異次元バトルが繰り広げられている…。
列車の影に隠れて柱と上弦の戦いを見守るのを今すぐに止めたい気持ちになった。私、明道ゆきの顔が段々と引きつっていくのが分かる。上弦に切られた左腕や骨折の痛みに苦しみながら自分の顔面を右手で押さえた。思わず内心で私は叫ぶ。
(なんだあのデタラメ人間の万国ビックリショーは?!)
怖い。柱が怖い。猗窩座も怖いが、仲間であるはずの柱も怖い。上弦は仮にも人外というレッテルがあるから、あれほど強くても「まあ…人じゃないから…」で済ませることができる。
だが、柱は別だ。
お前ら人間じゃなかったっけ。猗窩座との戦闘シーン、速すぎて最早残像しか見えなかったんですがそれは。気がついたら猗窩座の身体に攻撃が通っていたり、外れていたりするので何が何だか分からない。マジで怖い。「原作やアニメでの戦闘シーンはかなりゆっくり表現してくれていたんだな」が凡人に今できる唯一の表現方法である。実況とかマジで無理です。
「いつも柱の戦闘を模擬戦や鬼との戦いで見ていたはずだったんだけどなあ…」
思わず溜息を吐く。本当に明道ゆきには剣の才能がねえんだな。自分と柱の間にエベレスト並みの実力差があるのに全く気がついていなかった。恥ずかしい。恥ずかしすぎる。なぁーにが「柱と上弦の戦いには加われるくらい強くなった」だよ。参戦どころか序盤でやられる役にしかならねーよ。
後さ、一つだけ言っていい? どうやって柱達はこの場に来たんだよ。何で登場出来たんだよ。お前ら四人が分からなくて辛い。意味不明すぎる。だが、まあ、それはいい。なんとか自分の死亡フラグをへし折れたから、その疑問は解消しなくても良いのだ。他の事案が問題なのだ。
(はーーーまだまだ問題がありすぎて辛い!)
怪我ではなくストレスで胃が痛くなるのを感じながら私は頭を抱えた。現在、自分を悩ませているのは何も柱との実力差だけではない。特に困っているのは『上弦の参戦で煉獄が死亡しないどころか、寧ろ猗窩座が殺されるのでは』問題である。
(どうするんだこの状況)
以前にも述べたとは思うが、無限列車編での上弦の参戦での『煉獄杏寿郎の死亡』と『猗窩座の逃亡』は必要不可欠な展開である。特に『煉獄杏寿郎の死亡』は鬼滅の刃に於けるターニングポイントの一つだ。彼の死が回避されてしまうと、更に原作から乖離することになるだろう。結果、その先の展開に予測がつかなくなり、『上弦の鬼を二十五歳までに打倒しなくては死ぬ』呪いの解除が難しくなるに違いない。それは困る。ひじょーーーーに困る。
(ただでさえ今回で『明道ゆきと上弦の鬼との間には努力では埋まらない実力差がある』って気がついたのに…!!)
真面目に泣きそう。現実が辛すぎて胸が痛い。しかもさ、何? 私の左腕がなくなっちゃったんだけど…? もう辛い。つらすぎる。お家に帰りたい。引き篭もりたい。心が折れる。
また、今回、原作通りに進んでもらわないといけない理由がもう一つあった。この無限列車編は『必須負けイベント』だからだ。負けがあるからこそ次の勝利がより輝きを増し、柱の死亡により戦いに緊張感が生まれる。竈門炭治郎が何もできないまま炎柱が亡くなり、己の無力さに苦悩することに意味があるイベントなのだ。故に、炎柱の死亡と猗窩座の生存は必須だといえた。
(そもそもどうして煉獄杏寿郎が生き残りそうなんだよ。それどころか何で猗窩座は殺されそうなんだよ!!)
頼むから原作通りに進んでください!
何もしていないのに原作が改変されそうな現状に咽び泣きそうである。謎すぎる。どう考えてもクズの発言をしている自覚はあるが、マジで困るのでやめて。
(本当に頼むから死んでくれ、煉獄杏寿郎! 逃げてくれ、猗窩座!!)
上弦の参がここで死亡すれば『無限城編』での炭治郎と猗窩座の戦いがなくなってしまうだろう。私の原作知識は単行本十七巻までしかないため、「炭治郎は上弦の参に勝つ!」と断言できないが、話の流れ的に主人公が勝利を収めるに違いない。炭治郎の成長チャンスを潰した結果、『ラスボス打倒ならず』もしくは『主人公死亡』になれば目も当てられない事態になる。
一歩、いや、百歩譲って、炭治郎が死亡するだけならまだいい。人として完全アウトな考えだが、『まだ』いいのだ。
私が注視している点は『ラスボスが倒せなかったら』である。
竈門炭治郎は主人公ゆえに鬼舞辻無惨の打倒を運命付けられている人間だ。彼が死ねば、ラスボスの頸を切れないどころか、下手をすれば鬼殺隊の全滅すらありえる。仮にも私は柱であるため、万が一鬼殺隊が壊滅の危機に瀕すれば先陣を切って戦う必要が出てくるだろう。例え、その戦いから逃亡しようとも鬼達からの追撃があるはずだ。弱い私はきっと捕まってしまうに違いない。それを踏まえて考えると、竈門炭治郎の生存は必須であり、彼の成長の要となる『煉獄杏寿郎の死亡』及び『猗窩座との再戦』は必要不可欠といえた。
(解決策が何一つ浮かばねえ。何か…何か策はないのか…?!)
何度目か分からぬ自問自答をした瞬間だった。
――――ドンッ
柱四人と猗窩座の戦っている場所から、まるで爆弾が落ちたかのような音が響き渡ったのだ。それと同時に盛大に砂埃が舞い上がった。加えて、周りの木々は衝撃波により吹き飛ばされる。遠くの方で観戦していたはずの私にまでその影響は及び、髪がバサアッと舞った。離れた場所にいた炭治郎達も「わっ」と声を上げる。その一連の様子を見て、サーー…と自分の血の気がひいていくのが分かった。
(え、まさか猗窩座やられた? マジでやられた?)
列車の物陰からハラハラとしながら砂埃を見つめる。水流の如く流れるような青い残像が見えたので、恐らく猗窩座は冨岡からの攻撃を受けたのだろう。頼む、猗窩座、頑張ってくれ。あの人外柱四人から無事に逃げ切ってくれ。頼むからここで死ぬな猗窩座。
ここまで鬼への熱烈な「生きて」コールをしたのは人生初だ。鬼殺隊士にあるまじき行為だが、何がなんでも上弦の参にはこの『無限列車編』で生き残ってもらわねば困る。
ああ、どうしてこの世界には二次創作によくある『修正ペン』がないのか。世界の修正力により、どんなことをしようとも原作通りに物事が進行する展開とかないのですか。ないんですね。もしそんな超パワーがあれば真菰が生きているはずがありませんもんね。クソが。ふざけんなよ。私は今、猛烈に『修正ペン』の登場を願っている。最低な自覚はあるけど、自分の命がかかってるんだよ。
胸のあたりでギュッと右手の拳を握る。ジッと見つめていると、だんだんと人の形が砂埃から現れ始めた。そこには――――
――――猗窩座がいたのである。
上弦の参は全ての怪我を完治させたようだった。あれほどの攻撃と毒をくらいながら、何事もなかったかのように佇む彼はまさに『鬼』である。流石は『上弦』の位を戴いた鬼の中の鬼。鬼殺隊が百年もの間、上弦の打倒が叶わないわけだ。
この猗窩座の姿を見た瞬間、私は内心で叫んだ。
(生きてた。猗窩座さん生きてたーーーッ!)
スタンディングオベーション。この場に誰もいなければ私は立ち上がって盛大な拍手をしていたことだろう。
ああ、焦った。かなり焦った。人外並みの強さを誇る柱四人の猛攻撃に猗窩座が死んだかと思った。よかった。ここで上弦の参が死んだら原作ブレイクが過ぎる。
私の心配をよそに、猗窩座はゴキュッゴキュッと首を鳴らした。そのまま彼は口角を上げる。強者に会えたことが嬉しいのか、満面の笑みを浮かべていた。
「ここまでの猛攻を仕掛けられたのは久方ぶりだ。流石は柱。個人の腕も、隊としての連携も一流だ。しかも、毒まで使われるとは思わなかった。毒の剣士は初めてだ!」
「お褒めに与り光栄です、とでも言っておきましょうか」
胡蝶しのぶは猗窩座からの称賛を受けてニコリと笑みを浮かべるが、目は全然笑っていなかった。寧ろ、「そんな称賛いらねえんだよ。私が重要視するのはお前が殺せるか、そうでないか。そこに言葉は必要ねえ。クソッ次はこの毒で殺す!」みたいな殺意しか伝わってこなかった。しのぶちゃんは実際にこんな暴言は口にしないが、彼女は『鬼絶対殺すウーマン(特に童磨)』なので、私の要約はあながち間違いではないだろう。
猗窩座は蟲柱からの皮肉の返答を理解しているのかは分からないが、嬉しそうに頷く。そして、彼はまるでオペラ歌手かのように両手を広げ、叫んだ。
「だが、惜しい!」
「何がだ」
「お前達が人間であることが惜しい! 人の肉体は脆すぎる。そこで地にひれ伏す弱者の少年のように少しの怪我で動けなくなるだろう。加えて、柱を騙るあの女のように腕がなくなった場合、再生することはない。もしもそうなれば、今までの血の滲むような研鑚も、努力も、無駄になる。
――――鬼にならないか!」
「断る!」
「断る」
「お断りします」
「それはできないわ!」
間髪入れずに四人は猗窩座の言葉を否定した。あまりにも早すぎる返答である。流石は鬼殺隊の柱だ。
ちなみに、上から煉獄、冨岡、胡蝶、甘露寺の順番で答えているが、実際には四人ともほぼ同時に答えているので正確に『誰がどんな言葉を発したか』までは聞き取れなかった。とりあえず「あ、これは全否定してるな」ということは分かるので別に問題はない。こいつら皆、『鬼絶対殺すマン&ウーマン』だからな…。どれほど大金を積まれようとも絶対に鬼にはならないだろう。
(鬼になる、か)
鬼になるのは案外、いいかもしれない。だって考えてもみてくれ。鬼になれば『二十五才で死ぬ呪い』も解除されるに違いない。加えて、日輪刀や日光以外で死に怯える必要はなくなるのだ。それを踏まえると、鬼への転身は私にとってかなりいい選択じゃないか――――そこまで思考して、直ぐに頭を振った。
「私も、鬼にはなりたくないですね」
ボソリとその言葉を口にした。
鬼になるのだけは絶対にやめたほうがいいだろう。鬼殺隊に所属している今、鬼となれば直ぐに『明道ゆき討伐隊』が組まれるに決まっている。そうなれば元々のスペックが低い私は即座に頸を切られるに違いない。
その上、私はなんの力も持たない凡人なので、竈門禰豆子みたいに鬼舞辻無惨の呪縛を解くことはできないだろう。『普通の雑魚鬼となり果て、鬼舞辻の手下として死ぬほど働かされる』、そんな先しか見えなかった。
というか、そもそも一番初めの『ラスボスの血に耐える』という段階で私の場合は死にそうである。アッ絶対にやめとこ。地獄の苦しみを味わいながら死ぬのはご遠慮したい。漫画で見た限り、鬼舞辻の血を分けられて死亡したモブはめちゃくちゃ苦しんでいたからなあ…。鬼にはならない方が賢明だ。それに――――
――――おとうさんみたいにはなりたくないからなあ…。
ぼんやりと思い出すのは義父の最期。彼のように死ぬのは嫌だった。相変わらず自己中で鬼殺隊にあるまじき考えだが、私は自分が可愛いので仕方がない。死なないために己の最善の未来を常に思考するのは当たり前のことだ。
クソみたいな考えを正当化して、私がうんうんと頷いていると、煉獄杏寿郎の溌剌とした声が聞こえてくる。原作通り、猗窩座の発言を否定する言葉を紡いでいるらしい。
老いも死も人間の美しさだと、その脆さこそが堪らなく愛おしいのだと、煉獄は語る。そのまま彼は言葉を続け、強さとは何も肉体の強さだけではない、竈門炭治郎は弱くはない、侮辱するなといったことも述べた。それを聞いて私はホウと息を吐く。
(やっぱり炎柱・煉獄杏寿郎が人間の良さを語るシーンはいいな…)
前世でもこのシーンは胸に突き刺さったものである。鬼と人の対比を顕著に表している場面だからだろう。永遠を生きる鬼と、刹那の時を精一杯生きる人間。この猗窩座と煉獄の掛け合いはまさに相反する二つの種族を代表する会話なのである。
この時ばかりは腕を切られた痛みやら原作ブレイクの恐怖やらを忘れ、前世の読者時代に戻っていた。気分はまるで映画の特等席に座り、物語に感動するファンである。
はーーーーーやっぱり鬼滅の刃は最高だぜ。但し現実になると最悪だけどな。いや、最悪どころか地獄である。主食が人であり、頸を切らない限り死なない鬼が生きる世界など、地獄以外のなにものでもない。しかも、鬼滅の刃の時代設定は大正だ。日本が列強諸国と肩を並べようと必死に努力する時代である。二十一世紀で生きた記憶を持つ明道ゆきにとっては明らかに辛い世界だ。
(前世の自分に戻りてぇ)
思わず泣きそうになる。ウダウダと昔の自分に縋り始めた私だが、この時自分は気がつくべきだった。四人の柱が参戦したことにより、安全圏から観戦できているからとはいえ、あれこれと悩むべきではなかったのだ。唐突の死亡フラグが乱立する可能性を私は気がつかなければならなかったのである。
煉獄杏寿郎は猗窩座を見据えたまま、言葉を紡ぎ続ける。竈門炭治郎は弱くはないと言ったその口で、明道ゆきについても話し始めたのだ。非常にいらない私へのフォローを煉獄はぶち込んできやがったのである。
「猗窩座、もう一つ言っておこう。氷柱・明道ゆきもまた、弱くはない」
「とんだ戯言だな」
「明道ゆきは確かに剣の腕こそないが、それを補う類稀なる才と不屈の精神がある。柱に相応しい人間だ」
「あの女が強い? 柱に相応しい? 奴は俺に手も足も出なかっただろう。加えて、無様にも左腕まで切り落とされた」
「ならば問おう――――何故、お前は俺達がくる前に四肢を欠損させ、大火傷を負っていた? 何故、明道に『殺してやる』などと言葉を口にしていた? 何故、何故だ?」
おいやめろ。
煉獄、おまっ、お前マジでやめろ。猗窩座を煽るな。柱四人の介入により、上弦の参の頭から明道ゆきという存在が薄れていたというのにどうしてそんな煽りを入れるんだ。やめてくれ。死亡フラグが再び立つ。
私が全力で焦っていると、猗窩座は額の血管をピキリと浮かび上がらせた。煉獄杏寿郎の言葉が心外だというように荒々しく声を上げる。
「列車が爆発したのはただの偶然だろう」
「偶然、偶然か! 偶然にも列車が爆発し、偶然にも明道はその被害を被らず、偶然にもお前が地にひれ伏した瞬間に俺達がたどり着いた、とでもいうのか?」
「…何?」
「お前も本当は分かっているのではないか。自分が大怪我を負った理由を。ここに柱が五人もいる訳を。お前の話す『偶然』は作られたものだ。明道ゆきという柱によって作りあげられた一つの道筋、一つの作戦。そうだ、明道ゆきは武力ではなく、知略による刃を振るった! その刃の攻撃をお前は受けたのだ、猗窩座!」
煉獄、頼むから本当に黙って!
私を持ち上げて話すことをやめろ! 本当にやめろ! 私の生存率が下がる。ほら、上弦の参を見てくれ。彼の額には血管が先程よりも浮かび上がっている。この時点でもう怖い。怒りマークを携えているだけならまだマシなのだが、猗窩座の顔面が怒りで歪みまくっている。怖すぎて直視できない。一瞬だけ奴の顔を見て直ぐに逸らしたぐらいだ。怖い。怖すぎる!
下手をすれば「杏寿郎、そこまでお前が言うなら確かめてやろう。知略の刃というやつをな!」などと言って猗窩座が私に攻撃を仕掛けてくる可能性もあるのでマジで泣きそう。本当にやめてくれ。軽率な言動は慎んでくれ、煉獄。私は十七巻までの知識しかないから猗窩座がどうやって倒せるのか知らないんだ。上弦がこちらに向かって来たら対処の仕方が分からなくて確実に詰む。
真面目に頭痛がしてきた時、追い討ちをかけるように脳内で聞き慣れた音が響き渡った。張り詰めた空気の中、それをぶち壊すような軽やかな電子音が聞こえてきたのだ。
《ピロリン》
▼どう行動する?
①上弦の参・猗窩座と柱四人の間に割って入る … 上
②列車の影に隠れたままガタガタ震える … 死
なんだこの悪意のある選択肢は?!
二番の『列車の影に隠れたままガタガタ震える』が悪意しか感じない。選択肢さんに「お前のことだから列車の影に隠れて観戦したいんだろ。確かにお前にはガタガタ震える姿がお似合いだが、そうはさせねえ」みたいに言われている気がする。絶対に言われている。クソッもしも二番が選択できるなら絶対二番を選んでたのに…!! でも、二番の『列車の影に隠れたまま』だと死ぬらしい。明らかに一番の『猗窩座と柱の間に割って入る』の方が死亡率高そうなのに二番を選んだら死ぬとかなんなの。絶対に一番の『割って入る』なんて行動したくないです。
だが、そんな文句も不満も選択肢パイセンの前では無意味だ。どれほど辛くても、どれほど納得いかなくても、私は選ばなくてはならない。
故に明道ゆきは選択するのだ。
▼選択されました
①上弦の参・猗窩座と柱四人の間に割って入る … 上
いつもの時が止まる空間が動き始める。白黒の風景が色付き、選択肢のドット文字は消え失せた。それと同時に自分の身体が勝手に動き出す。離れたところにあった自身の日輪刀を拾い、ヒュウと息を吸って全集中を行った。そしてそのまま私は猗窩座と柱四人に向かって駆け出す。ピリピリとした空気が肌を刺した。
猗窩座の方面を見ると、彼は煉獄の言葉に憤りを感じたのか「何が『知略の刃』だ! そんなもの俺へと届いていないだろう! 実際に届いたのお前達四人の刃だ! もういい。戯言は聞き飽きた。鬼にならないなら死ね」と叫んでいた。思わず私は心労で胸を押さえたい気持ちになる。
(ウッ怖い怖い怖い!)
全力で怯えていても、選択肢に縛られた明道ゆきの身体は勝手に動き続ける。私はスルリと猗窩座と柱四人の間に割り込んだ。この時点で最早気絶しそうである。泣きそうになりながらも、青緑色の日輪刀を猗窩座へと向ける。全員が驚いたように息を呑んだ――その瞬間だった。
私の左目に激痛が走ったのは。
ブシャァアアッと盛大に血が顔面の左側から噴き出るのが分かる。あまりの痛みに声が出なかった。一瞬、息が詰まり、頭が真っ白になる。何がなんだか分からず、日輪刀を落としそうになるが、勝手に私の口は開いた。
「その通りだ猗窩座。私の実際の刃はお前には届いていない。だが、それでいいのさ」
左頬に涙が、いや、血がぼたぼたと落ちていく。しかし、それを拭うことはできない。させてもらえない。強制的に私はただひたすら猗窩座を見つめさせられた。上弦の参は技を軽く放ったのか右手を下にした体勢でこちらに視線を向けている。私はその様子を視界に入れながら大胆不敵に、堂々と、言葉を紡ぎ続けた。
「ようは最後にお前の頸が切れたのなら良いのだ」
めちゃくちゃかっこいいこと言っているけど待ってくれ。本当に待ってくれ。全然良くないです。私は全く良くないです。痛む左目と滴る血を頬に感じながら私は内心で叫んだ。
――――左目が潰れた…!!
本日二度目となる身体の欠損と、すさまじい激痛に意識を飛ばしたくなった。何でここまで私は傷だらけなんだ。この怪我に何か意味があるの? 絶対にないでしょ。何で無駄に私は怪我を負っているんだ。この程度の猗窩座からの攻撃なら確実に他の柱が対処できたと思う。私がしゃしゃり出る必要なかったよ絶対に。本当に心が折れるし、そろそろ真面目に失血死すると思うし、帰らせてくれ。
切実にそう思いながらも明道ゆきは笑うしかなかった。