とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第24話 レンリ・シンセシス・トゥエニセブン

 

「はい、一丁上がり」

 

 

カツンッ!と乾いた靴音と共に華麗に着地し、ゴブリンの背後から姿を見せたのは、見習い整合騎士にして『恐るべき双子たち』の異名を持つ片割れの修道女、リネル・シンセシス・トゥエニエイトだった。寸分違わずゴブリンの心臓を貫いた彼女は、緑のナイフに付着した血を払い落としながら、その場で立ち尽くす三人に向けてコロッと笑ってみせた

 

 

「あ、貴方達は……」

 

「ネル、この近くのゴブリンはぜんぶ片付けたけど、まだ来るよ。移動したほうがいいかも」

 

「ん、解ったよゼル」

 

 

戸惑いながら口を開いたティーゼの声を消しながら、天幕の出入り口に掛けられた垂れ幕を捲し上げながらフィゼルが言うと、リネルはそれに短い返事で答えながらナイフを腰に据えた木製の鞘へ納めた

 

 

「あたしはリネル。そんでこっちはフィゼル、二人とも見習いの騎士です」

 

「は、はい…何度か訓練中にお見かけしました。ティーゼ・シュトリーネン初等練士と、ロニエ・アラベル初等練士です。えっと…た、助けていただいて…ありがとうございました」

 

 

リネルは振り向いて修道服の胸元に手を当てながら言うと、続いて震えた声のままティーゼが名乗った。ロニエも慌てて頭を下げて感謝の意を示していると、リネルはその幼稚な見た目には不釣り合いな大人びた仕草で肩を竦めた

 

 

「いーえ。お礼を言うのはまだ早いですし、それに助かったかどうかもまだ解らないですよ。第一部隊と第二部隊の左翼が煙幕に巻かれてるあいだに、ゴブリンが百匹以上も防衛線を抜けてきたみたいですから。えぇ、事によると……」

 

 

そこでリネルは言葉を切って、部屋の片隅で棒立ちになっているレンリの方へと視線を投げた。そのどこか睨んでいるような不気味な笑みに、レンリは思わず肩を浮かせた

 

 

「その第二部隊左翼で指揮を執ってるはずの上位騎士様が、こんなとこで何を油売ってるんですか?今頃はあなたの部下、煙幕の中で右往左往してますよ」

 

「・・・君たちには関係のないことだ。そこの二人と病人を、安全なところまで連れていってくれ」

 

「・・・ふぅん」

 

 

心底興味なさそうに呟いたリネルの放つ気配が変わったのを、レンリは悟った。とても子供とは思えない冷徹な殺意が、向けられているのが分かる。まだゴブリンの血が残る短剣が突然にフォン!という軽々しい音と共に振り上げられ、篝火の赤をキラリと反射させながら光った

 

 

(・・・僕はここで…自分よりもずっと小さい女の子に殺されるのか…?いや、もうそれでもいい。失敗作の騎士として、永久に凍結されているべき僕が、本物の戦場に身を投じたのがそもそも間違っていたんだ。今さら第二部隊には戻れないし、カセドラルまで逃げ帰っても居場所はない。見習いではあっても騎士の位を持つこの子達に処刑されるなら…臆病者の僕には相応しい末路だ……)

 

 

心の中でそう結論づけると、レンリはリネルから顔を逸らしたまま、断罪の刃を待った。しかしその後に聞こえたのは、刃が振り下ろされる音ではなく、少女の呟く声だった

 

 

「・・・こんな虚仮威しにビビっている時点で、どうしようもない腰抜けなのは火を見るよりも明らかですが…上位騎士であるからには、何らかの『強さ』を持っているんでしょう。あなたが病人と言った『そこの剣士』に感謝するんですね」

 

「・・・は?」

 

 

それはどういう意味だろう?そうレンリが考える時には、リネルはとっくに修道服の裾を翻していた。そして背中を向けたまま、キリトの側に付いている二人の初等練士に指を向けながら指示を出した

 

 

「そこの練士二人、キリトと一緒に付いて来なさい」

 

「・・・え?は、はいっ!」

 

「ネル、来てるよ!8…いや、10はいる!」

 

 

ロニエの返事に、天幕の出入口で外の様子を伺っていたフィゼルの叫びが重なった。その言葉通りに複数の足音が東側から近づいてくるのが分かるも、リネルは密かに舌打ちしながら吐き捨てるように指示を訂正した

 

 

「今の命令は撤回です。しばらくそこで待機、緑の畜生共を片付けて来ます」

 

「は、はい。騎士様…」

 

「ゲヒャヒャ!いたぞぉ!イウムの餓鬼だぁ!」

 

 

ティーゼが頷くと、直後にゴブリンの甲高い叫び声が全員の耳に飛び込んできた。それを合図としたかのように、二人の修道女は滑るように天幕を出ていった。するとやがて、彼女らの足音とゴブリンの荒々しい足音が天幕から遠ざかっていった

 

 

(どうして…あの子達は見習いなのに、身を守る鎧だって付けてないのに、臆さずに敵に向かっていけるんだ……)

 

 

やがて戦いの喧騒が耳から遠ざかっていってることから察するに、彼女達はきっと自分達に被害が及ばない遠くまで敵を引き離して、それからゴブリンを始末するつもりなのだろう。おめおめ逃げ帰って来た自分とは天と地ほどの差を見せつけられたレンリは、ロニエとティーゼがどんな表情を浮かべているのか確かめる勇気もなく、深く俯くことしか出来なかった。だが、そうしていられるのは一瞬だった

 

 

「ゲヒャハア!見ぃ付けたぁ!」

 

 

ビリィッ!という音で天幕が裂けたのは、レンリ達のすぐ左側だった。さしものレンリも流石に蹲っていられず、腰を浮かせて大きく飛び退いた。引き裂かれた天幕から飛び込んで来たのは、先ほどの一匹よりも上等な鎧を纏った、体格も一回り大きいゴブリンだった。その亜人を目にしたレンリの体が、再び恐怖で固まった。殺されるのは、怖い。だが殺すのはもっと怖い。そんな恐怖が、彼を腰に据える神器を無意識に遠ざけていた

 

 

「と、止まりなさい!それ以上近づけば、あなたを躊躇いなく切り捨てます!」

 

 

赤毛の少女騎士ティーゼ・シュトリーネンは叫んだ。しかし、その声は細く掠れていて、体の細かい震えも収まっていなかった。ただレンリと一つ違ったのは、剣の柄に手がかかっていること。その現実が、レンリの劣等感をことさらに駆り立てた

 

 

「あぁ、いいぜぇ?止まらねぇから好きに切ってくれよぉ!」

 

 

ティーゼの必死の警告も虚しく、ゴブリンは蛮刀を振りかざしながら二人の少女目掛けて飛びかかった。無駄口を叩かず襲いかかる事から鑑みても、先のゴブリンよりもよく訓練された上級兵なのが分かった。もう、そんな敵が目の前にいてはどうしようもない…半ば既に諦めたようにレンリが目を背けた瞬間、引き裂かれた天幕の間を縫うようにして白い何かが飛び込んできた

 

 

「グギャアッ!?」

 

 

ガアンッ!という強烈な音を立てて、それは宙を舞った。中央に琥珀が埋め込まれた、純白の盾。突然に姿を現したそれはゴブリンの横顔に直撃し、緑の異形がたまらず鈍痛に声を上げて怯んだ直後に、新たな何者かが天幕の中に舞い込んできた

 

 

「もうテメエらの顔は…見飽きてんだよッ!」

 

「ゲェッ!?」

 

 

突風のように飛び込んできたのは、ただの真っ直ぐな拳だった。ゴシャアッ!という強烈な鈍い音からも分かるほど固く握られた右手の拳の先では、既にゴブリンが気を失って伏していた。そしてそれを見下ろすように立っていた男に、ロニエが叫ぶように声をかけた

 

 

「か、カミやん先輩っ!!」

 

「ロニエ、ティーゼ!大丈夫だったか!?キリトは!?」

 

「は、はい!大丈夫です!助けて下さってありがとうございました!」

 

「よし、一先ず無事で良かっ……」

 

 

盾を左手で拾い上げながら、上条は安否を心配する声を掛けた。それにティーゼが必死に答えると、上条はホッと肩を沈ませながら息をした。そして軽く周りの状況を見渡していると、次第に上条とレンリの視線が重なった

 

 

「お前は確か、整合騎士の…レンリ?」

 

「い、いや…僕は、その……」

 

 

今のレンリにとって、誰かの視線ほど怖いものはなかった。上条に自分の名前を呼ばれても、ここにいる理由、脅えている理由、ともかく何かを否定したいような衝動に駆られている内に彼は口どもってしまった。しかしそうなっていた時には、目の前の少年は既に黒い外套を翻していた

 

 

「助かった、整合騎士がいるってんなら安心だ。悪いけどキリト達のことを頼む」

 

「・・・え?」

 

 

それだけ言い残すと、上条は自分が飛び込んできた天幕の裂け目から外へと飛び出した。数日前の夜に開かれた軍議でレンリは彼に関して、異なる世界のカセドラルの体制にたった一人で反抗し、その拳一つで何人もの整合騎士と、あの最高司祭をも退けたという話を耳にしていた。だから彼は知っているのだ、整合騎士の強さを。だから同じ整合騎士という名を背負う自分が彼女達を守れると疑いなく信じて、また戦いに出たのだ。そんな言葉にはない期待が、レンリをまた落胆させた

 

 

(・・・そんな期待、僕には重すぎる。どうして…どうしてなんだ。彼は僕のように神器どころか、剣すら帯びていなかった。たった一枚のありふれた盾…ただの拳一つ…それしかないのに…どうして、どうしてあれだけ果敢に敵に立ち向かっていけるんだ……)

 

 

レンリは歯噛みした。彼と比べ、武器や防具といった外面は全て自分が優っていた。けれど精神や覚悟といった内面は、全てが劣っていた。どう考えても、彼は自分よりも強い

 

 

(だったら、だったら貴方が彼女達とこの病人を守れば良いじゃないか…!僕なんかに任せる必要ないじゃないか!リネルやフィゼルだってそうだ!僕は戦場から逃げてきた腰抜けで、あの時君たちが手を掛けても、後でそれを責める人間なんていやしないんだから、好きに殺せば良かったんだ!だって僕は神器を持ってても武装完全支配術の使えない、整合騎士の失敗作なんだ!そんな僕が…戦う資格はおろか、誰かを守ることなんて…!)

 

 

何故だか、無性に腹が立った。戦場からおめおめ逃げ帰ってきた自分に甘い周囲に、腹が立った。それはお門違いな怒りだと、レンリ自身も分かっていた。けれどその怒りは収まる所を知らず、結局は自分の不甲斐なさに一番腹が立った。そしてその怒りが沸点に達しかけ、乱雑に自分の頭を掻きむしろうとした時、それが目に付いた

 

 

「あーーー、あーーー……!」

 

「・・・・・え?」

 

 

レンリの耳に、ぎしぎしと何かが軋むような微かな音が届いた。天幕奥の暗がりで、車椅子に力なく腰掛けたまま、虚ろな表情で俯く若者。その彼の左手が、二本の剣を持ち上げようと、腕の血管が浮き上がるほどに力を振り絞っている。そして言葉になっていない唸り声が、その憤りを表していた

 

 

「き、君は…それでも助けたいのか…?彼を…あの子達を……」

 

 

レンリはポツリと呟いた。抜剣することはおろか、立つことも出来ない彼の視線の先には、二人の少女がいる。喋ることもままならないのに、彼の心もそこにはないのに、目の前の少女達を守るべく、戦おうとしている。そんな彼の姿が、レンリの心に鋭く突き刺さった

 

 

「・・・『勇気』だ」

 

 

不意に、レンリは気付く。自分に足りなかった何か。リネルとフィゼルが自分に説いた、『強さ』。それは武器が強い、防具が弱い、相手が強い、自分が弱いといった、単純な物差しによる言葉ではないことを知った。心の強さ。即ち、どんな困難な状況でも、敵に立ち向かう勇気。それこそが、自分に足りないものだったのだという解答を、レンリ・シンセシス・トゥエニセブンは得た

 

 

「ーーーーーーーーーー行こう」

 

「・・・え?き、騎士様っ!」

 

 

レンリが天幕の出入り口に掛かる垂れ幕の前に辿り着く。そして、戦場を隔てていたその一枚の布に彼が手を掛けたのを見て、赤髪の少女騎士は不安そうに声をかけた。それに気づいたレンリは、少しだけ振り返って言った

 

 

「安心して。君たちの命を狙う敵は、全部僕が倒してくるから」

 

 

ほんの僅かな笑みを浮かべながら言ったレンリに、ティーゼはもう声をかけることはなかった。整合騎士のマントをはためかせながら天幕を去っていく彼の後ろ姿を、ティーゼは騎士礼を向けながら見送った

 

 

「おい見ろっ!整合騎士だぞ!」

 

「アイツが大将首だ!」

 

「殺せっ!殺せーーーっ!!」

 

 

天幕を出たレンリを見つけたゴブリン達が、口々に獰猛な叫びを浴びせた。ガチャガチャと身に纏う鎧を鳴らし、蛮刀を振り回しながら走り寄って来る彼らに、レンリは大きく息を吸って、ありったけの勇気を込めて叫んだ

 

 

「・・・僕の名は整合騎士、レンリ・シンセシス・トゥエニセブン!この首が欲しければ、己の命を投げ出す覚悟でかかって来い!」

 

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