とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第28話 神の御業

 

侵略軍の第一陣を構成する、山ゴブリン、平地ゴブリン、ジャイアント族の亜人混成部隊は壊走の一歩手前で踏みとどまっていた。  三人の長はみな戦死した。それはつまり、守備軍を率いる整合騎士が、亜人部隊の誰よりも強ということに他ならない

 

『力ある者が支配する』。それがダークテリトリーの住人たちの魂に刻まれた、従うべき唯一の掟である。もしこの戦いが亜人たちだけのものだったなら、一介の兵士は指揮官が討たれた直後に全面降伏していたに違いない

 

その事態を辛くも食い止めていたのが、ダークテリトリーに降臨した闇の神、皇帝ベクタの存在だった。皇帝は各種族の長の力を遥かに上回っており、その真の力が人界の整合騎士にも迫るのかは、まだ誰も知るところではない。故に侵略軍の亜人たちは最初の命令を固守せざるを得ず、勢いに乗る人界守備軍と懸命に刃を打ち合わせ続けるしかなかった

 

そして、その必死の奮戦がついに身を結んだ。彼らが稼ぎ出した数分間を利用し、ダークテリトリー軍の切り札である遠距離戦力、すなわちオーガ族の弓兵部隊とディー配下の暗黒術師部隊が、崩壊した大門ぎりぎりの位置まで前進したのだ

 

アンダーワールド大戦。その戦争の初戦の雌雄さえ分けるであろう作戦は、三千のオーガ部隊が前方で巨大な弩弓を構え、後方で同じく三千の暗黒術師が攻撃術を詠唱するというものだった。全体の指揮を執るのはオーガ族の長フルグルではなく、ディーの側近である練達の高位暗黒術師だった。漆黒のローブを纏った彼女は、後方で響いたディーの命令を耳にするや、細い腕を横に振りながら叫んだ

 

 

「オーガ隊、弩弓発射用意!術師隊『広域焼却弾』術式、詠唱開始!照準係、敵整合騎士座標への誘導術式、詠唱開始!」

 

 

広域焼却弾。この作戦のためにディー・アイ・エルが設計した、大規模殲滅術式。戦場に満ちる空間暗黒力を全て熱素に転換し、それをオーガの矢に乗せることで、その射程を文字通りの広域へと昇華させる。それはまさしく、かつて賢者カーディナルが危惧した『個の力では対抗できない数の力』に他ならない

 

更にディーは、風素術が得意な術師を照準係に採用し、敵軍の主力である整合騎士を精密に狙うための《風の道》を作らせるという周到な策を用意していた。仮に全ての焼却弾を一点に着弾させれば、かの最高司祭アドミニストレータですら無傷では防げなかったであろう、超高優先度を誇る絶大な威力の攻撃となるはずだった

 

 

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「ぐるるるっっ!」

 

 

戦場の遥か上空で、再び雨縁が低く唸った。しかし今度は、鋭い牙鳴りを混ぜた、何かを警告するような声だった。彼女の声が聞こえたアリスは、ハッとしつつも朦朧とし始めていた意識を立て直し、じっと遥か前方の宵闇を見据えた

 

 

「き、来たっ!?」

 

 

守備軍と混戦を続ける亜人部隊の向こう。新たな軍勢が統制の取れた動きで迫ってくる。金属鎧の輝きは見えないところを鑑みるに、彼らこそが騎士長ベルクーリが最も警戒していた、ダークテリトリーの術師軍団であるとアリスは悟った

 

 

「システム・コール」

 

 

アリスは口中で小さく呟いた。予め神聖術の晶素によって作り上げておいた、差し渡し三メルほどの巨大な硝子球が、その呟きの後に芽を出すように開いた。しかし、実際に出てくるのは芽ではなく、これまでの戦闘で失われた無数の命を源にした、膨大な空間神聖力の光だった

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

屈強なオーガ兵たちの引き絞る弩弓の先端が、ギリギリ!と音を立てて軋みながら暗い空へと向けられた。すると次の瞬間、鈍く光る無数の鏃に向かって、三千の暗黒術師たちが両手を高々と差し伸べながら一斉に神聖術の起句を詠唱した

 

 

「「「システム・コール!!!」」」

 

 

漆黒のローブに身を包んだ暗黒術師の女達の声によって唱えられたそれは、まさしく死の合唱と呼ぶに相応しいものだった。術師たちは、その詠唱の後に生み出されるであろう力の巨大さに陶酔するようにして、次の式句を詠い上げた

 

 

「「「ジェネート・サーマル・エレメント!」」」

 

 

熱素の生成。術においてそれは基本のキであり、多くの術は熱素や光素といった素因の生成が土台となる。故に、亜人や拳闘士、騎士とは違い術の練達のみをひたすらに繰り返してきた術のエキスパートである暗黒術師には、素因の生成など造作にもないことだった

 

 

「ね、熱素…生成できません!」

 

 

しかし、暗黒術師の一人が上げた狼狽する声の中にあったのは、それすらも出来ないと言うもの。 それは高位の術式権限を持つ術師も含めて全員が同じだったようで、その不可解な現象の理由を求めるべく、三千人の暗黒術師達は周囲を見回し始めた

 

 

「ぶ、部隊長…このままでは『広域焼却弾』の術式発動は、事実上不可能です。まさかとは思いますが…これはこの地に宿る空間暗黒力が、全て枯れ切っているのでは……」

 

「そ、そんなハズがあるわけないでしょう!?あなただって絶えず聞こえてくる戦場の悲鳴が聞こえているでしょう!?人界人も、我が軍の亜人も、あんなに死んでるじゃないの!あれだけの命が生み出す空間暗黒力は、いったいどこに消えてしまったって言うのよ!?」

 

 

愕然としながら戦場を指差して叫ぶ指揮官の問いかけに答える者は、誰一人としていなかった。オーガ兵たちも、発射命令が出ないことに苛立ちながら、ただ弩弓を引き続けるしかなかった

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

アリスは一瞬だけ瞳を閉じた。自分が放つこの一撃、数多の命を奪うことは分かりきっている。だからその罪は、己の両肩で背負うしかない…そうアリスは覚悟し、カッと閉じた目を開いた。その術の源となる、無限にも等しいと思われる生成された光素は、雨縁の逞しい背中の傍を舞うように漂っていた。そして、整合騎士アリスは遍くその光の中で左腰の剣を抜いた

 

 

「咲け!花たち!エンハンス・アーマメント!」

 

 

アリスが高らかに叫ぶと、金木犀の剣の刀身が無数の花弁へと分離した。ザアッ!という音と共に風を切る花弁達は、まるで見えざる手がそこにあるかのように、無限に等しい光素を掬い上げ、戦場に広がる虚空へと導いた

 

 

「・・・バースト・エレメント!!!」

 

 

神の御業に、それ以上の詠唱はいらなかった。金木犀の花弁によって導き出された無限個の光素は、膨大な光と熱をもって炸裂した。地上からそれを見上げていたアリス以外の衛士や騎士は、太陽神ソルスの神威だと畏怖した直径五メルは超えるであろう純白の光の柱が、天から地へと超高速で降り注ぎ、亜人部隊の中央に突き立っていく

 

するとその光の柱はそのまま峡谷の奥へと撫でるように向きを変え、幾千の鐘が共鳴するような轟音とともに、熱と光の波が峡谷の幅いっぱいに膨れ上がった。直後、それは果ての山脈の稜線までも届くような火柱となって屹立し、夜空を赤く染め上げた

 

 

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「ふっふっふ……」

 

 

もはや手の届きそうな距離で巻き起こったとてつもない規模の爆発を、暗黒術師ギルド長ディー・アイ・エルは自分の作戦が生み出したものと考えてほくそ笑んでいた

 

 

「はっはっは!あーっはっはっ!………は?」

 

 

しかし直後、峡谷から噴き出し、自身が乗る四輪馬車目掛けて押し寄せてきた熱波が、その笑みと笑い声をまるごと搔き消した。信じられないことに、炎のように熱く灼けた風が運んできたのは、亜人部隊と、ディーが手塩にかけて育てた暗黒術師たちの断末魔の叫び声だった

 

 

「も、申し上げます。原因不明の空間暗黒力枯渇現象により、我が方の『広域焼却弾』の術式は不発……そして直後、敵陣より放たれた未詳の大規模攻撃により、亜人部隊の九割、オーガ弩弓兵の七割、更に暗黒術師隊の三割以上が…壊滅した、模様です……」

 

「原因不明の枯渇、だと…!?」

 

 

ディーの傍らで待機していた伝令術師は、爆発の惨状を見て立ち尽くすディーに辛うじて仲間の術師から伝わってきた報告を、驚愕の色に染まった掠れ声で伝えた。するとその言葉に、ディーはようやく湧き立った怒りを交えながら言い返した

 

 

「原因は明らかだ!お前にはアレが目に入らんのか!?あの馬鹿でかい術式が、峡谷の空間暗黒力を根こそぎ吸い取ったのだ!そうとしか考えられまい!?しかし、有り得ない!あれほどの術はこの私にも……それこそ、今は亡き最高司祭にしか行使できないはず!ならば、何者の仕業だというのだ!?」

 

 

彼女の怒鳴り声に、もちろん答えは返ってこなかった。この局面をどう打開したものか、それ以前に皇帝ベクタになんと報告すればいいのか。暗黒界きっての知恵者と言われたディー・アイ・エルは、ただ荒く肩で呼吸を続けていた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「はあっ…はあっ…!」

 

桁外れに巨大な術式を発動させた反動と、その術式が生み出した惨劇に眩暈を起こしたアリスは、金木犀の剣を鞘に戻すやいなや、雨縁の背中にくたりと崩れ落ちた。飛竜は主の体を背中で優しく受け止めると、緩やかな螺旋を描いて人界守備軍の最前線に降下した

 

 

「見事な術式…そして見事な心意だったわ、アリス」

 

 

そこに真っ先に駆け寄ってきたのは、副騎士長のファナティオだった。彼女は飛竜から滑り落ちてきたアリスを両腕で受け止めると、感極まったような声で言った

 

 

「い、いえ…決してそのようなことは…それよりもファナティオ殿、敵軍は……」

 

 

そこまで言って、アリスは霞む視界で戦場を目の当たりにした。いまだ赤熱する峡谷の底には、狂乱の体で逃走していく辛くも生存した敵兵の姿が見え、死体はほとんど確認できなかった。術式による最初の光線によって瞬時に蒸発してしまったか、その後の爆発で跡形もなく四散したのか。どちらにしても、アリスはあまりにも無慈悲なその破壊の跡に焦燥感を覚えるばかりで、誇る気持ちには到底なれなかった

 

 

「見ての通り、敵は撤退したわ。他でもないあなたが導いた勝利よ」

 

 

ファナティオの声に、周囲の衛士たちから津波のような歓声が湧き起こり、それはやがて一つにまとまりながら、何度も繰り返される勝ち鬨へと変わった。アリスはその歓声の中で一先ず焦燥感を忘れながら、詰めていた息を深く吐き、ファナティオに支えられていた体を起こした。副騎士長がアリスの疲れを労うような微笑みを浮かべて深く頷くと、アリスもまた同じく微笑みを返しながら言った

 

 

「いいえ、ファナティオ殿、戦いはまだ終わったわけではありません。いまの術式が新たに発生させた神聖力を敵に再利用されないよう、治癒術で消費しておかねばなりません」

 

「そうね…向こうはまだ、主力の暗黒騎士団と拳闘士団が健在ですものね。よし…動ける者は、負傷者を連れて第二部隊の前まで後退しろ!修道士隊、衛士でも治癒術の心得のある者は、空間神聖力が尽きるまで全力を持って負傷者の治療にあたれ!敵陣の動きからも目を離すな!」

 

「「「はっ!!!」」」

 

 

言葉の端々に疲労感を滲ませつつも、ファナティオは声を張り上げて衛士達へと命じた。衛士達はザッ!という音で土を足で掻きながら規律された騎士礼を取りつつ答えると、素早く散開してそれぞれ慌ただしく動き始めた

 

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