とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第25話 雙翼刃

 

神器『雙翼刃』は、中央で屈曲した極薄の鋼鉄で出来た、二振りで一組の投刃だ。長さ40セン程の刃には握るための柄は存在せず、両端とも鋭利な切っ先となっており、それを指先で挟んで投擲する、計り知れない技術と集中力を要する神器である

 

 

「死にやがれえええええっっっ!!!」

 

 

先陣を切って来る一体のゴブリンが蛮刀を振り上げた時、レンリは両腰に帯びた雙翼刃を投げ抜いた。雙翼刃の刃は紙よりも薄く、それが超高速で回転しているため、半端な防具ならば、初めから存在しないも同然の切れ味を発揮する。さればこそ、もしもそのゴブリンに喋る口があれば…『気づけば首は落ちていた』と、後に語ったことだろう

 

 

「ーーーーーーひゅっ?」

 

 

ゴブリンの首元で、二枚の極薄の刃が交差した。その直後に小さな断末魔とドシャッ!という水気を含んだ重みのある音が続いた。それから数秒しない内にピンッ!という小気味良い音がして、レンリの二本の指に雙翼刃が舞い戻った。ゴブリンの首がこれだけ容易く落ちたように、下手に受け止めて損なえばレンリの指も瞬く間に落ちただろう。そのような武器を軽々と扱えるだけで、レンリの技量は並々ならぬものだと証明されている

 

 

「ハッ!!!」

 

 

しかし、本人にその自覚は全くもってない。『武装完全支配術を発動できない』という巨大な負い目が彼の精神を萎縮させているからだ。しかし、もう一度鋭く叫んで両手を水平に広げながら雙翼刃を放った彼の心には、そんな負い目は一片たりとも残ってはいなかった

 

 

「へっ!?」「ごっ!?」「かっ!?」「ひっ!?」「ふっ!?」「びゅっ!?」

 

 

雙翼刃、二度目の投擲。幾つもの短い悲鳴が連続した後に、バラバラとゴブリン達の首が胴体から離れて地面へと転がった。それから少し遅れて、どす黒い鮮血を噴き出しながら緑の異形が前のめりに倒れこんでいく。そのたった一度の投擲でレンリは五匹のゴブリンを屠りつつ、戻ってきた刃を人差し指で引っ掛けるようにして受け止めた

 

 

「レンリッ!!」

 

「ーーー!!」

 

 

上条当麻が、鋭い視線を向けながら騎士の名前を呼んだ。それだけでレンリは全てを理解した。上条は全身で大きな弧を描くようにして左手に装備していた盾を投擲し、レンリは人差し指に引っ掛けていた雙翼刃を威力を殺さないよう、なおも高速で回転させながら間を置かずに三度目の投擲を行った

 

 

「「シッ!!!」」

 

 

二人の声が重なる。放たれた一枚の盾と、二枚の刃は何度もぶつかり合いながら金属音を奏でた。それはもはや、芸術と呼ぶに相応しかった。上条の投擲した盾がゴブリンを打撃で怯ませれば、その一瞬の隙を突いて雙翼刃が首を落としていく。そして互いにぶつかり合って反射角を調整しながら次の標的へと向かい、やがて10を超える首を落とした盾と刃は、それぞれの主人の手元へと戻った

 

 

「「・・・うっそぉ…」」

 

 

リネルとフィゼルは、その光景に舌を巻いていた。もはや自分たちは突っ立っているだけで、手の届かない範囲のゴブリン達まで血を噴いて倒れていることに驚くのもさることながら、針に糸を通すような正確な投擲を続ける上条とレンリには、もはや寒気に近いものを感じていた

 

 

「ーーーッ!やあっ!」

 

 

ゴブリンの死体は既に20を超え、四度目の投擲は上条とレンリのアイコンタクトのみによって行われていた。レンリはそれに伴う大量殺戮への恐怖心を抑え込みながら、五度目の投擲を行ったその直後、カキィンッ!という甲高い衝撃音が走った

 

 

「ッ!?」

 

 

それは今までのような小枝を鉈で落とすような音でも、上条の盾とぶつかり合う金属音でもなかった。間違いなく雙翼刃の軌道が何かに阻害されたことをレンリは悟り、激しくブレながらもどうにか戻ってきた二本の刃を両手の二指で静止させつつ受け止めた

 

 

「・・・お前が、ゴブリンの大将だな?」

 

「カッ!」

 

 

レンリは低い声で訊ねると、煙幕の奥からうっそうと姿を現したゴブリンは唾を吐き捨てながら喉を鳴らした。他とは一線を画する肉体そのものは、肉体年齢15歳のレンリと同等で、元々の体格が矮躯なゴブリンの中では十分に巨大と呼べる個体だ。全身の筋肉は鋲を打ったような厳しい鎧に包まれ、右手には肉厚の山刀を提げていた

 

 

「山ゴブリンの族長、コソギだ。おうおう、随分と派手に殺してくれたよなぁお前?まさかこんな後ろに整合騎士が居残ってるたぁ、アテが外れちまったよ」

 

 

コソギというゴブリンの黄色い両目から放たれる殺気は、他のゴブリンとはひと味もふた味も違っていた。強烈な殺気を抱きながらも、それを知性で抑えているのが分かる。その様相からも、このゴブリンが長を名乗るに相応しいことをレンリは認めた

 

 

「レンリ!俺も……!」

 

 

自分の元へ駆け寄ろうとした上条を、レンリは片手で制した。左側にいる彼に、左目の視線だけで『これは、僕の戦いです』と語っていた。それを受け取った上条は、僅かに逡巡したが、やがてコクリと頷いて彼らから一歩後ずさった

 

 

「・・・これで、お前達の戦争は終わりだ!」

 

 

正面にコソギを見据えたレンリは、雙翼刃を握った両腕を体の前で交差させながら、力一杯に叫んだ。放たれるのは、全力にして最速の投射。右の刃は斜め上から舞い降り、左の刃は地面を掠めて跳ね上がって、正確にコソギの首へと飛んだ。だが………

 

 

「ずあっ!!」

 

「な、なんだって…!?」

 

 

今度もまた、高く澄んだ金属音がカァンッ!と響き渡った。コソギは左右から迫る刃を、刀身が霞むほどの早さで山刀を振り抜いて弾き返していた

 

 

(どうして!?神器でもないあんな粗雑な刃…雙翼刃なら訳もなく切断できるはずなのに…!)

 

 

跳ね返された投刃を受け止めながら、レンリはコソギが握る山刀に、驚愕にも似た視線を向けた。よくよく注視したその山刀は、他のゴブリンが装備している蛮刀とは刀身の色合いが異なっていた。精錬された鋼を、長い時間をかけて鍛えた高優先度の業物だ。そう見立てたレンリの視線を感じたコソギは、ニタリと笑いながら山刀を持ち上げて言った

 

 

「コイツか?試作品だが、なかなかの出来だろう?いけ好かねぇ暗黒騎士団から素材と製法を盗むために、そりゃあとんでもねぇ量の同胞の血が流れたもんさ。だがな、それだけがお前の攻撃が防がれた理由じゃないぞ。騎士の坊や」

 

「ッ!?だったら、これでどうだっ!」

 

 

レンリは両手を真上に振り抜いた。暗い夜空へと舞った投刃は敵の視界から消え、大きな弧を描いてコソギの背後へと襲いかかった

 

 

(これは弾けないはず……!)

 

「・・・ケッ!」

 

 

レンリの密かな確信は、即座に裏切られた。コソギという名のゴブリンの長は、あろうことか山刀を背後に回し、大して見向きもせずに超高速の刃を弾き返したのだった

 

 

「なっ!?あ、アイツ背中に目でも付いてんのかよ!?」

 

 

一連の事象に驚愕の声を上げたのは、それを側で見ていた上条だった。一方で戦いの最中にあるレンリは、不規則に揺れながら戻ってきた雙翼刃を僅かに受け止め損ね、左手の中指に軽く切り傷を負ったが、その痛みを感じる余裕も与えずコソギは言った

 

 

「教えてやろうか?軽いんだよ、坊やのソレは。それに何より…『音』がな」

 

「ーーーッ!?」

 

 

コソギは寸分の狂いもなく、雙翼刃の弱点を言い当てていた。投刃一枚の重量は、神器と呼ばれる武器としては有り得ないほどに軽い。鋭さと回転力だけを追求しているが故に、それは仕方のないことだが、そうすると投刃の速度に反応できる上で、充分な優先度の装備を持つ敵の防御を強引に押し切ることは不可能に近いのだ

 

 

「そんだけ刃がブンブン回って飛ぶんなら、周りの風を切る音がしないハズがねぇ。俺みてぇな頭と耳が良いヤツなら、その音で次の軌道を読むのはそんなに難しくねぇよ」

 

 

僅か数回の攻撃を見せただけで、雙翼刃の抱える弱点をここまで明確に見抜いたコソギの知性に、レンリは息を呑むほどの戦慄を覚えた。粗野で下等な亜人だと聞いていたハズのゴブリンとは、似ても似つかないではないかと唇の端を噛んだ

 

 

「ゴブリンの癖に…ってツラぁしてやがんな坊や。ムカつくんだよ。そうやって俺たちを単なる一種族としてしか見ずに、安易に値踏みして見下す野郎共が、俺たちゴブリンにとっては一番気に喰わねえ」

 

「・・・・・」

 

「だが俺としちゃあ、こう言わせてもらいたいね。お偉い騎士サマのくせに…ってな。かの人界にて栄えある整合騎士サマは、闇の軍勢を恐れぬ一騎当千の騎士…と、そう聞いていたんだが、どうやらお前さんはそうでもねぇようだな?だからこんな後ろに隠れてた、違うか?」

 

 

ニヤリと口の端に醜悪な笑みを浮かべながら、コソギは言った。目の前の敵を、たかがゴブリンだと侮ったのがそもそもの間違いだった。そう悟ったレンリは苦し紛れだった虚勢を捨て、完全に言い当てられた自分という人間の有様を、腹の底に落とし込みながら頷いた

 

 

「・・・あぁ、そうさ。僕は整合騎士の失敗作だ。恐怖に負けて戦場から逃げ帰ってきた臆病者だ」

 

両手の指先で挟んだ銀色の翼を、顔の前で交差させる。この神器、雙翼刃はかつて左と右の翼を失った、つがいの神鳥だったという。一羽だけでは飛べない彼らは互いの体を繋ぎ合わせ、他の鳥たちには飛べない高みまでも舞い上がり、無限に等しい距離を飛んだ。しかしその伝説は、レンリ自身も気付けないほどの心の深みに、鋭く小さな傷を生じさせた

 

 

「だけど、勘違いするなよ」

 

 

シンセサイズの秘儀によって、レンリの記憶から奪われた、愛する者の記憶。それは四帝国統一大会の決勝戦で刃を交え、極限の戦いの果てに事故で命を奪ってしまった、幼馴染みの親友だった。レンリと『彼』は、まさしく一対の鳥だった。物心つくやつかずの頃から二人で剣の腕から何まで切磋琢磨しあい、故郷を出て央都に上ってからも互いの存在を心の支えにしていた

 

だが、共に辿り着いた最高峰の舞台で彼らの翼は折れてしまった。彼との記憶を封印され、整合騎士となってからも、レンリの心にぽっかりと開いた巨大な喪失感は、埋まることはなかった。剣を取って戦う勇気、誰かと心を繫ぐ喜び、その二つを見失ったレンリに一枚ずつの翼を繫いで飛翔する神鳥の姿を呼びさませることなど、出来ようはずもなかった。それこそが、レンリが雙翼刃の武装完全支配術を行使できない由縁だった

 

 

「出来損ないなのは僕だけであって!『コイツ』は決して出来損ないなんかじゃない!」

 

 

しかし、この土地で出会った二人の若者が彼の心を強く打った。この世界には、心が尽きようとも失われないものがある。例えどんなに苦しい状況にあっても、立ち向かう勇気が必要なのだと教わった。誰かの命は、心を繋ぐ誰かに受け継がれ、きっとまた誰かの命に繋がる。この雙翼刃に宿るつがいの神鳥が、長い時を超えてレンリと『彼』に繋がったように。永遠に、この世界が続く限り、繋がっていく

 

 

「ーーー翔べっ!雙翼!!」

 

 

一度は何もかもを諦めかけた少年騎士の体が打ち震えるようにして、突然に熱風の如き剣気を放った。レンリの両目がカッ!と見開かれ、二枚の鋼刃を挟み持った両腕が、彼の叫びと同時に交差しながら真横に振り抜かれた。そして舞い上がった二条の光は高い弧を描き、左右からコソギへと襲いかかった

 

 

「雑魚騎士が!何度やろうが無駄だって分からんのか!?」

 

 

ゴブリンの長は山刀を構えて吼えると、突風の如き一振りで雙翼刃を弾き返した。甲高い金属音と真っ赤な火花が散る。二枚の刃は呆気なく跳ね返されたが、地面に落ちることなく再び空へと飛翔した。まるで二羽の鳥が寄り添うように、螺旋の軌道を描いて絡み合いながら近づいていく。そしてついに、二枚の刃が触れ合ったその瞬間ーーー!

 

 

「リリース・リコレクション!!」

 

 

レンリは武装完全支配術ではなく、その上位に当たる神聖術の最奥『記憶解放術』の式句を声高に唱えた。向かい合う二枚の鋼刃が光の中で頂点を接合させ、まさに神の如き翼をその刃に宿した

 

 

(・・・・・綺麗だ…)

 

 

ゆるゆると回転するそれは、十字となった刃をまるで夜空に輝く星のように、青く煌めかせていた。神器、雙翼刃。その全てが解放された姿に、レンリはそっと右手を差し伸べた

 

 

(まるで僕と……『 』のようだ…)

 

 

既にレンリの記憶にはない、心の中で思い浮かべた誰かが、笑ったような気がした。それに応えるようにして高々と掲げた右手を力強く握り締め、振り下ろす。十字の刃が、凄まじい勢いで回転し始める。風切り音が急激に高まり、やがて聴覚の限界を超えて消失した雙翼刃は光の円盤となり、音もなく宙を滑るように舞って、討つべき敵へと真っ直ぐに軌道を伸ばした

 

 

「ッ!?何の小細工をしたか知らねぇが…無駄なんだよっ!!」

 

 

吼えたコソギが、上空より襲いかかる雙翼刃を山刀ではたき落とそうとした。しかし、分厚い鋼が極薄の刃を捉えるかに見えた、その寸前のこと。雙翼刃はそれまでの軌道を急激に変化させ、いったん垂直に跳ねて山刀を空振りさせると、再度真下へと加速した

 

 

「・・・あれ?」

 

 

コソギの間の抜けた声の後に、カッ!という乾きつつも細かく振動した音があった。その刹那、コソギの鍛え抜かれた体の正中線に、青白い輝きが迸った

 

 

「がっ、ガアアアアアァァァ!?!?!」

 

 

自分の体に走った痛みに怒り狂い、獰猛な雄叫びを迸らせながらコソギはレンリに飛びかかろうとした。だが、そこからは何とも奇妙な光景だった。右半身の動きに左半身が遅れていた。一歩、二歩走ったところで体が完全に分離し、右と左にドッ!ドッ!と連続して倒れた

 

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