とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第40話 黒百合の剣

 

「調子に乗ってんじゃ……!!!」

 

 

手塩に掛けた闘士たちがばたばたと倒れていく光景を間近で見せつけられたイスカーンは、我に返ると同時に怒号を発した

 

 

「ねぇぞコラァァァァ!!!」

 

 

地面にひび割れができるほどの勢いで踏み込んで、拳闘士の長が猛然と突進する。その瞬間、固く握り締めた右拳に、燃え盛る憤激が実体化したかのような炎が宿った。その拳を、灰色の整合騎士の首許めがけて真っ直ぐに撃ち出した

 

 

「俺の拳の前じゃ!鎧なんざ紙細工だァ!」

 

 

ちょうど右手の剣を振り抜いた直後だった騎士は、金属の籠手に包まれた左手でイスカーンの拳を受けた。直後、零れた火花が空中に眩い軌跡を描くと共に、爆発めいた炸裂音とともに灰色の籠手が砕け散ると、シェータの腕から肩までを覆う装甲が粉々に割れて弾け飛び、剝き出しになった騎士の左腕の、滑らかに白い肌に無数の切り傷が走り、鮮血が霧となって舞った

 

 

「ーーーッ!?ヤバっ!!」

 

 

それを見た美琴は、咄嗟に身構えて能力を発動させるための意識を集中させた。おそらくシェータの骨折は免れないだろうが、それ以上の手傷は防がなければならない。しかし、美琴の手の先に眩い光が宿った瞬間、キィンッ!という甲高い金属音が響いて、イスカーンの肘あたりから再び火花が散った

 

 

「チィッ!?」

 

 

イスカーンにとって、それは心底不可解な出来事だった。肌に食い込んでくるひんやりとした冷たさは、これまで彼が生身で受けたどんな刃とも異なるものだった

 

 

「・・・・・」

 

「・・・余計なことはするな…って?」

 

 

予想だにしない一閃を受けたイスカーンが身を引いている間に、美琴が能力を行使しようとしていたことを肌で感じ取っていたシェータは、チラリと後方の彼女を一瞥した。その一方で。一滴、されど一滴。刃がほんの一秒足らず接触した右肘の内側に、ごく薄い切り傷が刻まれた中央に滲み出た小さな血の珠を舌で舐め取り、若き拳闘士は獰猛な笑みを浮かべた

 

 

「・・・女。テメエ見かけと中身はずいぶん違うな」

 

「そう、さっきも言った。だって、あなたよりも、彼女よりも、私の方が年上だから」

 

「はぁ?なんの理由づけだそりゃ?つーかそもそも整合騎士ってのは、何十年も歳を取らねぇバケモンなんだろ?なら、婆さんって呼んだほうがいいのか?」

 

「・・・許します」

 

「う、うん?」

 

「もうツッコまないわよ、私は」

 

 

どこまでも自分の中の調和を崩そうとしない…というより、前提からして調子外れなシェータに、イスカーンと美琴はもう言及できる言葉が見当たらなかった

 

 

「あなた、すっごく硬いから。斬れそうなところ、ほとんど見つからない。だけど、それでも『ほとんど』。だから次は、ちゃんと斬る」

 

「チッ…何を言ってやがる。テメエの方こそ俺たちを訓練用の木偶人形みたいな扱いしやがって!許さねぇっ!何がなんでもブチのめしてやる!!」

 

 

イスカーンはそう叫んで、ざん!ざっ!ざんっ!と、素早い武舞踏を開始した。その舞踏に、まだ戦える闘士たちが追随する。やがて彼の足踏みに、高らかな鬨の声が重なっていった

 

 

「「「うっ!らっ!うらっ!うららっ!うっ!らっ!うらっ!うららっ!」」」

 

「なに?ラグビーのハカ…?」

 

 

美琴の疑問に答えることなく、イスカーンの脚が大地を踏み、振り出す拳が大気を震わせるたび、拳闘士たちの心意が高まっていく。赤銅色の肌から汗が飛び散り、それは火の粉へと変化して輝いた。舞踏を止めた拳闘王の赤金色の巻き毛は炎を宿して逆立ち、左右の腕からは渦巻くような炎が噴き上がっていた

 

 

「いっくぞ女ァァァーーーッ!!!」

 

 

対峙するシェータは、あくまで静かだった。業っ!と高速で拳を撃ち出す摩擦で空気を灼きながら迫ってくるイスカーンに、右手の剣を無造作に振り抜いた。線のように細い剣がイスカーンの左肩に触れる直前、しかして、間合いで勝るはずの剣よりも早く、拳闘士の一撃が騎士の左脚に届いた。つまり、拳ではなく蹴り。地面から低く跳ね上がった右足のつま先が、灰色の脛当てを直撃した

 

 

「拳闘士の技が、拳撃だけだと思うなよ!」

 

 

けれどその一撃を、シェータは驚異的な反応によって極細の剣で止めた。腰を沈ませたので転倒するには至らなかったが、極細の剣から漏れ出た衝撃によって左脚を守る装甲は一瞬で砕け、腰周りを覆っていたスカートも弾け飛び、ほっそりとした脚が露わになった

 

 

「ウラアッ!!」

 

 

確実な有効打にイスカーンはニヤリと笑い、続けて左脚で上段蹴りを繰り出した。シェータの手首が裏返り、剣でそれを受け止めた瞬間、生身の脚と刃が激突したとは思えぬほどの強烈な火花が散った。刹那、拳闘士の長は鍛え上げた脛に鋭利な痛みを感じながら脚を引き戻し、すかさず右拳を撃ち出した

 

 

「・・・ヘッ。擦り傷だ」

 

 

紅蓮の炎をまとった一撃は、騎士の胸当てを見事に捉え、ガァンッ!と派手な爆裂が起こり、両者は大きく後方に弾き飛ばされた。しかしイスカーンの鋼鉄の杭すらへし折る脛には、鮮やかな刀傷が一直線に刻まれていた。たちまち真っ赤な血が溢れ出し、黒い地面に滴るも、彼はその笑みを崩すことはなかった

 

 

「・・・普通にスタイルいいの、ムカつくわね」

 

「けほ」

 

 

美琴がその姿を見て、一人ごちった。視線の先にいる女騎士は今度も踏み留まったようだが、左手を胸に当てて小さく咳き込んでいた。損傷していた胸当ては拳の直撃で完全に砕け散り、上半身には右腕の籠手と、胸周りに灰色の布が残るのみ。下半身もまた、引き裂かれたスカートと、右脚の装甲を残しただけだ

 

 

「ヘンッ。なかなか闘士らしいナリになってきたじゃねぇか。だが筋肉がまるで足りねぇな。もっと食って鍛えろ、女」

 

 

人界人特有の白い肌が、闇の領域でも艶やかに光っているのを見て、もう一度鼻を鳴らし、イスカーンは嘯いた。その後を追うように周囲の拳闘士たちがいっせいに囃し立てるが、騎士は表情を変えずに左肩に垂れ下がる布切れを千切って捨てると、ぴゅんっと右手の剣を振った

 

 

「あなたこそ、今ちょっと柔らかくなった」

 

「なっ!?ンだとテメエ…!もうただじゃおかねぇ!見せてやるぜ、俺様の全力ってやつをよ!だからテメエも全力で来い!いつまでも眠たそうなツラしてんじゃねぇ!」

 

 

狼のような唸り声を上げてから、イスカーンは女騎士に人差し指を突きつけて叫んだ。するとシェータは、再び困ったような顔になり、左手でしばらく頰や眉間を触ってから、ほんの少しだけ眉の角度をキツくして言った

 

 

「・・・上等じゃねぇか、です」

 

「お、おお…おう。上等だぜ……」

 

「うん、ごめんね。やっぱツッコませて。そのテンションでそれはおかしくない?」

 

 

イスカーンはいっぱいに息を吸い、腹に力を溜めて、ぐっと腰を落とした。左拳は腰に、右拳は相手に向けて構え、音を立てて空気を吐き出す。荒々しい呼吸を繰り返すたび、大きく開いた両足が大地の力を吸い取る。その熱は体を巡って拳へと集まっていく。赤く燃え盛る炎が、やがて黄色く輝き、更に青みを帯びた色へと変わった。今や彼の拳は大気さえも焦がすほどの超高熱を蓄えて、きん、きんと鋭い音を放っていた

 

 

「・・・・・」

 

 

対するシェータは半身に構えると、五指を揃えた左手をまっすぐ前に突き出し、右手の極細剣をまっすぐ後ろに伸ばした。一直線になった両腕は、まるで限界まで撓められた投石器のような力感を放った。彼女から伝わってくる言い知れぬ威圧感に、すでに自分の体が頭から下腹まで真っ二つになってしまったかのような感覚に囚われたイスカーンは、それでもニヤリと唇の端を綻ばせた

 

 

(・・・あぁ、こんなヤツは初めてだ。全く燃えさせてくれるじゃねぇか……!!)

 

 

動いたのは、双方同時だった。騎士の剣が、漆黒の一閃を。闘士の拳が、青白い流星を描いた。双方が激突した瞬間、超高密度の衝撃波が発生し、地面を砕きながら周囲に広がった

 

 

「!!!!!」

 

 

その衝撃に、美琴は鋭く息を呑んだ。長を取り囲んだ拳闘士たちも、ひとたまりもなく真後ろに押し倒された。両者の剣と拳は、針先ほどの一点で接触しつつ激しくぶつかり合った。限界を超えて圧縮された力が光の柱となって荒れ狂い、夜空に噴き上がった

 

 

(・・・なんで私は、こんなことをしているのだろう…?)

 

 

それは、疑問。シェータの技量をもってすれば、こんな馬鹿正直に力比べをせずとも、敵を倒すことは容易に可能な局面だった。己が手に取る神器となった、一輪の黒百合。その花言葉は、『呪い』。これまで、それを振りかざして斬れなかった物は、なかったというのに

 

 

(この拳闘士の攻撃、上位騎士並みの心意を見せたのは驚いたけど、腕以外はどこも柔らかそうだったのに……)

 

 

イスカーンは、ありったけの心意を右拳だけに集中させて飛び込んできた。さればこそ、他の部位は実に柔らかそうにシェータの目には映ったのだ。一直線の拳撃を回避し、ひと息に首を落とすことさえできそうだった。だがシェータはそうせず、敢えて敵の青白く輝く拳を迎え撃った。意識してのことではない。体が、剣が、心がそれを求めたのだった

 

 

(・・・首を斬って、終わり。そうすれば今、終わる。でも、なんて固いんだろう…斬れるかな?)

 

 

なぜこの戦いに限っては殺すことを選択しなかったのか、シェータにはまったく不思議だった。でも、もう、それを考える事すらも煩わしい。いまこの瞬間に存在するのは、自分と、黒百合の剣と、目の前の拳だけ。他の何かは、もう要らない

 

 

「・・・楽しい」

 

 

シェータの小ぶりで色の薄い唇に、微かな笑みが浮かび、微かに心中を吐露したのを、イスカーンは見た。それが自分を、あるいはこの闘いを嘲弄するものでないことはもう、容易に理解できた。なぜなら、自分の唇にも、まったく同質の笑いが浮かんでいたからだ

 

 

(・・・なんだよ。なよっちいナリしてるくせに、お上品な人界人のくせに、テメエも俺と同種じゃねえか…!!)

 

 

イスカーンが内心でほくそ笑むと同時に、ぴしっ!というささやかな衝撃が、拳の内側で響いた。それは敵の余りにも細く黒い刃が欠ける音ではなく、自分の拳の骨にひびが入った音だと、彼は瞬間的に理解した

 

 

(・・・ヘっ。駄目か。これでも押し負けるのか…しゃーねぇな。まぁ悪い死に様ではねぇよな……)

 

 

拳が斬られれば、黒く細い刃はそのまま自分の体をも真っ二つにするだろう。そう直感しながらも、イスカーンに恐怖はなかった。これほどの敵と相見える機会は、恐らくもう二度とあるまい。それなら、本望だ。現世に思い残す事はない。そう考え瞼を閉じようとした、その瞬間。拳にかかる圧力が揺らいだ

 

 

「フンッ!!」

 

 

極限まで集中していた圧力が一気に解放され、イスカーンとシェータを吹き飛ばした。お互いの心意が乱れた理由はすぐに解った。二人の間に、巨大な人影が割って入ろうとしたからだ。同じように地面に倒れた人影…ダンパという大男に、イスカーンは尻餅をついたまま躊躇なく吼えた

 

 

「ダンパ!テメエ何してくれやがる!?俺に次ぐ闘士ともあろう野郎が気でも狂ったか!?」

 

「時間切れです、チャンピオン。こちらの本隊が追いついてきます」

 

 

言って体を起こした副官は、普段は糸のように細い両眼を少しばかり見開きながら、北を指し示した。イスカーンがそちらに眼を向けると、いつの間にか拳闘士団の本隊と、その後ろの暗黒騎士団が目視できる距離にまで接近していた。確かに、集団戦が始まるというのに長が私闘に明け暮れている場合ではない

 

 

「チッ!普段はウスノロの癖して、こんな時ばっかよぉ…」

 

 

激しく舌打ちしながら視線を戻すと、激突の衝撃で巻き上がった土埃の向こうで、ほぼ全ての防具と衣服を失ったシェータは、それを気にする様子もなく細い剣を鞘に収めようとしていた

 

 

「おい女!これで勝ったつもりになるんじゃねぇぞ!」

 

 

先刻に斬死を覚悟したことも忘れ、若い拳闘士は衝動のままに叫んだ。灰色の髪を揺らしてシェータはちらりとイスカーンを見ると、言葉を探すように短く首を傾げてから言った

 

 

「・・・その、女って呼ぶの、やめてほしい」

 

「は、はぁ?あのな…言っとくがコッチはテメエの名前も知らねぇんだよ。だいたい、てめぇこの状況でどうやって逃げるつもり…」

 

 

その時、強烈な突風が南から吹き寄せ、美琴とシェータを取り囲もうとしていた数十人の闘士たちがいっせいに顔を背けた。思わず瞬きしたイスカーンの視界に、高々と左手を差し伸べる騎士と、急降下してくる巨大な飛竜の姿が映った

 

 

「ちょ、ちょっと!?私も乗るわよ!」

 

 

騎士が脚に手を掛けると、飛竜はふわりと空へ舞い上がった。それを見た美琴は、瞬時に脚へ力を込め大慌てで飛び上がり、なんとか飛竜の爪先を掴み取った。彼女達が飛び去ろうとする様子を見たイスカーンは、この野郎と内心で歯嚙みした後に叫んだ

 

 

「おいテメエら!逃げる前に名乗っていきやがれコラァ!」

 

「・・・逃げるわけじゃない。私は、シェータ・シンセシス・トゥエルブ」

 

「ちなみに私は最初に名乗ったわよ!覚えてないそっちが悪い…てか!次会う時までに覚えてなかったら承知しないわよ!」

 

 

翼が激しく打ち鳴らされる音に混じって、微かな声と忙しい声がイスカーンの耳に降ってきた。たちまち夜闇に紛れて遠ざかる飛竜の影を、イスカーンはダンパに手を引かれて立ち上がりながら見送り、もう一度舌を打った。それから彼は黙って踵を返し、傷を手当てするために、薬壺を持つ拳闘士に声を掛けた

 

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