氷柱は人生の選択肢が見える   作:だら子

16 / 28
こんにちは。ついに今回からオリ主が鬼滅世界にいることによる歪みが現れていくことになります。この話から原作ブレイクが顕著となる展開となり、地雷になるかもしれない成分を多く含んでおります。原作崩壊等を好まない方は閲覧をお控えください。

あと、こちらはお知らせになるのですが、『水一門食事会』と『蛇・水・風柱との合同任務』の二話収録した番外編本の再販を決定しました。活動報告にて詳細を掲載しています。

この連載も今回で後半戦に突入します。いつもコメントや評価、ブクマ等、ありがとうございます。最後まで頑張りますので、宜しくお願いします。





原作崩壊編
其の十六: 「蟲柱は微笑む」


「なんて、奇怪な」

 

蟲柱・胡蝶しのぶは驚きの声を上げた。彼女は視線を『何か』に固定したまま右手に持っていたピンセットを静かにトレーへと置く。閑静な診察室にカシャンという金属が辺りに響き渡った。

 

スッと胡蝶しのぶは己の右手を眼前へ伸ばす。目の前にいる『何か』――胡蝶から見れば右側にある、明道ゆきの左頬をゆっくりと撫でる。そして、明道の左目を縦断する一本の傷をスススと人差し指でなぞった。

 

――――氷柱・明道ゆきの左頬には縦傷が存在する。

 

明道ゆきからすれば、左上の額から左目を縦断し、頬を伝って、顎のあたりでようやく消える、獣に切り裂かれたような大きな一本傷だ。ただの傷であったはずのソレは――今、『痣』のようになっていた。

 

まるで赤色の刺青を敢えて入れたかのように、その傷は姿を変えていたのである。確かに元々酷い傷ではあった。だが、ここまで目立つ跡ではなかったはずなのだ。何故、この傷が痣のようになってしまったのか。理由は一つ。

 

先の任務で遭遇した上弦の参『猗窩座』のせいだ。

 

明道ゆきは猗窩座との戦闘により数々の大怪我を負った。中でも特に酷いのは左腕と左目の欠損だろう。左腕は二の腕あたりで跳ね飛ばされ、左目は縦に一本、攻撃を入れられたのだ。左目の創痕が現在、痣になってしまったのも、これが原因である。元々あった傷跡を上書きするように猗窩座から攻撃を受けたため、より跡が広がってしまったのだ。

 

胡蝶しのぶがその痣と化した明道ゆきの創痕を辿ると、潰れた左目に人差し指が到達する。胡蝶はゆっくりと彼女の左目を見据えた。

 

上弦の参『猗窩座』によって両断された明道ゆきの瞳。多少の傷程度ならまだしも、こうもスッパリと切られてしまえば致命的だ。以前のように何かを見ることは叶わないだろう。失ったものは元には戻らない。それこそ、鬼になるか、鬼を喰らい、一時的に鬼の能力が持つことができる不死川玄弥のような『鬼喰い』の体質でもなければ。

 

だからこそ、本来ならば、これは『あり得ない』のだ。

 

胡蝶しのぶは驚きを隠せない声色で言葉を発した。

 

「左目が再生しています。にわかに信じ難いですが」

 

猗窩座によって大打撃を受けた氷柱・明道ゆきの左目は確かに光を失っていた。初めて彼女の目を見た時、胡蝶が「失明は確実だ」と直ぐに断定したほどである。それなのにも関わらず、明道の瞳は元の姿へ戻りつつあったのだ。

 

明道ゆきは鬼にでもなったのか。

それとも、鬼喰いの体質に変化したのか。

 

思わず胡蝶しのぶは、一瞬、そう考えてしまった。それほどまでに左目に光が戻ったというのは驚くべきことだったのである。普通の人間ならば、ここまでの傷を受けた場合、再生することはまずない。いや、『ありえない』。鬼になるか、体質の変化でもしない限り。しかし、左目とは違い、元に戻らぬ明道ゆきの左腕を見て、『明道ゆきが鬼になった、もしくは鬼喰いの体質になった』という考えは即座に却下された。

 

故に、導き出される結論はたった一つだ。

 

「その左目は鬼の義父から呪いを受けていると聞きました」

「…ええ、その通りです」

 

明道ゆきはなんてことがないように笑みを浮かべる。胡蝶しのぶはその笑顔を視界に入れながら言葉を続けた。

 

「そのせいで、いえ、今回の場合はそのおかげで、というべきでしょうか。失われたはずの左目に光が戻ってきています。じきに視力は回復するでしょう」

 

呪い。鬼の義父から授けられた呪い。

 

明道ゆきの左目が再生した理由はそれ以外に考えられなかった。該当の鬼が死亡しているのにもかかわらず、呪いの効力が続いている点からも、その推測が事実だと断定される要因の一つだ。

 

光が戻りつつある明道ゆきの瞳を見て、胡蝶しのぶはなんとも言えぬ気持ちになった。普通ならば、視力の回復に喜ぶべきなのだろう。だが、明道ゆきの呪いの左目の詳細を知っている胡蝶からすると、素直に「よかった」などと口にすることができない。

 

きっと、周囲の人間は明道ゆきの左目のことを、ただ単に『義父から受けた呪いにより、鬼を探知できるようになった目』とだけ思っているだろう。だが、それだけではないのだ。明道ゆきの左目はそれだけで終わらない。あらゆるものに長所と短所が存在するように、当然のように彼女の瞳にも致命的な欠点があった。

 

明道ゆきは、上弦を打倒しない限り、二十五で死亡するのだ。

 

これは産屋敷一族と蟲柱・胡蝶しのぶのみが知っている情報だ。機密事項中の機密事項といっていい。胡蝶とて、医療に携わっていなければきっと明道ゆきの呪いの詳細は知り得なかっただろう。なんせ、胡蝶しのぶ以外の柱には『明道ゆきは上弦を打倒しなければ二十五で死ぬ』という情報の周知はされていないからだ。

 

氷柱の呪いについてあれこれ考えながら、胡蝶は再び口を開く。

 

「何故、他の柱の方々にも呪いの詳細を伝えないのですか。今回の上弦戦で、彼らが呪いについて知っていれば…。

 

――――ゆきさん、貴方が上弦の参の頸を切れたかもしれない」

 

胡蝶が素直な疑問を明道ゆきに伝える。それを聞いた明道はじっと胡蝶を見つめたまま、何も言わなかった。暫しの沈黙が二人の間に下りる。

 

そうだ、今回、明道ゆきが直接、上弦の参『猗窩座』を打倒できる絶好の機会があった。例え、他の『誰か』が彼女の近くで頸を切れば呪いの解除ができた可能性があったとしても、やはり、『直接、氷柱が頸を切る』方が確実だろう。そう、明道ゆきは呪いを解く最高の機会を己の手で握りつぶしたのだ。

 

明道は何度か瞬きを繰り返す。そして、静かに口を開いた。

 

「しのぶ、貴方の考えは分かります。しかし、これには理由が二つあるのです」

「理由、ですか」

「一つは、下手に呪いの仔細を伝えると、きっと周りは『明道に上弦の頸を切らせなくては』と考える可能性があるから。戦闘中、本来なら頸を落とせた場面で落とせなくなる、なんてこともありえるかもしれない」

「ええ、しかし…」

「二つ目の理由は、」

 

そこまで続けた胡蝶の言葉を明道は遮る。胡蝶しのぶは軽く眉をひそめた。

 

明道ゆきという人物は、聞き上手な人間に見えて、存外人の話を聞かない人物である。己の持論を先に展開してしまい、反論をさせない方法は、他人から反感を買いやすいだろう。幾度となく胡蝶はその点を注意しているが、明道ゆきは聞かなかった。それどころか、特定の人間に対して、『敢えて』行っているという節すらあるのだから救えない。

 

そんな蟲柱の感情を知って知らずか、氷柱はそのまま声を発した。

 

「二つ目の理由は、検証するため、ですかね」

「検証…。一体、何を検証を?」

 

胡蝶しのぶがその言葉を口にした瞬間、明道ゆきはにっこりと笑みを浮かべた。その笑顔を見て、胡蝶はグッと顔をしかめる。蟲柱・胡蝶しのぶが苦手とする、明道ゆきの『何か』含みのある微笑みだった。

 

明道はスッと自身の人差し指を唇へ持っていく。シィー…と口から音が聞こえたと思うと、彼女ははっきりと発言した。

 

「秘密です」

 

そうだ、氷柱・明道ゆきはこういう人物だった。いつだって秘密主義で、本当に大事なことは周りに語らず、笑顔の仮面を被る。胡蝶しのぶは明道ゆきの『秘密主義』と『笑顔の仮面』が大嫌いだった。

 

だって、似ているのだ。

姉が好きだといった『笑顔』を常に浮かべ、姉のふるまいを真似る―――ほかでもない、『胡蝶しのぶ』に。

明道ゆきは、どうしようもなく、似ていた。

 

明道ゆきという人間は胡蝶が推測するに、根は男勝りな人物なのだと思う。現に彼女は非常に困難な戦闘中、いつもの穏やかな言動は消え、粗野な言葉使いをするのだ。

 

命のやり取りをする場では人間の本性が現れる。恐らく、日常の明道ゆきは彼女であって、彼女ではないのだ。きっと氷柱は仮面を被り続けている。一体、何のためなのかまではわからない。だが、自分の考えは正しいと胡蝶は確信していた。己も明道のように『そう』であるから分かるのだ。

 

故に、蟲柱・胡蝶しのぶは明道ゆきの笑顔が嫌いなのだろう。

 

同族嫌悪、という言葉を不意に胡蝶は思い出した。そして、ああそうかと内心で彼女は呟く。なんだか胡蝶は腑に落ちたような、そんな気持ちになった。

 

胡蝶が明道を嫌いなのは、憎たらしいほどに己と在り様が似ているからなのだ。大嫌いな自分と明道ゆきがそっくりであるがゆえに、蟲柱は氷柱を嫌悪してるのだろう。目的のためならば手段を選ばず、特定の人間のみに情報を共有させ、同種の笑みを浮かべる人間。幸せになる道を己の手で握りつぶし、自己満足の道を行く者。それこそが蟲柱・胡蝶しのぶと氷柱・明道ゆきだった。

 

だから、だから、胡蝶しのぶは―――。

 

「他の方々に呪いの仔細を伝えない理由の『検証のため』について、深くは聞かないでおきましょう」

「ありがとうございます」

「代わりといってはなんですが、」

「はい」

「必ず、その呪い、解いてくださいね」

 

どうしても、胡蝶しのぶは明道ゆきに本懐を遂げて欲しかった。コレは胡蝶のエゴだ。もしも彼女の呪いが解けたのなら、きっと胡蝶の心は軽くなるだろう。自分と似た人物が目的を達成すれば、胡蝶しのぶもまた、姉の仇討ちが出来る気がしてくるのだ。いや、己の復讐は『できるか』『できないか』ではなく、必ずやり遂げるものではあるが、それでも胡蝶しのぶという一人の人間は多少なりとも救われるだろう。

 

そこまで胡蝶は考えて、思わず自嘲した。なんて自分は浅ましい人間なのだろうと思ったからだ。

 

もしも、もしも。

明道ゆきと胡蝶しのぶが鬼殺隊士でなければ。

もしも、この世に鬼がいなければ。

 

明道ゆきと良き友人になれただろう。そして、きっと、胡蝶しのぶは明道ゆきを嫌いになんてならなかった。

 

だが、どれだけ『もしも』を考えても、どれだけ願おうとも、現実は変わらない。胡蝶しのぶと明道ゆきとの関係は変わらない。この鬼が蔓延る地獄が現実であるように、幸せな『もしも』はありえない。だからこそ、胡蝶はいつもの笑みを浮かべる。姉を殺した上弦の弐への憎しみを滾らせながら誰よりも美しく、誰よりも綺麗に笑うのだ。

 

その胡蝶の笑顔を見た明道ゆきもまた、いつも通りの穏やかな笑顔を作った。

 

「ええ、必ず」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。