氷柱は人生の選択肢が見える   作:だら子

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其の二十三: 「とびだせ明道の森」

お館様との会話を一通り思い出して、私は息を吐く。同時にゴクリと芋を飲み、空気を吸い込む。過去に行っていた精神を新鮮な空気を吸い込むことにより、現実に引き戻す。お館様との思い出を一時的に封印して面を上げた。

 

自身の両隣を見ると、煉獄杏寿郎と宇髄天元が座ってる姿が目に入る。私が過去について考える前の光景が広がっていた。

 

「わっしょい! わっしょい!」

「この芋、中々美味えな。任務前の軽食には丁度いい」

 

――――こういう経緯があって、我々三人は待機しているのだ。

 

話しながら口を動かす煉獄と宇髄を見て、私は目を細めた。先程と変わらぬ、大量に芋を消費していく二人と同じように、自分もまた口に芋を放り込む。

 

この状況から分かるように、刀鍛治の里編への介入のための人員として私が選んだのは――――炎柱・煉獄杏寿郎と音柱・宇髄天元だ。

 

刀鍛治の里編になっても鬼殺隊の隊服を着た煉獄と宇髄が、セットでいる姿に違和感を抱く。なんせ、本来なら無限列車編で煉獄は死亡しており、宇髄もまた吉原遊郭編で柱を引退していたはずの人間だ。その彼らが未だに隊士として在籍しており、この場に立っている様子を見て、不思議な気分になった。氷柱・明道ゆきとしては普通の光景だが、読者としての『私』にとってはスピンオフを読んでいるかのようである。前世の『私』が喜ぶのが分かった。

 

(でも、明道ゆきとしては嬉しさ半分、複雑さ半分なんだよね)

 

炎柱と音柱の存在は、今の私からすれば原作ブレイクの象徴みたいなものだ。原作通りに進むことを望んでいたので、何とも言えない気持ちになる。特に炎柱を見ると自分の左腕がなくなり、上弦打倒の希望がぶち壊された瞬間を思い出すので、余計に嫌だ。

 

(なんでこの二人、選んじゃったんだろ)

 

はあと溜息を吐く。頭を掻き毟りたい気持ちになったが、グッと耐えた。

 

――――明道ゆきがわざわざこの二人を選択したのには幾つか理由がある。

 

まず、煉獄杏寿郎だが、この刀鍛治の里編でのメインの柱が恋柱・甘露寺蜜璃ゆえに、選んだ部分が大きい。

恋柱は炎柱の元継子だ。そのため、柱内でも連携が一、二を争うほどに秀でている。特にこのペアが優れている点は、元師弟関係に基づく、戦闘スタイルの理解度と互いをカバーする巧さだろう。

互いの理解度の深さから、最適な瞬間に最良の技を喰らわせることにおいて、炎恋師弟は頭ひとつ飛び抜けているように思う。個人的な意見ではあるが。

 

次に、宇髄天元を選んだ理由だが、霞・炎柱と任務を組む上で一番相性が良く、音柱なら最適なサポートをできると思ったからだ。

と、いうのも、宇髄が柱の中で特に気にかけている人間は時透と煉獄なのではないか、という勝手な推測があるためである。そのように考えているのは、原作の吉原遊郭編で宇髄の回想に時透と煉獄が登場することが原因だった。

 

宇髄は時透に関して『戦いの経験が浅いのに、直ぐに柱へと上り詰めた天才』、煉獄を『人々や仲間のために死ねるような人間。俺はああにはなれない』と、大雑把に要約するとこんなことを吉原遊廓編で言っていたはずだ。

恐らく、宇髄天元という隊士は時透と煉獄を同僚や戦友として思いながら、その実、彼らに憧れ、尊敬の念を抱いていたのではないかと勝手に解釈している。戦いの最中、この二人をわざわざ思い出すくらいなのだ。きっと宇髄は時透と煉獄をよく観察し、人柄に触れ、実力を深く理解していたに違いない。

 

原作では時透と煉獄に宇髄が絡む場面は殆どないため、これは勝手な推測だ。だが、私には氷柱・明道ゆきとして生きてきた実績がある。

 

明道ゆきは知っていた。宇髄と仲が良い柱の一人が煉獄であることを。宇髄は誰に対しても一定以上の交流ができるが、中でも煉獄と特に仲が良いのだ。原作でも、煉獄父と親しげな描写があるくらいなので、度々煉獄家にも寄っていたのだろう。

時透の場合は、音柱との一番合同任務の数が多いため、そこから互いの実力を知るようになったに違いない。宇髄が時透に対して話しかけに行っていた姿を私は度々見たことがある。

 

故に宇髄天元なら、霞・炎柱と任務を組む上で最適なサポートをできると思ったのだ。ちなみに、恋柱に関しては炎柱の補助があると思うので、彼女は宇髄のサポート外にしている。

 

(まあ、二人を選んだ訳はこれだけじゃないんだけど)

 

煉獄杏寿郎と宇髄天元を選択肢した理由として、二人に共通するものがある。それは――――原作の刀鍛治の里編で既に戦力外にいるという点だ。

 

この刀鍛治の里編に他の柱を導入した場合、下手をすれば大怪我を負い、戦うべき場面で登場できないかもしれない。それを踏まえて考えると、怪我や死亡しても問題ない柱は煉獄と宇髄しかいないのだ。我ながら最低な考えである。

 

(まあ、冨岡が死んでいる時点で無限城編に支障がでまくっているけどな!)

 

上弦の参を無限列車編の時点で打倒してしまったり、煉獄が生きていて冨岡が死亡してしまったり、原作崩壊ばかり起こっている。先程も述べたが、原作ブレイク現象のせいでこの世界における無惨の打倒が可能なのか不明だ。今の状況で漫画通りに進ませようとあがくのは無様極まりないのかもしれない。だが、ストーリーがガタガタ状態でも、頑張って原作通りに向かわせなくては、鬼殺隊が負けそうな気がするのだ。

 

ストーリーには段階というものがある。きちんとした手順を踏まなければ、本懐を遂げることはできない。よくあるだろう。「あの時の出会いが」「何気ない言葉が」この先の未来を変えた展開が。漫画というのは過程があって、結果が出る場合が個人的に多いように思うのだ。

 

だから、無理にでも原作通りに進めようと思う。刀鍛治の里編に柱二名ぶち込む時点で原作崩壊もいいところだが、それは選択肢のせいなので仕方がない。できうる限り修正をしよう。

 

本来なら炭治郎に丸投げしたいし、彼に任せた方が軌道修正できそうな気がするし、私が出る幕ではないと思う。竈門炭治郎は主人公であり、無惨の打倒を宿命づけられた人間だ。以前にも述べたが、きっと彼ならば軌道修正をしてくれる……と、思う。

 

(だけどな……選択肢パイセンには逆らえないし……。鬼殺隊に在籍しておかないと無惨に殺されるしな……)

 

世知辛い。遠い目をしながら私は最後の芋を口へ放り込む。スッと目線を横へ向けると、煉獄と宇髄もあの大量の芋を消費し切ったのか満足そうな顔をしていた。煉獄は手拭いで口元を拭き、宇髄は歯に挟まった芋を爪楊枝で掃除している――――その瞬間だった。

 

刀鍛治の里の方面からカンカンカンッと鐘の音が聞こえたのは。

 

刹那、凄まじい速さで宇髄と煉獄は動いた。

 

宇髄は一瞬の間に私を俵抱きにして音の方向へと駆け出す。息をつく暇もなく、二人の隣にいた煉獄は刀を抜いて宇髄の後に続いた。先程まで芋を陽気に食べていたとは思えぬ素早さである。瞬く間に待機場所からどんどん遠ざかり、刀鍛治の里まで一直線で前進していた。

 

自分では決してだせないスピードに、思わず私は「おお」となる。流石は柱だ。地味に感動していると、煉獄は走りながらこちらに向かって叫んできた。

 

「全く! 里からこれほどまでに離れた場所で待機とは! 駆けつけるのに時間がかかる!」

「これには理由がありまして」

「その理由を派手に話せっつってんだよ! お前のそういうところ本ッッッッ当に嫌いだわ!」

「はは。すみません、宇髄」

「笑うな!! しかも、なんでお前ェ抱えられてるくせにそんな派手に態度デケェんだよ!! 俵抱きで寛ぐな!」

 

緊張して気を回せないんだよ察せ!!

 

口や内心ではかるーく喋れるのだが、身体は緊張で動かないのである。あれだ。「口は生意気だけど身体は素直なんだね♡」ってやつだ。片腕がなく、例え、全盛期ですら上弦に敵わないのに刀鍛治の里編に介入しなきゃいけない。それが死ぬほど恐ろしいのだ。恐怖と緊張で身体がいうことを聞かず、手足をぷらーんぷらーんと幼児のように揺らしていた。これは宇髄も怒る。

 

(それにしても、待機場所を遠くにしててよかったなあ…)

 

現地に駆けつける時間が遅れるだろう。内心で「よしよし」と頷く。

 

私が音柱・炎柱との待機場所を刀鍛治の里が離れたところにしたのには訳がある。理由は簡単だ。選択肢のせい――――と言いたいところだが、今回は違う。

 

ただ単に時間稼ぎのためだ。

 

この二人の到着時間が延びれば延びるほど、炭治郎達が戦う時間が増える。つまり、それは主人公御一行様の成長に繋がるということ。故に、できるだけ追加人員である宇髄と煉獄の到着は遅いほうがいいというわけだ。

 

そして、上弦が弱ったところで音柱と炎柱が駆けつけ、鬼を打倒。上手くいけば、明道ゆきが上弦の頸を刎ねられるかもしれない――――そんな自己中な理由で柱を刀鍛治の里から離れた場所に待機させたのである。

 

選択肢が理由ではなく、自己判断の時点で私はクソオブクソだ。炎柱達の到着が遅れるほどに里の者達は死ぬだろう。我ながら明道ゆきは最低である。正直、罪悪感で胸がいっぱいだが、今更だ。こうなったらとことん悪に染まってやる。

それに、考えてもみてくれ。原作では炎柱達の増援はないのだ。それを思えば、私は最低じゃな……いや、まごうとなき最低女だな。うん。すみません。

 

己のクソさ加減に若干遠い目をしたとき、視界がぐるんと回った。突然のことに三半規管が刺激され、喉から色々なものが迫り上がってくる。

有り体に言うと、酔った。乗り物酔いならぬ、宇髄酔いである。

 

私は「ウプ」と口を押さえながら前を向く。そこにはおびただしい数の棒状の『何か』が地面に突き刺さっている光景が広がっていた。確か、先程まで我々がいた場所である。あのまま宇髄と煉獄が攻撃に気が付かず、走っていれば、今頃蜂の巣状態だろう。

 

(全然攻撃に気が付かなかった)

 

恐らくは鬼からの襲撃に違いない。これだから鬼退治は嫌いなんだ。一瞬の気の緩みや、実力が足りなければ、直ぐに殺される。はーーーーーまじやってらんねーーーー。クソゲーじゃん。

てか、こんなところにも鬼が出没してるのか。無惨達、刀鍛治の里を潰すために気合が入りすぎだろ。刀鍛治の里から私達がいる場所は、まだ結構離れているぞ。

 

あれこれこちらが考えている間に、宇髄は私を一旦落として迎撃態勢をとった。雑に放り投げられたため、尻が痛い。その傍ら、煉獄は刀を構え直し、目を細める。

 

「派手に嫌な予感がするな」

「ああ、同意だ」

 

柱二名の『嫌な予感』なんて聞きたくなかった。ちなみに、私は嫌な予感も何も、まっったく感じていない。仕方がないので二人と同じく顔だけはシリアスを気取っておく。

ゴクリと息を呑んだ時、木々の物陰から『声』が聞こえてきた。気の抜けるような、明るい声だ。その『声』の人物はぬっと顔を出し、笑みを浮かべる。

その人物を見て、私は目を見開いた。

 

「いやはやまさか。まさか柱と出会えるなんて。しかも、そこにいるのは『明道ゆき』ちゃんじゃない? やっぱり俺は運がいいなあ!」

 

白橡色の頭髪。表面には血をかぶったかのような赤黒い模様が浮かぶ。手には鉄製の扇子を携え、赤と黒を基調とした独特の服を着用。目は虹色に輝き、片方に『上弦』、もう片方に『弐』の文字が刻まれている男が目の前にいた。間違いない。この鬼は――――。

 

 

――――上弦の弐・童磨だ。

 

 

そんなことってある?!

今なら善逸とタメを張れるレベルの顔芸を披露できそうだ。それくらい驚愕したし、慌てていたし、どうしたら良いか分からなかった。痛む頭を押さえながら私は必死に思考する。

 

何故、刀鍛治の里編で童磨がでてきているんだ。こいつの出現は無限城編からだぞ。……いや、そういえば、原作ブレイクの一つである冨岡殉職の際に童磨が登場していたな。冨岡を殺害した鬼二体のうち一体はこいつ童磨だったはずだ。

なるほど。ならば、この刀鍛冶の里編で童磨が再び出没してもおかしくない。原作通りに進んでいないのは今更である。

 

(くっそッこんなところまで出張してくんなよ)

 

不確定要素が多すぎて真面目に辛い。だから退職したかったんだよ。本当に頭を抱えたい。刀鍛治の里編で童磨に登場されると非常に不味いんだよね。私の原作知識は十七巻までで、無限城編での童磨戦は途中までしか知らないのだ。倒し方がさっぱり分からない。能力が未知数すぎる。

 

(胡蝶しのぶがこの場にいれば良かったのに)

 

上弦の弐へと復讐するため力をつけている『童磨絶対コロスウーマン』こと蟲柱の顔を思い浮かべる。童磨戦に於いて胡蝶しのぶは必要不可欠な人物だと私は思っていたからだ。

 

明道ゆきの推測でしかないが、十七巻に於ける無限城編・上弦の弐戦で童磨が蟲柱を喰らっていたことから、胡蝶の身体に蓄えられていた毒で童磨は弱体化したのではないだろうか。

明道ゆきは知っていた。胡蝶しのぶは日夜、藤の毒を喰らい、その身を毒そのものにしていたことを。

十七巻までに胡蝶が藤の毒を蓄えていた描写はなかったため、もしかしたらこれは原作崩壊の一つなのかもしれない。だが、十七巻より先の展開的に『胡蝶の毒で童磨を弱らせた』という方が盛り上がるだろう。故にこの事実を私は「十七巻以降に載るはずだった設定」としてみなしていた。

 

ちなみに、話を聞いたときは「流石は胡蝶しのぶ。復讐やり遂げる気満々だな」と戦慄したものである。

 

私の予想が合っているのなら、この場に胡蝶しのぶがいない今、童磨の打倒は困難に違いない。捨身戦法をしなければ童磨には勝てないことになるからだ。

 

(これだから鬼滅の世界は嫌なんだよ……読むだけならめちゃくちゃ好きなのに……)

 

自分もまた宇髄や煉獄のように刀を抜いた――――その時。

 

肩にズンッと衝撃が走った。

 

身体が宙に浮き、後方へと飛ばされる。猗窩座のときのような、まるでミサイルを身に受けたような威力だ。思わず目を見開く。景色が凄まじい勢いで流れていく中、バッと肩を見ると、深々と棒状の『何か』――――つららが突き刺さっていた。

 

「しまっ、」

「明道!」

 

煉獄と宇髄が慌てたように手を伸ばすも、既に時は遅し。自分の肩につららが突き刺さった衝撃で、私は二人からあっという間に離れてしまった。しかも、運の悪いことに自身の後方にあるのは地面ではなく――――崖。

 

いや、待ってェ?!

 

咄嗟に何処かに捕まろうとした。だが、明道ゆきは雑魚オブ雑魚。瞬時に状況を判断し、回避行動を取るなどという、人並外れた身体能力は披露できない。

 

童磨の「あ、これだけでそんなに飛んじゃう?」とビビったような声をBGMに、私は谷底へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

「死ぬかと思った。真面目に死ぬかと思った……!!」

 

川の流れが遅くなった場所に私、明道ゆきはいた。ゼーハーッゼーハーッと荒い呼吸を繰り返しながら四つん這いになって打ち震える。生まれたての子羊のようにガクガクと足を震わせつつも、川から岸へ足を伸ばした。

 

ビショビショになった髪が顔にへばりついて気持ち悪い。水を吸ったせいで隊服が重くてマジ無理。

 

「いやでも不幸中の幸いか。下が川で良かった……」

 

しかも、崖の高さもそれ程まで高くなかった。それでも川に突き落とされたので、全身鞭打ちされたように痛い。打ちどころが悪ければ、下が川だとしても死んでいただろう。だが、川でなく地面であれば打ちどころもクソも何もなく即死だったはずだ。

 

(あ、でも、他の柱の場合、落下場所が地面でも生きてそうだな。私の雑魚さ加減やべぇわ)

 

後ろ向きな思考をしつつも、大小様々な小石が転がる岸に仰向けで転がる。大の字になって寝そべった。チラリと左に視線を向けると、隊服が破れ、血塗れになっている肩が目に入る。先程、童磨の攻撃を受けた部分だ。刺さったつららは私が川に落ちると同時に、取れてしまったらしい。つららという栓がなくなった肩からはどくどくと血が溢れている。

 

「このままじゃ死ぬじゃん……。ちくしょうこれだから鬼は嫌いなんだよ……。早く滅せられろ……」

 

周りに人がいる状態では決して口にださない気持ちをブツブツと呟く。誰もいないのを良いことに私は本音をぶちまけていた。

 

真面目に鬼は早めに全滅して欲しい。読者であったころは上弦の鬼や他の鬼達が好きだった。だが、今は「あの上弦が好き」とか「あの鬼にも良いところがあって」などとは口が裂けても言えない。だってあいつら人間を殺すんだもん……。人間にとっては死活問題だ……。こんな痛い思い、もうしたくない……。前世のファンにはボコられる可能性あるけど……。

 

溜息を吐いた後、寝転ぶ体勢から起き上がる。羽織を破って傷を止血した。直ぐに真っ白な羽織が赤くなっていくのを見て微妙な顔になる。

不意に顔を上に向けると夜空が広がっていた。星の輝きを目に写しながら「うん」と私は頷く。

 

「よっしゃ帰ろ」

 

何言ってんだお前?! と思うよな。分かる。分かるよ。皆まで言うな。

 

よくよく考えてくれ。私はもう頑張った。十分頑張った。明道ゆきは日本一頑張った。片腕がないのに刀鍛治の里編に介入したし、炭治郎の成長促進や上弦打倒のための画策だって色々したし、超頑張ったんだ。そこに上弦の弐・童磨の介入があったんだぞ。心折れるわ。確かにこの世界、既に原作ブレイク要素てんこもりのどんぶり状態なので、「何かあるかも」と思っていたさ。だが、童磨の登場はない。帰れ。アイツの対処の仕方を私は知らねえ。

しかも、今から刀鍛治の里に行けば他にも新たな上弦が来るかもしれない。嫌だぞ私は。黒死牟とか出てきたら泣く自信しかねえわ。

 

「煉獄達と逸れた今なら、『迷子になりました』とか『他の鬼と戦闘してて駆けつけられなかった』とか言い訳できるじゃん!」

 

そうと決まれば帰ろう。

最低な考えを自分の中で可決させた後、私は森へ向かって歩き出した。怪我を負っているのにも関わらず、足取りは軽い。鼻歌でも歌いたくなるような気分だった。

 

だが――――明道ゆきの人生はそんなに甘くない。

 

まあ、有り体に言うと――――森の中で迷ったのだ。

 

森をなめていた。完全に森をなめていた。しかも、ここは刀鍛治の里の近隣の森だ。きっと迷いやすい森の構造をしているのだと思う。里を隠すため、意図的にお館様はこういった場所を選び、里を配置しているに違いない。今回ばかりはやめてほしかった。救えないことに、持っていたはずの地図は水に濡れて読めない状態である。加えて私は馬鹿なのでこの辺りの周辺情報はすっかり忘れてしまっていた。ふざけんな。

 

(どっちに行けば人里があるんだ……)

 

どうしよう。めっちゃくちゃ泣きてえ。とりあえず戦闘音が聞こえないから命の危機ではないだろうけど。でも、今の私の耳、あまり役に立たないんだよね。川に落ちたせいか、聞こえにくい。絶対これなんか耳にも怪我を負った気がする。クソッ童磨は早く死ね!

 

唐突の童磨ディスりである。暗闇に怯え、誰も傍にいない状態での迷子が故に誰かを罵らなければやっていられなかった。我ながら本当に自分はクソである。しかし、そうしなければメンタルが持ちそうになかった。

 

「しかも、義手の調子も悪いし…」

 

これまた川に落ちたせいか、義手がさっきから動かし辛いのだ。特に手首あたり。手首を回そうとしたらギギギと何かに引っ掛かったような感じで、動かせないのである。これはディスアドバンテージだ。この状態で戦闘になれば義手がお荷物になる。

 

ジッと義手を見て、なんだか私は腹立たしい気持ちになった。恐らく、刀鍛治の里編への強制介入やら童磨による攻撃の怪我やらで鬱憤が溜まっていたのだと思う。私はイライラしながら無理矢理義手の手首を動かそうとした。だが、やはり動かない。「あーーーーついてないなあ! 動けよもう!」と声を上げた瞬間だった。

 

 

――――義手が飛んだのだ。

 

 

ボンッと義手から火花が散り、爆発したと思えば、煙をあげ、ドンッと肘あたりから左手が飛んだ。ロケットミサイルの如く凄まじい勢いでブォオオォオンと義手が前へ前へと飛んでいく。義手が前方へと飛んだ勢いで、私は後ろへと全力で吹っ飛ばされた。でんぐり返しを三、四回繰り返して木に激突するぐらいの威力である。あまりの衝撃に私は目を回した。

 

その瞬間、思い出すのは独特のお面と、あの言葉だ。

 

――――氷柱様の義手、必ずや『超大合体!カラクリ氷柱・明道零式!』みたいにしてみせます!

 

「こ、小鉄父ーーーーーッッ!!」

 

あの野郎、私の知らぬ間にやっぱり改造してやがったなァ?!

おかしいと思っていた。夜、トイレに行こうとしたらベッドの横に置いていた義手がなくなっている時が一回だけあったのだ。あの時か。たった一回で改造できるもんなのか。ふざけんな。

 

飛んでいった義手を全力で追いかけつつ、私は内心で小鉄父を罵る。絶対にあの男をシメる。必ずシメる。そう心に誓いながら。


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