とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第38話 拳闘士

 

「よおぉし!やっと出番か!!」

 

 

バンッ!と右拳を左掌に打ちつけ、拳闘士ギルドの若き長イスカーンは、実に威勢よく叫んだ。赤銅色に灼けた逞しい裸体に革帯を巻き付け、下穿きとサンダルのみを身につけた拳闘士は、自身が率いる屈強な男女五千人と、その後ろに続く暗黒騎士団を見やった。と言うのも、彼を先頭とした拳闘士達がほんの五分足らず駆け足で移動しただで、暗黒騎士団との間には千メル近い距離が開いてしまってからだ

 

 

「馬に乗ってるくせに相変わらず動きが遅いな、騎士ってのは!」

 

「やむを得ぬでしょう、チャンピオン」

 

 

振り返りながらイスカーンが毒づくと、すぐ隣に控える、イスカーンより頭一つ以上も背の高い『ダンパ』という名を持つ巨漢が巌のような口許に苦笑を浮かべた。当代最強の拳闘士を示す暗黒語でイスカーンを呼んだダンパは、なおも冷静に続けて言った

 

 

「彼らも馬も、自分と同じほどに重い防具を身につけているのですから」

 

「んなモン何の役にも立ちゃしねぇのになぁ!」

 

 

言い切ったイスカーンは再び前を向くと、右手の五指を筒状に丸め、それをひょいと右眼に当てた。炎の色をした虹彩の中央で、瞳孔が拡大し、それだけで五千メルも離れた場所にいる敵の動向を正確に見て取った

 

 

「オッ、人界の奴らも動き始めたぞ。こっちに…いや、違うか。まだ逃げる気かよ…」

 

 

短く舌を打って、拳闘士ギルドの長は口をへの字に曲げた。ただでさえ開戦時からずっと戦いにお預けを食らっているというのに、これ以上その機会を先延ばしにしようとしている人界守備軍遊撃部隊の行動が、彼の胸の内をざわつかせた

 

 

「・・・なぁダンパ。皇帝の命令は、追っかけて捕まえろ、だけだったよな」

 

「そのようですな」

 

「うっし…少しつついてみるか!」

 

「と、申しますのは?」

 

 

ダンパがなおも冷静な口調で訊ねると、イスカーンは右手の親指で鼻筋を擦り、にやりと笑った。そして、すうっーと深く肺と腹に空気を蓄えると、天にも届こうかという高く盛大な声を張り上げた

 

 

「兎部隊、前に出ろ!整合騎士とやらに軽く挨拶に行くぞ!!気合入れろよ!!!」

 

「「「おうっっっ!!!」」」

 

 

イスカーンの雄叫びに、額に揃いの白い飾り紐を巻いた、鞭のようにしなやかな筋肉を身体に備える百人の闘士たちの叫びが続いた。そして荒野を駆け抜ける彼らの強靭な脚が、その言葉一つだけで更なる加速を見せた

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「・・・・・」

 

「・・・・・」

 

 

待ち伏せに適した灌木地帯を目指し、再度移動を始めた衛士隊を追うことなく、小休止を取っていた兵陵に残った美琴とシェータは、後に来る拳闘士の軍勢を待つ間、互いに沈黙したまま、ただただ突っ立っていた

 

 

「あなた、無音って呼ばれてるんだってね。整合騎士のシェータさん…だったかしら?」

 

「・・・・・」

 

「・・・そりゃご丁寧な自己紹介をどうも…」

 

 

美琴がふいっと左隣を向いて話しかけても、シェータは正面を見据えたまま、口を開くこともなければ首を振ることもなかった。無音の名に恥じぬその態度を、何よりの自己紹介として受け取った美琴は、これから彼女と共に戦わなければならない先行きの不安さに頭を抱えてため息を吐いた

 

 

<ううう!らあっ!ううう!らあっ!

 

「っと…来たみたいね。どうやら向こうは無音どころか、ハイディングもマトモに心得てないみたいだけど」

 

 

またしても暫しの沈黙があった後、騒々しいまでの足音と、一定のリズムで繰り返される唱和が美琴の耳へと届いた。そしてそれから30秒としない内に100人ほどの拳闘士が彼女らの前に立ち並び、その隊列の中から一人の若者が飛び出して来た

 

 

「おうおう、何だよテメェら。一体何してんだそこで」

 

 

拳闘士ギルドの若き長イスカーンは、右手で部下たちを停止させると、自らも土煙を上げて立ち止まった。そして炎のように端が巻き上がった眉を吊り上げつつ口を開くと、美琴もまた隣のシェータよりも一歩前に出て言った

 

 

「見りゃあ分かるでしょ。私たちは、アンタ達を通さないためにここにいんのよ」

 

「お前らみてぇな華奢な女二人じゃ、ガキ一人通せんぼできねえだろ。それともあれか?騎士のくせに術師なのか?」

 

「ご生憎だけど、人のこと見た目で判断しない方がいいわよ。まぁ見た目一つで脳筋だって分かるアンタに言って意味あるのか分からないけど、私は術師じゃなくて『能力者』。せめて後学の参考にしなさい」

 

「・・・ノーリョクシャ?」

 

 

気丈な態度でイスカーンと相対した美琴は、そう言い閉めて周囲にバリィッ!と紫電を走らせた。乾いた空気から伝わってくる痺れるような衝撃にイスカーンは一瞬面食らったが、これまた一瞬でその表情を弾けるような笑顔に変化させた

 

 

「うぉっほおお!今のピリッとするやつ!女!お前さてはアレだな!あの嫌味ったらしい暗黒術師どもを焼き払ったっていう雷女か!?」

 

「うるさいわねぇ…私には御坂美琴って名前があんの。女でもお前でも雷女でもないわ」

 

「はっは!いいねいいねぇ!気の強え女は嫌いじゃねぇ!よぉっしゃあ俺が相手になるぜ!お前らは下がってろ!手ェ出したらぶっ殺すかんな!」

 

「「「おうっっっ!!!」」」

 

「聞いちゃいないし…味方は無音、敵は騒音って…ちょっと極端じゃない?」

 

 

なおも吠え猛るイスカーンから、彼の率いる拳闘士達は距離を置いた。そして美琴の前に一人立ったイスカーンは、ズダァンッ!という足音を一つ踏み鳴らすと、腰を低く落として両手を拳に変えた

 

 

「そいじゃあ…拳闘士ギルド第十代チャンピオン、イスカーン!推して参るっ!!!」

 

「ーーーッ!?はぃやっ…!?」

 

 

ブゥアアアッ!!という凄まじい風圧があった。声高く名乗りを上げたイスカーンは、大地を踏み砕く一足で一瞬の内に美琴との間合いを埋め切ると、まさに電光石火と呼ぶに相応しい速さで左拳を横薙ぎに振り抜いた。しかしその一撃は、咄嗟の判断で上体を反らせた美琴の前にある空を切っただけだった

 

 

「おぉ、よく避けたな」

 

「悪いけど、アンタみたいなのとは…戦い慣れてんのよっ!!」

 

 

イスカーンの一撃をスレスレで回避した美琴は、すかさず拳を振り抜いてガラ空きになったイスカーンの脇腹に右手を押し当て、一切の遠慮なく電撃を打ち込んだ

 

 

「んっ!?ぎいいいいいいいっっっ!!!」

 

「吹っ……飛べっ!!」

 

 

全身を流れる電流に、イスカーンが歯を食いしばりながら耐えているのを見た美琴は、今度は電撃を纏った左手の拳を彼の鳩尾に叩き込み、力任せに彼の体を殴り飛ばした

 

 

「ぐおおっ!?ととっ…!」

 

「・・・流石にそう簡単には倒れてくれないわね」

 

 

美琴の渾身の拳に一度は宙を泳いで飛ばされたイスカーンだったが、身体のバランスを崩すことなく両足を地に着けると、両拳のグローブに付けた鋲を打ち鳴らして大声で笑い出した

 

 

「あっはっはっ!危うくおっ死ぬとこだった!本気でビリビリ来たぜ!やっぱいいな!強い奴と戦えるってのは!さぁ!ドンドン打ってこいよ!女!!」

 

「言われなくても…お言葉に甘えさせてもらうわよっ!!」

 

 

再び距離が空いたのを好機と見た美琴は、間髪入れずにイスカーンの体の中心目掛け、鋭い電撃の槍を放った

 

 

「ゥゥゥ…!シィッ!」

 

 

しかしその瞬間、薄く空気を切るような息を吐いたイスカーンが自らの足場を踏み抜き、ボゴオッ!と隆起した巨大な岩盤がアースとなり、美琴の電撃を無力化してみせた

 

 

「なっ…!?」

 

「流石に俺だって知ってるぜ。雷ってなぁ、地面にゃ通らねぇってことぐらいはな!」

 

「あっそぉ…なら、コレはどうかしら!?」

 

 

そう言うと美琴は、拳にした右手を前に突き出した。そして小さくスナップを利かせて親指を拳の中から弾き出すと、ピィンッ!という金属音が虚空に響いた。彼女の手の中には、そんな音を立てるような物はなかったはずだというのに

 

 

「・・・銀貨?」

 

 

しかし、その音を引くようにして上空に何かが舞っているのを、イスカーンは見た。その視線の先には、王冠が刻まれた一枚のメダルがあった。それは、心意の結晶。学園都市に七人しかいない超能力者の第三位に席を置く御坂美琴の強力な『自分だけの現実』に由来するイマジネーションの力が心意となり、彼女がそこに『存在する』と信じたメダルが、アンダーワールドに具現化したのだった

 

 

「私の場合は銀貨じゃなくて…『弾丸』よっ!!」

 

 

宙を舞う銀貨が美琴の手元に戻った瞬間、ズドォアッ!!という爆音と共に、彼女の能力名たる『超電磁砲』が放たれた。音速の三倍を誇る速度で撃ち出された超高熱の莫大な電力を持った弾丸は、一直線にイスカーンの元へと伸びていった

 

 

「なんだそりゃ!?面白えっ!!!」

 

 

しかし拳闘士ギルドのチャンピオンは、人智を超えるその一撃を前にしても怯まなかった。それどころか、己の右拳を懸命に引くと、裂帛の気合いと共に全ての膂力を乗せた拳を真っ向から超電磁砲に向けて突き出した

 

 

「ウッラアアアアアァァァァァ!!!!!」

 

 

爆音が重なった。超電磁砲の有り余る威力にイスカーンはたまらず後方へ足を滑らせたが、突き出した拳を引くことも降ろすこともしなかった。そして一秒にも満たない激突の後、ジュウウウ…という拳の皮が焼ける音と熱さを払うように右手を振って、イスカーンは笑ってみせた

 

 

「イシシシッ。どうだ女、また防いだぞ」

 

「う、嘘………」

 

 

目の前で起こった現象に、美琴は顎が外れそうになるほど驚愕し、言葉を失った。いくら仮想世界と言えど、今の超電磁砲には何の落ち度もなかったと自負していただけに、それを正面から防がれたショックもまた、電撃のような鮮烈さを持っていた

 

 

(違う…アイツの右手みたいに能力を無効にしたわけでもなければ、一方通行の反射とも違う!コイツは純粋な腕力で…ただの拳を撃ち出す威力だけで、私の超電磁砲を相殺したっていうの…!?)

 

「さぁ、次は何だ?言っとくけど、今のヤツはもう俺には効かねぇぜ。確かに当たれば少しは痛えけど、次からは絶対にかわせる」

 

「少しは痛いって…どういう鍛え方したらそうなんのよ…!?」

 

「愚問だな!!」

 

 

美琴の密かな呟きに、イスカーンが吠えながら答えた。そして彼は、まだ火傷の跡がくっきりと残る右拳と左拳を撃ち合わせてから、逞しく隆起した胸筋を叩いてもう一度吠えた

 

 

「飯食って滝潰して山消して寝るッ!!」

 

「戦士の鍛錬なんざ、それだけありゃ十分だぜ!」

 

「・・・上等くれんじゃない…!」

 

 

しかしそれでも、美琴の心意は少しの衰えも見せなかった。再び構えを取るイスカーンを鋭い目つきで睨むと、右手の平に磁力を発生させ、地面から引き寄せられてくる砂鉄で黒剣を作り、そのまま手に取った

 

 

「砂鉄の剣。これ、砂鉄の一粒一粒が細かく振動してチェーンソーみたいになってるから、触れるとちょっと血が出るわよ」

 

「へぇ、そりゃ見た事ねぇ剣だな。試してみたくなった!俺の肉体か!お前のエモノか!どっちが強えのかをなあ!!」

 

「どうかしらね。さぁ…勝負はまだまだこれから……!」

 

「待った」

 

 

美琴が砂鉄の剣を振りかぶった直後、彼女とイスカーンの間に割って入ってきたのは、これまでずっと二人の戦いを傍から眺めていた、整合騎士のシェータだった

 

 

「・・・もう、大丈夫。その剣じゃ多分、彼には勝てない。だから私が、やる」

 

「は、はぁ!?ちょ、ちょっと!いきなり出てきて何言ってんのよ!?」

 

「・・・おい、お前。なに俺のタイマン邪魔してくれてんだ。手ェ出したらぶっ殺すって言ったよな?」

 

「・・・私は別に、言われてない」

 

 

イスカーンの突き刺すような視線と脅しのような言葉に、シェータは表情を一切崩さずに間を置いてから静かな声で言った。彼女の掴み所のない態度にイスカーンは大きな音で舌を打つと、もう一度怒りを滲ませた声で言った

 

 

「そういうこと言ってんじゃねぇよ。いいからさっさとそこ退け。俺はそこの雷女と…強えヤツと戦いてぇんだ」

 

「・・・それなら、問題ない。私はきっと、彼女よりも、強い」

 

「・・・なに?」

 

 

今度もじれったい程の間を置いて、シェータは言った。そして腰に据えた黒い剣の柄に手を置くと、もう一度たっぷりと間を置いてから静かに言った

 

 

「・・・さっき彼女も、言った。人のことは、見た目で判断しない方がいい、と」

 

 

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