氷柱は人生の選択肢が見える   作:だら子

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其の十三: 「柱の力」

炎柱・煉獄杏寿郎はピリピリとした空気の中、スゥと大きく息を吸った。

 

「甘露寺! 胡蝶! 行くぞッ!」

「はい! 煉獄さん!」

「ええ」

 

己の隣に立っていた恋柱・甘露寺蜜璃と、少し後方にいた蟲柱・胡蝶しのぶに声をかける。次の瞬間、三人はほぼ同時に地面を蹴った。向かう先はただ一つ。上弦の参・猗窩座だ。

 

現在の我々三人の立ち位置としては、煉獄と甘露寺が先頭を、そのやや後ろを胡蝶が走っている。この陣形は以前の柱同士の模擬戦にて煉獄・甘露寺・胡蝶の三人で編み出したものだ。模擬戦と同じ感覚で、駆け出した勢いを殺さずに甘露寺と呼吸を合わせる。

 

次の瞬間、炎を発するような勢いで俺は猗窩座へと突撃した。同時に、甘露寺はしなる刃を巧みに操り、刀を振るう。凄まじい破壊力を持った剣撃が猗窩座へ二方向から叩き込まれた。

 

「炎の呼吸・壱ノ型『不知火』!」

「恋の呼吸・壱ノ型『初恋のわななき』!」

 

お互いの技を活かすような烈しい打撃が繰り出される。二つの赤と桃色の残像が宙に描かれた。

 

煉獄は一直線に猗窩座の頸を狙い、甘露寺は頸以外の四肢を切り落とす。恋柱による強烈な一太刀により、上弦の身体中に幾つもの斬撃が走った。次の瞬間、猗窩座の両腕と両足がずるりと正常な身体の位置からズレるも――――上弦の鬼は倒れなかった。当たり前だろう。これで猗窩座を殺せたならば、今まで上弦と対面した柱達が死亡するわけがない。先程の甘露寺の攻撃は通ったが、頸を落とさんと振るった煉獄の斬撃は肩辺りを抉っただけで終わってしまったのだ。

 

(避けられたか!)

 

猗窩座はその身に大火傷を負い、甘露寺からの攻撃を受けながらも動いてみせた。伊達に上弦の鬼ではない、といったところか。何もかもが規格外だ。

 

(初手で頸を切りたかったが、やはり無理か! だが、それでも甘露寺は猗窩座の四肢を切り取ってくれた!)

 

甘露寺は本当に素晴らしい剣士だ。女体特有の柔らかさを活用した彼女の剣戟は、相変わらず恐ろしい程に強力である。その上、以前に見た時よりも威力が増しているように感じられた。

また、甘露寺蜜璃という剣客はこちらが動いた瞬間、瞬時に俺が何の型を出すか理解して行動に移してくれるため、共に戦いやすい。このような芸当が煉獄杏寿郎に対して出来る柱は甘露寺くらいだろう。

 

――――恋柱・甘露寺蜜璃は炎柱・煉獄杏寿郎の元継子だ。

 

現在、甘露寺は彼女自身が独自に編み出した恋の呼吸を使用している。だが、彼女が最初に学んでいたのは炎の呼吸だ。その炎から派生させたのが『恋の呼吸』なのである。

つまり、甘露寺は炎の呼吸の特性や技について、煉獄の次に柱の中では理解が深いのだ。加えて、煉獄の元継子という経歴から、彼女は己の師・煉獄杏寿郎の戦闘時の癖をほぼ把握していた。煉獄もまた、甘露寺を指導したことにより、彼女の戦い方を誰よりも知っている自負がある。

 

俺が言うのもなんだが、炎柱・煉獄杏寿郎と恋柱・甘露寺蜜璃の二人は柱の中でも連携に秀でている組の一つだ。

 

だからこそ、俺達二人で上弦の参へ真っ先に切り込むことに決めた。敵の力量と周りの状況を把握した上で、「お互いの技を活かすような攻撃はどれか」と瞬時に判断ができる二人組は少ないからだ。加えて、その判断をした瞬間、寸分の狂いなく、ほぼ同時に高威力の技を繰り出すことが可能なのは、この場では師弟関係であった炎柱と恋柱のみである。

 

(並みの鬼ならこれで既に死んでいる! 下弦の鬼なら頸を取れていただろう! 上弦の鬼は強い、強いな!)

 

猗窩座を見ると、ズレた四肢を驚異的な速さで再生させていた。炎柱と恋柱の渾身の攻撃をいとも容易く完治させる上弦の鬼は非常に脅威である。列車の爆破による火傷や傷も既に治っているようだった。本当に同じ世界に住む生物なのか。様々な鬼と対面してきた煉獄でさえ、思わず「化け物か」と呟きそうになるくらいの強さである。

 

炎柱の内心を知って知らずか、猗窩座は非常に興奮した様子で声をあげた。

 

「素晴らしい剣技だ。素晴らしいぞ、杏寿郎ともう一人の柱! 確かお前は甘露寺と言ったな? 下の名は何と――――」

「あら、名を気にしている場合ですか?」

 

猗窩座の言葉を遮るのは蟲柱・胡蝶しのぶだ。煉獄と甘露寺と共に駆け出したのにも関わらず、長い間沈黙していた彼女は、二人の間からスルリと現れる。炎柱と恋柱の攻撃が終わった瞬間、狙ったように胡蝶はこの場へ登場した。いつもの笑みを顔に携えながら、そのまま彼女は猗窩座へと身体を近づける。本来なら胡蝶は技を放つ体勢を今から取るのだろう。だが、今回ばかりは違った。

 

蟲柱は『既に攻撃を放っていた』のだ。

 

胡蝶しのぶの日輪刀が月の光を反射してキラリと輝く。猗窩座が息をつく暇もなく、神速の突き技が上弦の頸へと叩きこまれた。

 

――蟲の呼吸・蜂牙ノ舞『真靡き』!

 

「流石だ、胡蝶!」

 

胡蝶の攻撃が通った場面を見て、俺は彼女への称賛の言葉を口にする。

 

煉獄・甘露寺・胡蝶三人の戦術の要は煉獄と甘露寺ではない。蟲柱・胡蝶しのぶだ。

炎柱と恋柱で敵の視界と意識を奪い、二人の後ろに隠れた胡蝶が毒の刃で刺す―――その一連の流れが煉獄・甘露寺・胡蝶三人で柱同士の模擬戦で編み出した戦い方だった。

 

詳しく戦法を説明すると、初めに炎柱と恋柱が敵へと攻撃を入れ、それと同時に、二人の背後で蟲柱が技を放つ体勢を取る。煉獄と甘露寺の攻撃が終わった瞬間、間髪を容れずに胡蝶の技を敵へと届かせる、といった戦法だ。

 

――――蟲柱・胡蝶しのぶは鬼の頸を切れぬ柱である。

 

小柄な身体のせいか、鬼の頸を落とすまでに至ることができない。しかし、腕力がなくとも胡蝶には鬼殺の毒を作成する頭脳を持っていた。加えて、神速ともいえる速さと、その速さを活かして岩すら貫く剣の腕もあったのだ。あらゆる種類の毒を調合し、戦いの場において各鬼に合った毒を瞬時に判断し、神速の剣をもって鬼を滅する――――この所業は胡蝶しのぶにしかできぬだろう。

 

(胡蝶を柱たらしめるのは、何も毒や剣の才だけではない)

 

蟲柱は前線での指揮官としての手腕も一流だ。明道がいない隊で指揮をとるのは必ずと言っていいくらいに胡蝶になるほどである。だからこそ、この恋柱・炎柱・蟲柱三人の戦術の要が『胡蝶しのぶ』になったのだ。彼女は敵と剣を交える場面の瞬間的な指揮においては氷柱・明道ゆきを上回る。たった一瞬で生死を分ける戦闘の最中、戦況を的確に理解し、不具合があれば修正し、作戦通りに行動に移すことができるのは、現状、この場においては胡蝶しのぶのみだ。

 

(やはり、どの柱も尊敬すべき者達ばかりだな。流石はお館様が直々に選び、柱の位を授けた猛者達だ)

 

そう考えていた時、胡蝶しのぶの突き技が直撃した猗窩座は笑った。毒が回り、血管が浮き出て青白くなった上弦の姿は『悍しい』、その一言だ。上弦の鬼は崩れた体勢をすぐに立て直して、こちらを見据えてくる。列車爆破による大火傷も、恋柱による剣撃も、全て完治させた挙句、蟲柱の攻撃により受けた毒も、直ぐに体内で解毒し始めているようだ。

 

「ああ、ここまで心躍る一連の攻撃をされたのは久方ぶりだ。お前達の連携は凄まじいものがある。流石は柱だ。だが、だが、俺はこの程度では倒れない!」

 

ああ、知っている。

そのくらい、とうの昔から知っているさ。

 

上弦の参『猗窩座』を見ながら炎柱・煉獄杏寿郎は目を細める。刀を右手で握りしめ、再び構え直した。

 

――――上弦の鬼は強い。

 

甘露寺と胡蝶と連携して放った技は全て無に帰していることからも、猗窩座の桁違いの強さが窺える。柱三人で相手をしてこのザマだ。何度も言うが、煉獄一人であれば乗客や後輩を守ったことにより、大怪我を負っていただろう。

 

そう、一人であれば。

 

(先程の炎柱・恋柱・蟲柱の連携は柱同士の模擬戦にて、三人で編み出したものだ)

 

だが、その模擬戦での隊は何も炎柱・恋柱・蟲柱の三人だけだったわけではない。模擬戦での煉獄の隊にいた柱の数は『五人』である。――――いたのだ。あの『二人』も。水柱・冨岡義勇と氷柱・明道ゆきも、いたのだ。

 

――――あの煉獄・甘露寺・胡蝶の連携は、三人で完成する作戦ではなかった。

 

冨岡と明道が最後に加わって、ようやく出来上がる一つの戦略。一つの技。明道ゆきという一人の怪物が練り上げた『知略の刃』。煉獄と甘露寺の攻撃により敵の意識を別に向けさせ、胡蝶の毒で一瞬の身体の揺らぎを作る。この一連の流れは、全て一振りの剣撃を届かせるための布石に過ぎない。煉獄達も模擬戦の最中に気がついた、いや、気がつかされた一つの戦術だった。

 

己の視界の端に月の光を反射した一振りの青き刀が目に映る。胡蝶の猛撃から間髪を入れずにその刃は動いた。我々五人の虚像の刃が今、形を持って振り落とされる。

 

「水の呼吸」

 

――――壱ノ型・水面切り!

 

水柱・冨岡義勇が上弦の参・猗窩座の頸に対して刀を真一文字に振り払った。

 

 


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