とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第37話 A.L.I.C.E

 

「こりゃあ何ともまぁ…暗黒神ベクタとやらは、ずいぶんと嬢ちゃんにご執心のようだな。全軍で追っかけてくる気らしいぞ」

 

 

動き出した闇の大軍勢が巻き起こす土埃が、赤い星ばかりが瞬くダークテリトリーの夜空を灰色に染め始めた。晶素から生成した簡易望遠鏡を覗く騎士長ベルクーリは、その望遠鏡の先に移る景色を見ると、顔を上げて低く唸った

 

 

「喜ぶべき、なのでしょうね。少なくとも無視されるよりは遥かにマシです」

 

「ま、遊撃部隊と言いつつもやってる事は囮だからな」

 

 

緊張を生ぬるい水で飲み下しながら、アリスは呟いた。果てしなく広がるダークテリトリーの荒野を、峡谷の出口から真南に五キロルほども直進したあたりの小さな丘陵で、人界守備軍囮部隊は最初の小休止を取っていた

 

 

「それで今後の方針だが…基本的には、囮部隊の整合騎士四人の最後の一人が倒れるまで、ひたすら敵軍を引っ張り、数を削いでいく…ということでいいんだな?」

 

「私はそう考えています。すでに、侵略軍五万のうち約半数を殲滅し、また予定調和ではなかったと言えど、最も厄介と思われた暗黒術師隊もあらかた掃討しました。あとは敵主力たる暗黒騎士と拳闘士をある程度損耗させ、その上で暗黒神ベクタさえ倒せば、残る敵が休戦交渉に乗ってくる可能性は高いと思いますが、いかがでしょうか」

 

「そうさな。問題は、その時敵軍のアタマが誰になってるのか、ということだな。シャスターの小僧さえ健在ならある程度話は通ると思うんだが…どうだろうな」

 

 

晶素で生成した簡易望遠鏡を視線から下ろすと、ベルクーリは侵略軍が迫ってくる遠方を肉眼で見つめながら、顎に蓄えた無精髭をガリガリと掻いてから太くため息を吐いた

 

 

「やはり暗黒将軍がすでに…というのは確実ですか、小父様」

 

「多分な。先刻、一瞥した限りではあの戦場にはいなかった。もっともシャスターだけでなく、嬢ちゃんと戦ったこともある、奴の弟子の女騎士もいないようだったな」

 

 

再びその口から漏れ出すため息。ベルクーリが、暗黒将軍とその弟子に、秘かに大きな和睦の期待を掛けていたことをアリスは知っていた。しかし両者ともダークテリトリーの状況を逐一把握している訳でもないため、今はもう叶わないであろうその期待を払うようにそっと首を振り、最古の騎士は低く呟いた

 

 

「今はシャスターの地位を引き継いだ暗黒騎士が、その志も受け継いでいることを祈るのみだ。まぁ望みは薄いだろうが……」

 

「薄い、ですか」

 

「まぁな。このダークテリトリーに生きる者たちは、禁忌目録のような成文法は一切持たない。あるのはただ、強者に従うという不文律だ。そして残念ながら、敵陣の最奥にいるんであろう暗黒神ベクタの心意は、戦場のどこにいようと伝わってくるほどに圧倒的だ。青二才の騎士なぞではとても抗えまい」

 

「その強さは、敵味方であろうと疑いようはない…と?」

 

「少しでも疑える余地があるんなら、シャスターの小僧は未だに健在だろうよ」

 

 

その時、力強い羽ばたき音が聞こえて、二人は顔を上げた。降下してくるのは、整合騎士レンリ・シンセシス・トゥエニセブンの飛竜『風縫』だ。竜の爪が地面を捉えるより早く、軽快な身のこなしで飛び降りた少年騎士は、ベルクーリに駆け寄るとハリのある声で言った

 

 

「報告いたします騎士長閣下!この先一キロルほど南下したところに、敵軍への待ち伏せに利用可能と思われる灌木地帯が広がっております!」

 

「うむ、偵察ご苦労。全部隊に移動再開の準備をさせてくれ。お前さんの飛竜はそろそろ疲れているはずだ、たっぷり餌と水をやっておけよ」

 

「ハッ!」

 

 

素早く騎士礼を行い、走り去っていくレンリの小柄な影を見送ってから、アリスはふと騎士長の唇に穏やかな笑みが浮かんでいることに気付いた

 

 

「・・・小父様?どうなさったのです?」

 

「ん?あぁいやなに…記憶を奪い、天命を停止させて整合騎士を造る『シンセサイズの秘儀』なんてのはとても許されるこっちゃあないが、しかしてもう、ああいう有望な若者が騎士団に入ってこないのは…なんとも残念なことだと思ってな」

 

 

問いかけると、ベルクーリは一瞬照れたように頬骨の辺りをかき、肩をすくめた。その言葉にアリスは少し面食らいながらも、同じく微笑みながら言った

 

 

「いいえ小父様。記憶改変、天命凍結を施さなくては整合騎士にはなれない、などということはないと思います。たとえ私たちがこの地で果てようとも、今後とも整合騎士団の魂、そして意思は、かならず次の誰かに受け継がれると、私はそう信じます」

 

「・・・ふっ、そうだな。我らが人界には嬢ちゃんを始め、キリト、ユージオ、カミやんと、四人も絶対の支配にも抗おうとする者が現れたわけだしな。この地にもまだまだ気骨のある若人がいることを願おうか」

 

「・・・気骨のある若者、と言うのであれば…彼女は…」

 

「あぁ、『もう一人の嬢ちゃん』か」

 

 

アリスが含みを持たせて小さく呟くと、ベルクーリは兵陵の片隅に顔を向けた。アリスもそれに釣られるようにして視線をそこへ向けると、適当な大きさの岩に腰掛けて会話を交える上条と美琴を見やった

 

 

「小休止を始めた先刻から、ずっとああして二人で話し合ったままです。一体何を話しているのやら…」

 

「なんだ?ひょっとして妬いてんのか?」

 

「なっ!?そ、そんなワケないでしょう!」

 

 

ベルクーリの問いかけに、アリスは頬を少し赤らめながら全力で否定した。その余裕のないリアクションが可笑しかったのか、ベルクーリは口許を緩めると、もう一度上条と美琴に視線を戻してから言った

 

 

「まぁいいさ。何を話していようが、気にするこたぁねぇ。俺たちが知るべき事実は、この戦争が終わる頃には全て明らかになってると思うぜ、俺は。それが遅いか早いかってだけの違いなんだ。俺たちの味方だってんなら、素直に歓迎してやろうぜ」

 

「・・・はい」

 

 

ベルクーリにそう言われてしまっては、アリスには返す言葉がなかった。彼には到底言えないことを隠しているのは、自分とて同じだ。カミやんと親しくする少女。そして、リアルワールドという外界の存在。ミコトと名乗る件の少女が、整合騎士の中では自分だけが知り得るその世界から来ているのであろうことは、真剣な眼差しで話し込む二人の様子を見ていれば想像に難くなかった

 

 

「・・・プロジェクト・アリシゼーション…そして二つのアンダーワールドの同化、か…」

 

「かなり端折ったけど、これが今私達が置かれている現状…ってとこかしらね」

 

 

その視線の先で話し込む上条と美琴は、互いに説明したい内容、そして現状を粗方説明し終わっていた。美琴は説明を終えると守備軍の補給部隊の衛士から受け取った革製の水筒を飲み干し、上条は深くため息を吐いて言った

 

 

「クソッ…何もかも俺のせいじゃねぇか…!あの時俺が、後先考えずにキリトから聞いた話を自分の世界に持ち込んだりさえしなければ、吹寄だって俺を撃つ必要もなかった…!先生にしたって、そんな計画に加担する事はなかったんだ…!」

 

「やめなさいよ。今さらそんなこと言ったって何も変わらない。後の祭りよ」

 

「だけどっ!」

 

「それに、結果だけ見るならそこまで不特定多数の人間に迷惑かけてるワケじゃないわ。キリトさん達の側のこのアンダーワールドがどうなのかは分からないけど、私たちにとっての今一番の問題は、私達が本当にワールド・エンド・オールターにある果ての祭壇のコンソールから、私たちが住む元の世界に戻れるのかってことぐらいよ」

 

「・・・それだけじゃねぇ。確かに現実世界の方はそうかもしれないけど…俺のいたアンダーワールドにいた奴らには、謝っても謝りきれねぇよ……」

 

「・・・人工フラクトライト、ね…そうよね。色んな事情があったとは言えど、私たちの勝手で生み出してしまった彼らに対して、私自身も何も思うところがないわけじゃないわ」

 

 

そう言うと美琴は、丘陵で小休止を取る衛士や修道士達の方へと視線を向けた。同じ人工フラクトライト同士で談笑する彼らを見て、美琴は鼻から細く息を吐いた

 

 

「俺は二年もアイツらと一緒にいたんだ。本当に、本物の人間みたいなヤツらだったんだ…親友だって出来たのに、それを俺は…」

 

「・・・それはもう、せめて同じ記憶を引き継いでるこの世界のフラクトライト達を守ってあげることでしか返せないわ。その上で警戒すべきなのは、私達のSTLにウイルスをぶち込んだ連中よ。神の右席…あのSAO75層で相対した、エイワスやアレイスターみたいな『魔術師』ってやつだったんでしょ?」

 

「あ、あぁ…でもソイツらの狙いは俺のフラクトライト…つまりは俺の右手なんだ。最悪の場合は俺たちで対処すればいい。人工フラクトライト達には多分、なんの迷惑にもならねぇよ」

 

 

左方のテッラが自分を襲撃してきた理由を、上条当麻が忘れているはずがなかった。自分の右手を見つめて、今一度彼らの目的である『全人類を平等に救う』という目的が頭をよぎる。その為に自分の右手、幻想殺しがなぜ必要なのかは分からないままだが、それについても多くの謎が残っている現状では、それ以上言葉にできるものはなかった

 

 

「でもそうなると、この戦争の侵略軍を指揮してるベクタってヤツはどうなるのかしら?光の巫女ってのを手に入れたいんでしょ?一体何で……」

 

「・・・それについては、俺に思い当たるところがある。美琴が話してくれたプロジェクト・アリシゼーションってのは、真のボトムアップ型AI…つまり人間の根底にある倫理観なんかも同一な、完璧な人工フラクトライトってことなんだろ?それを作り出す為に、アンダーワールドとソウル・トランスレーターは開発された、って…」

 

「そうよ。まぁ、その運用について私は見事にカエル顔の先生と吹寄さんに論破されちゃった訳だけどね」

 

「仕方ねぇよ。軽はずみでキリトの話をそのまま引用したせいで、この事態を招いた以上、俺も人のこと言えねぇ。現実に戻ったら、ちゃんと先生達と面と向かって話し合っておきたい。だけどその為にはなおさら、何としてもアイツらからA.L.I.C.Eを…ひいてはアリスを守らなくちゃならねぇ」

 

「・・・どういうこと?A.L.I.C.Eを守るって…それに該当する人工フラクトライトにアテでもあるの?」

 

「アテがあるどころか、そこにいるアリスがそのA.L.I.C.Eだよ」

 

 

そう言って上条は、右手の親指で自分の背後を指差した。美琴がその指先を追った場所にいたのは、金色の鎧を身に纏った整合騎士アリス・シンセシス・サーティだった

 

 

「・・・?あの子がそうなの?そう思う根拠は?まさか名前が同じだからとかいうトンチ利かせてるんじゃないでしょうね」

 

「違げぇよ。ちゃんとした根拠はある。あのアリスは、今俺たちがいるこのアンダーワールドで唯一、公理教会の…禁忌目録で定めた法律を、自分の意思で破ったんだ」

 

「へぇ…それなら確かに、先生や吹寄さんが言ってた真のボトムアップ型AIの条件に合致するわ。だけど、その存在がこっちにいるにしたってそれとこれとは別問題よ。何だってそのアリスって子を、光の巫女なんて名前で呼んでまで、暗黒神ベクタってやつが狙わなくちゃ……」

 

 

そこまで言って、美琴は何かにハッとして口元を手で覆った。美琴のその様子を見た上条は、彼女が察したことをおおよそ理解すると、一つ大きく頷いてから言った

 

 

「そう。多分それが、キリト側の世界でSTLが作られた理由なんだ。アイツらの世界でも同じように、A.L.I.C.Eって概念が存在してたんだよ。その証拠として、アリスが現にここに存在していて、敵に狙われてる。逆説的な考えでしかないけど、これを憶測と呼ぶには筋道が整いすぎてる」

 

「なるほど…だからアンタと同じ立ち位置に、キリトさんがいたのね。カエル顔の先生や吹寄さんがそうしたように、キリトさん達の世界でプロジェクト・アリシゼーションを管理している誰かが、人工フラクトライト達と現実の人間を接触させて、A.L.I.C.Eを完成に導く為に、キリトさんをダイブさせた」

 

「そして多分、暗黒神ベクタってヤツは、俺らの世界で言う神の右席…噛み砕いて言えば、悪者なんだと思う。この世界にはキリトがいるのに、キリトの救出には何も関与しようとしてない時点で、少なくともキリトの味方じゃない。光の巫女だっていうアリスだけを狙って、意図的に戦争を仕掛けてきたんだ。それぐらいしてまで是が非でも、真のボトムアップ型AIを欲してるんだと思う」

 

「キリトさん達の現実世界の事情が分からない以上何とも言えないけど…恐らくはそういうことで間違い無いと思うわ。侵略軍やら暗黒神やら、行使してる権限がいかにも悪役って感じだもの。A.L.I.C.Eを狙う思想だって、どうせロクなモンじゃないと思うわ」

 

「だけどそう考えるなら、この戦況は返って好都合だ。今俺たちが目指してるワールド・エンド・オルターに、システム・コンソールがあるってんなら、きっとこの世界からアリスを逃がす操作も出来るはずだ」

 

「そうね…もしも最悪アリスさんが敵の手に堕ちてしまったら、キリトさんを取り巻いているであろう環境は確実に痛手を受けるだろうし、私達にしたって、現実に帰ってからカエル顔の先生や吹寄さん達と話し合う意味がなくなっちゃうわ」

 

「あぁ。だから、何としてでも俺たちはアリスとキリトを守りながら、ワールド・エンド・オールターに………」

 

 

不意に上条が口を閉ざして立ち上がった。それは、ふとダークテリトリーの荒野へと視線を向けた時の事だった。荒野の遠方を見つめた彼の瞳は、土埃を巻き上げながら今いる兵陵を目掛けて一直線に駆けてくる大群を捉えていた

 

 

「・・・?どうしたのよ、急に立ち上がって」

 

「・・・何か、来てる。それもとんでもねぇ速さだ…!おっさん!!」

 

 

何か、とは言ったが、それが敵軍以外の何者でもないことを上条は理解していた。そして彼はその判断を疑うことなく、ベルクーリに向かって叫ぶと、上条の表情からその呼びかけの切迫さを察知したベルクーリは、一目散に上条の元へ駆け寄り、彼が指差した先を簡易望遠鏡のレンズに収めた

 

 

「チッ、面倒なのが来やがったな。相変わらず裸一貫で突き進んでんのを鑑みるに、『拳闘士』だなありゃあ」

 

「なるほど、アレが……」

 

「・・・けんとーし?」

 

 

望遠鏡を覗きながら舌を打ったベルクーリが発した言葉に、彼の隣に立ったアリスがなにかを実感したように呟いた。しかしその言葉に何の理解もない上条が反射的にそれを聞き返すと、ベルクーリは何かに呆れたように小さく首を振ってから答えた

 

 

「厄介な奴らだ。裸の拳でなら傷を受けるくせに、剣で斬られることは断固拒否しやがる」

 

「・・・はぁ?拒否ってどういうことよ。剣で斬られることにYESもNOもないでしょ?」

 

 

次にベルクーリに対して疑問をぶつけたのは美琴の方だった。当然と言えば当然の質問をしてあっけらかんとしている彼女に、望遠鏡から視線を外したベルクーリは、ふっと鼻息で笑ってから言った

 

 

「いい質問だな、ミコトの嬢ちゃん。今こっちに来てる拳闘士って連中は、鍛錬を重ねることで刃物なんぞ恐れるに足りんと思い込み、それが心意となって言葉通り刃を弾くほど肉体を強固にしてるんだ」

 

「なるほどね。思い込みの力…つまりはイマジネーション。私が自分の能力を再現できてるのと根っこのシステムは同じってわけね。学園都市の物差しで測るなら、さしずめ『大能力者』の『肉体強化』ってところかしら」

 

「・・・?その言葉の意味は俺には分からんが、とりあえず何にしても迎え撃つ準備をする必要があるな。どうだい、一丁出陣してみるか?ミコトの嬢ちゃんよ」

 

「・・・そうね。別に私はそれでもいいわよ。相手が近接戦なら、むしろ私に分があるわ。能力無効化するどっかの馬鹿と違ってね」

 

 

今もドカドカと迫ってくる拳闘士の大群を、腕組みしながら見下ろす美琴は、やがてコクリと頷いて言った後で、同じような戦闘スタイルを取っているツンツン頭の少年を横目で睨みつけた

 

 

「それどう聞いても俺のことなんでせうが…ってちょっと待て。そんな適当に決めちまっていいのか?俺の単独行動決めた時も大概だったけど、流石に適当に決めすぎじゃあ…」

 

「カミやんの言う通りです、小父様。今の我々はただでさえ少ない兵力をさらに削った少数で行動している上に、いざという時に後ろ盾があるわけでもありません。流石に彼女一人だけに任せるわけには……」

 

「待て待て嬢ちゃん。何も一人で行かせるとは言ってねぇよ。それになんだかんだでエルドリエもこっちに来たんだ、選択肢がそこまで狭いわけでもない。まぁかと言って、ただでさえ厄介な拳闘士とやり合える適任の整合騎士がいるわけでもなし…うぅむ……」

 

 

アリスの苦言にそれとなく反論したベルクーリだったが、いざ思考を巡らせると、早々に首を捻って考え込んでしまった。しかしその直後、背後から静かな女性の声がかけられた

 

 

「私が行きましょう」

 

 

四人が突然の声にギョッとして振り向いた先に立っていたのは、『無音』。すなわち12番目の整合騎士、シェータ・シンセシス・トゥエルブだった

 

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