氷柱は人生の選択肢が見える   作:だら子

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其ノ十二: 「炎柱はゆるさない」

 

――――これが、上弦の鬼。

 

炎柱・煉獄杏寿郎は独りごちた。ピリピリとした緊張感が肌を刺激する。それに伴い、刀を握る手が微かに震えた。

 

目の前にいる上弦の参は身に負った大火傷と、爆破により幾つか手足が吹き飛んだ身体を引きずっている。満身創痍の鬼の頸なんぞ直ぐに落とせそうなものだが、一切の隙がなかった。上弦の参は苦しそうに眉をひそめながら面を上げる。

 

「その練り上げられた闘気…柱だな? ようやく強者がきたか。俺は猗窩座。名はなんという?」

「俺は煉獄杏寿郎だ」

 

上弦の参『猗窩座』に返答しながら眉をひそめた。己と対面する上弦の参は大怪我を負ったにも関わらず、早くも治り始めているようだったからだ。桁違いの再生力、ひと目見ただけで分かる強さ。もしもこれが上弦ではなく下弦の鬼なら、あれほどの爆破をモロに受ければ、まだ動けずに踠いているだろう。だが、目の前の上弦は後数分も経てば完全回復するに違いない。そこから導き出されるのは「煉獄杏寿郎が今まで遭遇してきた雑魚鬼達とは訳が違う」という結論。目の逸らすことができない事実。

 

かの鬼は、本物の強者だ。

 

思わずゴクリと唾を飲み込んだ。嫌に舌が乾く。煉獄杏寿郎――――俺は久方ぶりに対面する強敵に目を細めた。

 

(果たして、この鬼に敵うかどうか)

 

伝聞や資料の記載によると、上弦と戦った隊士の大半が死亡していた。勿論、生き残る者もいる。だが、戦線復帰出来ぬ程の大怪我を負う隊士の方が遥かに多かった。

 

入れ替わりの激しい一般隊士ならいざ知らず、柱までもが同じようになるのだ。それどころか、この数百年、鬼殺隊が上弦の鬼を倒した記録は皆無である。いかに上弦の鬼が強く、恐ろしいか。今まで上弦について記録や伝聞でしか知らなかったが、今日初めて『猗窩座』と対面して悟った。『上弦の鬼』は筆舌に尽くし難いほど強い、と。

 

(俺一人では猗窩座を相手に生き残ることは難しい。いや、言い方が悪いな。自分だけの生存であれば可能だが、乗客や隊士を守りながらとなると……不可能だ)

 

そう、自分一人では。

 

猗窩座からは目を離さずに、意識だけを周りに向ける。自身の左右には恋柱・甘露寺蜜璃と水柱・冨岡義勇が自分と同じように刀を構え、警戒していた。煉獄たち三人の後方には蟲柱・胡蝶しのぶが立っている。更にその後ろには――大怪我を負った氷柱・明道ゆきがいた。

 

この場には己を含めた五人の柱がいる。

 

なんたる奇跡。なんたる幸運。長い間、鬼殺隊の歴史は続けど上弦の鬼一体に対して柱五人で戦った記録は、俺が知る限りでは無いに等しい。

 

(鬼殺隊に多大なる損害なく、上弦に勝てるかもしれない…!)

 

今まで柱達が上弦相手に、死亡もしくは戦線復帰不可能の大怪我を負わされてきたのは、単に我々の実力が足りないからではない。上弦との戦いでは柱と鬼の一騎討ちになってしまう場合が多いからだ。

 

勿論、柱以外の隊士が参加する時もある。だが、柱と一般隊士では実力差が大きい。言い方は悪いが、足手纏いになるため、余程の事態ではない限り一般隊士が参戦することはまずないのだ。それどころか柱直々に「帰還しろ!」と言われる時の方が多かった。結果、最後には柱が一人で上弦の相手をすることになるのである。

 

――――鬼殺隊の隊士は皆、人間だ。

 

人は脆い。長期戦となればその脆さが顕著になる。例え上弦と同等の実力を持とうとも、傷の再生がなく、疲労もなくならない人間は圧倒的に不利だ。故に、上弦との一対一の戦いで、柱達は上弦に与えた傷と同等の大怪我を負い、殆どの場合、死に至るのである。

 

本来なら上弦戦を考慮して最低でも柱二人で固まって行動するべきなのだろう。だが、出来なかった。残念ながら鬼殺隊は奴らがどこにいるのかも、能力も、それどころか姿形すらも殆ど把握していない場合が多いからだ。何も分からぬ上弦の鬼を討つべく柱同士が固まるより、区域ごとに実力者を分散する方が、無惨を探す意味でも、多くの人々を救う意味でも、効率が良かった。

 

故に、柱五人で上弦の参に臨めるのは奇跡と言っていい。

 

(いや、これは奇跡でもなんでもないのだろうな)

 

俺の同僚は常々こう言っていた。「奇跡などという事象は存在しない。奇跡とは、成るべくして成った結果なのだ」と。

 

柱五人がこの場に集結した奇跡は、きっと意図的なものだ。あらゆる可能性、あらゆる要素を考慮して組み立てられた一つの道筋。一つの結果。一人の人間が作り上げてみせた『人力の奇跡』。それを為した同僚――――氷柱・明道ゆきに向かって、前を見たまま俺は声を上げた。

 

「明道、大丈夫か!」

「大丈夫ではありませんね。できれば私だけ撤退したいところです」

「それもそうだ! 見たところ、腕がなくなっているだけでなく、他の外傷も酷い! 明道、君は下がれ!」

「お言葉に甘えて下がります」

 

物凄い速さで明道の気配が遠くなるのが分かった。流石は離脱の際の速さだけは柱に負けないと言われる明道である。不死川曰く「逃げ足だけは一人前」、胡蝶曰く「その速さを是非戦いに活かして欲しい」、宇髄曰く「引き際を弁え過ぎてねえか」と揶揄される俊速の撤退だ。

 

(明道には、本当に困ったものだ)

 

思わずため息を吐いてしまう。このため息は、明道の撤退の速さに呆れたからではない。彼女の行き過ぎなまでの秘密主義に頭が痛くなったからだ。

 

 

 

 

俺、煉獄杏寿郎は明道ゆきという人間を信用・信頼している。

しかし、氷柱としては苦手で、許せない隊士だった。

 

普段の明道は温厚な人物だ。いつも朗らかに笑い、口から紡がれる言葉は柔らかい。怒る姿を見たことがない程に物柔らかな女性、それが日常での明道ゆきだ。

 

柱としての明道ゆきは、剣士の腕こそなくとも、知略に優れ、鬼殺隊に多大なる恩恵をもたらす有能な人物と名高い。剣士としての実力が重視される鬼殺隊で、最高位まで上り詰めるなど、常人ならほぼ不可能だ。一体どれだけ努力を重ねて成り立ったものなのか。どんなに元がよくてもそれを磨き上げる力がなくては意味がない。柱は皆、弛まぬ努力と地獄の研鑚を積み、ようやくその地位に至っている。明道もまた、血の滲むような鍛錬の末にここまできたのだろう。

 

俺は他の柱達に対して尊敬の念を抱き、信頼している。明道にも同じように、彼女が己の同僚であることに誇りに思っていた。

だが、明道ゆきと共に任務を熟すにつれて、彼女の鬼殺への姿勢に眉をひそめるようになったのだ。

 

一つの例を挙げるなら、氷柱との合同任務で仲間の一人が死亡した時だろうか。

 

明道が受け持つ仕事は隊士の生存率が高いことで有名だが、それでも死者は必ず出る。日輪刀と日光以外では殺せぬ不死者との戦いなのだから、当たり前だろう。どれほど明道が知略に優れようとも、流石に死亡者数をゼロにはできない。そもそも、今回の合同任務の責任者は明道と俺の二人である。彼女ばかりに責を押し付けるのはお門違いと言えた。

 

故に、隠の手で運ばれていく亡くなった隊士を様子を静かに見守っていたのだが――その時、不意に気がついたのだ。

 

「この隊士は確か、問題行動が多く、尚且つ、実力がないと言われていたな」

 

ああ、そういえば、以前の任務で死亡した隊士達はあまり良い噂を聞かなかった。その一つ前で命を落とした隊士も、非常に素行と態度が悪く、俺の手に余る男だったはずだ。そこまで考えて、背筋に悪寒が走るのが分かった。

 

「もしも、もしも。明道が、」

 

死亡する隊士を―――意図的に選んでいるとしたら?

 

嫌な妄想だった。普段の朗らかな明道からは到底想像できない所業である。しかし、彼女は柱だ。それも、本来なら剣の腕で鬼殺隊最高位に至るところを、頭脳のみで氷柱の位を戴いてみせた猛者。武力ではなく、知略の刃で鬼の頸を落とす異色の剣士、それが明道ゆきである。

 

必ず出る犠牲を考慮して、意図的に問題のある隊士を死亡者に選び取ることも、知将として名高い氷柱ならば、可能なのではないか。いや、もしかしたら必要のない隊士を『敢えて』殺している場合さえある。そんな最悪な考えが頭に過ぎってしまった。

 

しかし、直ぐに俺は自分の顔を両手で挟むように叩きつける。自身の頬に全力で平手打ちしたためにバチンといい音が鳴り響いた。隣にいた隠が「ファッ?! 炎柱様どうしたんですか?!」と驚く声を聞きながら俺は叫んだ。

 

「仲間を疑うなんて! 駄目だな! うむ、駄目だ!! きっと俺の気のせいだろう!!」

 

ヒリヒリとした頰の痛みが自分を戒める。「仲間を疑うなんてあってはいけない」。そうやって己に言い聞かせ、隠にテキパキと指示を送る明道の下へ向かった。

 

その日はそれで終わったのだが――――一度根付いた疑念という化け物は恐ろしいものである。明道との合同任務がある度に、死亡者の生前の素行などを調べるようになってしまっていた。

一度「明道のことは疑わない」と決めたことを覆すなど、己の矜持に反する。だが、これだけは「気のせいだ」では済ませてはいけないのでは、と思ったのだ。いかに素行が悪くとも、死んでいった隊士達が鬼と必死に戦っていた事実は変わらない。もしも本当に明道が意図的に部下を死なせているなら、俺はそれを止める必要がある。上官として部下を守る意味としても、同僚として明道の間違った部分を正す意味でも。

 

しかし、調査の結果判明したのは――――「分からない」だった。

 

明道の指揮下で死んだ人間は、犯罪に手を染めてクビ寸前の隊士から、隊内でも評判の良い隊士まで様々だった。問題のある人間ばかりが死んでいるわけではなかったのだ。その結果を見た瞬間、俺は思わず両手で頬をバチイッンッと再び叩いた。カッとなって再び叫ぶ。

 

「俺は最低な人間だ! 同僚を疑った挙句、調べるなど! すまない明道! すまない!!」

 

全力で後悔した後、明道に直接謝罪するべく、彼女の下へ走った。一度だけではなく、二度までも同僚を疑ったことが申し訳なかったのだ。しかも、秘密裏に調査までしたことが罪悪感に拍車をかけていた。

 

丁度その時も明道と合同任務だったため、直ぐに彼女は見つかった。明道の目の前に来た瞬間、ガバッと頭を下げる。そのままの態勢で、明道を疑ったことや死んだ隊士について調査したことまでを事細かに話して謝罪した。それを聞いた明道は何秒か沈黙したのち、ポンとこちらの肩を叩いてくる。いつもの優しげな声色だった。

 

「謝る必要はありませんよ、煉獄」

 

それを聞いた瞬間、ピクリと自分の眉が動いたのが分かった。

 

(謝る必要が、ない?)

 

氷柱・明道ゆきは嘘をつかない人間だ。「敵を騙すなら味方から」と言って作戦の一部を伝えてこない困った部分はあるが、虚言を吐くことだけは決してない。明道を嫌いだと公言している不死川でさえ、「あいつの唯一の取り柄は嘘を言わねえことだな。但し、話の大部分は削りやがるが」と言うほどである。

だからこそ、氷柱・明道ゆきが「謝る必要がない」と言ったことは驚くべきことだった。明道が俺の言葉に否定も肯定もせず、謝罪を受け取らないことは、つまり。

 

(明道は必要のない隊士を任務で意図的に死なせている。だから彼女は『謝る必要はない』と言っているのだ)

 

ああ、なんてことだ。なんてことをしているんだ、明道。俺は君を許せない。人道から離れた行為をする明道を赦せるはずがない。例えどんなに問題がある隊士でも、手をかければ犯罪だ。人に仇なす鬼と同じである。明道は修羅にでもなるつもりか。しかも、この発言を聞くに、敢えて問題のある隊士達を殺す作戦を組んでいる可能性すらある。それを考えただけでピキリと額の血管が動いた。

 

頭を下げていた体勢からバッと面を上げる。明道を諭さなければならないと思った。彼女を叱り、諭したあとに、お館様へ報告をしなければ。そう考えて、明道ゆきと目を合わせ――――思わず口を噤んだ。

 

明道があまりにも優しげに笑っていたから。

 

「明道、君は…」

「どうしましたか」

「いや、何でもない」

 

俺は首を左右に振り、これ以上の発言をやめた。炎柱・煉獄杏寿郎からどんな言葉を氷柱・明道ゆきに投げかけようとも、彼女は変わることはないのだろう。そう、直感したからだ。きっと、氷柱にはお館様の言葉でなければ届かない。ならば、俺が出来ることはお館様への報告だけだ。

 

(隊士の死亡は意図的なものだ。だが、この明道の顔を見て確信した)

 

戦いの中で、どんなに策を練ろうとも一人は死んでしまう場合、その『犠牲者』として、問題のある隊士をあてがっているのだろう。

最初は『必要のない隊士を敢えて殺している』という考えもあったがそれは「ありえない」と考え直した。彼女の信条の一つに『いかに鬼殺隊への損害が少なく、効率的に物事が進むか』があるからである。

例え問題がある隊士でも、明道は彼らを有効に活用することだろう。死なせる真似など絶対にしない。だが、誰かが死ななければ任務の完遂が不可能の場合のみ、『居なくなっても問題ない隊士』を殺すのだ。

 

(明道、君は神にでもなったつもりか)

 

人の命に、勝手に価値をつけ、勝手に消費させる――――あまりにも非人道的な所業に目眩がしそうだ。これを見て見ぬ振りはできない。しかし、明道の考えを変えることは難しいだろう。

 

きっと明道は覚悟している。

この行為の果てに待ち受けているのは自身の破滅ということを。

 

故に、氷柱・明道ゆきは死ねないのだ。死なないのではなく、『死ねない』。今まで自分が殺してきた隊士の手向けとして、己の命を燃やし続ける。死ぬことは決して許されない。最後の最後まで生き残り、鬼殺隊のために貢献することこそが彼女の責務。犠牲の上に積み上げられた『氷柱』を『明道ゆき』は背負い続けるのだ。

 

「――――明道、君は氷柱に相応しい」

 

凍てつくような氷のように冷酷で、残酷。そして、例え砕けようとも冷やせば何度でも元に戻る不屈の精神。明道ゆきは、氷柱に相応しい。

 

その時だ。その時からだった。

俺が明道ゆきを『氷柱』としては苦手で、許せない人物だと思うようになったのは。

 

明道ゆきは他の柱と同じように死ぬ覚悟をしながら、生きる道しかない人間である。例え、腕がなくなろうとも、足がなくなろうとも、明道ゆきは生き続けるのだろう。今まで殺してきた仲間に詫びるために。生きることは時として死ぬことよりも辛い。生き地獄を味わう『道』を明道は選んだのだ。

 

だからこそ、彼女は秘密主義なのだろう。「敵を騙すのなら味方から」というのも、明道の方便に過ぎない。周りに対して余計な重荷や、疑心を抱かせないため、態と秘密にしているのだ。

 

全て一人で背負い、鬼殺を完遂する。

常人には決してできない、他の柱やお館様に匹敵する重い覚悟だった。

 

 

 

 

「明道、君は本当に、本当に、困ったやつだな」

 

やはり明道は生き続けている。列車内で下弦の壱を部下達と共に打倒しただけでなく、上弦相手に大打撃を与えた上で、生き残っていた。普通なら、剣の才がない明道が上弦の参と一対一で戦えば、俺達が到着する前に死んでいるはずだ。なのに、彼女は生きている。左腕をなくし、身体中に傷を負い、日輪刀がなくなっても、明道ゆきは死んでいなかった。

 

――――生きる。何がなんでも生き残る。

 

氷柱・明道ゆきの生への執着心を考えて、俺は思わず笑いそうになった。だが、直ぐに顔を元に戻す。ああ、いけない。今は明道のことを考えている暇はなかった。 どんな瞬間でさえ思考を止めず、戦い続けた彼女が作り出した奇跡を無駄にするわけにはいけない。例え鬼殺のために人道に外れた行いをしたとしても、例え秘密主義だとしても、明道ゆきの成した功績は得難いものだ。

 

俺はスゥと息を吸い、静かに口を開く。

 

「お前は此処で俺達が倒す。上弦の参『猗窩座』」

 

こちらの発言を聞いた猗窩座は嬉しそうに口角を上げる。

 

「お前達のような強者に会えるなど、何という幸運か! 来い、杏寿郎!」

 

上弦の参は凄まじい勢いで再生しながら立ち上がる。ゆらりゆらりと揺れて笑う猗窩座はまるで亡霊のようだ。

 

俺は刀を握る手に力を入れ、グッと眉間にシワを寄せながら前を見据える。そうして、炎柱・煉獄杏寿郎は闘志の炎を心に燃やした。


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