とある魔術の仮想世界[4]   作:小仏トンネル

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第41話 右方のフィアンマ

 

「右方の、フィアンマ…?」

 

「ーーーッ!?」

 

 

赤い男が名乗った名前をアリスが復唱するその横で、その場にいる五人の中で、上条当麻だけが青ざめた顔で、戦慄した。よもや、よもや、とは思っていた。御坂美琴がキリト達の世界のアンダーワールドに来れた時点で、可能性が皆無ではないと思っていた。前方、左方、後方。そして、右方。自分の右手を手に入れんとする神の右席、その最後の一人が、ついに目の前に立ちはだかったのだと、彼は生唾を飲み込んだ

 

 

「いやぁ、なんだかんだで今日はラッキーデイだな。アックアがログインして早々に離脱した時には、やはり異なる『位相』となると厳しいかと思い半信半疑だったが…まさか、目の前に標的がいてくれるとはな。まぁもう少し骨が折れると思っていた分、拍子抜けなのは否めないがな」

 

「・・・え?」

 

 

アックアが、来ていた?しかしそれだけに留まらず、すでに離脱した?いつの間に?そんな疑問が、上条の脳内を駆け巡っていた時の事だった

 

 

「この戦場でそのような不遜な言動を、我々整合騎士に浴びせてかかる…それ即ち、敵と見なされても文句は言えないぞ。剣を帯びてもおらず、亜人でもないのを見たところ、暗黒術師だという推測が一番妥当だが……」

 

 

並び立つ四人の中から、エルドリエが一歩前に出ると、フィアンマを険しい表情で睨みながら言った。するとフィアンマは額に手をついて、やれやれといった様子で左右に首を揺らした

 

 

「おいおい。まさか貴様如きが、俺様に嚙みつこうと?やめておけよ、俺様の目的はもう目の前にあるんだ。気取った騎士を相手にするならともかく、お前みたいな雑魚なら見逃してもいいんだぞ?」

 

「何だと…!?」

 

 

フィアンマの高圧的な態度に、エルドリエは眉を顰めて額に青筋を立てた。そして彼はその感情の起伏が赴くままに、腰に巻きつけていた霜鱗鞭を手に取った。待て。ダメだ。やめろ。上条がそう言おうとした瞬間、隣のベルクーリが耳元で囁いた

 

 

「おい、カミやん。俺には分かるぜ。あの野郎…とんでもねぇ心意だ。それも侵略軍の諸侯どころか、暗黒神ベクタにも引けを取らねぇ、底なしに邪悪なやつだ。だから分かる。アイツはきっと、お前さんやミコトの嬢ちゃんと同じでも、違うんだろ?」

 

「あ、あぁ。そうだおっさん…アイツは俺たちにとっては明確な敵だ…!でも、ダメだ……」

 

「・・・ダメ?」

 

「アイツの相手は俺じゃなきゃダメなんだ…向こうの時も…テッラの時もそうだった…!リゼルもフィネルも、四旋剣もファナティオも、アイツらには敵わなかったんだ!だから、俺がっ……!!」

 

 

顔面蒼白で冷や汗を流したまま、上条はテッラと相対した時の記憶を蘇らせながら、絞り出すような声で言った。しかし、彼が右手を拳に変えた時には既に、エルドリエが霜鱗鞭を大きく振りかぶってしまっていた

 

 

「天界で懺悔、そして後悔するがいい!たった一人で人界守備軍最強たる整合騎士の前に現れたことが、貴様の敗因だ!!」

 

「だ、ダメだ!待てエルドッ……!」

 

「忠告はした。お前こそ、後悔してくれるなよ」

 

 

上条がエルドリエの前に出ようと駆け出したのと、ガボンッ!という轟音が響いたのは、ほぼ同時だった。小さく呟いたフィアンマの右肩辺りから、いつの間にやら何か巨大な何かが生えていた。大きな翼のようで、腕のような…この世のものとは思えない不可思議な物質が蠢いていた。そして、本来そこにあるはずだったエルドリエの下半身が、丸ごと消失していた

 

 

「うおあああああっ!?!?」

 

「・・・ごぼっ…!?」

 

 

その時フィアンマは、指すら動かしていなかった。どこからか振り下ろされたのは、強烈な閃光と衝撃波だった。慌てて駆け出したばかりに、その莫大な余波に真っ向からぶつかった上条の体は、軽々と100メル以上吹っ飛ばされた。その直後、上半身だけを残したエルドリエは口から大量の血を噴き出して、ゆっくりと地に堕ちた。そして同時に、五千近い彼の天命が、完全に底をついた

 

 

「やれやれ、また空中分解しかけたか。俺様の術式もここでなら少しはマシになるかと思ったんだが…まぁその状態を固定することに成功できたのなら及第点だな」

 

 

そう呟いて、フィアンマは右肩の後ろを見やった。先ほどまで何もなかったハズのそこには、巨大な何かが生えていた。翼のようでありながらも、腕のような、この世の物とは思えない、不可解な物質。鎌のように伸びた爪を生やした4本指の巨大な手は、まるで彼の二本の両腕に続く『第三の腕』とでも呼ぶべきかの如く、彼の背後で佇んでいた

 

 

「・・・エル、ドリ…エ………?」

 

 

アリスは、目の前で起きた現象が信じられなかった。先ほどまで二本の足で立っていたエルドリエが、まばたきも許されぬほどの一瞬で、下半身を吹き飛ばされた。アリスはそれが幻覚であることを確かめるべく、彼の元に座って、残された上半身を膝の上に乗せた。しかしその膝から伝わってくる感触は、あまりにも鮮明だった。自分を師と慕ってくれる青年が、自分の膝の上で、死にかけている。その現実を否定するように、アリスはエルドリエの上半身を抱き寄せて叫んだ

 

 

「め、眼を…眼を開けなさいエルドリエ!許しません…許しませんよ!このようなところで私を置いていくなど…!」

 

「あぁ、そこにおられるのは…アリス様…なのでしょうか…」

 

 

エルドリエの藤色の瞳は、もう半ば焦点が合っておらず、その意識を朦朧とさせていた。むしろ、その状態で喋れていることが奇跡だった。それでも彼を抱き起こすアリスは、その奇跡に縋るように、必死でエルドリエに叫び続けた

 

 

 

「えぇそうです!私です!しっかりなさい!今すぐに治癒術を…!」

 

「アリスっ…様…どうか、こんな不甲斐ない姿をお見せする私を…お許し、下さい……」

 

 

そこでエルドリエは、ほんの少し。ほんの少しだけ、口許に笑みを作ってみせた。いつものキザな彼らしく。しかしアリスにとってそれは、自分の死期を悟った人間が最後に見せる、穏やかな笑みのように見えた

 

 

「ゆ…許しませんっ!許してなるものですか!言ったでしょう!?私にはそなたが必要なのです!」

 

「あは、は…なんとも手厳しい、ですな…こうなることが分かっていたのならば、アリス様より、もっと多くの教示を…いただいておくべき、でした……」

 

「そなたが望むならなんでもあげます!嫌と言うほど稽古だって付き合いますから!だから…だから戻ってきなさい!エルドリエ!」

 

「いえ、アリス様…もう、十分です。十分すぎるほどに…多くをいただきました……」

 

「あぁ、ぁぁぁぁぁ……!」

 

 

エルドリエの言葉に、ついにアリスの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。その雫が、ポトリと、エルドリエの頬に滲んでいく。すると彼は、もうとっくに力絶えたはずの右腕を震わせながら持ち上げ、涙に濡れる師の目尻を、優しく拭き取った

 

 

「い、いや…嫌…嫌です……エルドリエッ!生きなさい!これは命令です!今すぐに目を開けなさい!だから、お願い…目を……」

 

「泣かない、で……かぁ、さん…………」

 

 

そして、整合騎士エルドリエ・シンセシス・サーティワン、またの名をエルドリエ・ウールスブルーグの魂は、永遠にアンダーワールドから去った。彼の体が数秒間にせよ言葉を交わせたのが奇跡であったかのように、光と化して夜気に溶けていくのを、アリスは濡れた瞳で見届けることしか出来なかった

 

 

「くそっ…クソッ…クソッ!!」

 

 

謎の衝撃に吹き飛ばされた上条は、その悔しさを呪詛のように吐いた。これ以上は、死なせない。自分のせいで誰かを、死なせるわけにはいかない。そう強く自分に言い聞かせて、ガリガリと、黒い土を指先で削って、掻き毟って、上条当麻は体を起こした。今の一撃で少なくとも体の骨が何本かイカれているだろうが、もうそれを気に留めるほどの冷静さは残っていなかった

 

 

「はっはっは!なんだ、人工物の割には随分と感情豊かに涙を流すじゃないか。これがラブロマンス映画だったなら、アカデミー賞は硬いな。なんなら俺様が推薦状を書いておいてやろうか?」

 

「お前っ…!お前えええええぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっっっ!!!」

 

「ま、待て嬢ちゃん!早まるなっ!!」

 

 

空中に佇む第三の腕をそのままに、フィアンマは己の両手で白々しく拍手しながら声高に笑った。まるで命を弄んでいるような彼の態度に、アリスは激昂した。彼女はベルクーリの必死の呼び掛けにも耳を貸さず、怒りのままに金木犀の剣を抜き放ち、絶叫と共に突進した

 

 

「ぅああっ!うわあああああーーーーーッ!!」

 

 

その姿は整合騎士というよりも、悪魔に理性を差し出した狂戦士だった。アリスはフィアンマの間合いにたどり着いた途端、無我夢中で金木犀の剣を振り回し続けた

 

 

「破壊力はいらない。振れれば終わるのだから、相手を壊すための努力は必要ない」

 

 

アリスが振り回す黄金の刀身が、滅茶苦茶な軌道を描いてフィアンマに襲いかかる。しかし彼は、それを涼げな顔で避け続ける中で、小さな声で呟いていた

 

 

「返しなさいっ…!エルドリエを…私の愛弟子を…!返せ……返せえええええぇぇぇぇぇーーーーーーーーっっっ!!!!!」

 

「速度はいらない。振れば当たるのだから、当てるための努力は必要ない」

 

 

そして七度の剣の閃きから身を逃した彼は、唇の端に邪悪な笑みを浮かべ、第三の腕を振った。その指先がほんの僅かに脇腹を掠っただけで、アリスの甲冑に亀裂が走った

 

 

「ッ!?いかん!!」

 

「うおおおおおおおおっ!!」

 

 

万物を等しく滅ぼす力が、今にもアリスの身に降りかかろうとしているのを察知したベルクーリは、時穿剣の柄に手を掛ける。だがその時には既に、上条が彼の横を駆け抜けていた。そしてアリスの前へと強引に割り込むと、フィアンマ第三の腕の先に、あらゆる幻想を殺す右腕を叩きつけた

 

 

「ヅゥッ!?」

 

「あああああああぁぁぁぁぁ!?!?」

 

 

しかし彼の右腕は、肩から先に掛けてあっさりとバネのように弾き上げられた。上条の心意によって右手に宿った幻想殺しでは打ち消し切れなかった見えざる力が、爆風となって荒れ狂った。上条は両脚を踏ん張って何とか耐え切ったが、彼の後ろにいたアリスはボロ布のように吹き飛ばされ、二度、三度と地面に体を叩きつけられた

 

 

「嬢ちゃん!?」

 

 

ロクに受け身も取れなかったアリスの元に、ベルクーリが血相を変えて駆け寄った。ぐったりとしている彼女をすぐさま逞しい両腕で抱き上げると、首元に指を当てて脈拍を測った

 

 

「・・・生きてる。気をやっただけか…」

 

「おっさん、コイツの相手は俺がする。アリスを連れてここから離れろ」

 

 

安堵の息を吐いたベルクーリに、上条は低い声で言うと、フィアンマの放つ力に押し負けた右腕の調子を確かめるように、一度だけ右腕を大きくグルリと回した。骨か関節に影響があったのか、それだけでゴキゴキという痛々しい音がベルクーリの耳に届いた。しかし彼はそれを無視して、目の前の敵だけを睨み続けていた

 

 

「・・・勝てる見込みは、あるのか?」

 

「俺の右手が押し込まれたのを顧みるなら、正直勝てるかどうかは分からねぇ。だけど、コイツは何が何でも俺が一発ぶん殴る。だからおっさん達は先に行け」

 

「わ、分からねえって…それじゃお前さんが…!」

 

「いいから行けって言ってんだ!耳付いてねぇのかテメエッ!!」

 

「ッ………星咬っ!」

 

 

背中越しの上条の口から飛び出した叱責を、ベルクーリは苦しげな表情で飲み込んだ。彼が空に向かって愛竜の名を叫ぶと、力強い羽音を連れた飛竜が舞い降り、主人の足下に屈んだ。そしてベルクーリはアリスの腰に手を回して片腕で抱え込むと、背中に飛び乗ると同時に手綱を打って星咬を飛翔させた

 

 

「なんだ、自ら残ってくれるとは気が利くじゃないか。それとも潔くその魂を俺様に明け渡す気になったのか?」

 

「黙れ」

 

 

薄ら笑いを口に貼り付けたまま喋るフィアンマに、上条はドスの効いた声で言った。そして悪鬼の如き表情で己の怒りを露わにすると、手の平に爪が食い込むほど強く右拳を握りしめた

 

 

「なんだ、やっぱりやるのか?良いぞ。こちらは不恰好で申し訳ないが、二人吹き飛ばして『右手』が温まってきたところだしな」

 

「黙れつってんだろ!!」

 

 

上条が激怒して走り出そうとした瞬間、フィアンマの第三の腕が爆発的な光を発した。音は消えた。ただ、突き出した右手に強烈な刺激だけが残っている。光が消え失せた時、上条とフィアンマは互いに右手を正面に突き出したまま睨み合っていた

 

 

「・・・ふん、今度は処理したか。多少現実とは法則性が異なっていると言えど、流石は俺様が求める稀少な右手。間近で見るとその特異性がよく分かる。先の一撃を無効にする事が出来た事から考えると俺様のコイツも、異能を消すその右腕に対しては、どう出力するか判断しかねた…ということか」

 

「・・・なんだよ、ソレ」

 

 

フィアンマの肩から伸びている第三の腕を見ながら、上条は訊ねた。するとフィアンマは突き出していた右手を下ろし、代わりに第三の腕をグラグラと蠢かせながら答えた

 

 

「『聖なる右』。他の例に漏れず神の右席が通常の魔術の行使権限を捨てて手にする特殊な術式さ。右方の天使であり、『神の如き者』の力の象徴。どんな邪法だろうが悪法だろうが問答無用で叩き潰し、悪魔の王を地獄の底へ縛り付け、 1000年の安息を保障した右方の天使の力。 それら奇跡の象徴たるミカエルの『右手』。それが俺様の行使する術式、聖なる右ってわけだ」

 

「・・・右手、か…」

 

 

奇しくも同じ手に特異な力を宿す上条は、訝しげな表情で呟いた。フィアンマは右手の人差し指を立てると、続けて言った

 

 

「つまり俺様が保有しているのは、右腕そのものではなく、右腕に備わっているべき力だ。十字教じゃ大抵の儀式は右で行われる。大天使ミカエルが堕天使の長を斬り伏せたのも右手。神の子が病人を癒したのも右手。聖書が記されたのも右手と、まぁ一々挙げたらキリがない。要するに俺様は、それだけ多くの十字教的超自然現象を自在に行使できるというわけだ」

 

「・・・さっき俺にぶつけてきた光も、その一つってことか」

 

「ちなみにそれだけじゃないぞ。この右腕は『倒すべき敵や試練や困難』のレベルに合わせて、 自動的に最適な出力を行う性質がある。つまり俺様が望めば、その力に制限なんてなくなるってことだ」

 

「・・・は?」

 

 

上条当麻は言葉を失った。なんだそれは?それはRPGに例えるなら、攻撃、防御、呪文といったコマンドの中に、『倒す』という項目があるのと同義だ。デタラメどころか、反則に等しい。天命が数字として存在するこの仮想世界では、これ以上ないほどに規格外の力だと上条は絶句するしかなかった

 

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