とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第36話 分断作戦

 

「馬鹿な…あり得ぬ…!あり得ぬわ!」

 

 

暗黒術師総長ディー・アイ・エルは、峡谷から次々に伸びてくる稲光を目の当たりにしにら、頭の中で絶叫した。三千のオークの命を贄とし、二千の術師が詠唱した死詛蟲術は、期待以上の威力を予感させつつ敵軍へと襲いかかった。整合騎士どもはもちろん、地上の兵も悉く食い荒らしても余るほどの優先度だった

 

 

「それなのに…何故ッ!?」

 

 

なのにどうしたことか、全ての敵の天命を貪ろうとするはずの術式が、たった一人の騎士へと集中したかと思えば、天から降り注いだ凄まじい雷によってその全てが燃えおちてしまった。この結末は論理的ではない。まったく理屈に合わない

 

 

 

「この私が…!全世界の叡智の中心たる暗黒術師ギルド総長ディー・アイ・エルがっ!知り得ぬなど存在するものか!存在してたまるものかあああっっっ!!!」

 

 

これ以上ない程にみっともなく、ディーは自分の白髪を掻きむしった。しかしその間にも、謎に満ちた敵はたった一人でもう二千人しか残っていない暗黒術師たち目掛け、情け容赦なく雷を見舞ってくる。そんな現実を前にした彼女には、もう選択の余地は残されていないに等しかった

 

 

「くっ…!後退だっ!総員後退しろおっ!」

 

「逃すかコラァァァーーーッッッ!!!」

 

 

ディーが甲高い声を張り上げた。しかし直後、美琴の怒声と共に雷撃の槍が天を貫き、轟音とともに膨れ上がると、空気を伝播して数十人の部下が薙ぎ払われ、漏れなく悲鳴を上げて倒れた。そしてディーが立つ馬車の二階にまでその余波が到達し、自慢の白髪をちりちりと焦がした

 

 

「ヒィィィッ!?」

 

 

か細い悲鳴を上げ、ディーは馬車から転がるように降りた。馬車などという高台にいてはただの的にしかならない。そう判断した彼女は部下に紛れて逃げ走ろうとしたが、その行く手を阻むようにして、法則性もなくただ暴れ狂う雷光がまたしても眼前を横断した

 

 

「糞ッ!畜生がっ!死んでなるものか!こんな場所で、世界の王となるべきこの私が…!」

 

 

ついに鬼気迫ったディーは、鉤爪のように指を曲げた両手を振りかざし、前を走る二人の配下の術師の背に突き立てた。ゾブッ!と鋭い爪が柔肌を裂き、肉を抉る。握り締めた丸い柱は、配下の術師たちの背骨の感触を彼女の手の平に伝えた

 

 

「ぎゃあっ!でぃ、ディー様っ……!?」

 

「い、一体なにを……っ!?お、おやめくださっ…ぎあっ!?」

 

「システム・コール…!!」

 

 

悲鳴を上げつつ懇願する部下たちの言葉に耳も貸さず、ディー・アイ・エルは禍々しい笑みを浮かべながら起句を唱えた。行使される術式は『物体形状変化』。それも、生きた人間の天命を源とし、その肉体を変容させる恐ろしい秘術。血と肉片が飛び散り、二つの肉体が、不定形の塊になって溶けた。それらは地面にうずくまったディーを隙間なく覆いながら硬化して、弾力のある生きた防御膜を作り出していった

 

 

「これで…ラストォォォーーーッ!!!」

 

 

御坂美琴の渾身にして最大火力の電撃が辺り一面の大地を覆い尽くしたのは、その直後のことだった。もはや見える範囲にマトモに立っている人間がいないのを確認すると、美琴は額の汗を拭いながら深く息を吐いた

 

 

「ふぅ〜〜〜っ…。ちょっとこれは…少しくらいは加減した方が良かったかしら?」

 

 

元から焼け焦げたような色をしているダークテリトリーの大地だが、美琴が暴れ回った痕跡は、それ以上に黒い影を残していた。攻撃方法が電撃のみのため、生々しい血こそほとんどないが、それを凄惨な光景だと呼ぶには十分なほどに美琴が残した爪痕は酷いものだった

 

 

「まぁ、過ぎたこと気にしてもしょうがないわね。とりあえず、これで『アイツ』を探し始められ……」

 

「美琴ーーーッ!!!」

 

「ふええええええええっ!?!?」

 

 

ふと振り向いた先で飛び込んで来たのは、美琴がアンダーワールドにログインする原因となった訪ね人、上条当麻その人だった。しかしその彼が目の前に現れたことに驚くのも束の間、まるで鳥のように大きく広げた両手で自分を抱きしめて来た

 

 

「あぁもうクソッ!なんでこんな所にいるんだとか!カセドラルのてっぺんで起きたこととか!戦争とか!どうでも良くねえけど!今はもうそんなのどうだっていい!やっと会えた…二年ぶりだな美琴!!」

 

 

彼女の姿を見ただけで、上条は感情が爆発してしまった。何しろ二年間もずっと、現実で会える知人の顔を見ていなかったのだ。その中で一番最初に出会えたのが、美琴で良かったと心の底から思い、先行きが不透明でどうしようもなく不安だった心が安堵した。感極まって抱きついてしまったことなど、もはや上条にとっては些細なことでしかなかった

 

 

「どっ!どどどどどどどうっ!?」

 

 

しかしその一方で美琴は、完全にキャパオーバーの状態を迎えていた。何しろ、上条か苦労していることは分かっているが、その具体的な苦労の尺度までは知らないのだから、ここまで熱い抱擁を交わされる覚えもない。ただただ顔を茹でダコのように真っ赤にして、慌てふためくことしか美琴には出来なかった

 

 

「・・・ふぅ。悪かったな、もう落ち着いた。助かったよ美琴、お前が来てくれなきゃ今ごろ俺たちは大変なことになってた」

 

「あば、あばばばばばばば!!!」

 

「・・・?おい美琴、大丈夫か?ま、まさか電撃出し過ぎて頭がショートしちまったのか!?」

 

「べ、別に何ともないわよぉ!てか!人が散々心配した挙句に出てくる最初の言葉がそれかコラァァァ!!!」

 

「ど、どうもすみませびぶるちっ!?」

 

 

紫電迸る美琴の鉄拳が、上条の右頬に突き刺さった。膂力十分だった美琴の一撃に堪らず吹っ飛んだ上条だったが、殴られた頬をさすりながら立ち上がると、二人の頭上に巨大な飛竜が舞い飛んできた

 

 

「おいカミやんっ!その娘っ子はお前さんの知り合いなのか!?」

 

「おっさん!」

 

 

その飛竜は星咬。つまるところベルクーリの飛竜だった。上条が一人隊列を飛び出して行ったのを見たベルクーリは、衛士隊の上空を離れて竜を飛ばし、彼に追いついたのだった

 

 

「あぁ!コイツは俺の知り合いだ!絶対頼りになる味方だよ!」

 

「そうか!だったら急げよ!そこの嬢ちゃんが暴れまくってくれたおかげで、俺たちが進む道にドでけぇ風穴が開いた!じきに残りの遊撃部隊も追いついてくる!今のうちに峡谷を突っ切って一気に南下するぞ!」

 

「分かった!」

 

 

そう上条が返事をすると、ベルクーリと星咬がグルリと向きを変え、後方から走ってくる遊撃部隊の元へと飛んで行った。その後ろ姿を数秒だけ見送ると、上条は再び美琴の方を向いて言った

 

 

「美琴、詳しいことは後で話そう。俺も色々と聞きたいこともあるけど、この現状について話さなきゃいけないこともある。まぁお前なら大体分かってるんだと思うけどな」

 

「どうかしらね。今のだってとりあえず見た目悪そうだった奴らを、能力の試し打ちと憂さ晴らしに痺れさせただけだし。とりあえずその辺も含めて、腰を落ち着けて話をしたいところだけど…まだそれはお預けみたいね」

 

「悪いけどこの戦場には、ドリンクバー付きのファミレスもなけりゃ、コンビニの小洒落たイートインもねぇよ」

 

「・・・それは中々どうして、落ち着く暇はなさそうね」

 

 

そう言って吐いたため息を最後に、美琴と上条は少しだけ頬を緩めて駆け出した。かくして人界守備軍遊撃部隊は、前人未到のダークテリトリーの荒野へと突入していくのだった

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「・・・なるほど。分断作戦か」

 

「こいつぁまた面倒なことになったな、兄弟」

 

 

侵略軍本陣から望遠鏡で戦況を眺めていたのは、闇の国の皇帝にして暗黒神ベクタ、または魂の狩人ガブリエル・ミラーだった。彼は玉座にドカッと座り込むと低い声を漏らし、その隣に立つヴァサゴと共に、人界守備軍遊撃部隊が峡谷を抜けた辺りで敵の作戦の趣旨に気づき始めていた

 

 

「しっかしあの様子じゃ、ディーの姐さんはまたしくじったのか。もう本格的にリストラでいんじゃねぇの?」

 

「元よりそこまで大それた期待などしていない。あの女はあの女なりに好きにやったろう。ならば後は好きに死ねばいい」

 

「寂しいこと言うねぇ」

 

 

三千ものオークユニットを消費した攻撃までもがどうやら失敗したこと、術師ユニットの大半が破壊されたらしいことさえも、ガブリエルに一切の動揺を与えてはいなかった

 

 

「にしてもすげぇな。あの地面から生えてくる雷か何かも、話に聞く整合騎士の武装完全支配術ってヤツの一種なのか?」

 

「いいや、違うな。アレはどちらかと言うと私に歯向かった暗黒騎士や、あのアックアという男…ひいては私が使った力に近い」

 

「・・・そいつぁつまりなんだ、暗黒術とかとはまた違う…アックアのバカでけえ棍棒を振った怪力を、兄弟の細い剣でも受け止められたみたいな、イマジネーションの力が仮想世界の事象をひっくり返すっつー、STLの恩恵で出る力ってことか?」

 

「恐らくだがな。私としてもあの力を完全に把握しているわけではないのだから確証こそ持てんが、それでもこの距離で伝わってくる目に見えぬ力の脈動が分からんほど、私の勘は腐っていない」

 

「かぁ〜…そういうモンかねぇ。俺にはわっかんねぇなぁ」

 

 

今も黒い煙が高く伸びる戦場を、ガブリエルが訝しげな視線で睨みながら言うと、ヴァサゴは両手の平を返しながら左右に首を振った

 

 

「しかし、本格的にどうするんだ?アリスがあの門の先にいるとして、そのまま攻め込んだら、あっちの分隊に後ろから挟撃されてフルボッコだぜ?かと言って戦場にアリスがいたとしたら、本陣側と分隊側のどっちにいるか分かったモンじゃねぇ」

 

「・・・ふむ」

 

 

そこでガブリエルは、右手を顎に添えてしばらく黙って考えこんだ。彼らにとっては戦争の勝利などなんの意味もない。ただアリスを見つけ回収すればそれで良いのだから、むしろ考えるべきことは別にあった

 

 

「いいだろう。先に分隊側を潰す」

 

「Why?」

 

「考えてもみろ、奴らは峡谷を抜けた先で南下を始めている。その南の一番先には何がある?」

 

「・・・ワールド・エンド・オールター…俺らのいた城とはまた別のコンソールがある場所か?」

 

「そうだ。もしもあちらの戦力の中に、JSDF側の人間がこの世界にログインして兵士となって紛れ込み、アリスをそのオールターにあるコンソールから逃すように手引きしているとしたら…どうだ?」

 

「そいつぁまさに、The ENDだな。笑えねえ」

 

「だからまず先にそちらを潰す。仮にアリスがいようがいまいが、それで最悪の事態は避けることが出来る。その後で手薄になった本陣を叩くのは、それこそ造作もないことだ」

 

「なるほどねぇ…OK。とりあえずはそれで行こうか兄弟。でも、そっち潰しに行く兵力はどれくらい割くつもりなんだ?」

 

「無論、全軍だ」

 

「What’s!?」

 

「当たり前だろう。こちら側には別に攻め落とされて困る拠点があるわけでもないんだ。守りなど考える必要などハナからない。それに、これ以上時間をかけるよりかは、可及的速やかに障害を排除した方が身のためだ」

 

「Huh…相変わらず頭がキレる兄弟だぜ。やっぱ俺にゃ皇帝アカウントは似合わなかったね」

 

 

ヴァサゴが言うと同時に、ガブリエルは玉座に据え付けられた伝令髑髏を掴み取った。ほして白骨の頭部に向かって、不気味な声で低く囁きかけた

 

 

「全軍、移動準備。拳闘士団を先頭に、暗黒騎士団、亜人隊、補給隊の順に隊列を組み、南へ向かいつつ、光の巫女を無傷で捕らえるのだ。捕らえた部隊の指揮官には、人界全土の支配権を与える」

 

 

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