「えっ向こうの隊強くない? 命狩りにきてない??」
「……そりゃあ、まあ、脱落した隊は真菰さんとの戦いが待ってるからじゃないのか」
俺――――不死川玄弥は善逸にぶっきらぼうに言葉を返す。善逸に視線一つ向けず、俺は南蛮銃に弾丸を詰めた。自分でもこれは酷い態度だと思う。でも、仕方がないことなのだ。
理由は二つある。一つは、あまりにも疲労しているので出来れば何も話したくない。もう一つは――――と、そこまで考えた時、善逸が叫んだ。
先程まで、善逸は手を口元に近づけたまま真顔で森の向こう側を見ていた。しかし、俺の言葉を聞いた瞬間、彼は盛大に叫び始めたのである。どこからその声を出していると思うくらいの強烈な声だった。ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーッ!! という恥も外聞も無い泣き方で涙を流し始める善逸。
「ですよね!! 玄弥の言う通りですよね!! そりゃあ脱落したくないよね!! いやでもさ、戦ってる最中にも槍とか矢とかとんでくるの意味わからなくない? なにこれ? 氷柱邸の人達も俺達殺す気じゃない??」
「善逸、大丈夫だ。向こうの隊も疲弊している。俺達四人で考えた作戦で戦えば上手くいく!」
「四の五の言うんじゃねえ! とっとといくぞ!!」
拳をグッと握り、ニコッと笑う炭治郎。刀を掲げ、歩き出す伊之助。善逸はカッと目を見開き、バッと二人に対して指を向ける。彼はとんでもない鬼の形相をしており、思わず俺は「人間の顔ってここまで表情筋を動かせるんだ」と場違いなことを考えた。
「はーーーん?! どこからその自信が湧いてくるんだよ炭治郎と伊之助は?! やめてぇ、本当にやめてぇ!! 俺は弱いんだ。ほんとにほんとに弱いんだ。真菰さんとの戦いも怖いけど、この対戦も怖い! 死んじゃう!」
「よし行くぞ!」
「ちょ、まっ。待ってよ。待って?! 玄弥ァ! 助けてェ!!」
「……はあ」
「何の溜息?! やっぱ俺? 俺のせいなの?! ごめんなさいね?! 見捨てないで!!」
俺は南蛮銃を見つめながら溜息を吐く。別に善逸の態度に呆れて溜息を吐いているわけではない。だが、善逸に訂正するのは骨が折れるなと考えて何も言わなかった。
こちらの様子を見た善逸は更にぴゃあああっと泣き始める。少し悪い気持ちになった。今までの態度は流石にダメだったな。
そう思い直して面をあげると、伊之助にズリズリと引きずられている善逸が目に入った。炭治郎が「善逸がいないと作戦が成り立たない。頑張ろう」と励ましている。その様子を見て、不思議と何とも言えない気持ちになった。
善逸は良い奴だ……と思う。あんなに泣き叫んでるけど、みっともないくらい嫌がってるけど、良い奴……良い奴だと思う。
あいつは風柱邸で炭治郎と共に俺を庇おうとしてくれた。心からこちらのことを考えて行動してくれていたのだ。悪い奴ではないのだろう。ただ、にいちゃ……じゃなかった、兄貴を侮辱したのは許せないけどな。
(それにしても、明道さんのあの言葉、気になるな)
頭に浮かぶのは左右非対称の瞳の色を持つ、氷柱・明道ゆきの顔だ。
――――俺は今、炭治郎達と共に氷柱邸で氷柱稽古を受けていた。
氷柱稽古は他の稽古と比べて少々特殊だ。通常、柱稽古では、隊士達は稽古を受け持つ柱に合格を言い渡されて、ようやく次に行くという形になっている。故に、合格を貰えなければ先の柱稽古はできないということだ。
しかし、氷柱稽古だけは違う。どの柱の稽古を受けていても、隠から「氷柱稽古に向かうように」とお達しを貰えば、一時離脱して、氷柱邸へ向かわなくてはならないのだ。
だが、氷柱稽古では『合格』と言うものはなく、一定期間だけ授業を受ければ良いという形のようだった。柱稽古が終われば、また元の稽古場に戻るのだ。
本来なら謹慎処分中の俺は柱稽古には参加できない。だが、『氷柱稽古』のお達しがあったため、悲鳴嶼さんから一時的に許可をもらい、こうして氷柱邸で授業を受けていた。
氷柱稽古は団体戦ばかりだ。勿論、他の柱稽古でも他の隊士と協力する場面も多かったが、氷柱稽古では団体戦が顕著に現れていると思う。加えて、学に差のある隊士達を一箇所に集めて、戦術・戦略の授業までする始末だ。話はきちんと聞いていたが、高度な部分もあり、理解に苦しんだところが一部あった。
果たして、この座学に意味があるのかと、少数の隊士が暴れたほどである。俺も少し思ったが明道さんは笑って、言葉を紡いだのだ。
――――この世に無意味なものがあるわけがない、と。
その言葉を思い出しながら俺は南蛮銃を構えた。今は団体戦の真っ只中である。炭治郎達は定位置についていることだろう。四人で練った作戦について、疲労困憊の頭で考えた。
(先に伊之助と炭治郎が切り込む。機動力のある善逸が敵を翻弄)
そして俺は他の三人に気を取られた敵を撃つ。つまり、自分、不死川玄弥の攻撃がこの隊の本命であり、要だ。
命のやりとりをする場面ではないが、隊の中心を担っていることに少しばかり緊張する。じんわりと手に汗が滲んだ。
息を潜めているとカンカンッと木刀が打ち合う音が聞こえてきた。しかし、次の瞬間、小刀が床に刺さった音やらなんやらも聞こえてきて、背筋がヒヤッとした。
(この稽古、軽率に小刀が飛んできたり罠があったりするから怖いんだよな)
氷柱邸の育手達による容赦のない横槍を思い出して遠い目をする。あれ本当に俺達のこと、殺しにきてないか……? 大丈夫だよな……? そう思ったが、頭をブンブンと軽く振り、雑念を外へと追いやった。
木の影に隠れながらスッと炭治郎達の戦況を見守る。どうやら上手く炭治郎と伊之助は奇襲をかけられたみたいだった。加えて、作戦通りに善逸の速さで敵を翻弄している。
それを見て、俺はホッと溜息を吐いた。後は自分が敵の隙をついて弾丸を放てば――――と、そこまで考えた時だった。
上から敵隊士が降ってきたのだ。バッと木から落ちてくる敵隊士へと視線を向けた。呼吸特有の音が辺りに響き渡る。
「風の呼吸・壱ノ型」
まずい。完全に油断していた。訓練とはいえ、戦いの最中に一息つくなんて、してはいけなかった。迫り来る敵隊士に銃を放とうとするが、完全に間に合わない。いや、いつもなら間に合っていただろう。極限まで肉体を虐められ、疲労困憊となり、脳の判断が鈍っていたのだ。故に動作が僅かに遅れた。その僅かで敵隊士にやられそうになっている。
(駄目だ)
脳天に一撃を入れられる。思わず目を見開いた――――その瞬間だ。不意に氷柱・明道ゆきの言葉を思い出した。走馬灯のように映像が流れる。
一般隊士達に『戦術・戦略の授業の意味はあるのか』と問われた明道さんの顔。それがまず初めに脳裏に過ぎった。あの時、あの人は笑っていた。この世に無意味なものがあるわけがない、と。そして、そのまま言葉を続けたのだ。
「良いですか、皆さん。我々は常に不利な状況で鬼と戦っています。故に、どんな状況、どんな状態、どんな場面であろうとも、諦めてはならない。諦めた時点で負けると思いなさい」
明道さんの言葉が自分の頭に響き続ける。俺の目はぐりんと動き、地面を見た。
「極限状態でも、もう駄目だと思っても、考えなさい。思考を続けなさい。今までの経験と知識を絞り出しなさい」
考える。考えて、考える。南蛮銃を敵へと今から向けることはできない。遅すぎる。その前に倒される。ならば、残る時間で南蛮銃を少しだけ動かす。
「そうすれば、分かるでしょう。この授業の意味が。あとは、貴方達が考えることです」
明道先生の最後の言葉が聞こえた時、俺は発砲した――――地面に向かって。訓練用に威力の加減はされているが、それでもそれなりの強さを持って、仮の弾丸が地面に叩きつけられる。バンッと盛大な音がしたかと思えば、地面が抉られ、バサッと砂の壁ができた。
「グッ!」
「逃すか!!」
敵隊士は一瞬怯み、太刀筋が揺らいだ。砂が目に入ったのか、隊士は瞼を少しだけ閉じた。
それがいけなかった。
それこそが俺の狙いだった。
俺はするりと隊士の懐に入る。そのまま全力で鳩尾に向かって体当たりした。肘を絶妙な位置に固定し、的確に急所へ当てる。すると敵の隊士は呻き声を上げて、失神した。ドサッと落ちた隊士の身体を見て、「はーはー」と肩で息をする。震える手で南蛮銃を再び見つめた。
意味。
この授業の意味とは何だったのか。
きっとそれは、極限状態の戦いで『選択肢』を増やすことだった。
氷柱・明道ゆきは知謀の剣士だ。ただの知略のみで兄貴や悲鳴嶼さんと同じ『柱』の地位を戴いてみせた。兄貴や悲鳴嶼さんは強い。強いと言う言葉で終わらせてしまうには勿体ないくらい強い。その二人の武力に値する知略を明道さんは有している。
明道さんは弱い。でも、強い。
如何なる状況でも、生き残るための様々な道筋を考え、実行することができるからだ。
極限状態に陥ると、一つの道ばかりに目が向くようになる。だが、その状態でもあらゆる生き残る道を考えてみせろ、と明道さんは教えてくれていたのだろう。戦術・戦略の授業をしたことも戦いの選択肢を増やすため。極限状態で授業をしたのも、戦地で最善の選択をできるようにするためだったのだ。
だが、これが合っているのかは分からない。柱稽古を考案したのはお館様だと聞いたため、もしかしたら他の理由があるのかもしれない。それでも、俺はこの稽古で『何か』得た気がするのだ。他の柱稽古で成長したように、氷柱稽古を受けて、更にのびたと思う。
(にいちゃん、いや、兄貴)
俺、もっと強くなる。兄貴が鬼殺隊を辞めろと言ったり、お前なんて知らないと言ったりするのも何か理由があると思うんだ。本当に優しい兄貴だったから、きっと。強くなって、兄貴が認めざるをえないくらい強くなって、そして、謝るんだ。そして、いつの日にか――――。
そこまで考えた時、背後から炭治郎の「玄弥〜!」と言う声が聞こえてきた。多分、戦いが終わったのだろう。俺は先程倒した隊士を小脇に抱えて歩き出した。