とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第32話 神の力(ガブリエル) VS 闇の皇帝(ガブリエル)

 

「憤ッ!!!!!」

 

 

明確な開戦の合図はなかった。むしろ、その場にいる者にとって合図など不要だった。剣を抜いたガブリエルが放った殺気を丸ごと押し潰すようにしてアックアから放たれた唸り声は、大気を低く太く振動させ、それと同時に振り下ろされた巨大なメイスが莫大な大気の弾丸を生み出し、大地に亀裂を走らせながらガブリエル達に襲いかかった

 

 

「ーーーッ!!!」

 

Holy shit(マジかよ)!?」

 

 

アックアの常軌を逸した膂力から生み出された大気の圧力に、ガブリエルは全身を強張らせることで耐え抜いたが、ヴァサゴは現実はおろか仮想世界ですら見たことのない予想外の攻撃に声を荒げ、みっともなく頭を抱えながら側方へと飛び退いた

 

 

「はあっっっ!!!」

 

 

そして間髪入れずにアックアはガブリエルとの間合いを一足で詰め切り、彼の身長の倍以上あるメイスを力任せに振り下ろした

 

 

「兄弟!!!」

 

「案ずるな、小蝿が飛んだだけだ」

 

 

傍らに倒れこんだヴァサゴの必死の叫びに、ガブリエルは小さな声を返した。そして彼はあろうことか、アックアのメイスと比べ遥かに小さく細い剣を振り上げた。ガァン!という鉄同士が強く爆ぜる音が響き渡り、両者は無傷のまま後ろに飛び退いた

 

 

「・・・ほう。大口を叩くだけのことはあるようである」

 

「・・・Jesus(マジかよ)…」

 

 

小さく息をついたアックアは、振り下ろしたメイスを担ぎ直した。そしてその光景を見たヴァサゴは、先ほどと同じく悪態を小さく呟いていた。しかしそれは、先ほどのアックアの攻撃にではなく、彼の人智を超えた一振りを容易く防いだガブリエルに向けられたものだった

 

 

「お、おいおい兄弟…今のどうやったってんだ…?」

 

「そこにいろヴァサゴ。コイツは私が直接手を下す」

 

「・・・ふん。たしかにそれなりの実力を持ち合わせていることは認めるが、それに見合う観察眼はないようであるな?貴様ほどの者であれば、今の私の一撃を見て勝てるとは到底思わぬであろう。それを正しく理解した上で、なお戦うと言うのであれば、私は証明するのである。勝負とは己の善悪ではなく、強弱によって決定するものだということを」

 

 

腰を抜かしているヴァサゴに向けて、ガブリエルは剣を軽く素振りしながら言った。アックアはその言葉を聞くと、敵意を剥き出しにした声色で言ったが、それに対してガブリエルは無表情のまま答えた

 

 

「いいや、理解しているとも。今の一撃が貴様の全力でないことも、全力の貴様が私より劣っていることも。そして何より、『絶大な力』が『絶大な強さ』には直結しないこともな」

 

 

自信。慢心。楽観。自惚れ。ヤケクソ。そのどれにも当てはまらない。それは、確信。ガブリエルは自ら発した言葉に、見栄など張っていなかった。自分はこの男に勝てるという根拠を己の内に見出している。その絶対の自信は彼の全身から目に見えない心意となって溢れ出しており、それを感じ取ったアックアもまた、彼の強さに確信を得ていた

 

 

(・・・この男…)

 

 

ガブリエルの黒剣がスーパーアカウント故の高優先度を誇っているのは言わずもがなだが、それが己の棍棒を弾き返した理由を、朧げでありつつもアックアには予想がついていた。フラクトライトの出力、イマジネーションによる力、心意。左方のテッラや彼が主に魔術の術式を発現させる為に使う力を、ガブリエルも同じく用いているのは明白だった

 

 

「だがそれだけで私に勝てるなどと思い上がるとは…片腹痛いにも程があるのである!」

 

 

アックアは冷徹な表情を崩さぬまま、腹の底から怒号を飛ばした。彼は世界に20人いないと言われる、生まれた時から神の子に似た身体的特徴・魔術的記号を持つ『聖人』である。神裂火織を含め、彼らには聖人の証である『聖痕』を解放することにより、人間を超えた力を行使することが可能となる

 

 

THMIMSSP(聖母の慈悲は厳罰を和らげる)

 

 

しかし、アックアはその中でも例外も例外である。彼は『神の子』の他に『聖母』の身体的特徴も併せもつ『二重聖人』とでも呼ぶべき存在である。つまり単純計算で神裂ら通常の聖人の二倍もの力が内包されているだけでなく、神の右席の能力として併せ持つ『神の力』の性質、そして受胎告知との関係から『聖母の慈悲』を行使できる

 

 

TCTCDBPTT(慈悲に包まれ)ROGBWIMMAATH(天へと昇れ)!」

 

 

この生母の慈悲は『あらゆる約束や束縛、条件を無効化する』という能力を有し、『聖人は与えられた力の一端しか扱えない』という束縛を無くし、聖人の力を常時100%発揮することが可能となる。アックアは今、その文字通りの『神の力』を余すことなく解放し、五メートル超えのメイスを振り下ろした

 

 

「どおわあああああっ!?!?」

 

 

常人には理解することすら叶わないその一撃は、振り下ろし始めた段階で大地を蜘蛛の巣状に叩き割るという莫大な余波を巻き起こした。その余波にヴァサゴはまたも頭を抱えて蹲り、あられもない悲鳴を上げた。そしてその真下にいるガブリエルに、ついにそのメイスが激突しようかというその瞬間………

 

 

「・・・ちょうど『あの暗黒騎士』が仕掛けてきた攻撃は、こんな風だったか」

 

(・・・・・?)

 

 

ズドォアッ!!!という轟音と共に破壊されたのは、ガブリエルの体ではなく、彼の足元から数センチ横の大地だった。どういうワケかアックアは、メイスをガブリエルに叩きつける一瞬だけ目測を見誤ったのだ。彼がそれを疑問に思った時には、筋肉で隆起した彼の左肩に冷たい黒剣が突き立てられていた

 

 

「ヅッ!?」

 

(バカな…!この私が戦闘の最中に気を乱した…だと!?)

 

 

咄嗟の判断で、アックアはメイスを手放して両手でガブリエルに掴みかかろうとしたが、ガブリエルはそれを緩りとした動きでかわしながら彼から距離を取った

 

 

「どうした。どんなに強力な攻撃も、相手に当たらなければ意味がないぞ」

 

「・・・なるほど。よもや、魂を吸うなどという不遜な輩であったとは…闇の神という自称も、決して安く見れないものであるな」

 

 

アックアが自分の身を襲った奇妙な違和感に推察を立てて問いかけると、ガブリエルは余裕とも取れる薄い微笑を返した。その侮蔑にアックアは煩わしさを感じながら、擦り傷と呼ぶには少し深い刺し傷を負った左肩を一瞥した。それと同じくして、ガブリエルは彼の血が付着した黒剣を一瞥すると、小さな声で呟いた

 

 

「・・・そういえば『こちら』はまだ試していなかったな」

 

 

直後、ガブリエルは右手の黒剣を無造作に突き出した。両者の間合いから完全に外れているそれは、なんの意味を持つのか。アックアがそれを見定めようとしていた時、空中で静止した剣の切っ先から、青黒い粘液のような光が瞬いた

 

 

(ま、まさかこの距離で…!?)

 

 

という思考が閃いたのと、不気味な光がアックアの胸に触れたのはほぼ同時だった。彼の視界がぐらりと歪み、意識がふうっと遠ざかった。神の力を持つ者は、闇夜の色をした剣の切っ先が左腕の下に忍び込むのを、棒立ちのまま眺めるしかなかった。そのまま剣は無造作に切り上げられ、彼の体を左脇から肩にかけて深く切り裂いた

 

 

「ぐうぅっ!?」

 

 

アックアの表情が苦痛に歪んだ。「剣を向けるだけで意識が停止されるのであるか。」そう心の中で歯噛みしながら、この戦いでアックアは初めて自ら大きく飛んで距離を取った。しかし、あの意識を奪う光は目に見える距離など意に介さない。故にアックアは、通常の魔術は行使できない神の右席の中でも、厳罰を和らげるという能力を持つ例外として、巨大な火球を生み出す魔術を発動させた

 

 

THMIMSSP(聖母の慈悲は厳罰を和らげる)TCTCDBPTT(慈悲に包まれ)…」

 

ROGBWIMMAATH(天へと昇れ)!」

 

「ぬるいな」

 

 

ガブリエルが呆れたように呟いた直後、アックアの放った火球はスルリと振られた黒剣に呆気なく吸い込まれていった。しかしそれだけではなく、ガブリエルは火球を飲み込んだ黒剣を嗜めるように見つめると、口の端に微笑を浮かべて言った

 

 

「・・・ふむ。これが『魔術』か。面白い手品を使うな」

 

「ッ!?貴様…まさか吸収したフラクトライトから、私の記憶すらも…!?」

 

 

その単語がガブリエルの口から出てきたことに、さしものアックアも驚きを隠せなかった。だが、同時にある疑問も湧いてきた。本来『魔術』とは、この世のものではない『異世界』の知識であるため、 通常の人間にとっては『毒』であり、その毒により精神を蝕まれるリスクを、宗教防壁によってある程度緩和することが定石である

 

 

(だと言うのに…何故この男は……!?)

 

 

しかし、目の前のガブリエルは魔術師と同等の宗教観を持ち合わせているようには見受けられないにも関わず、その体が毒に侵されていない。それを疑問に思っていた時、不意にガブリエルの口が開かれた

 

 

「その疑問に答えようか」

 

「ーーーッ!?」

 

「私はとうの昔に、魂を毒に侵され切っているか…あるいは、元より持ち合わせていないだけだ」

 

 

特筆すべき音はなかった。再び不気味な青黒い閃光がガブリエルの剣から瞬いてアックアの意識を奪うと、一瞬でアックアの正面に立ち、彼の体をなぞるようにして、その右腕を一瞬で切り落とした

 

 

「ぐっ!ぬぅっ!?」

 

「勝負とは己の善悪ではなく、強弱によって決定するもの…だったか。どうだ、私は正しく理解していたであろう?」

 

「・・・なるほど。仮想世界という戦場は、傭兵くずれのゴロツキである私には…少々荷が重すぎたようであるな…」

 

 

片腕を失い体の平衡性を失ったアックアは、ガクリと膝を地につけた。そしてその瞬間、彼はもうこの戦いの行く末を悟っていた

 

 

「そうだな。現実で同じ『傭兵』として比べるなら、私はお前の足元にも及ばず、一方的に惨殺されていたのだろう。だがこの戦場では、他でもない『魂の質』が紛れもない強さとなる。違うか?」

 

「・・・であるか…」

 

 

ガブリエルが膝をついたアックアの首元に黒剣を突きつけながら言うと、アックアは小さく呟いた。先にガブリエルが口にした、どんなに強力な攻撃も、相手に当たらなければ意味がないという言葉は、もはや覆しようのない事実だった。今やアックアは攻撃をしようにも、身を守ろうにも、一方的に意識を奪われて棒立ちになるただの『的』でしかなかった

 

 

「最後に、質問だ。お前たちは一体何者だ?魔術などという代物が、本当に仮想世界でなく、現実に実在するのか?」

 

「・・・それはおそらく、遅かれ早かれ分かる事である」

 

「なんだと?」

 

「私は後方のアックア。ローマ正教暗部神の右席の一人にして、神の後方を司る者である…と言ったな」

 

「・・・つまり、他に刺客がいる…と?」

 

「私は『ヤツ』を個人的に好いているわけではないが、同じ組織に所属している以上、多少はヤツの人とナリを理解しているのである。しかしその多少という尺度でも分かるものであるが、ヤツこそ正に『神の如き者』と…呼ぶのであろうな…」

 

 

小さく囁くような声で言って、アックアは最後に少しだけ口元を緩めた。その微かな笑みが意味するものをガブリエルは測りかねたが、それ以上にアックアのような規格外の力を持つ者ですら『神の如き者』と称する人間に、底なしの興味を覚えた

 

 

「その『神の如き者』というのが、先ほど口にした『カミジョウトウマ』なのか?」

 

「ふっ。上条当麻…か。同じ『右』として捉えるならば…似たようなものである」

 

「・・・そうか」

 

「それと、一つ忠告をしておくのである」

 

「何だ?内容にもよるが、私の毒に侵され切った頭の片隅くらいには留めておいてやる」

 

「最後に質問だ、と言ったな」

 

「あぁ、言ったな。それがどうした」

 

 

ガブリエルが返答した刹那、バゴオッ!という大地が悲鳴を上げて噴き上がる轟音が続いた。全力という言葉が生易しく感じるほどの勢いで地面を蹴ったアックアは、常に冷静沈着だった表情を欠片も残さぬ憤怒の形相で、強固な拳となった左腕を振り抜いた

 

 

「例え私が強大な敵を前に膝を突いたとしても!『Flere 210』を掲げる私の思想信条は!決して最後まで膝を突くことはないのである!!!」

 

 

『その涙を理由に変える者』。かつてイギリスを含め多くの戦地で伝説的傭兵と讃えられたアックアは、戦争によって流れる誰かの涙を見過ごせなかった。故に、全人類を平等に救うという目的を掲げたローマ正教の神の右席に身を置き、やがてアンダーワールドという戦場へと降り立った。その彼の全てが込められた一撃は、決して止まることなくガブリエルの眼前へと迫った

 

 

「・・・ならば、これはせめてもの『慈悲』だ」

 

 

消え入るような囁きの後、ヒュウッ!という無慈悲な薄い音があった。その時には、アックアの挙動は完全に静止していた。キンッ、という鍔鳴りを響かせて剣を鞘に収めたガブリエルは、漆黒のマントを翻しながらアックアに背を向けた。そしてその背後で沈黙したアックアの首が、ズルリと傾いていき、やがて心臓の辺りから一本の赤い閃光が天へと伸びていき、アックアがそこに存在した痕跡を何一つ残さず消え去った

 

 

「・・・逝ったか。なぁ兄弟、アイツは一体何だったんだ?」

 

「さてな。少なくとも我々の味方でも、自衛隊の人間でもないことは分かった。それ以外の事については、私には良く分からないが、アリスの回収にさほど支障はない」

 

「そりゃアイツが言ってた、ローマ正教だとか、神の右席だとか、学園都市だなんだってのは俺も知らねぇよ。だが少なくとも、あの野郎が自分のことを『傭兵』って呼んでたのは、馬鹿の俺にでも分かったぜ?本当にそんな軽く見ていいのか?」

 

「・・・傭兵か…そうだな…」

 

 

アックアにトドメを刺し、乗っていた地竜の元へと戻ろうとしたガブリエルに、ただ呆然と二人の戦いを見ていたヴァサゴが声を掛けると、ガブリエルはどこか感慨に耽ったような声で返してから、少しだけ口角を吊り上げながら続けて言った

 

 

「私に言わせればヤツの魂は、我々と同じ『傭兵』と呼ぶのを差し控えたくなるほどの、決して叶わぬ私情に侵された『至高の味』だったよ」

 

 

神の後方、闇の神。奇妙な縁で繋がった『同じ天使の名』を持つ二人の戦いは、次第に濃くなっていくダークテリトリーの闇夜に消え入るようにして、静かにその幕を下ろした

 


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