あ〜〜〜」

 

 

フィゼルの推測に、リネルは納得したように息を漏らした。そして少し離れた場所に立つ華奢な姿の騎士を見やった。薄手の鎧は、珍しい艶消しの灰色をしており、それに倣ったのか濃い灰色の髪は白い額の真ん中でキッチリと分けられ、首の後ろで一つに束ねていた

 

 

「あの〜、シェータ様…?」

 

 

そんなどこか近寄りがたささえ覚える彼女に、リネルはもう一度声をかけた。『無音』。その二つ名の由来が何かは知る由もないが、少なくとも見た目ほど無害でないことは、リネル達は感じ取っていた。だからこそベルクーリも彼女をここに配置したのだろうし、出番がないことに越したことはないと考えたのだろう。しかし、それは彼女達の出番がないのも同義であるため、その退屈な時間が二人の見習い騎士にはもう耐え切れなかった

 

 

「あたしたち、後ろの方見てきてもいいですか?」

 

 

続けられたリネルの声に、シェータの眉がほんの僅かながらピクリと動いた。そして瞳の端から感じられる「なぜ?」という問いかけを感じる視線に、急いで答えた

 

 

「その、どうにもちょっと不安で…」

 

 

再び無口の騎士の眉が動く。それはおおよそ「何が?」と問うていた。なんとも面倒なコミュニケーションと、答えづらい空気に四苦八苦しながらも、リネルはなんとか声を絞り出した

 

 

「ええーっと、ほら。補給部隊と一緒にいるはずのアイツです。反逆者の、キリト…」

 

 

その名前を持つ少年が、心と片腕と、大切な相棒を失ってまで、何を求めて戦ったのか。整合騎士や彼らの強さたる、心の強さとは一体何なのか。それを知りたいが為に二人ははるばる東の大門へと赴いた。故に、この場で足踏みしているだけでは何も見えてこない。しかし、そんな事情をシェータに全て説明するわけにもいかないので、フィゼルが最後に頷いてから、二人はそっと彼女の答えを待った

 

 

「・・・・・」

 

 

すると彼女は、二秒ほど黙って…元々黙っているのだが、それよりも重苦しい沈黙の間に何かを考えたのか、灰色の瞳でちらりと左翼側を見ながら、左手で自身の後方を指差した

 

 

「・・・え?あの…い、移動してもいいんですか?」

 

「・・・・・」

 

 

不安の混じった声色でフィゼルが聞くと、シェータは無言で頷いた。かなり小さな動作だったが、それを見逃さなかった二人の少女は慌てて略式の騎士礼をしてから言った

 

 

「「ありがとうございます!安全を確認したらすぐに戻ります!」」

 

 

声を揃え、オマケに足並みも揃えながらフィゼルとリネルは振り向いて隊列の脇を走り始めた。二人は「ありがとう」などと言う最高司祭にさえ口にしたことのない言葉にどこかむず痒さを覚え、互いに顔を見合わせて苦笑した

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

第一部隊中央のファナティオと、右翼側のデュソルバードの苦闘、そしてエルドリエの指揮する左翼側を見舞った煙幕による混乱を、第二部隊を指揮するベルクーリ・シンセシス・ワンは明瞭に察知していた

 

 

「・・・ファナティオ達はジャイアントの長を…デュソルバードは平地ゴブリンの長を討ち取ったか…」

 

 

しかし、彼はその場を動くことはなかった。整合騎士の中で最も長い年月で闇の軍勢と立ち合った彼は、侵略軍の諸侯に大体の目星がついており、それを少なからず整合騎士達が討ち取っていること、そして半年をかけて培ってきた守備軍に対する信頼が彼を動かさなかった

 

 

「・・・まだなのか」

 

 

けれど、理由はそれだけではなかった。それは空からの奇襲の可能性。即ち、敵の飛行戦力による侵攻だった。ダークテリトリーについて誰よりも知る彼は、自分たち整合騎士騎士団と、その敵勢力である暗黒騎士団のみが持つ『竜騎士』、更には『ミニオン』と称されておる有翼生物の襲撃を危惧していた

 

 

「・・・頼むぜ、相棒よ」

 

 

そしてそれを対処できるのもまた、闇の軍勢を最も知る騎士長ベルクーリだけだった。正確には、彼の帯びる神器、時穿剣だけが。彼は第二部隊の中央で仁王立ちになり、鞘に収めた愛剣の柄頭に両手を預けながら、神経を研ぎ澄ませていた。それ故に、第一部隊の三人の整合騎士と衛士達の戦い、左翼側の大混乱とゴブリン部隊の侵入も察知することが出来ていたのだ

 

 

「・・・来るなら、来い」

 

 

それでも彼が動いていない理由の最も大きなものに、彼の武装完全支配術が関係していた。ベルクーリの時穿剣は既に、その素材となった時計の針の記憶を解放していたのだ。それは東の大門が崩壊する直前の事で、彼は騎竜『星咬』にまたがり大門すぐ手前の空間で微細な上下動と後退を繰り返しながら剣を振り続け、虚空にビッシリと膨大な網目状の『斬撃空間』を張り巡らせていたのだ

 

 

「・・・早く」

 

 

しかし、それだけの規模を持つ『心意の刃』を数十分も保ち続けるのは、300年以上を生きたベルクーリにも初めての経験であった。だからこそ、そう念じざるを得なかった。それ以後もベルクーリは、自分よりも更に上空で控えているアリスを守るためにも、ひたすら時穿剣に精神力を注ぎ続けた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「う、うわああああああーーーっ!?」

 

 

物資天幕の奥で再び身を屈めていたレンリ・シンセシス・トゥエニセブンは、突如として天幕越しに耳を突いてきた複数の叫び声の近さに鋭く息を呑んだ

 

 

(ま、まさかっ!?有り得ない!こんな…こんなに早く敵軍が防衛線を突破してくるなんて…!?)

 

 

まだ実際の開戦からは過ぎても一時間が関の山だろう。だというのに、こんな最後方でこんな声がするのは有り得ない。自分の気が高まっているせいだ、レンリがそう思い込もうとした時、それが空耳ではないと知らせるようにティーゼの叫び声がした

 

 

「う、嘘…何でもうこんなに後方まで!?」

 

 

ティーゼは叫ぶのと同時に、ざっと顔を上げながら天幕の入り口に走った。垂れ幕を持ち上げて外を確認したその瞬間、彼女は目の前に広がった光景に顔を顰めながら、いっそう緊張感を高めさせる声で言った

 

 

「煙が…!」

 

「えっ!?ティーゼ、火も見えるの!?」

 

「ううん、変な色の煙が流れてきてるだけ…いや、待って。煙の中からたくさん人が…」

 

 

その声に、共にいたロニエも顔を強張らせながら天幕の入り口へ駆け寄った。外を覗き込むティーゼは彼女を脇に控えて囁くようにして話していたが、やがてその声は天幕の分厚い布すらも引き裂くような叫びに変わった

 

 

「ま、まさかアレって…ゴブリン!?」

 

 

ティーゼが叫んだその生物の名前に、レンリは肩をビクリと震わせた。その直後に鼻を刺してきた空気に混ざった異臭が、話に聞く緑色の異形が迫っていることを証明していた。そして今一度レンリが身の安全を固めようと辺りを見渡したその時、先のティーゼの叫びに気づいたのか、バリッ!という音がして天幕が粗い蛮刀によって破かれ、その隙間から緑の顔と、怪しく光る黄色い二つの眼が割り込んできた

 

 

「おほっ!白イウムの女だ!娘っ子だぁ…俺の獲物だぁ!」

 

「ひっ!?」

 

 

あまりにも生々しくも悍ましい欲望の声に、ティーゼとロニエは思わず身を引いた。それは実際に彼らと相対していないレンリも同じだった。指先まで震えが走り、体は思ったように動かない。ただ彼らの様子を覗き込む事しか出来ない彼の視線の先で、ゴブリンはのそりと二人の少女へと一歩を踏み出した

 

 

「てぃ、ティーゼ…!」

 

 

ロニエが恐怖にカチカチと歯を鳴らしながら、今にも消えそうな細い声を漏らした。咄嗟にキリトが座る車椅子を背後に庇ったが、それでも震えは止まっていなかった。そんな彼女が呼びかけたティーゼもまた、腰に据えた剣に手を掛けたが、壊れたように瞳が揺れ、過呼吸気味に肩を何度も上下させていた

 

 

(た、立たなきゃ…立ってあの子達を…整合騎士の僕が守らないといけないのに…!)

 

 

レンリが心の中でそう叫んでも、彼の体は強力な粘着剤で固められたように動かなかった。敵はたかがゴブリン一匹。一騎当千の整合騎士には、取るにたらない雑魚。それなのに、レンリの体は恐怖以外の感情を受け付けようとしなかった

 

 

「ぐふぅ、うんまそうだなぁ…!」

 

 

舌舐めずりの後に垂れる唾液と、聞こえてくる醜悪な声に、とうとう彼は腰を抜かしてへたり込んだ。もう見る事しか出来なかった。悪の具現が、可憐な二本の華を欲望のままに摘み取ろうとするのを、レンリは恐怖に怯えながら待つ事しか出来なかった

 

 

「さ、下がりなさい!さもないと…!」

 

 

ティーゼが懸命に絞り出した警告も、ゴブリンには何の意味も為さなかった。むしろ、その震えた声が彼の欲望と嗜虐心をさらにそそった。ニタリと笑った亜人は、蛮刀をギラリと鈍く光らせながら更に一歩彼女達に詰め寄った

 

 

(・・・もう、ダメだ…ごめん、ごめんよ…)

 

 

レンリが心の中で二人の少女に謝罪しながら俯いた、その時……

 

 

ーーーーーーーストン。

 

 

という乾いた音が天幕の中に木霊した

 

 

「・・・なんだ、こりゃあ?」

 

 

ゴブリンが呟いた。自分が身に纏っている粗雑な板金の鎧から、鋭くも滑らかな緑色の金属で出来た短剣が突き出ている。こんなもの、この鎧に元々着いてたか?そう考えた時には既に、彼の体は地に伏していた。なんとも間抜けな声が、そのゴブリンの最後の言葉だった

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。