とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第8話 天職

 

「カミやん?どうかした?」

 

「・・・え?あーいや、なんでもねぇ…?」

 

(今なんか…頭の中でなんかが引っかかったような…気のせいか?)

 

 

どこか深刻そうな顔で俯いて、独りでにお伽話の名前を呟いた上条を心配したユージオが話しかけたが、上条本人もまた、なぜ自分がそんな独り言を口走ったのか分からずにいた

 

 

「でも場所が分かってんなら探しに行きゃあいいんじゃねぇのか?その央都ってとこに」

 

「・・・ねぇカミやん、それ本気で言ってる?」

 

「え?」

 

 

上条が口にした言葉を聞くなり、信じられないとでも言いたげにユージオがため息をついた

 

 

「まぁいきなり森に放り出されて土地勘が分からないのもあるかもしれないけど、このルーリッド村はノーランガルス北帝国のさらに北の端にあるんだよ。南の端にある央都までは早馬を使っても一週間はかかるんだ。歩きだと一番近いザッカリアの街までだって二日はかかる。安息日の夜明けに出たところで辿り着けないよ」

 

「じゃあ、ちゃんと旅の用意でもすれば…」

 

「あのねぇカミやん。君だって僕と同じくらいの歳なんだから、住んでたところでは天職を与えられてたんでしょ?天職を放り出して旅に出るなんてこと出来るわけないじゃないか」

 

「そ、そうだよな!天職はやっぱしないとダメだよな!うん!」

 

(考えてみりゃそりゃそうか。さっきのウィンドウ見て分かった通り、ここは仮想世界なんだもんな。天職ってのはいわゆるここのゲームのNPCの役割みたいなもんだもんな。それ以外のことが出来るようにプログラムされてねぇんだろ。それはそれで少し寂しそうだけど…まぁ仕方ねぇよな)

 

 

ユージオは上条に対し、天職を遵守することはさも当たり前のことのように言ったが、上条はその感覚に少し物悲しさを覚えていた

 

 

「本当に大丈夫?ベクタの迷子ってのはそこまで記憶を抜かれるものなのかな?なにせ僕も会うのは初めてだから…」

 

「あ、あはは…どうなんだろうな。ところでアリスさんはその、禁忌目録…?に違反したせいで央都に連れて行かれたんだよな?他に連れて行かれた人はいないのか?例えばその人の経験とかが伝わってたりとか……」

 

「まさか。ルーリッド村300年の歴史の中で、整合騎士が来たのはその六年前一度きりだよ」

 

「・・・300年?」

 

(・・・はて?随分と時代背景がはっきりとしてるゲームだことで。しかし村が300年ねぇ…逆に300年も村のまんまってのは村としてどうなんだそれ?)

 

 

そんなことをボンヤリと考えているうちに、気づけば上条が食べていたパンは残り一切れになっており、その最後の一切れを口に放り込むと奥歯でしっかりと噛み砕いて飲み込んだ

 

 

「ごっそさん。ありがとな、飯分けてくれて」

 

「気にしないでよ。僕も実際このパンには飽き飽きしてるんだ」

 

 

ユージオはそう言って上条に笑顔を見せると、パンの包みを綺麗に折りたたんでポケットに突っ込み、座っていた巨木の根から立ち上がった

 

 

「それじゃあ悪いけど少し待ってて。午後の仕事を済ませちゃうから」

 

「ん?あぁ、そっか。やっぱりユージオにも何か天職があるのか?」

 

「そりゃもちろん。まぁ見てもらった方が早いかな。ほら、こっち」

 

「んー?どれどれ……」

 

 

ユージオはそう言うと食事の前に傍に置いていた斧を片手に取ると、巨樹の周りをぐるりと回るように歩き出し、足を止めた先でちょいちょいと上条を手招きした

 

 

「なっ!?」

 

 

ユージオに手招きされるままに歩いた先で上条を待っていたのは、巨樹に真一文字に刻まれた切り込みだった。目測ではその直径を測りきれないほどの、闇夜のような黒い幹に刻まれた確かな溝。それを刻むのにどれだけの苦労があったのか上条には想像もつかず、ただあんぐりと口を開けて放心していた

 

 

「こ、これはすげぇな…ユージオの仕事…じゃねぇな。天職は『樵』なのか?」

 

「うーん…まぁそう呼ぶのが正しいのかな?でも、天職に就いてから切り倒した木は一本ないんだけどね」

 

「・・・え?」

 

「このデカイ木の名前は、神聖語で『ギガスシダー』。でも村の人はみんな『悪魔の樹』って呼んでる」

 

「ぎ、ギガ…寿司…だー?悪魔の樹…?」

 

 

首を捻る上条を見てクスリと笑うと、ユージオは巨樹の肌をそっと撫で上げ、木漏れ日が差し込む葉々の先にある頂点をどこか遠い目で見上げた

 

 

「そんな風に呼ばれる理由はね、この樹が周りの土地から『太陽神ソルス』の光と『地神テラリア』の恵みをみんな吸い取っちゃうからなんだ。だからこの樹の枝の下にはこんな風に苔しか生えてこないし、影が届く範囲の樹はどれもあまり高くならないんだ」

 

「はぁ〜…随分とご迷惑な樹なんだな、コイツは」

 

「まぁね。村の人たちは、この樹を切り倒して麦畑を拓きたいみたいなんだ。周りの他の樹を切り倒して畑を拓いても、コイツがいると養分を吸っちゃっていい麦が実らないからね。だから切り倒してやりたいんだけど、悪魔の樹って呼ばれるだけあってすごく硬いんだ。普通の鉄斧じゃ一発で刃こぼれしちゃう程度にはね。そこでこの古代竜から削り出した『竜骨の斧』を使って、専任の刻み手に毎日切り込ませることにしたのさ」

 

「その刻み手がユージオってことか?じゃあ天職に就いてからずーっとこの樹を切ってんのか?えっと…」

 

「7年間だね」

 

「な、7年!?7年もやってこんだけ!?一人でずっと!?」

 

「そんなまさか」

 

「だ、だよなぁ。流石に手伝いの一人や二人…」

 

「7年でこれだけ刻めたら少しはやりがいも感じるんだけどね。僕は七代目の刻み手なんだ。ルーリッド村が出来て300年、代々の刻み手が切り続けてやっとここまで来た」

 

「な、七代目だぁ!?300年やって!?たったのこんだけ!?」

 

 

それを聞いた上条は、思わず目をまん丸にして驚愕の声をあげた。そしてユージオと刻まれた溝を交互に見比べ、呆れとも感嘆とも取れる長いため息を吐いた

 

 

「まぁそうだね…多分僕がお爺ちゃんになるまでこの樹を刻み続けて、八代目の誰かに斧を譲るまでに刻めるのは…これくらいかな」

 

 

そう言ってユージオが両手で作った間隔は、どんなに長く見積もっても20センチあるかどうかというほどだった。それを見た上条はもはや言葉もなく、ふすーっと細長い息を吐き出すことしか出来なかった

 

 

(た、たしかに生産職とかその手の作業は地道だって相場は決まってるけどよ…人が一生かけて切り倒せないってそんなのアリか?このゲームの世界観は一体どうなってんだよ…)

 

 

そんな風に考える上条を余所に、ユージオは黙々と斧を振って巨木の溝に竜骨を入れ続ける。そして短い休憩を挟むと、腰を上げて再び斧を手に取った

 

 

「さて、もう一踏ん張り…」

 

「な、なぁユージオ」

 

「ん?どうしたの?」

 

「俺もそれ、やってみてもいいか?」

 

「ええ?」

 

 

巨樹を刻み続けるユージオを、背後からずっと眺めていた上条は暇さからか興味からか、半ば衝動的に声をかけていた

 

 

「いやほら、昼飯を半分貰っちまったろ?だったらその分の対価を労働で支払うのは当然じゃありませんこと?」

 

「そんな気を遣わなくてもいいのに。たしかに天職を誰かに手伝わせちゃいけないなんて掟はないけど…」

 

「まぁまぁそう言わずに。ただ見てるだけってのもカミやんさん的には退屈なんだよ」

 

「言っておくけどそれなりに難しいんだよ?これ。僕も始めたばかりの頃はまともに当てることさえ出来なかったんだから」

 

「ほうほう。そりゃ俄然やる気がでますね」

 

 

そう言って上条は右手を突き出すと、ユージオは不安そうな顔でオズオズと竜骨の斧を手渡した

 

 

「おっ…と、骨製にしては結構ズッシリとくるな。どれどれ」

 

 

竜骨の斧を実際に手に取った上条は、柄を両手で握って軽く素振りを始めた。斧自体を嗜めるように重さやバランスを確かめ終わると、改めて巨樹の溝へと振り返った

 

 

「っしゃ!一丁いってみますか!」

 

 

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