氷柱は人生の選択肢が見える   作:だら子

22 / 28
其の二十二: 「制限」

以上が義手の調整をする時に少し起こった問題である。

 

最終的には小鉄君達は折れ、普通の義手として調整や整備をしてくれることを認めてくれた。現に今、左腕は何の問題もない、非常に性能の良い義手として存在している。だが、小鉄父が悔しそうに歯軋りして「諦めないからな……」と捨てゼリフを残していったのが気になるのだ。マジであいつら秘密裏に改造してねえだろうな。やりかねん。

 

義手をつけるだけでかかった労力の数々に溜息を吐きそうになる。だが、今、私はお館様の前にいるのだ。彼の後ろには御子息達もいらっしゃる。仮にも上司の前で不遜な態度はとれなかった。そもそも、自分は権力に弱いタイプなので、媚びへつらうこと以外はやりたくないのだ。ゲスで悪かったな。

 

こちらの気持ちを知って知らずか、お館様は再び言葉を紡ぎ始める。先程、私の義手の具合を心配してくれた声色とうってかわり、少々鋭さが込められていた。

 

「さて、ゆき。本題に入ろうか。君は今後の無惨の動きをどう見る?」

 

知らねーよ。寧ろこっちが教えて欲しいんだが。

 

原作崩壊が少しの頃ならいざ知らず、今はもう完全に前世の記憶が頼りにならない状況になっている。明道ゆきにはこの先が分からない。果たして無惨打倒が出来るのだろうか。

 

自分は十七巻までの知識しかないため、最終回がどうなるかは知らない。だが、原作通りにいけば、どんな結果になろうと、恐らく、無惨は討ち滅ぼされるに違いない。そうでなければストーリーが丸潰れ。ファンもブチ切れるだろう。しかし、明道ゆきが氷柱として存在するこの世界は違う。無惨打倒が可能かと言われると、頭を抱えることになる。

 

明道ゆき自身が意図しない介入で原作がぶっ壊れた部分もあるが、大体はこちらの管轄外で原作ブレイクが起きている。完全に自分ではどうにもならないところに来てしまっているのだ。

 

もうここは私の知る『鬼滅の刃』の世界ではない。

鬼滅の名を借りた『何か』だ。

 

正直なところ、明道ゆきは自身の考えを述べるべきではない。原作崩壊がここまできてしまった今、炭治郎達に丸投げした方がいいだろう。竈門炭治郎は主人公であり、無惨の打倒を宿命づけられた人間だ。きっと彼ならば軌道修正をしてくれる……と、思う。

 

明道ゆきにかかる呪い解除ができなくとも、生い先短い人生を不安なく過ごすためには、無惨の打倒は必須だ。炭治郎には頑張ってもらわねば困る。自身の自己中っぷりに流石に嫌気がさしてくるが、自分の身を守るためにも罪悪感は呑み込んだ。

 

故に私はお館様に「申し訳ないですが、私としても無惨の行動は読めない部分が多いのです」と言おうとした。言おうとしたのだ。だが、明道ゆきは失念していた。時に私の味方であり、時に最大の敵となる、あの存在をすっかり忘れていたのである。

 

《ピロリン》

 

▼お館様になんと言う?

①「恐らく、近いうちに無惨は鬼殺隊へ攻撃を仕掛けてくるでしょう。私の予測によると、奇襲される場所は――――刀鍛冶の里」と言う … 上

②「わかりません」と言う … 下

 

おいやめろ。

 

ふざけんな。ふざけんなよ。軍師ムーブはあれほどやめろと言っただろ。本当は凡人なのに、賢いように振る舞うのはかなり疲れる。皆、こちらを頼るようになるため、こちらの負担が大きいのだ。

しかも、選択肢がいつも登場するわけではないので、ゲーム機能の答えなしでの判断を要求された時に無責任な説明をする必要がでてくる。賢くないのに重要な決定をさせられるものだから、毎度毎度、冷や汗ものなのだ。

 

(しかも、何? 私、刀鍛治の里編に介入する羽目になるのこれ?)

 

選択肢の一番「私の予測によると、奇襲される場所は――――刀鍛冶の里」を選びたくない。話の流れ的に、選択肢の『刀鍛治の里』は『刀鍛治の里編』のことを指すと思うからだ。上弦の打倒を諦めた矢先に、まさかの上弦が登場する章へ、介入強制である。地獄かここは。

 

もう一つ、一番を選択したくない理由としては「私の予測によると、奇襲される場所は――――刀鍛冶の里」を言うのはリスクが非常に高いからだ。以前にも述べたが、何の根拠もなく刀鍛治の里が襲われると仮定して、過度の防衛体制を敷けば、明道ゆきが間者だと疑われる可能性がある。しかも、鬼の能力まで詳しく知っているとなれば、「お前、実は無惨の手下だろ」と言われてもおかしくないだろう。

 

(私は『何故、刀鍛治の里が襲われるのか』『何故、鬼の子細を把握しているのか』という理由を皆に提示することができないからなあ…)

 

思わず溜息を吐きたくなる。もしも選択肢一番の「恐らく、近いうちに無惨は鬼殺隊へ攻撃を仕掛けてくるでしょう。私の予測によると、奇襲される場所は――――刀鍛冶の里」を言った後に、お館様から「何故?」「どうしてそう思うんだい?」と聞かれたらアウトだ。返答しようがない。

 

(何でこんな綱渡り仕様ばっかりなんだ)

 

疑われて拷問にかけられたらどうしよう。鬼殺隊って仲間には優しいが、敵には厳しいのだ。周りの隊士が『絶対鬼コロスマン&ウーマン』しかいないのを見てわかると思うけど。怖い。頼れる仲間は皆おかっかねえ。

 

しかし、私はいつも通り、選択せねばならない。拷問を受ける覚悟で目をそっと見開いた。……やっぱり拷問は嫌だな。覚悟できねーわ。ちくしょう。内心で咽び泣きながら私は決死の想いで選択した。

 

 

▼選択されました。

①「恐らく、近いうちに無惨は鬼殺隊へ攻撃を仕掛けてくるでしょう。私の予測によると、奇襲される場所は――――刀鍛冶の里」と言う … 上

 

 

「恐らく、近いうちに無惨は鬼殺隊へ攻撃を仕掛けてくるでしょう。私の予測によると、奇襲される場所は――――刀鍛冶の里」

 

勝手に自分の口が開き、言葉を話し始める。淡々と無機質な声色で『私』は声を発した。対して、心の中では感情が荒ぶり、「終わった。私の人生終わった」と呟いていた。全力のガチ泣きである。

 

それを聞いたお館様は「ふむ」と小さく頷く。顎に手を添えたまま、つい、と横へ顔を向けた。数秒の沈黙。その数秒が死ぬほど私にとっては辛かった。自分の心臓がバックンバックンと波打つ。お館様は何か思案した後、再びこちらへ面を向けてくる。

 

「そう、刀鍛治の里が奇襲されるんだね。駐在している隊士の数を増やそうか。ああ、罠も仕掛けた方が良いだろうね。そうだ、柱は何人必要になりそうだい? 」

「え」

 

えっ。お館様、何も聞いて来ないんだけど。寧ろノリノリでこちらの案に乗ってくれているのは何故。私、突拍子もなく、根拠もない話をしていると思うんですがそれは。あまりにびびりすぎて咄嗟に私はお館様に疑問をぶつけてしまった。

 

「理由をお聞きにならないのですか?」

 

やってしまったと思った。理由を聞かないのなら好都合である。自分から地雷へ飛び込む必要などなかった。なんて事をしてしまったんだ。

 

自身の迂闊さに頭を抱えたくなった時、お館様はいつも通りの優しい顔で言葉を紡いだ。目が見えないはずなのに、しっかりと私を見据え、穏やかに笑っている。お館様の声は信頼と親愛に満ち溢れ、確固たる意地をひめていた。痛いほど真っ直ぐな彼の言葉は明道ゆきへと届く。

 

「君が根拠を話さないのには何か理由があるんだろう。今、説明すべき時期ではないというのならば、私が聞く必要はない。違うかい?」

「し、」

 

信頼が重い!!

 

なんだその激重信頼は。重い。信頼が重い。

明道ゆきは自己中心的で、尚且つ、憶病な人間だ。自分の命や、二十五で死ぬ呪い解除のためなら、仲間を見捨てる算段だってしているクソ女である。

また、予知じみた予測ができるのも、仲間の命を守れているのも、全ては選択肢によるものだ。明道ゆき本人の成果じゃない。私は信頼に値する人間ではないのに、こうも頼りにされると良心が痛み、どうしようもないくらい不安になる。

 

しかも、今、私が刀鍛冶の里へ無惨による襲撃の理由を話さないのは、『敢えて』説明しないのではない。ただ単にそうなった意図が自分自身で説明ができないからだ。こんなクソな理由があるか。明道ゆき本人が概要を理解していないというのに、何の根拠もない謎機能に従い、仲間を死地に向かわせている。我ながら恐ろしすぎるだろ。

 

(もうそろそろ腹を括って選択肢機能や前世の記憶について言うか?)

 

だが、今更、転生諸々について話すのはリスクが高すぎる。原作知識でどこで誰が死ぬかまで把握していたのに、本来なら救える命を自分の都合で見捨ててきたのだ。今になって「実は前世の記憶がありまして…」などと暴露した暁には各方面からぶち殺されることが決定するだろう。特に身内が死んでいる隊士からは集中砲火されかねない。入隊当初の告白ならいざ知らず、鬼殺隊に所属してから何年も経ってしまった今、この時点での転生諸々の暴露は死を意味する。

 

(うん、絶対に前世とか転生特典とかについて言わないでおこう)

 

転生については以前と同じく、墓場まで持っていこう。私は小さく頷いた。やっぱり自分、最低である。

 

今の考えを踏まえると、お館様が何も聞いてこないのは好都合だ。いつ外れるか分からぬ不確定な選択肢に頼って、仲間達を死地へ向かわせるという罪悪感は呑み込もう。いや本当に土下座して謝るべきだが、仕方がない。私のためだ。すみません。謝って済むとは思わないが、気休め程度に謝罪しておく。マジで私クソオブクソである。

 

そう思い、お館様に返答しようと口を開いた、その時だった。またもやピロリンと軽やかな電子音が響き渡ったのだ。時間が止まり、周囲は白黒となる。いつもより大きな、安っぽいゲームの選択肢の画面が目の前に現れた。

 

 

▼刀鍛治の里にはどの柱を誰を連れて行く?

①炎柱・煉獄杏寿郎

②岩柱・悲鳴嶼行冥

③蟲柱・胡蝶しのぶ

④音柱・宇髄天元

⑤風柱・不死川実弥

⑥蛇柱・伊黒小芭内

 

※霞柱・時透無一郎と恋柱・甘露寺蜜璃は決定済み

※複数選択可

 

なんだこれ?!

 

本当になんだこれ。こんな選択肢の画面は初めて見たぞ。「刀鍛治の里にはどの柱を誰を連れて行く?」と、まさか聞いてくるとは思わなかった。え、刀鍛治の里編で登場しない柱を連れて行っていいのか。最早選択肢も原作無視する方向なのか。いや、思えば、元々選択肢パイセンは原作ブレイク推奨だったな。転生特典に従い、原作崩壊が起きているのだ。もしも選択肢パイセンが原作通り進むのが望みであれば、私もここまで悩んでいなかったと思う。

 

(それよりも誰を連れていくか、だ)

 

いやそんなの全員連れていくに決まってんじゃん。複数選択可能なんだろ。当たり前のように柱全員選択するよね。物量で叩くのが戦術の基本だもん。

 

上弦二体に対して柱全員でかかれば、誰の怪我もなく倒せるだろう。しかも、柱が全て揃っていて、万全の対策を練った上で、刀鍛治の里編に臨めるなら、明道ゆきにかかる『二十五で死ぬ呪い』を解くことができるかもしれない。

 

(他の柱に上弦を止めてもらい、無理なく私の手で打倒がワンチャンあるんじゃ…?)

 

え、やばい。泣きそう。俄然やる気が出てきた。お館様の様子を見るに、原作知識を披露しまくっても間者だと疑われそうにないし、柱全員連れていけそうな雰囲気だし、最高じゃん。この勝負、我々の勝利だ。まさに『三部、完!』である。

 

若干感動しながら私は『▼刀鍛治の里にはどの柱を誰を連れて行く?』という問いに対して、『全員』を選択しようと視線を前へ向ける。しかし、次の瞬間、今まで聞いたことがない、けたたましい警報音が耳を貫いた。びっくりして思わずギョッと目を見開く。眼前に、黄色の三角マークが入った選択肢の画面が現れた。

 

 

《警報》

《選択できる人数は二人までです》

 

 

人数制限?!

 

待って。人数制限とかあるの。先に言えよ。無駄に期待させんな。今、希望で胸が満ち溢れていたというのに、一気に谷底に突き落とされた気分だ。真面目に凹む。しかも、さっきの警報音は何だったんだ。爆音だったぞ。おかげで今、頭がガンガンする。そんなにデカい音で警告しなくて良かったんじゃないか。

 

(そうか……人数制限……。人数制限かあ……)

 

ええ……柱全員を連れていけないのか……。ふざけんなよ……。いやでも、本来なら刀鍛冶の里編では柱が二名しかいなかったのだ。原作とは違い、事前の対策も練れて、柱を更に二名追加できるというなら、これ以上ないくらい幸運だろう。運が良いと思おう。マイナス面ばかり考えてはいけない。精神的に病む。

 

(でも、私の身体が全盛期でない状態で刀鍛治の里編への介入だもんなあ…)

 

どんなに準備しても、柱が二名増えたとしても、明道ゆきの弱さでは殺される気しかしない。刀鍛治の里編はスルーできないのか。できないんですね。分かります。世知辛い。

 

うむむと私は頭を捻った。時が停止する空間の中、刀鍛冶の里編の戦いに適している人材についてウンウンと悩んだ。途中、残り時間の通告をされるほどに悩みに悩んで、私は決めた。

 

「お館様。任務を共にする柱でしたら――――」


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。