「・・・おい雷女。こっちのモヤシ女が言ってることはマジなのか?」
「本当だって言うなら、私はむしろその強さのほどを見てみたいわね」
なおも閑散として立ち尽くすシェータから視線を切ったイスカーンは、まだ会話の可能性がある美琴に訊ねた。しかし彼女からも不明瞭な返答が返ってくるやいなや、吐き捨てるように部下の名前を呼んだ
「あぁ…いいよもう。ヨッテ、相手してやれ」
「あいきた!!」
イスカーンの指名を受け、威勢のいい返事とともに部隊から飛び出してきたのは、やや小柄な女拳闘士だった。男と見紛うほどの逞しい筋肉を躍動させ、軽やかに足踏みをするその顔には、シェータとは全くもって対照的な荒々しい笑みが浮かんでいる
「どうするの?必要なら助太刀するけど」
「・・・・・」
「うん、もういい。大体わかったから。どうぞお好きなように…」
美琴はヨッテを一瞥した後で、シェータの背中に向かって話しかけたが、自分には相変わらずの無音を貫く彼女の姿勢に呆れると、ひらひらと手の平を振って彼女達が立つ場所から身を引いた
「・・・1人?」
「そりゃコッチの台詞だっての!このヒョロガリ!ボコボコにぶちのめして殺す前に、その小ちゃい口に嫌と言うほど干し肉を詰め込んでやるよ!いいからサッサとその剣を抜きな!」
いよいよ戦いが始まろうかというこの期に及んでも、シェータよ細い顔には闘志らしきものはひとかけらも見当たらなかった。代わりに、どこか困惑するような表情で小さく呟くと、堪忍袋の緒を切らしたヨッテが分厚い唇を震わせながら叫んだ。するとシェータは、心底億劫な様子で左腰の鞘から剣を抜いた
「は、はぁ!?なんだそりゃ!?」
「あっははは…本人も細けりゃ剣も細いってわけ…もう何でもいいわ…」
下がって腕組みしていたイスカーンは、彼女の剣を見て思わず叫び、同じものを見た美琴は乾いた笑いを漏らすしかなかった。細い、などというものではない。鞘がすでに肉焼き串のようだったが、抜き放たれた刀身の幅は一センあるかどうかも怪しかった。紙一枚ほどの薄い刀身を持つ剣は、星明かりの下では本当にそこにあるのかどうかも分からない、何とも頼りない外見だった
「〜〜〜ッ!ざっけんな!!!」
ヨッテは両脚で短い地団太を踏んでから、一直線に距離を詰めると、イスカーンに勝るとも劣らない速さで拳を撃ちだした。シェータは遠慮なしに己の顔面に迫ってくるその打突を避けずに、極細の剣を手前に掲げて防いだ。響いた音はまるで二つの金属を打ち合わせるような甲高いもので、実際に眩い橙色の火花までが散った…その直後だった
「ちょっ…!?」
くにゃり、と。細い剣が呆気なく曲がった途端に美琴は思わず声を上げた。また、後ろでイスカーンは唇に薄い笑みを浮かべた。拳闘士の肌は、生半な剣では裂くことさえできないのは当たり前だと思うのと同時に、大きく撓んだ黒い針のような剣が折れ飛び、女騎士の頰に鉄拳が食い込むサマをその場にいる全ての拳闘士が思い描いた
・・・ぴうっ!
続いた音は、イスカーンの予想に反して革鞭が空気を打つような奇妙な音だった。突きを真っ直ぐ撃ち抜いた姿勢でヨッテが静止しているが、その拳は女騎士の右頰ぎりぎりを掠め、騎士もまた右手を前方に伸ばしていた
(・・・はぁ?なんでぇ、剣も折れてなけりゃ、あんなデカイ的を外してんじゃねぇよ。ヨッテのやつ…また一から鍛え直してやんねぇと…)
ヨッテに対し、イスカーンは内心で毒づいていた。しかしそんな事を知る由もないヨッテの握り拳は、やがて中指と薬指の間から、音もなく二つに裂けた。甲高い悲鳴と、霧のように細かい血飛沫が飛び散るのに、そう時間はかからなかった
「いぎっ!?あああああああ!?!?!?」
「なっ…にィィィィィィィィィ!?!?」
「うわ、エグッ……」
「・・・はぁ…」
仰天したイスカーンと、その光景にたじろいだ美琴の声などはおろか、敵の右腕を落とした事すらも気にすることなく、シェータは口許から小さな吐息を漏らした
「・・・・・次、誰?」
いつもより長い沈黙の後、シェータはゆるりと顔を上げ、凍りついたように恐れ慄く拳闘士たちを見やった。そして、漆黒の極細剣を握った灰色の騎士は、一切の躊躇いもなく、百人の拳闘士達の中へと真正面から斬り込んでいった
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「うわっ、痛ってぇ…」
「自分が斬られているわけでもないのに、何を言ってるんだ君は」
峡谷の高台から眼下に広がる低地で約百人の敵拳闘士と、整合騎士シェータの闘いが…正確には、一方的な切断と呼ぶべきものを見下ろしていた上条が、まるで自分の事のように首を窄めると、彼の隣に立つエルドリエが冷ややかな声色で言った
「いやそりゃそうだけどよ…アレは見てるコッチも痛えよ…」
「私にはその気持ちが分からないでもありませんがね。ミコトの戦いぶりにもかなり驚かされましたが…見た目に彼女ほどの豪快さはなくとも、アレはアレで凄まじい戦いぶりです。しかし……」
刀身の形すらも定かでない微細な剣がぴゅんっ!と鳴るたびに、周囲の敵の腕や脚が呆気なく切り離され、地面に落ちる。落ちる。また落ちる。その光景に感嘆しながらもアリスは、シェータの細い背中から、シェータの殺気がまるで届いてこないことはおろか、米粒ほどの敵意のすら感じられないことに違和感を覚えた
「いやぁ、ここだけの話だがな。半年前にあの寡黙な娘をディープ・フリーズから覚醒させた時、オレぁ多少ビビってたよ」
「私はまったく知りませんでした。噂話ばかりが一人歩きしているものだと思っていましたので…よもやシェータ様が、あれほどまでの技を持ち合わせておられるとは……」
低い唸り声でベルクーリが言うと、エルドリエもまたそれに同意するように頷いて言った。半ば無双状態で剣を振り続ける灰色の騎士を改めて目の当たりにしたベルクーリは、太いため息を置いてもう一度口を開いた
「シェータの剣、ありゃ『黒百合の剣』っつー神器でな。最高司祭から聞いたところによると、かつてその最高司祭から命じられたシェータが、ダークテリトリーを三日三晩彷徨い歩いた末に、たった一輪の黒百合を持ち帰ったソレを素材にしたらしい。たった一輪だが、それ故にダークテリトリーの空間暗黒力を大量に吸ったソイツが神器として姿を変えるのは、そう難しいことじゃなかったろうな」
「その黒百合が、物質変換かなにかの術式で剣に生まれ変わった…ってことか?ったく、あの女は木やら蛇やら時計の針やら何でもかんでも神器にしてよぉ…これじゃ神器のバーゲンセールだ」
「それだけなら…まだ良かったんだがな。あろうことかあの娘は、最高司祭からその剣を下賜されたわずか一年後に、挑まれた立ち合いで整合騎士の1人を斬り殺したんだ」
「な、なんですって!?」
アリスにとっては、到底信じようのない話だった。いくらその黒百合の剣がその逸話に由来するほどの高優先度を誇っていたとしても、それと同等の武器や防具を身につけている整合騎士の命を奪うなど、アリスには出来ようはずもなかった
「それからヤツは、自ら進んでディープ・フリーズの術式を望み、長い眠りについていた。そしてたった三人の反逆者によって教会が崩壊した半年前に目覚め、現在に至るってこった」
「で、では騎士長閣下は…あの黒百合の剣という神器の武装完全支配術…あるいは記憶解放の瞬間を見たことは…」
「あるわけねぇだろ。400年生きた俺にとっちゃ、あの娘が剣帯びて歩いてた1年なんぞ、一瞬と呼べるかすら危うい。そもそも定期的に記憶やらなんやら弄られてたんだろうからな。しかしまぁそれでも…最高司祭や元老長とはまた違う、得体の知れん嫌な空気が教会に満ちていた時期があったことは、今でも忘れちゃいねぇよ」
エルドリエがおそるおそるベルクーリに訊ねると、最強の騎士はどこかヤケクソ気味に返答した後で、無骨な手でガリガリと後ろ頭を掻きむしった
「なんつーか…俺がカセドラルを登ってる時に、アイツと出会わなくて良かったよ。もしアイツと俺が戦ってたら、絶対に俺が負けてた…というか多分、秒殺だった」
「まぁそう深刻に考えるな。永遠にも近い年月を生きて、色んな人間を見続けてきたオレにも、未だにあの娘のことは解らんのだ。何一つな」
自分の体感ではまだ一週間ほどしか経っていないにも関わらず、上条はどこか遠い昔のことのように感じるカセドラルへの反抗を思い出したように言った。それからベルクーリはそっと瞳を閉じると、呟くように言ってから身を翻した
「ともかく、この調子ならここはあの二人に任せても大丈夫だろう。いざという時はシェータの飛竜もいる。流石の拳闘士も翼を生やして飛べるわけじゃなし、離脱には困らんだろう。それよりも俺たちは、そう時間を置かずに追いついてくる敵の本隊への迎撃準備を整えておかなきゃならん」
「そうですね、行きましょう」
短く返答して、エルドリエがベルクーリに続いて眼下の戦いから視線を外した。アリスもそっとその場を後にしようとした時、一向に踵を返そうとしない上条が視界に入った
「カミやん?」
「ん?あぁいや…美琴がこの世界の人達と一緒に戦ってるの見てたら、なんか不思議だなぁと思ってさ」
「・・・彼女は…ミコトは自分の知り合いだとお前は言いましたね。それはつまり彼女も、お前があの小屋で言っていた、リアルワールドという世界の住人…ということですか?」
「まぁな。出来るなら来てほしくなかったとも思うけど、やっぱり実際にいてくれると心強えよ、アイツは」
「ということは、キリトの世界に住んでいる人間ではない…ということですね」
「・・・そうなっちまうな」
上条が言うと、アリスは今ごろ補給部隊が移動している最中であろう、灌木地の最南端を見つめた。その表情は、複雑な感情が入り混じったような、どこか曇った面持ちだった
「・・・カミやんの窮地を察知して、ミコトがやって来た…それは、本来喜ぶべきことなのでしょう。戦場に立つ騎士として、戦力が増えたことではなく、単純に人として、誰かが再会したことは喜ぶべきことです。事実、今のカミやんは、昨日の撤退の時よりは…いくらか顔色がマシになったように思えます」
「・・・・・」
「ですが、であるなら尚のこと解せません。キリトの世界に住む人々は、一体どこで何をしているのでしょうか…なぜキリトの元には、誰かが駆けつけないのでしょうか。カミやんの抱える事情とキリトの事情に多少の差はあるかもしれませんが、キリトだって…誰かに守られる価値のある、素敵な人のはずなのに…」
「心配ねぇよ。きっと来るさ。アリスの言う通り、キリトは誰かに守られる価値のある人間だ。ちゃんとキリトの事を大切に思ってる人が、アイツの住む世界にもいっぱいいる。今はただ、少し時間がかかってるだけさ」
アリスが言い切る前に、上条は彼女と同じ方角を向いて、口元に笑みを浮かべながら言った。それを耳にしたアリスは、重ねて上条に訊ねた
「そう思う理由は、何かあるのですか?」
「もちろんあるさ。キリトは、俺なんかよりよっぽど強え奴だから、人との繋がりだって強いハズだ。なんせアイツは、俺みたいな右手を持ってなくても、大切な誰かの為に戦って、守り抜いた…俺とは違う、本当の意味での『英雄』なんだからな」
そう言って上条は、まだ完全には払拭できていない悩みと呼ぶべき感情を含んだ目で、右の手の平を見つめた。同じ名前の、剣の世界を救った、二人の英雄。自分と彼との、決定的な違い。今の今までは気にしたこともなかった事実に、上条は自嘲したようにダラリと右手を下げた
「い、いえ…英雄という意味であれば…それはカミやんだって…」
「少し話しすぎちまったな。おっさんとエルドリエに置いていかれちまう。早く俺たちも……」
アリスが震えた口調で声をかけようとすると、上条は一人でに話を切り上げてベルクーリとエルドリエが歩いた方向へとつま先を向けた。ところが、そのすぐ先で。自分達より大分前に踵を返したはずの二人の背中があった
「・・・?おっさん?エルドリエ?どうしたんだ二人して突っ立って……」
「何者だ。貴様」
上条が声をかけようとした直前に、エルドリエの鋭い刺すような声が彼の口から出た。それが誰に向けられたものなのか、上条はそれを確かめるべく並んで立つ二人の肩の間から、二人の視線の先にいる誰かを覗きこんだ
「俺様が何者か、か…。特に何の用もないお前達に名乗るのは少し癪だが、まぁ減るものでもないし、教えてやっても良いだろう」
そこに一人立っていたのは、赤を基調とした服装の男だった。大して鍛えているとも思えない体つきだが、その印象以上に不自然なまでの異様な重圧を与えてくる佇まいがあった。やがて男は、口元に緩いカーブを描いてから、滑らかな声で言った
「『右方のフィアンマ』。こう言えば、俺様が用のある人間には十分に伝わるハズだ」
ゾワリ、と。上条当麻の背筋を悪寒が這いずった