リベンジ! <貧富の墳墓>
つよい! 【フギン・ムニン】
不意打ち! 【擬粘偽宝 ダウトール】
□■<貧富の墳墓>
ミミック。
一般に言われる「宝箱などに擬態して不意打ちを仕掛けてくる」モンスターとして<マスター>にも広く認知されている存在ではあるが、<Infinite Dendrogram>内ではその存在はいくつかの種類に分かれている。
一番多いのはエレメンタルとして擬態というより精霊などが憑くことで「宝箱がモンスター化」したものである。
また、その存在を参考に後にトラップとしての宝箱型のゴーレムも開発された。(紛らわしいことにこちらもモンスターの種類としてはエレメンタルである)
そしてその次に擬態能力の高いスライムが候補に挙がるが、これはエレメンタルと比べると驚くほど数が少ない。
これはスライムはその形を変えることが出来るが、一部の雑食性のものでない限り精巧な擬態が出来ないことに加え、
物理的な攻撃に対して高い耐性を持つスライムだが、その多くは原始的な欲求に従って行動しており、動かずに獲物が待つよりも自ら獲物を探しまわる性質を持っている。
そんな種の特性に反して宝箱の擬態を行うようなスライムは、余程己では敵わぬ外敵が多くて隠れる必要があり、なおかつ
……もっとも、神造ダンジョンに突如出現した【擬粘欺伸 ダウトール】については
固有スキルとして付与された《擬粘偽心》によって獲得した擬態能力と思考能力。
奇襲の威力を増す《無形の暗器》による初手奇襲の威力向上とスライムの特性による【熱傷】を引き起こす酸性粘液により、【擬粘欺伸 ダウトール】は<貧富の墳墓>に出現してから多くの<マスター>・ティアンを含む挑戦者を撃破して来た。
「──」
「ンンー!!」
『●REC』『●REC』『きみたちィ!』
そして、今日もまた一人の<マスター>をその力で溶かさんとしている最中だ。
しかし、スライムらしからぬ思考力を身に着けた【ダウトール】が抱いている反応は焦りだった。
そもそも、今日まで彼女(スライムはその特性上、全て雌性扱いである)の初撃奇襲を凌げた存在はおらず、あまつさえ見破って先制攻撃をされたことはなかったのだ。
TYPE:ガードナーやテイムモンスターを連れた<マスター>に対してもスライムとしての耐性と《分裂》による同時攻撃で難なく撃破してみた彼女にしてみれば、
頭部を隠していた分体で包んだとはいえ、他の分体は《分裂》の制限により近距離までにしか操作出来ない関係で、天井に張り付いていたもの以外《乾燥期》により全て消え去ってしまっている。
黒い狼型の従属モンスター──【ゲリ・フレキ】の攻撃も鬱陶しくはあるが無視出来る範疇だ。
「───」
「ンーッ!」
『実際問題なんとかなるん?』『死ゾ』『熱傷はともかく窒息は専用の対策ないと無理。発声不可がね』
早急に
スライムは時間経過による回復以外では、
特定のモノを好んで取り込み、それに適した種となったスライムであれば回復にも専用の物質が必要であったが、幸いにも【ダウトール】は雑食性である。
これまでのように殺して取り込めばそれである程度回復することが出来る。
しかし、
<マスター>はモンスターのようにHPが0になると同時に光の塵となる。
その際に肉体も消えるため殺してから取り込み、
「───……」
──しかし、スライムの特性として取り込む事で一度回復した
死ぬまでの間に少しでも多く取り込み、HPを回復する。
そのために接触面を増やすために本体でも対象を包み込み、鼻孔のみを開けて【窒息】を解除してから少しずつ溶かせば良い。
そう考え、【ダウトール】はピラミッドを這いずり、頭に取りついた分体を剥がそうともがいている<
『やっと近付いてきましたよ』『やったぜひゃっはー!』『!?』『!?』
「──?」
先ほどから空に浮かんでいた
【ダウトール】はその意味は分からずとも疑問と、少しの不穏な予感を感じ、
『《
何らかの行動を移す前に、ルミナスが右手に持つ巨大な顎のような武器から聞こえた重く響く咆哮のような宣言の直後、全身を炎に包まれた。
◇
<Infinite Dendrogram>の最大の特徴として、ほとんどのものがその存在を挙げる<エンブリオ>。
その固有スキルは多岐に渡り、その性能を引き上げるための要因については攻略wikiなどでも盛んに検証され、<マスター>独自の
消費が多くコストが複数存在する方が効果が高い、使用条件や制限があるスキルの方が威力が高い、制御を放棄した技は規模が桁違いだ、等々。
多くの意見が出ているが、その中でも『追加コスト』と呼ばれるMPやSP以外のコストを消費することで性能を高める類型について一つの有力な見解がある。
それは「能動的なコストより受動的なコストの方がスキルの性能が高い」というものだ。
自身で別途アイテムなどを用意するようなコストに比べて、相手に依存したコストの方が使用条件が厳しくなるためかスキルの能力は上となるのだ。
例えば、相手から受けたダメージをカウンターで返すスキル。
例えば、相手の攻撃に依存した耐性や攻撃能力を得るスキル。
例えば、相手からの状態異常を含むデバフを反転して強化するスキル。
相手から受けた「マイナス」を「プラス」にする事でその性能を上げるスキル群。
そして、ルミナスが変形した【ゲリ・フレキ】の口を介して宣言したスキル、【炎火万象 アグニ】の固有スキル《浄火》もそのグループに属する。
その効果は「受けている全ての状態異常を【火傷】に変化させる」こと。
『追加コスト』の中でも更に異端、「
そしてその【火傷】の深度や部位数は元となった状態異常の数や敵対者のレベルによって増減する。
本来は【火傷】による継続ダメージや行動制限を緩和する装備と共に使用するスキルだが、状態異常を【火傷】に変換するために生じる炎の強さは他のエンブリオと比べても一級品だ。
炎の威力だけなら【
「──!!??」
『あっついハグですよ嬉しいでしょ逃がさないよ!』『ヒェッ』『あっついハグ(熱量)』『あれ。俺のスキルこんな物騒なのだったかな……』『←涙吹けよ』
顔を塞ぎ【窒息】の制限を与えていた【ダウトール】の分体が瞬時に炎にて蒸発する。
【熱傷】も【火傷】に変換され、状態異常が進み【出血】していたところも【火傷】で焼き塞がれる。
ルミナスを中心としてほぼ全身を炎が覆う。
伝説級の<UBM>であり、顔を覆うことで自身が能動的に発生させたもの以外にも傷痍系・制限系状態異常を併発させたことにより《浄火》はルミナスの体の大部分を【火傷】させる。
『そこまでやりますか普通』『この程度は"出来る"無茶なんだよね!』『ゲーマーこわ……』『痛覚がないとはいえやべーやつじゃな?』
<マスター>として火傷の痛覚はなくとも、全身が炎に包まれる暑さ──もとい熱さは存在するし炎に熱された空気が肺を焼く苦しさも無視できるものではない。
そんな状況でもルミナスは決して近付いてきた【ダウトール】を離さない。
「!?!?!?」
巻き込まれる形で炎にまかれる【ダウトール】は声なき悲鳴を上げがむしゃらに暴れる。
猛烈な勢いでルミナスを【火傷】させる炎により急激に削れるHP。
もはや取り込むなんて言っていられず、ルミナスを攻撃し、一瞬でも早くルミナスのHPを消そうと試みる【ダウトール】。
『私は根比べなら負けないよ! この挑戦にこれまでの狩りのドロップ殆ど費やしてるんだからね!!』『このスレ主乾坤一擲過ぎる』『ポーションでいいのでは……?』『←口が塞がれている想定やろ』
ルミナスも【火傷】でぎこちない左手でアイテムボックスから回復魔法のジェムを取り出し、回復魔法をかけ続ける。
そして攻撃を受けて傷痍状態異常を受けたらそこからまた【火傷】の炎が上がり両者を焦がす。
回復魔法のジェムの在庫が尽きるのが先か、【ダウトール】のHPが尽きるのが先か。
炎火万焼、己の傷を糧に燃え盛る炎の衣が揺れ踊る。
──そして、ついに立ち上る炎に光の塵が混ざった。
◇
□【魔戦士】ルミナス
死んでも離さない、死ぬまで離さない。
そんな念で【火傷】のひきつけも無視して抱きしめていた粘液が、ふとその感触を消失……いや、焼失させる。
【<UBM>【擬粘欺伸 ダウトール】が討伐されました】
【MVPを選出します】
【【ルミナス】がMVPに選出されました】
【【ルミナス】にMVP特典【擬粘偽宝 ダウトール】を贈与します】
「──ァ」
『リベンジ達成いぃぃぃぃ!!』
そのログに【火傷】が重篤化して【炭化】している部位も多くて声が出せず、スレで鬨の声を上げる。
『決着!』『執念怖すぎィ』『やったぜ』『成し遂げたぜ』
《浄火》の対象である私にとっては【火傷】のためでダメージはない炎とはいえ、その熱量は本物で瞼を開けることさえ出来ない。
というかもう体全体が動かない。
右手は炭化して抱きついていた【ダウトール】が急に消えた影響で崩れ落ちてしまった。
左手も【火傷】が深刻化して既にアイテムボックスを触る手が震えてジェムを取り出すのも困難。
『ここまで粘られるとは思わなかったよー。というか私全身火傷で見られた姿じゃないよこれ!』
『今更気付いたの』『スライムだけにってか?』『ギルティ』『ギルティ』『※この動画にはR-18G表現が含まれております』『←遅すぎィ!?』『大丈夫炎が強すぎて見えない』
図らずもラーニング元の【アグニ】のように炎の衣(文字通り)となってくれていたらしい。
流石に見苦しい場面を姉さんの動画に映すのは憚られるからありがたい限りだ。
というかHP的にも既に限界である。
『特典武具については明日! というわけでなむさん!』
『サヨナラ!』『デスルーラ』『ここまで【火傷】したらもう助からないから致し方なし』『明日も参加するからちゃんと安価してね!』
思い思いの言葉と共に、ミリ残りしていた私のHPゲージが真っ黒にまるで焼け焦げるように尽ききった。
【致死ダメージ】
【パーティ全滅】
【蘇生可能時間経過】
【デスペナルティ:ログイン制限24h】
◇◆◇
□■???
【齧実繁甲 ポミエール】
最終到達レベル:28
討伐MVP:【高位料理人】たると Lv100(合計レベル412)
<エンブリオ>:【提戦饗亭 ヴァルハラ】
MVP特典:逸話級【虹実菜園 ポミエール】
【潜地鋏虎 バイトグル】
最終到達レベル:41
討伐MVP:【黒土術師】トバール・XN Lv100(合計レベル500)
<エンブリオ>:【星錬鉱房 テルース】
MVP特典:伝説級【潜地鋏虎完全遺骸 バイトグル】
【炸竜王 ドラグマイン】
最終到達レベル:32
討伐MVP:【大狩人】コール Lv100(合計レベル500)
<エンブリオ>:【重枷才魔 ヘーラー】
MVP特典:伝説級【伏竜炸雷 ドラグマイン】
【擬粘欺伸 ダウトール】
最終到達レベル:23
討伐MVP:【魔戦士】ルミナス Lv48(合計レベル198)
<エンブリオ>:【神貪双牙 ゲリ・フレキ】
MVP特典:伝説級【擬粘偽宝 ダウトール】
「フム」
幾多のログが流れては消えゆく<Infinite Dendrogram>の管理AIの作業スペースの一つ。
"異大陸船"と呼ばれる施設の一画、一人の男がスクリーンを前に佇んでいる。
その場所で頭に生えた角や所々に生えている鱗など様々な生物の相を持った男、<UBM>担当の管理AI4号ジャバウォックは短く感嘆の声を漏らした。
「<超級エンブリオ>も超級職がなくとも勝つものは工夫を凝らして勝つ。それでこそヒロイックというものだ」
ジャバウォックは密かに憂慮していた。
一部の限られた絶対強者がその行動範囲内の<UBM>をまるで収穫するように刈り取ってしまうのではないかと。
実際、<Infinite Dendrogram>内の七大国において最初の<超級エンブリオ>へと進化した、【無渇聖餐杯 グラール】がそのシンプルながらも圧倒的な力量を持って既に複数の<UBM>を撃破している。
そして、彼が求める<UBM>の役割とは豪華な宝箱ではなく、あくまでも試練としてのもの。
そのための
特定の条件を満たしたモンスターに■■■■■を付与することで<UBM>に変質昇華させる"認定型"と違い、ジャバウォックが■■■■■によってモンスターを作製・改造する"デザイン型"のUBMは基本的に何らかの指針がある。
今回ジャバウォックが実験的に神造ダンジョンに放流した『隠れ潜み待ち伏せする』<UBM>が共通して「<UBM>側が戦う相手を選択する」ことを目的としていたように。
結果としてそれらの<UBM>が多くの中堅<マスター>と戦闘を行い、激闘の末に打倒されたこと自体はジャバウォックの想定通りであり期待通りではあるが、彼は笑みもそこそこに引っ込めて画面を注視しなおした。
「とはいえ、今回は上手く<マスター>が打倒してくれたが隠密特化を増やす訳にも行かないな」
彼にとって<
特にその
更に言えば、先日の
「ルミナス。見たことはあったはずだが……MVPは初めてだったな」
そのことからふと思い出し、ジャバウォックはウィンドウを操作した。
レベルにして200以下の新参<マスター>が<UBM>と戦闘し、撃破することはそうあることではない。
「そういえばイベントの<UBM>のMVPを取ったパーティの一人か。確か【
エイプリルフールの際の戦闘の動画も別のウィンドウに表示し、ジャバウォックは納得の声を上げる。
超級職の身内だからこそのコネの力──だけではない。
確かに【超記者】はその性質上今回のデザインには強いが、彼女は単独では戦う術は持たず、ルミナスの戦闘力はラーニングの特性によりバランスよりのものとなっている。
情報のアドバンテージを活かし、自分の土俵を押し付ける戦い方が上手く嵌っているのだ。
「ともあれ、新しい力が伸びるのは喜ばしい限りだ。今後も姉妹共々精進してほしいものだな」
次なるデザインを頭に浮かべながら、ジャバウォックは口元を緩める。
現実時間で二ヵ月と少し先まで迫った<Infinite Dendrogram>の一周年キャンペーン、その
End
1/30作者「えっ次話そこまで行っちゃうの? やべぇ!」
1/31作者「えっえっ【喰王】えっえっえっ」
2/1作者「おまえええええええそんな役どころかよおおおおおおそういうことかああああああああ」
というわけで<貧富の墳墓>編完!
次週は諸事情により投稿お休みです。