とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第26話 蠢き出す戦況

 

「ありがとう、僕の心に応えてくれて」

 

 

見事にコソギを討ち取り、戻ってきた雙翼刃をレンリは暖かな礼の言葉と一緒に両手で受け止めた。すると十時に重なっていた二枚の刃は音もなく分解し、元の姿に戻った

 

 

「・・・ふぅん?あなたも少しは騎士っぽくなったんじゃない?」

 

「まぁ、どうせならもっと早くそうなってほしかったんですけどね」

 

 

そんな声が聞こえて、レンリは振り返った。そこには自分よりも遥かに多くの返り血を浴びた、恐るべき双子たちの姿があった。コソギの戦いに一切の邪魔が入らず、今やこの戦場が閑散としているのは、彼女らが残りの敵ゴブリンを片付けたからだろうとレンリは当たりをつけた

 

 

「凄かったぜ、レンリ。流石は整合騎士だな」

 

「い、いやそんな…僕はただ……」

 

 

上条に言われ、レンリは少し気恥ずかしそうに頬を掻いた。それにどう答えていいか分からず立ち尽くしていると、それを察知したリネルがふっと鼻を鳴らして笑い、実にわざとらしく騎士礼をして言った

 

 

「上位騎士様、ご命令を」

 

 

視線と言葉の端から感じる嘲笑のようなものの半分は皮肉だろうが、侮辱されるよりは幾らかマシだと思えた。レンリは軽く咳払いしてから、リネルとフィゼルに訊ねた

 

 

「ティーゼ達と、彼は無事?」

 

「えぇ。さっき残りの補給部隊と合流させてきた」

 

「侵入してきた敵兵は?」

 

「見て分かんないんですか?全部血祭りです」

 

 

フィゼルが答えた後に、リネルは悪戯っぽく笑っていった。こういう所が『恐るべき双子』の異名を持つ由縁なんだとレンリは少したじろいでいると、上条が礼の言葉を挟んだ

 

 

「悪い、ありがとな二人とも。俺が来た時にはもう戦ってくれてたんだろ?二人が少しでもゴブリン達を食い止めてくれてなかったら、キリト達は危なかったかもしれねぇ」

 

「・・・それは否定しませんけど。それより私が聞きたいのは、なんで貴方がこんな所にいるかってことなんですけど?そりゃ単独行動の権利が許されている貴方の勝手でしょうけど、報告によればファナティオ様達と第一部隊の中央で、戦場の最前線を張っていたらしいじゃないですか」

 

「いや、それ言うなら右翼側第二部隊のお前らだって同じだろ。俺はただ左翼側で凄い煙が立ってるのを見て、ちょっと不安になったんだ。それで急いでここに来たってだけさ」

 

「・・・それだけで戻って来たんですか?戦場の最前線から、こんな後方の末端の末端まで?無茶苦茶過ぎますよ…」

 

 

フィゼルのどこか棘を感じる口調にも上条は特に悪びれる様子もなく、自分がここに来た顛末を口にした。するとそれを聞いたフィゼルは、呆れたように頭を抱えた

 

 

「『兵は神速を尊ぶ』というやつですねぇ。まぁ敵方の策略的には『将を射んと欲すればまず馬を射よ』ってところでしたが」

 

「・・・なんでお前がそんな知る人ぞ知る諺を知っとんのじゃ…」

 

 

神聖術の式句を神聖語として学ぶアンダーワールドでは、到底耳にしないであろう諺をクスクスと笑いながら口にしたリネルに、今度は上条がため息を吐いた。レンリはそんな光景に首を傾げながらも、無事に戦いが終わったのだという実感に安堵しながら言った

 

 

「うん。じゃあ僕は元いた部隊の持ち場に戻るよ。君たちもそうした方がいい」

 

「はぁい」

 

「了解です」

 

 

レンリの指示に、リネルとフィゼルは軽々しく答えた。そして戦闘の疲れを全く感じさせない動作で振り向き、たたっと走っていく見習い騎士達を見送った

 

 

「それじゃあ、俺も戻るよ」

 

「え?さ、最前線にかい?」

 

「まぁな。別に俺がいた所で大した戦力にはならないだろうけど、それでも俺はこの戦争で戦う義務がある」

 

 

自らもう一度危険な戦地へと向かおうとするその姿勢に、レンリは驚愕した。そしてその後に短く「それじゃ」と言い残して再び戦場へ向けて走り出した彼の後ろ姿を見つめながら、レンリは改めて尊敬の念を込めた騎士礼を取った

 

 

「ありがとう、カミやんさん。君と…あの若者のおかげで僕は、戦う勇気を持つことが出来ました」

 

 

今はもう届かない声だと分かっていつつも、レンリは上条に礼を言った。それをもって取り戻した勇気を胸に刻みつけると、第二部隊左翼に合流するために走り出した

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

激戦の続く東の峡谷から、約五百メル離れて布陣するダークテリトリー第二軍の最後方。皇帝ベクタの地竜戦車には多少見劣りするが、それでも充分に豪奢な四輪馬車の二階席に、肌も露わな長身の女が腕組みをして立っていた。暗黒界十侯の一人、暗黒術師ギルド総長ディー・アイ・エル。その彼女の脇に控える黒衣の暗黒術師が、主を見上げつつ低い声で伝令を口にした

 

 

「ジャイアント族長シグロシグ殿、平地ゴブリン族長シボリ殿、山ゴブリン族長コソギ殿、討ち死にとのことです」

 

「チッ、使えんな。所詮は頭脳の利かん下等な亜人だったか…」

 

 

ディーは自身の艶やかな胸元の肌に垂らした首飾りをちらりと一瞥した。銀の円環に十二の貴石を置いたそれは、色合いの変化で時刻を教えるという秘蔵の神器…つまりは現代でいう日時計のようなものだった。その神器の六時の石は橙色に光り、七時の石はいまだ闇色。つまり、午後六時の開戦から、わずか二十分ほどしか経過していないことを意味していた

 

 

「整合騎士共の位置は摑めているか?」

 

「最前線に視認できた三人は照準済みです。後方にもう二名を発見していますが、位置固定にはもう暫く」

 

 

苛立ちを隠さぬまま訊ねたディーに、配下の暗黒術師は戦場に潜む仲間の術師の応答にあった通りの現状を伝えた

 

 

「まだたったの五人か。あるいは、そもそも数が少ないのか…?しかし、どうあれまずはその五人を確実に屠らねば…」

 

「・・・それともう一つ。これは、小耳に挟んだことなのですが、申し上げた方がよろしいでしょうか?」

 

「良い。戦場ではいち早い情報こそが勝敗を決める戦力となり得る。話せ」

 

 

少し言い淀んだような口調で話す術師とは対照的に、ディーは極めて明瞭に言った。彼女のその言葉に跪く術師は、コクリと頷いてから静かに口を開いた

 

 

「第一部隊中央。シグロシグ殿を討ち取ったのは整合騎士副長ファナティオであったとの事ですが…何やらその傍で、鎧を身につけないどころか剣すら帯びずに、何故か盾と拳のみで戦う風変わりな男がいた…との報告がありました」

 

「・・・なんだそれは。人界の民にも拳闘士のような輩がいたとでも言うのか?」

 

「真相は分かりかねます。ですが盾を装備している事を鑑みるに、殊更に防具を嫌う我が軍の拳闘士達とは、似て非なるものかと。特筆すべきなのはその者の勢いたるや、副長ファナティオと並び立っても決して見劣りしない強さだった…との事です」

 

「整合騎士にも劣らぬ強さを持った、拳と盾で戦う男だと…?聞いたことがない。よもや新たな整合騎士の一員か…しかしそれなら鎧も剣も装備していないというのは妙だな。神器を持たぬ間に合わせの下位騎士…?よもやその盾か、拳そのものが神器だとでも……」

 

 

ディーはその報告にしばらくの間考えを脳内に巡らせたが、謎が謎を呼ぶばかりで得心のいく答えは得られそうになかった。気づけば口に手を当てるほどに悩んでいた彼女は、そこまで考えてハッとすると、らしくないと言ったように少し長めのため息を吐いた

 

 

「まぁ良い。所詮は盾とただの拳だ。一度に多くの首は獲れん。大方腕っ節に自信のあるバカな兵士が最低限の武装だけして、武勇と名誉欲しさに前線に身を投じただけだろう」

 

「そう、ですね…上位騎士のような、一度に百を屠る爆発力を持つ脅威にはなり得ないかと」

 

「そうだ。やはりまず問題なのは、その整合騎士であることに変わりはない」

 

「では、如何致します?」

 

 

ディーは、皇帝を前にした時の媚態とはかけ離れた冷酷な表情でひとりごちると、少し考えつつ眼を細めて、崩壊した大門とその彼方の戦線までの距離を測りながら言った

 

 

「よし、ミニオンを出せ。コマンドは『700メル飛行』、『地上に降下』、『無制限殲滅』だ」

 

「その距離ですと、最前線の亜人部隊を巻き込みますが?」

 

「構わん。鈍い方が悪い」

 

 

作成に多くの資源と長い時間が必要となるミニオンは、彼女にとってはゴブリンなどよりもよほど貴重な戦力だった。出し惜しみしたいのは山々だが『後方からの術式集中斉射による敵主力殲滅』というディーの献策がもし失敗すれば、皇帝ベクタの不興を買うことは間違いないだろう

 

 

「はっ。では数は如何なさいますか?現状で孵化済みの800体、全てを運んできておりますが…」

 

「ふむ、そうだな…」

 

 

このディー・アイ・エルという女には、秘めたる野望があった。それは、この戦に勝利して『光の巫女』とやらを手に入れれば再び地の底に戻るという闇の神ベクタから、皇帝の位を受け継ぎアンダーワールド全土を支配することだった。その底の見えぬ野望を満たすためには、この戦で皇帝に見放されることだけはあってはならない。そう結論付けた末に、褐色の術師は部下に告げた

 

 

「ーーーーー全部だ」

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「来たかっ!?」

 

 

騎士長ベルクーリは言って、太く笑った。大門手前の上空に張り巡らせたち時間の刃の圏内に、多くの飛行兵が侵入してくるのを察知した。泥のように冷たい、魂を持たないミニオンという名の怪物。しかし、まだ発動の動きは取らなかった。侵略軍が放ったミニオンの全てが、時間の刃の圏内に呑み込まれるまで待った

 

 

「俺もそろそろ、一介の将らしいとこを見せておかねぇとな…!」

 

 

ベルクーリの研ぎ澄まされた知覚は、すでにファナティオやデュソルバート、戦場を駆け回る上条の奮戦と、一時は逃亡してしまったレンリの覚醒までをも捉えていた。故に、侵略軍先陣の将を三人とも討ったとなれば、もうこの局面で戦線を押し込まれることはないと踏んだ。あとは、目論見どおり上空で待機する七人目の上位騎士が空間神聖力を根こそぎ使い果たして敵の遠距離術式を無力化してくれるのを祈るばかりだ

 

 

「時穿剣!!」

 

 

しかし、それだけではベルクーリ自身の戦果がないに等しかった。あるいは、この局面こそが唯一彼が戦果を上げる瞬間であり、最も守備軍への被害を抑える事の出来る瞬間だった。上空の暗闇を切り裂きながら迫り来るのは、有翼生物ミニオン。その群れがようやく斬撃圏内に呑まれた瞬間、ベルクーリは爛と目を見開き、時穿剣を大上段に振りかぶった

 

 

「ーーーーー斬ッ!!!」

 

 

桁外れの覇気が込められた叫びと共に、白刃は振り下ろされた。刹那、前方上空で無数の白い輝きが格子模様を描き出した。時間の刃に切り落とされたミニオンの奇怪な断末魔が峡谷を覆い尽くし、どす黒い血の雨が侵略軍亜人部隊の頭上へと降り注いだ

 

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