とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第35話 電子に愛されし申し子

 

稲妻が走った。その神の威光とも呼ぶべき光を前に、目を開けていられた者は誰一人としていなかった。目を閉じてなお視界が滲む中で、一番最初にその光景を目の当たりにして驚愕したのは、ベルクーリ・シンセシス・ワンだった

 

 

「な、なん…だと…!?」

 

 

視界一面に飛び込んできたのは、雨のように降りしきる灰だった。火の尾を引きながら落ちてくるそれは、エルドリエに襲いかかったハズの呪詛蟲であることにはある察しが付いたが、その原型を留めている蟲は一匹と残っていなかった

 

 

「雷…?こ、こんな偶然が起こるはずが…しかし現に私は…生きて…?」

 

 

一方で天命喰いの呪詛蟲をその一身に引き受けたハズのエルドリエは、パリパリと未だに電流を残す乾いた空気が肌をなじる感触から、己の五体が健在であることを知覚すると同時に、ここまで都合よく天が自分の味方をするのかという拭いきれない疑問に囚われた。その疑惑を確かめるように彼が天を見上げると、雷が降り注いだのであろう雲の下で悠々と佇んでいる何かをその視線に捉えた

 

 

「・・・人…?」

 

 

それが人影であると認識するのに、エルドリエは時間を要さなかった。純白の鎧と外套の端々に燃えるような赤を拵え、胸当の首元には、公理教会の十字とはまた違った十字の印を刻んでいる。そして右腰には、その柄が宝石のように輝く、鞘に納められた一本の細剣がある。飛竜にも乗らずに空をゆっくりと降下してくるその人影は、さらりと流れる短い茶髪をその手で払うと、小さく息を吐いた

 

 

「・・・これが、アンダーワールド…」

 

 

エルドリエがその視線の先に移した少女、御坂美琴は呟いた。彼女は強固なイマジネーション、心意の力をログイン前の冥土帰しの指南一つで完全に掌握していた。ログインするなり視界に飛び込んできた蟲達を焼き焦がすことなど、長年にわたる仮想世界の経験と自身の能力を持ってすれば、単なる試し打ち程度にしか思っていなかった

 

 

「・・・ふぅん。なるほどね」

 

 

自由落下に身を任せて空を降りていく美琴は、高い視点から戦場を一望した。全体的に清廉な白い鎧が目立つ人界守備軍と、黒い鎧を纏った暗黒騎士、不気味な黒いローブの暗黒術師や、ファンタジーのモンスターに似た亜人のいる侵略軍を見ると、自分がこの状況で取るべき行動に大よその当たりを付け、ゆっくりと肩で息をした

 

 

「ねぇ、ちょっとそこの竜に乗ってる人。悪いんだけど私も乗せてくれる?こんな格好つけた登場しておいてなんだけど、大それた飛行能力持ってる訳じゃないから後は落ちてくしかないのよ」

 

「え?あ、あぁ…」

 

 

それから美琴は、空中に佇むエルドリエの方にクイっと軽く首を向けて言った。相変わらず現状が理解できずに呆けていたエルドリエは、自分に向けられているのであろう彼女の言葉に半ば無意識で気の抜けた返事をすると、滝刳の手綱を引いて美琴の足下へと愛竜を潜り込ませた

 

 

「よっ…と。竜に乗るのはなんだかんだ初めてだけど、案外悪くないわね。シリカさんのピナも成長したらこれくらいになるのかしら?とりあえず、乗せてくれてありがとね」

 

「い、いえ…それは窮地を救っていただいた私としてもお互い様ですが…」

 

 

宙を泳ぐようにして降りてきた美琴は、やがてエルドリエの跨る鞍の少し後ろに足を下ろした。それからエルドリエは上半身だけを後ろに向けると、いつものキザな口調がすっかり抜けたくぐもった声で返した

 

 

「そうね、先ずは自己紹介よね。私の名前は御坂美琴…まぁ今はミコトってことで。あなたの名前は?」

 

「わ、私は整合騎士。エルドリエ・シンセシス・サーティワン…だ」

 

「・・・へぇ、なるほどね。そう名乗るってことは、少なくともあなたはNPC、ないしは人工フラクトライトってワケね。本物の人間の魂を持ってるっていうのも、なんとなく頷けるわ。声の抑揚とか、表情とか、本物の人間よりよっぽど人間らしいもの」

 

「???」

 

 

エルドリエの名乗りを聞いた美琴は、何度か頷きながら言った。しかし当のエルドリエは彼女が口にした言葉のほとんどが分からずに、首を傾げるばかりだった

 

 

「あぁ、気にしないで。ただの独り言だから。それと、そう疑わずに安心して。私はエルドリエさん達の味方よ。一先ずは、ね」

 

「わ、私達の味方…?し、失礼ですが貴方は一体何者なのですか?」

 

「ん〜。強いて言うなら、エルドリエさん達と同じで『騎士』ってところかしら。それと一応の肩書きとして、学園都市序列第三位『常盤台の超電磁砲』。これが私の名刺代わりよ」

 

「れ、超電磁砲…?」

 

 

美琴は最後に口角を少し上げると、彼女らしい笑顔で名乗った。そして遠方にいる暗黒術師達をその視線で一瞥すると、細く息を吐いてからパン!と一つ、手の平と拳を叩き合わせた

 

 

「さてと。あのねエルドリエさん、大雑把に言うと私…人を探してるの。ツンツン頭のヤツ。それでちょろっと詳しくお話を聞きたいところなんだけど…どう見ても、今はそんな余裕がある状況じゃなさそうよね。さっき私が撃ち堕とした蛆虫とかも含めて」

 

「は、はい。それは、まぁ…それこそ大雑把に言えば、現在我々の属する人界守備軍は、ダークテリトリーからの侵略軍との戦争の只中ですので…」

 

「なるほど、じゃあやっぱり向こうのが悪者ってことでいいのね。我ながらいい勘してるじゃない。分かった、それじゃあちょっくらアイツら片付けて来るわね。さっきの肩慣らしで、大体の感覚は掴めたから」

 

 

そう言うと美琴は、片手の平でバチィッ!という破裂音と小さな電撃を迸らせながら飛竜の背中を歩き、エルドリエの半歩前に出た。そして滝刳の翼の付け根に、右足に履いた厚底のブーツを当てがうと、逆の左足を大きく引いた

 

 

「え…?か、片付けて来るって…それはいくらなんでも…!」

 

「あ〜、ごめんごめん。止める間もなく始めちゃうわよっ!!」

 

 

バヂンッ!と空気が破裂した音の後には、エルドリエの視界に美琴の姿は影も形も残っていなかった。その事実に彼がまたしても呆けてしまうのも束の間、次の瞬間には大地から極太の雷の柱が突き立った

 

 

「イヤァァァ!?」「ヤダァァァァ!!!」「ヒィィィ!?」「だ、誰かぁぁぁ!?」

 

 

まるで悪夢のようだったと、その光景を目の当たりにした暗黒術師は後世に語っただろう。今世までの暗黒術師が誰一人としてなし得なかったであろう大規模術式が謎の雷光によって一瞬で焼け落ち、あまつさえ天から降り注ぐ威光を、その身に宿す少女がいようなど。そう語り継ぐ誰かを、御坂美琴が残そうとすれば、だが

 

 

「シッ、システム・コール!ジェネレート・アンブラ・エレメント……!」

 

 

もちろん暗黒術師の中にも、必死の抵抗を試みて、術式を行使しようとする者もいた。しかし、式句の後に出て来るのは、搾りかすのような心許ない闇素だけだった。それもそのはず、彼女達が術式に必要とする空間暗黒力は、三千のオークの死骸から生み出された分も、先の呪詛蟲の術式で使い果たしてしまっていたからだ

 

 

「あ、あぁ…あぁ…!」

 

「でぇりゃあああああああっっっ!!!」

 

「ヒィヤアアアアアアアアッッッ!?!?」

 

 

そうなってしまえば、もう後は音よりも早く突き抜ける雷撃の槍に身を委ねるしかなかった。やがて遠退く意識の果てで、自分の天命が欠片でも残るのかどうかは、もはや彼女の知るところではなかった

 

 

「言っておくけど、今の私はアンタ達に手心加えられるほど優しくはないわよっ!!!」

 

 

彼女の周りでは、絶えることのない稲光と、次々に電撃に打ちのめされる暗黒術師の悲鳴が畝るように乱れ飛んでいた。誰の天命が尽きていて、誰の天命が残っているのか、そんなことを考えることもなく、ただひたすらに美琴は感情の赴くままに、最大電圧10億ボルトを誇る電撃を全身から放出し続けた

 

 

「な、何が、どうなって…」

 

「エルドリエ!無事ですか!?」

 

「アリス様!」

 

 

立て続けに地面から雷が迸る不可思議な現象を、ただ見下ろすことしか出来ないエルドリエの元に、雨縁を飛ばしてきたアリスがようやく駆けつけると、彼は大きく頷いてから答えた

 

 

「ご心配をおかけいたしました。付け加えて、陣形を無視して飛び出してきてしまったこと…伏して謝罪いたします」

 

「謝罪など今はいいのです!其方は何ともないのですね!?」

 

「はい。我が霜鱗鞭は著しく天命を損耗致しましたが、私はこの通り五体満足です。ですが、兎にも角にも私が生き永らえる事が出来たのは……」

 

「・・・あの、雷を纏う少女…」

 

 

今も地上で次々に暗黒術師を薙ぎ払っていく美琴を、アリスは神妙な面持ちで見つめた。彼女がエルドリエの窮地を救ったのは、今も彼が隣で返答している事からは疑いようもないが、その少女がその身に宿す力には、疑いしか向ける事が出来なかった

 

 

「彼女は、自身でその名を『ミコト』と口にしていました。そのような名は、現時点での死傷者を含めた人界守備軍の衛士の中では、聞いた事がありません。ですが一先ずは私たちの味方だと言った直後に、あぁして敵の暗黒術師の中へと…」

 

「ミコト…ですか。彼女が何者なのかは分かりませんが、彼女が操るあの雷は、おそらく神聖術ではないでしょう。規模、威力、何もかもが術の理に反しています。そして何より、あの荒れ狂う雷からは…とても強い『心意』の波動を感じます」

 

「心意…今は亡き最高司祭様や、騎士長ベルクーリ様といった極一部の者のみが行使できるという…その心意技の一種である…と?」

 

「ですがもし仮にそうだとしても、その身に雷を宿すなどという芸当が出来るという話は聞いたこともありません。それにあのような強力な心意は…ベルクーリ小父様はおろか、最高司祭様ですらも……」

 

「おい嬢ちゃん達!駄弁ってる場合か!雷が降ろうが槍が降ろうが、戦争は待っちゃくれねぇぞ!!」

 

「「!!!!!」」

 

 

互いに飛竜に跨って戦場を見下ろしていたエルドリエとアリスに、遠方からベルクーリが叫ぶようにして声を掛けた。既に眼下では衛士隊が早足での進行を再開しており、その事実にハッとした二人は、本能の赴くままに騎竜の手綱を強く打った

 

 

「騎士長閣下!私めは…!」

 

「出てきちまったモンはしょうがねぇ!エルドリエもこっちに来い!嬢ちゃんの後に続け!」

 

「は、ハッ!」

 

(畜生め…悍ましい呪詛蟲の次は、全身から放電する雷様の少女ですってかぁ?まるで賽の目みてぇにコロコロと表情を変えやがって、この戦場って生き物は…!)

 

 

エルドリエに指示を飛ばしたベルクーリは、内心で毒づいた。しかしその唇の端からは白い歯が垣間見えており、どこか四面楚歌とも言えるこの状況を楽しんでいるようにも見えた

 

 

「・・・ん?カミやんのヤツ…なんで一人だけ隊列から飛び出してんだ…!?」

 

 

そう思っていたのも束の間、遊撃部隊中央の空で常に飛竜『星咬』を飛ばし続けるベルクーリは、先頭を行く衛士隊の更にその先で、ただ一人峡谷の大地を駆け抜ける人間を捉えた。純白の盾を背にしたその姿は、それが上条当麻であることを確信するには十分だった

 

 

「はっ!はっ!ハッ!ハッ!ハァッ!」

 

 

上条当麻は、切れる息をそのままに、ただ闇雲に走った。ただその場所を目指して。次々に稲光が突き立っていくその場所に、自分が脳裏に思い描いている少女が、必ずいるから

 

 

「美琴だ…!あのビリビリは絶対に美琴だ…!アソコにいる…美琴が今、この世界にいるんだ!!」

 

 

ただそれだけを確信して、上条当麻は走った

 


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