【実況】掲示板でデンドロを進みたい【安価】   作:レイティス

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前回の産業:
砂漠を往く幽霊船
ヒャッハー先制攻撃だー!
第二形態だー!


閑話・稀人たちの鎮魂歌その三

 

 □<ヴァレイラ大砂漠> 【トランナルター号】

 

 アルター王国とカルディナの国境付近に存在する砂漠地帯、<ヴァレイラ大砂漠>。

 国境地帯ということもあり出現するモンスターも亜竜級のワームから純竜級の蠍や砂獅子など強力なものが住むその広大な大砂原を一隻の船が航行していた。

 船の銘は【トランナルター号】、アルター王国とカルディナを……より正確にはコルタナからアルター王国側の国境、<クルエラ山岳地帯>の西端の宿場町まで行き来する定期船だ。

 その船の甲板で今、姉妹のようにカラーリングこそ違えど顔つきのよく似た二人の<マスター>が鴉の瞳より映された映像を見ていた。

 

「うわぁ追い込むと飛ぶとかGかな? 汚いなさすがアンデッドきたない!」

「どうやら《混食の氾濫》はルミナスと同じ捕食ラーニングでもアンデッド故に肉体的な制限が薄いみたいですねー」

「ちょっとアレと同じ扱いは止めてね姉さん!」

「ふふふふ」

 

 姉妹のような……というより、実際の姉妹であるアイリスとルミナスの二人が【万知双告 フギン・ムニン】を通じて見ているのはこの地より離れた場所、<カルディナ大砂漠>の一角。

 自身の同期を含む六人の<マスター>と【混貪讐念 ロイナン】の戦闘の俯瞰視点。

 突如生えた羽により空を駆け砂上船を猛追するロイナンとそれを迎撃しようと遠隔攻撃を続ける<マスター>たちが映っている。

 

「そういえばルミナス? 同期の子たちからラーニングしたスキルについては確認しなくて大丈夫ですか?」

「んー、大体みんなが説明してくれたからへーきへーき。おっと撃ち落とした」

「そうですか。まぁルミナス以外みんなぎりぎり上級エンブリオになってどれも使えないんですけどね」

「くぅぅ……おのれ六道!」

「謂れなき八つ当たり……」

 

 何故かルミナスは同期勢の中でエンブリオの形態進化が遅れがちなのである。

 狩りの比率は高いはずなのに未だ第三形態……「もう少しで進化しそう」という感じになってはいるが今はまだその殻を破る段階に至ってはいなかった。

 掲示板では最初の二連デスペナが尾を引いているだとかラーニング(食いすぎ)の弊害だとか色々言われているが、それぞれが固有のエンブリオなので事の真偽は不明だ。

 

「でも、ルミナスがそんなあからさまに敵愾心向けるようなのは珍しいですね」

「そうだっけ?」

「ですよ。その前は……確か一昨年のバースエイルの全国大会の時でしたか」

「あー、あったね。だってこよみん普通に強い癖に漫画かよってデスティニードローするんだよあれリアルラックチートに違いない! 併設されてたウォー・グラウンド(FPS)でも同じ部らしい人が無双してたしトンデモ部員の集うところだったんだよきっと」

「正確には研究会らしいですけどねー」

 

 かつて参加した大会のことを思い返す。

 父親がアナログゲーム好きな事も相まってルミナス(ひかり)はカードゲームも──というよりは「ゲーム」と付く全般をプレイしていた。

 時に高校生の時は……<NEXT WORLD>の後遺症でFPSやアクションなどの動体視力を使うゲームを控えるように言われていたこともありカードゲーム「バースエイル」に嵌っていた。

 それでも結局、決勝トーナメントの第二回戦で敗れてしまった。その時の対戦相手が『こよみん』というらしい。

 なお、対戦後の大型筐体専用排出カードガチャでは限定最高レアだった。対戦相手は何故か勝ったのに絶望していた。

 

「六道も多分リアルチート入ってるねおのれ六道。こよみんと少し似た波動を感じたし」

「ふーむ? まぁ、リアルで武術を齧ってる影響で戦闘が上手い人は結構いますからねー」

 

 アイリスは脳内に顧客の幾人かを思い浮かべる。

 リアルで格闘技の経験者だったり軍役に就いているような<マスター>は当然それまでの人生経験から<エンブリオ>も戦闘関連の能力となる者が多い。

 リアルでの戦闘技術と戦闘に適した<エンブリオ>、なるほど確かに強力なのは火を見るよりも明らかだ。

 しかし──

 

「でもルミナス、確かリアル格闘家でもゲームの中なら勝てる! とか豪語してましたよね?」

「おー、流石姉さん記憶力が良い」

「【超記者】ですから」

「でも六道は強さのベクトルがなーんか違うんだよねー」

「ふむ?」

 

 そう言い、コルタナ方面の地平線を眺めながら言葉を続ける。

 

「リアルの戦闘が上手い人ってのは動作の反復を身体にしっかり叩き込んでるから咄嗟の反応がすごいし、不意打ちにも対処してくるからとても厄介なんだけどここはゲーム、当然リアルにはない要素がある」

「<エンブリオ>にスキルに魔法、マジックアイテムとかですね?」

「そうそう、突然の攻撃の際に咄嗟に弾くのと防御スキルを使うのでは全然違うからね。あくまで慣れるまでの間は、だけど」

 

 私がリアルスキル持ちに勝てる点はそこ、と真面目な顔で言う。

 リアルでは──<Infinite Dendrogram>以外のVRFPSや格ゲーでは制限の問題で出来ない故に。

 

「六道はその「咄嗟にスキル」がとても上手いんだよね。防御やカバーリング、相手の隙に攻撃スキルが出来る選択に迷いがない。私並みだよ」

「そこで「私並み」って言えるのがルミナスですけど……つまり、「ゲームがとても上手いリアルスキル持ち」ってことですかね?」

「多分ね、じゃないと同期であんな()()()()()()()()使()()()()()反応速度は出せないよー」

 

 例えば【邪曲妖声 ジャクレン】との戦闘では後衛には一切の流れ()を通さなかったし、音速の《声力圏》の極大振動波ではその予兆の段階で全員を範囲カバーリング出来る位置に移動していた。

 センススキルの恩恵があるにしても初めての<UBM>戦であれが出来る者は限りなく少ないだろう。

 

「あとは……うん、<エンブリオ>が特殊でユニークっぽくて妬ましいね」

「ふふ、あなた(ラーニング特化)が言いますか?」

「隣の<エンブリオ>は青いからねー! 人の欲は尽きないんだ!」

 

 【デメテル(浄化・カウンター)】、【ヘケト(群体・詠唱補助)】、【イザナギ(ダメージ反転)】。

 カルディナで出会った同期の<エンブリオ>を思いだし、その中でも更に特異な六道のエンブリオを思い出し苦笑する。

 

(デスペナルティ)の度に強くなる<エンブリオ>とか、<UBM>と戦って勝っても負けても強化されて羨ましいよー。まぁ今回は負けないだろうけど」

「確かに、私が知っている中では【殲滅王】が近いですが彼もあくまで()()がトリガーですからね……っと、動き出したようですよ?」

 

 そんな雑談の合間にも戦闘は進んでいく。

 映像の中では、ついに船に【ロイナン】が取り付き白兵戦闘距離へと移行していた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 □■<カルディナ大砂漠>

 

 

『ダアァァアアァッ!!』

「この……うるっさい! 《グレーター・ネクロ・アトラクト》《ブロッキング》!」

「下がってください。《デッドリー・エクスプロード》!」

「──《メジェド・ビーム》」

 

 船に乗り込んできた【混貪讐念 ロイナン】と<マスター>たちの戦いは意外にも拮抗していた。

 【ロイナン】は遠距離を凌いで接近さえしてしまえば蹂躙出来る、という考えだったが、<マスター>六人……に加えて()()()()()()アンデッドの群れを前に攻めあぐねていた。

 

 【ロイナン】を押し留めるように前衛で盾を構える六道とは別に後衛のすぐそばでいつでも庇えるように待機している【ハイ・スケルトン・ガードナー】。

 その弾幕を持って僅かずつでも確かにこちらにダメージを重ねて来る【アビス・リッチ】に【レブナント・アーチャー】。

 上空からヒット&アウェイで戦場をかき乱す【ファントム・ロックバード】の群れ。

 そのどれもが雑兵ではなく、アンデッド限定のバフにより亜竜級に匹敵する程の不死者の軍団となればとてもではないが無視出来るものではない。

 

 弓矢が、銃弾が、魔法が砂塵と共に甲殻に突き刺さる。

 振るった腕が丸盾に弾かれる。

 アンデッドが捕食の寸前に《送還(リコール)》で掻き消える。

 

「ふぉっふぉっふぉっ。特化の方向性の似通った<エンブリオ>が複数いると壮観じゃのう」

「おおい、バフだけじゃなくて働け自称魔法アタッカー!」

「そうは言うが闇属性も状態異常もアンデッドには殆ど効かぬし、のぅ?」

「……これは死霊術師系統が複数いる時点で分かっていたことですから。次のポイントまで【デザート・ゴーストシップ】の移動をお願いします」

「わかっておるよ。──《センス・グラッジ》」

 

 それだけの戦力にも関わらず拮抗……となっているのは【ロイナン】がここに来るまでに既にワームなどを含む多くのモンスターを捕食してその力を増している事に加えて、<マスター>側から大技が連続で出せていないからという理由が大きい。

 死霊術師系統の上級職の奥義──怨念を燃焼させる【高位霊術師(ハイ・ネクロマンサー)】の《デッドリー・エクスプロード》と怨念を破壊力に変換する【大死霊(リッチ)】の《デッドリーミキサー》は共に場の怨念を利用して発動する魔法であるため、複数人で同時に攻撃することも連続して放つことも出来ないのだ。

 既に幽霊砂上船の行き先は近場の怨念溜まりを巡行するように設定しているが、それでも対アンデッドの最大火力である《デッドリー・エクスプロード》が撃てる頻度は高くなく、ダメージの大部分は従属コスト内のアンデッドの攻撃と融合スキルにより白い布を被ったヘルツの《メジェド・ビーム》に依存している。

 更に──

 

(鬱陶しい!)

『ジャムァァダアッ!』

『Krua!?』

「ぬわー! また喰われたッすー!? コスト重いのにー!」

「霊体でもお構いなしですか……」

「あやつもアンデッドだからのう」

 

 【ロイナン】の捕食……《弱肉供食》からの噛み付き攻撃の火力が高く、加えてその度に(推定)ラーニングによって相手が強化してしまうことが分かった。

 気付いてからは極力前衛を六道のみに集中させ、攻撃を喰らいそうになったら《送還》で捕食の対象とならないようにしているが、それでも万全ではない。

 スキルだけでなく部位まで獲得するその力により、今では二対の翼も生え羽を射出してくる攻撃も増えた。

 それ以外にも巨人のものと思しき巨大な左腕、捕食の威力を上昇させる鋭い牙。

 タンク役の六道がアンデッド誘引魔法である《グレーター・ネクロ・アトラクト》でヘイトを釘付けにしているとはいえ下手に近接攻撃に及べば相手に利してしまう。

 

「《ヘッド・スナイプ》《腐播雷動》──チッ、なんでこんな甲殻が硬いんだ!? 所詮下級モンスターからのラーニングだろ!?」

「……このままだとMPが足りないですよ。《フォースヒール》《メジェド・ビーム》」

「<UBM>の固有スキル補正じゃないっすかねーおのれユニーク要素!」

「おいやめろそんなことこっち(マスター)が言ったらヘイト向くだろ《グレーター・ネクロ・アトラクト》ォ!」

 

 巨腕で殴りかかってきた【ロイナン】を盾で受け流した隙に黄雨が頭部を狙い死者強制支配の弾丸を放つも、その一撃は甲殻で弾かれる。

 <上級エンブリオ>の性能とサブジョブに置いてある【大銃士(グレイト・ガンナー)】のスキルで亜竜級の防御をも貫くはずの攻撃力だが、それでも僅かなダメージのみで貫通には至らない。

 そして、

 

『───』

「ぅわ無言でこっち見たっす」

「アホ! スレ読み込み不足!」

「なにその罵倒!?」

 

 

 ──今はこのまま盾持ちに付き合ってはいられない。後衛を殺して従属モンスターを消す!

 

 【ロイナン】の意識は確かに六道の後ろの<マスター>五人へ向いた。

 <マスター>への憎悪のままに突撃体勢を取る。

 しかし、飛行能力を持つ翼は畳んだまま。

 これまでもその翼を使い六道を飛び越えようとしたが、甲殻と比べて防御力の低い翼を至近距離で集中砲火されてはその飛行能力を活かすことが出来なかったのだ。

 飛行のための移動器官ではなく羽を飛ばすための攻撃器官としての存在は今、抵抗を少しでも減らすために甲殻の中に仕舞ってある。

 飛行ではなく、跳躍によって。《混食の氾濫》の()()()()()()を使ってでも突破する。

 足に力を入れ、鬱陶しい盾役を飛び越えようとして──

 

 

「    !!」

 

 

 ──突如、その足元が崩れたような衝撃を受けた。

 

 

『ナ、ァ!?』

 

 体勢を大きく崩しながら【ロイナン】はその原因を見た。

 砂上船が巨大な砂丘に乗り上げ、甲板が急激に傾いたのだ。

 しかし、それの影響を受けたのは【ロイナン】のみ。

 <マスター>は、その従属モンスターも含めて腰を低く落とし、まるで分かっていたかのようにその衝撃に耐えていた。

 

「《フェイタル・ヒット》!」

「──《デッドリー・エクスプロード》」

「《メジェド・ビーム》」

「《鳥葬星典》──霊翼の大鳥!」

 

 再度、<マスター>たちの、アンデッドの攻撃が突き刺さる。

 それは《混食の氾濫》によりスキルレベルが最大となった甲殻により被害を減らしてもなお大きなダメージを【ロイナン】に与える。

 

(何故、いつの間に──)

 

 タイミングを計られていたこと、それを相手の<マスター>全員が共有していたこと。

 生前にも身に染みていたつもりだったのに、未だに<マスター>に裏をかかれることに憤怒を感じながら。

 幾多の攻撃に打ち据えられながら【ロイナン】は正面で大きく息を吸う盾役(六道)を見た。

 

 

「すぅ、……ガアアアアアアァァァッッ!!」

 

 

 叫び声が増幅され共鳴した振動波が【ロイナン】を大きく吹き飛ばす。

 その能力こそ、この状況を相手に知られずに作り出したスキル、《()()()》の効果だった。

 

 【転星史書 テトラビブロス】の第二スキル、《黒星史(ブラック・レコード)》。

 それはルミナスのエンブリオ【ゲリ・フレキ】の《天貪幻食》のように、あるいは【ロイナン】の《混食の氾濫》のように他者のスキルをラーニングするスキルの一つだ。

 しかしその条件は大きく異なり、より受動的だ。

 

 その条件とは、()()()()

 まさしく自身の黒星を記録するように、六道をデスペナルティにした原因のスキルを習得する一風変わった固有スキルだ。

 リスポーンの(生まれ変わる)度に強くなる固有スキル。

 そのラーニングの発動条件からルミナス等とは比べるまでもなくラーニングしたスキルの数は少ないが、逆に言えばその全てがタンクビルドである六道を殺すに足る大砲。

 エイプリルフールのイベントで習得した《声力圏》を筆頭にそのどれもが強力でかつ十全に使用出来る。

 

 

『グ、アァ……』

 

「HP確認! 残り約三割!!」

「タフ過ぎるー! 必殺スキルとか奥義これだけ喰らってまだそれだけあるのか!」

「言うて攻撃系必殺スキル使ってるの私だけじゃないっすか!?」

 

 一斉攻撃により砂上船から投げ出された【ロイナン】に対して【デザート・ゴーストシップ】は距離を取りながら攻撃を続ける。

 【ロイナン】も砂漠に投げ出されてからすぐに復帰して船を追おうとするも、その身に異変が起きたことに気付いた。

 

『──ッッッァ!!』

 

 陽光が身体を焼く。

 甲殻の一部が度重なる攻撃に破損し、アンデッドの弱点である日光を防げなくなっているのだ。

 

「──好機じゃ!」

「たたみ掛けるッ」

 

 当然、その致命的な姿を逃す<マスター>ではない。

 ホワイトジャックの声に応えて甲板上から先ほどと同じように攻撃が降り注ぐ。

 しかし今度の位置関係は船上と地上、全員が攻撃に参加できるわけではない。

 

(──このまま行けば、後はどんな理不尽固有スキルがあるか、ですね)

「ベネトナシュ、参加しないでいいのか?」

「先ほどので怨念は燃やし尽くしましたからね……そっちこそさっきの振動波は」

「生憎ダメージソースとしては有効射程がそれ程ではないからな。念のためSPMP回復させておく」

 

 大量の遠距離攻撃により砂煙が立ち昇る中、しかしそれでも<UBM>の討伐通知がない以上攻撃は止まない。

 【ロイナン】からの攻撃は陽光によるデバフが働いている限りは殆ど抑えられるはずだが、甲殻もスキルで生やしているとしたらクールタイムを挟めばまた陽光を遮断できる可能性もある。

 そして何より、このゲーム(デンドロ)では全てのモンスターが単純なAIではなくほぼ全ての個体が生きているかのように考え、行動する。

 もし勝ち目が全くないと判断されたなら──

 

「……ワーム系のスキルで地中に逃げる、とかありえるか?」

「ムゥ、今までのラーニングの規格外っぷりを考えるとありえるのう……」

「了解。一旦、攻撃止め!」

 

 パーティリーダーである六道の掛け声と共にメンバーとその従属モンスターは攻撃を止める。

 そして、黒紫無僧の召喚した【シムーン・ファルコン】が強風を起こし砂煙を晴らす。

 徐々に霧散する砂煙からは──人影が浮かび上がった。

 その事に安堵する一行だが、すぐに違和感に気付いた。

 

「──? 大きい」

 

 様々な生物のパーツが付いてまるでキメラのような様相だった【ロイナン】だったが、そのサイズはあくまで人間並みだった。

 しかし砂煙に浮かび上がるシルエットは五メテルを超え、まるで巨人のようなものだった。

 

「砂でも食って水増し……って訳じゃないっすよね」

「いや、あれは……っ!」

 

 日光の影響を防ぐための何らかのスキルと見て様子を見ている<マスター>たち。

 その中でも、それを見て一番にそれが"何か"に思い至った黄雨がエンブリオである銃を構え、シルエットの頭部に向かって発砲した。

 雷を纏った弾丸は確かに巨人の頭部に吸い込まれていき、

 

 

()()()()しろ』

 

 

 ──影が膨れ上がった。

 

「っ!?」

 

 

 何があってもいいように……()()()()()()()と構えていた六道は真っ先にそれに気付いた。

 巨人のような影の手がこちらに伸びて来ることを。

 手のように見えるそれは──長大なワームの身体であることを。

 

「《ブロッキング》ッ!」

『RUUAAAAAAAAAaaaaaaaaaa……』

 

 咄嗟に盾の防御範囲を拡大するスキルを使い他の<マスター>の前に出るのと、ワームの牙が衝突するのは同時だった。

 それと同時に視界には【ドラグワーム・レヴナント】のネームが表示される。

 つまり、このワームは独立したモンスターの一体であり名前からしてアンデッドであることは明白であった。

 その証左にワームは牙を突き立てたまま、少しずつその咆哮の勢いを失い、ついには崩れ去ってしまった。

 

 次撃を警戒した六道が、そして他の<マスター>が【ロイナン】がいた場所を見る。

 砂煙が吹き散らされた先にいたものは──アンデッドの群れだった。

 

 

「おいおい……」

 

 

 中心には仁王立ちするように巨人がいた。

 その頭上には怪鳥が羽ばたいていた。

 周囲の地面からはワームが顔を向けていた。

 巨人の足元には数えるのも馬鹿らしくなるほどの魔蟲が、獣が、鬼族がいた。

 その全てが腐っており、一部が損壊していたり継ぎ接ぎのようにサイズの違う部位が混ざっている。

 

 状況を考えれば【ロイナン】がスキルで召喚したアンデッド……それも、

 

 

「あの野郎……()()()()()()()()!!」

 

 

 一度捕食したモノをアンデッドとして再成させる効果を持ったスキル。

 瞬く間に砂漠に現れた不死の軍勢は一様に【デザート・ゴーストシップ】に向かってくる。

 

(これまで使って来なかった以上、何らかの条件があるはずだ。SPやMPと言ったコストではないのであれば──食べた恩恵(ラーニング)の消失か)

 

 ここまで無秩序かつ大規模な召喚スキルを何の制約もなしに使えるはずがない、という六道の推測は正しい。

 死体からも効率よくリソースを吸収する【暴食魔王(ロード・グラ)】の《弱肉供食》と組み合わせることでこれだけの軍勢を作り上げる程のシナジーを生み出す固有スキルにもデメリットはある。

 展開速度やアンデッド同士の部位の相互補修(ニコイチ)を代償として《混食の氾濫》でアンデッドモンスターとして放出すれば使用出来るスキルは減り、その分【ロイナン】は弱体化する。

 しかし、その【ロイナン】のネーム表示は軍勢に埋もれて見えない。足元の軍勢の中にいるのか、それとも他の場所に身を潜めているのか。

 

 

「あやつ……完全に短期決戦で仕留めるつもりじゃな」

「もしかしたら戦闘終了後にまた軍勢を食べて元通りなんじゃないっすか?」

「永久機関かよ……なんにせよ、ここで仕留めなければやばいぜあれは」

 

 もしローライルの監視がなく【ロイナン】の発見が遅れていたら、もし昼間に戦闘が出来ていなかったら。

 そんな最悪の展開は、ここで敗れれば遠からずコルタナで起きる出来事だろう。

 

「……そんなこと、絶対に起こさせない」

 

 ベネトナシュは呟きと共に決意を込めて、杖を握りしめた。

 

 

 

 

 ◇◆

 

 

 

 

『BOAAAAAAAAAAA──』

「削れ削れ! まずは巨人を落とさないとどうしようもないぞ!」

「タフ過ぎるんじゃが黄雨ェー?」

「あっちに回った分は管轄外だ」

 

 戦闘自体は【ロイナン】と出会った時と同じで【デザート・ゴーストシップ】により引き撃ちだ。

 むしろ、移動速度は単独であった時より格段と落ちているので順調ですらある。

 しかし想定外な事態も存在する。

 

 航空戦力として襲い掛かって来た怪鳥のアンデッドを迎撃した六道たちは、追ってくる下級アンデッドの損耗が殆どないことに気付いた。

 その原因とは、巨人がその大量のHPと巨体を以て日を遮っているため足元に日光が届いていないということだ。

 結果として数として大半を占める砂漠フィールドに生息している獣や魔蟲、鬼族のアンデッドが殆ど減らせておらず、【ロイナン】の所在も不明なままだ。

 更に──

 

『GRAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

「《腐播雷動》! ったくどれだけ食い溜めしてんだよ!」

「範囲火力が足りない……《メジェド・ビーム》、《エリアヒール》」

「《センス・グラッジ》……まだ地中に三十から四十、変に離れてる個体なし。逃げてはいないはず」

 

 砂中から奇襲するように攻撃して来るワーム群が確実に【デザート・ゴーストシップ】のHPを削って来る。

 当然砂の中にも日光が届かないためアンデッドのワームは実に厄介な存在だ。

 近付いて来る傍から黄雨の《腐播雷動》で動きを止めて仕留めているがそれでも複数体が来るとどうしても漏れが出てしまう。

 【ロイナン】相手に<エンブリオ>の数で優っていた六道たちは、今度はアンデッドの総数で多勢に無勢となっていた。

 

 しかし、それでもなお有利なのは<マスター>の方であった。

 未だ消耗と言える消耗はスキルのコストであるMPSPと【デザート・ゴーストシップ】のHPだけ。

 そして、掲示板で呼び集められた面々はアンデッドの<UBM>の長期戦に備えある程度の回復アイテムの蓄えはある。

 更にパーティの半数以上が【死霊術師】のジョブを持っていることで、《ネクロ・リペア》などといったアンデッドの回復手段があり、【デザート・ゴーストシップ】のHPがワームの群れより先に尽きる可能性は低い。

 <Infinite Dendrogram>の戦闘においてよく言われる、個人戦闘型と広域制圧型の例で広域制圧型は拠点を攻め落とせる力を持っているが、()()()()()圧倒的少数の個人の武勇を数の力で叩き潰すことが出来ないのだ。

 

 だからこそ六道たちは確信している。「まだ何かある」と。

 逃亡ではなく、闘争のために固有スキルを使ったならば狙いがあるはずだから。

 

 

 

 

「巨人のHPが尽きるぞ!」

「タイミングがあるとしたらここだ、気を付けろよ!」

 

 そして数分後、【ロイナン】からのアクションはなく引き撃ちとワーム処理を続けていた面々は《看破》で巨人のアンデッドの体力がゼロになることを確認する。

 戦闘の推移としてはこれまでのやり直しで六道たちに大きな損害はなく、【デザート・ゴーストシップ】のHPもまだ七割ほど残っている。

 だからこそその身を以て日光を防いでいる巨人の消滅を契機に起きる何かに備えていた。

 

『bouuaa……』

 

 呻き声と共に陽光に照らされて崩れ落ちる巨人。

 多くの遠隔攻撃を受けて損壊した身体はすぐに蘇生可能時間も過ぎ光の塵となるだろう。

 だが、

 

 

『b──』

 

 

 ──その時を待たずして、巨人は周囲を揺るがす大爆発を起こした。

 

「なんだぁっ!?」

 

 四方に肉片を飛ばしながら光の塵となる巨人。

 爆発の余波は船まで届かないが、爆発により飛来するものがあった。

 耐久力(HP)の高いワームや硬度(END)の高い甲虫──【スカヴェンジング・ジャイアントバグ】と言った生ける弾丸。(アンデッドだが)

 それを見た死霊術師たちは即座に察した。アンデッド故の利点を。

 

「あいつ、体の中に他のアンデッドを仕舞ってたのか!」

 

 【スカヴェンジング・ジャイアントバグ】のような屍食を行うモンスターは今や死後のアイテムへの変換があるためその獲物の殆どはアンデッドモンスターやティアンの死体だ。

 その仕組みへの変化から幾星霜、それらのモンスターは極端に減った獲物を得るために様々な進化を果たした。

 死体へと寄生するように内部に喰らい侵入し、身体を刺激することで肉体能力を強化し、アンデッド自身に更なる獲物(死体)を量産させる力。

 死肉を喰らう際に腐敗ガスを排出し、アンデッドのHPが尽きると共にガスを解放し爆発することで周囲の生物を殺傷し食する力。

 単体では大した力はないとされがちなモンスターも状況が合わさると一気に厄介になってしまうのだ。

 

「来るぞ!」

 

 空から降り注ぐワームや甲虫、そしてこのタイミングを狙っていたであろう地中からもワームの群れ。

 天地挟まれる形に襲い掛かられ、<マスター>とモンスターは大乱戦へと陥った。

 

 

「《メジェド・ビーム》!」

「《多重同時召喚》、追加っす!」

「《ネクロ・アトラクト》!!」

 

 不浄のアンデッドを焼く熱線が、死霊を操る秘術が、その素早い機動でワームを翻弄する巨鷹の群れが少しずつモンスターを減らして行く。

 コストの温存も何も考えたものではない、最期の総力戦だ。

 

「《デッドリー・エクスプロード》!!」

 

 ベネトナシュも大量に群がって来たアンデッドの怨念を利用して最もワームが密集している箇所に奥義による爆発を起こす。

 それは狙い通りに都合六体のワームを一度に光の塵へと変え、

 

 

 ──光の塵に紛れて接近してきた男の影に気付くのが遅れてしまった。

 

「え」

 

 【ロイナン】は埒外なエンブリオについて、よく観察をしていた。

 それが<マスター>とティアン(それ以外)を分ける最大の存在であるが故に。

 つまり、ジョブでは到底不可能な事柄を<マスター>が行うのは大半の場合<エンブリオ>のおかげであると。

 アンデッドを支配する弾丸を放つエンブリオ、強力な光線を放つエンブリオ、召喚を行うエンブリオ、広域に振動波で攻撃を行うエンブリオ。

 

 そして、アンデッドに日光に対する耐性を与えるエンブリオ。

 ()()()()()()()、という二者択一の賭けに勝利した【ロイナン】は大きく口を開く。

 ワームらが巨人の体内に隠れていたように、自身もワームの中に潜みついに得た機会に歓喜の表情を浮かべ、

 

 

『《ジャクニクキョウショク》──』

 

 

 <マスター>を喰らうために研ぎ澄まされた牙が今、ついに突き立てられた。

 

 

 

 

 To be continued

 

 

 





もうちょっとだけ続くんじゃ


 【屍撃襲 フランケンシュタイン】
 <マスター>:黄雨
 TYPE:アームズ 到達形態:Ⅴ
 能力特性:アンデッドの支配・強化
 スキル:《パッチワーク・オーヴァード》《腐播雷動》《ジャイアント・ガルバリズム》
 必殺スキル:未習得
 モチーフ:小説においてヴィクター・フランケンシュタインに造られたフランケンシュタインの怪物
 備考:弾丸を通して伝った電気により相手アンデッドの肉体を支配する、アンデッド支配(物理)なエンブリオ。
 弾丸を命中させるというプロセスがあり死霊術師系統と銃士系統が必要というと不便そうだが、実はこのエンブリオ自体が雷属性の魔法銃でもある。
 魔法銃の強さは……原作でアットさんが見せてくれましたね!(勝てたとは言っていない
 <マスター>曰く「死霊術的に上の味方がいると阻害しかやることねぇ」とのこと。
 命中重視で直系上級にしていたが【大銃士】は魔法銃に寄せた方のジョブに変えようかなあとか思ってる。


 【死屍類涙 ネクロノミコン】
 <マスター>:ホワイトジャック
 TYPE:アームズ 到達形態:Ⅵ
 能力特性:死霊術
 スキル:《死者の祭典》《死者の香典》《死者の教典》
 必殺スキル:《死者の原典》
 モチーフ:クトゥルフ神話に登場する魔道書、ネクロノミコン
 備考:あいあむ死霊術師系統を極めんとするエンブリオですってすごく主張している。
 中の人の闇が深いのは確定的に明らか。まぁ死に関するエンブリオ持ちの<マスター>なんてみんなどこかやべーやつなので無問題。
 性能としては死霊術がすごく効率よく使えて制限が解除される、というものでありスケルトンキメラ(キメラのスケルトンではなくスケルトン()キメラ(異種合成))とか作ってたりする。
 【大死霊】としての自身のアバターのスケルトンボディのいくつかを【ハイエンド・スケルトン・ウォーリアー】の物に置き換えて近接された時の不意打ちギミックとして仕込んでいたのだが、六道がガード役をしっかりしていたので披露出来なかった。
 多分【死霊王】にかなり近いけど遊戯派なりに「犯罪冒すとプレイが難しいからのぅ」と正当防衛以外で生者のティアンをアンデッド化してないので条件未達成。


 《黒星史》
 【転星史書 テトラビブロス】の固有スキル。デスペナルティによって発動するラーニングスキル。
 ルミナスと違い使用に関する制限がないが数は未だ両手で数えられるほど。
 基本はアクティブスキルがラーニングされるが、スキルなしの攻撃の場合はその原因となるパッシブスキルをラーニングすることもある。(武器系のセンススキルやダメージ増加系のパッシブなど)
 デスペナルティが条件なので残念ながら闘技場の決闘内では発動しない。
 スキル説明としての記載はないが周囲に浮かぶ黒本には六道がこれまでの死亡履歴(殺害者と原因となったスキル)が記載される。



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