氷柱は人生の選択肢が見える   作:だら子

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其の二十七: 「恋柱は想う」

「ゆきちゃんとこうしてお八つを一緒に食べるのは、本当に久しぶりね!」

 

私、甘露寺蜜璃は嬉しさを隠せない声色で言葉を紡ぐ。洋風の机の向こう側にいる女性――ゆきちゃんへと笑みを浮かべた。

 

目の前のゆきちゃんはフォークとナイフでパンケーキを切り分けていた。パンケーキにはたっぷりの蜂蜜と、どろりと溶けたバターがかかっている。百貨店さながらの自信作のパンケーキを見て、自分の口から涎が出そうになるのが分かった。

 

私の視線と言葉を受けたゆきちゃんはその手を少し止めた後、目線を上げる。痣のような縦傷の入った青緑の左目と、黒の右目を細め、小さく笑ってみせた。

 

「ええ、そうですね。蜜璃のパンケーキは相変わらずおいしい」

「えへへ。ゆきちゃんが来るから今日は特にがんばっちゃった!

あっ、話は変わるんだけど、ゆきちゃんのところに炭治郎くん達は来たかしら?」

「来ましたよ。今は悲鳴嶼殿のところにいるのではないでしょうか」

「そうなのねぇ。もうそんなところにいるのね、良かった!」

「ええ」

「それにしても、今日のお茶会、しのぶちゃんも来れたらよかったのにね」

「流石にこの時期に柱が三人も一堂に会するのは難しいでしょう。それにしのぶは今、柱稽古にも参加せず、お館様からの別任務に励んでいるようですし」

 

そうよね。そうだわ。仕方がないことね。

 

目線を下げ、パンケーキを見つめる。脳裏に浮かぶのは、忙しそうに働くしのぶちゃんの横顔だ。

 

ゆきちゃんに言われなくとも私は理解していた。しのぶちゃんもゆきちゃんも非常に多忙だ。自分で言うのもなんだが、私も常に任務が入り、中々お休みは取れない。だからこそ、柱稽古の最中、こうして数時間だけでもゆきちゃんと予定が合ったことは幸運なのだ。

 

(それでも、)

 

やっぱりゆきちゃんとしのぶちゃんと私の三人でお茶会をしたかった。だって彼女達は私の大切なお友達だもの。それに、現在、柱で女性なのは自分を含めてたった三人だけ。折角なのだから同じ立場の人間であり、お友達でもある二人と一緒におしゃべりしたかった。

 

(でも、わがままはいけないわ、私)

 

しのぶちゃんだって、嫌でこのお茶会に来なかったわけじゃない。確かに、しのぶちゃんとゆきちゃんはちょっぴりピリピリしたような会話を偶にするから、傍から見たら仲が悪そうに思うかもしれないわ。だから、しのぶちゃんがお茶会に来なかったんじゃないかと、そう感じる人もいるでしょうね。でも、しのぶちゃんもゆきちゃんも本心からお互いを嫌っているわけじゃないのだ。二人とも不器用なだけで、ちゃんとお友達の関係だと私は思っている。だから、しのぶちゃんもきっとこのお茶会に来たかったはずなのだ。

 

(来れないのは仕方がない、仕方がないわね)

 

そう、しのぶちゃんはお仕事なのだ。彼女には毒に詳しいという、他の柱にはない強みを持っている。きっと私にはできないような仕事をしのぶちゃんは受け持っているのだろう。忙しいのはどの柱にも言えることだけど、戦いの分野が違う彼女は、他の人とは別方向に忙しい。

 

ちょっと難しい表情をしながら私はパンケーキのかけらをフォークで刺す。そのままひょいと口に運んだ。瞬間、じんわりと口内で広がる甘さに顔が緩むのが分かる。もやもやしていた気持ちが少しだけ晴れていった。

 

(やっぱりパンケーキはおいしい!)

 

とってもふわふわで、甘くて、幸せ気分になっちゃう。パンケーキは特に美味しくて何皿でも食べられちゃうわ。初めて百貨店でこのパンケーキを食べた時は感動したもの。みんながこぞって「美味しい」っていう気持ち、本当に分かるわ。調理方法を隠の人から教わることができて良かった。

 

手を頬に添えてパンケーキを噛みしめる。ごくりと飲み込むと、もっとパンケーキを食べたくなった。勢いのままひょいひょいと口にどんどんと詰め込んでいく。数分もすれば周りに沢山のお皿が積みあがっていった。とっても幸せで、おいしくて、私は思わず声を上げる。

 

「超絶おいしいわ~~~!」

「ええ、本当に」

 

ゆきちゃんもおいしそうで良かった。そう思ってニコニコと笑いながらパッと彼女に目を向けると、パンケーキがまだ半分も減っていないことに気が付く。私はそれを見て、フォークを動かす手が止まった。

 

(ゆ……ゆきちゃん……)

 

全然食べてないわ!

 

ピッシャーンと自分の背後に雷が落ちるのが分かった。驚きを抑えるために再びパクリとパンケーキを頬張る。やっぱりおいしい。何でこんなに食べることって幸せな気持ちになるのかしら……そうじゃないわ、私。ゆきちゃんのことを考えなきゃ。

高速で手を動かして口の中にパンケーキを放り込む。更にどんどんと自分の周りにお皿が積み重なっていくのを尻目に、ぐるぐると考え始めた。

 

(前まではゆきちゃん、もっと食べていたはずよね)

 

やっぱり、冨岡さんが死んじゃったから。

だから、ゆきちゃん、食欲がないのかしら。

 

半々羽織を着た冨岡さんの後ろ姿がぼんやりと頭の中に浮かんだ。

無口で無表情だけど、とっても優しくて誰かのために命を懸けられる人。それが私、甘露寺蜜璃の知る、冨岡義勇という男性だ。

 

冨岡さんとは、ほんの少しだけ任務で一緒になったことがあった。彼は私をさりげなく助けてくれたり、戦闘中、援護してくれたりして、キュンとしたことを今でも覚えている。他の柱の人達と同じで凄く強い人だったから、死んでしまったことが信じられないわ。でも、どんなに強い剣士の人でも、死ぬときはあっさりと死ぬ。それが鬼との戦い。それが怪我を瞬時に再生できない人間の脆さ。

 

(冨岡さん……)

 

冨岡さんと聞いて私が思い出すのは、彼の後ろ姿だ。冨岡さんは人と関わることが少なく、いつも遠くを見ていた気がする。それが印象的で、私の記憶に残る冨岡さんは半々羽織を着た後ろ姿ばかりだ。

 

それでも、私と冨岡さんの関わり合いがなかったわけじゃない。一度、柱模擬戦で煉獄さん、しのぶちゃん、ゆきちゃん、冨岡さん、私で隊を組んだ時は打ち上げに牛鍋を食べに行ったこともある。それからというもの、五人で食事に行くことが度々あったが、あまり冨岡さんとはお話しできなかった。

 

(冨岡さんと話すことが多い人って、しのぶちゃんとゆきちゃんの二人くらいかしら)

 

多分、二人は冨岡さんとの合同任務が多いから、一緒にいる姿をよく見たのだろう。もっと私も二人と同じように冨岡さんと仲良くなりたかった。冨岡さんは優しい人だと一緒に仕事や食事会をして気がついていたから。冨岡さんは何も語らない方だけど誰かの為に命を懸けて戦うことができる人。そんな素敵な人とは仲良くなりたいと思うのは仕方がないことだと思うの。

 

だから私は隠の人に冨岡さんについて聞くことに決めた。何人かから話を聞いて何日か経ったある時、とんでもないお話を聞いちゃったの。

 

――――冨岡さんとゆきちゃんが劇を一緒に観に行ったり、文通したりしてるってことを。

 

思わず私はその場で「キャーー〜〜ッ! それって、やっぱりそういうことなの?!」と声を上げてしまった。だってビックリして、ドキドキしちゃったんだもの。冨岡さんとゆきちゃんよ? そういう素振りなんて全然見せてなかったのよ、あの二人。

 

確かに、冨岡さんは柱合会議でゆきちゃんに視線を向けることが多かった気がする。ゆきちゃんも会議では冨岡さんを度々補助していた。やっぱり、そういうことなのね。キュンと胸が高鳴り、顔が赤くなった。ススと右手を胸の辺りに当てる。なんだか私は幸せな気持ちでいっぱいだった。フゥと息を吐きながら目を閉じて思い出すのは、冨岡さんとゆきちゃんだ。二人が仲良く肩を並べて歩く様子を想像して、私は「ふふ」と笑った。

 

「素敵ね。凄く素敵。冨岡さんとゆきちゃん、とってもお似合いね」

 

冨岡さんは物静かな人だけど、とても優しい男性だ。ゆきちゃんも落ち着いた人で、優しくて、私の自慢の友人。素敵な二人が好い関係だと知って、心がポカポカしてくるのが分かった。

 

お友達が幸せだと思うと自分も幸せになってくる。ゆきちゃんも、しのぶちゃんも私の大切な人だもの。二人には幸せになって欲しい。だって、ゆきちゃんもしのぶちゃんもすっごく一生懸命で良い人なの。私みたいな、おかしな髪色で、人よりも食べる女に対して、普通に接してくれた。二人とも誰よりも努力して、類稀な技術や知を磨き、誰よりも人々のために戦っている。私には無いものを彼女達は持っていた。本当に素敵な、自慢のお友達。

 

「いつか、私にも素敵な殿方が現れたら、」

 

その時は絶対にゆきちゃんと恋話をしなくちゃ。うん、決まりよ。

 

ゆきちゃんのことだから、私に好い人がいない状態だと恋話なんてしてくれないだろう。ゆきちゃんって何でもない顔をしながら凄く人に気を遣っている子なのよね。ゆきちゃんをよくよく見ていると、一人一人に対して微妙に対応を変えているの。すごいと思わず感心しちゃったわ。それをゆきちゃんに言ったら、彼女はキョトンとした顔をした後、「……選択s……ッいえ、させられていると言いますか、何と言いますか……。まあ、必要なことだから、とでも言っておきます」と決まりが悪そうに言っていた。

 

(ゆきちゃんだけじゃなく、しのぶちゃんとも恋話ができたら、もっと素敵ね)

 

三人で好きな殿方について語り合うの。顔を寄せ合って、コソコソと話しながら、時折フフと笑い合う。桜の下で流行りの着物を着て、好い人から頂いた簪を揺らしながら、桜餅を食べたいわ。しのぶちゃんもゆきちゃんも可愛いから、おめかししたら凄く美人さんになると思うの。二人と一緒にたわいもない話ができたら、きっと、とっても楽しいわ。

 

そんな『もしも』を考えて、私は目を細める。いつか実現させたい『夢』を妄想して、幸せに浸った。

 

――――だから、冨岡さんが殉職したと聞いた時は本当に驚いた。

 

驚いて、本当に驚いて、苦しくて、悲しかった。幸せが崩れる時はいつだって突然で、『もしも』が実現することはとても少ない。鬼殺隊になってから幾度となく味わった悲しみと苦しみだった。そして、最後にゆきちゃんの涙を見て、もっと苦しくて、悲しくて、どうしたらいいか分からなかった。

 

「ゆきちゃん、大丈夫?」

 

この言葉すら彼女にかけられなかった。ゆきちゃんがあまりにも泣いているから。私ではどうしようもなかったのだ。あの涙が拭えるのは、きっと、冨岡さんだけだった。

 

ゆきちゃんが泣いているのは私、初めて見たわ。彼女はいつだって余裕で、自分に自信を持っていた。多分、今回、ゆきちゃんの策が上手く作用しなくて、そのせいで冨岡さんは死んでしまったのだと思う。身を裂くような後悔から彼女は泣いていたんだろう。

 

――――思えば、ゆきちゃんはここ最近、無理をしがちだった。

 

無限列車での任務の時から彼女はおかしかったと思う。あの時は本当にギョッとしちゃったわ。煉獄さん達とゆきちゃんの下に向かったら彼女の腕がなくなっていたんだもの。びっくりして、それと同時に凄く悲しかった。

 

(ああ、またゆきちゃんは、)

 

無理をしている。誰に話すこともなく、戦おうとしている。そう思って胸が締め付けられたことを今でも覚えているわ。

 

ゆきちゃんって、周りから何て言われていると思う? 『智謀の剣士』って呼ばれているのよ。ゆきちゃんは武力では他の柱には絶対に敵わないけど、策を練るのが凄く上手いの。私も何度もゆきちゃんの作戦に助けられた。彼女と一緒に戦うと、本当にスパスパと早く鬼を切ることが出来たわ。凄いわよね。他の柱の人達もとっても努力して、この地位を戴いていらっしゃるけど、ゆきちゃんも同じくらい頑張ったのだと思う。

 

だからこそ、ゆきちゃんは剣士としての才はないのに、いや、剣の才能がないからこそ、ここぞという時に自分を危ない場所に配置してしまうのだ。

 

ゆきちゃんは賢い。多分、私が考えているよりもずっとずっと賢いのだろう。ゆきちゃんは剣の才がない剣士だから、色々なことを考えて、苦悩して、決断して、今まで戦ってきたのだと思う。その中で、捨ててしまった命もあったに違いないわ。煉獄さんがゆきちゃんを『少々危険な人物だ』と称しているのを聞いたことがあるの。きっと、ゆきちゃんは勝つために少数側の命達を捨ててきたのね。それも、意図的に。

 

それは許されないこと。人として、絶対に許されないこと。だけど、それを責めるなんて真似は出来なかった。だって、ゆきちゃんは誰よりもそのことを理解して、分かっていたから。だから、ゆきちゃんはギリギリまで自分の身を削り、一人でどうにかしようとしちゃうの。

 

私の推測でしかないけれど、冨岡さんはゆきちゃんが無理しがちなのを分かっていたんじゃないかしら。だから、ゆきちゃんが自分の身を削らないように冨岡さんが代わりに戦場へ出た。その結果が冨岡さんの殉職なのだと思う。

 

「ゆきちゃんも冨岡さんもお互いが好きなのに、好きだったのに」

 

どうして死んで欲しくない人が死んでしまうんだろう。どうして悲しみが増えてしまうんだろう。

 

――――原因なんて分かっていた。

鬼がいるから、鬼舞辻無惨がいるから。

だから、まだ悲しみが続いている。

 

鬼舞辻無惨がいなくても沢山の悲しみは人々の前に現れるのだろう。でも、鬼舞辻無惨さえいなければ現れなかった悲しみがある。だから、私は頑張ろうって思うの。これ以上、私の大切な人達が死なないために。もう誰かが涙を流さなくなりますように、そう願って戦うのだ。

 

(そうね。そうよね、甘露寺蜜璃。もう誰も死なせたくない)

 

私は静かに前を見据える。そこにはパンケーキを頬張るゆきちゃんがいた。彼女のパンケーキのお皿を見ると、さっきよりも減っているのが分かる。思ったよりも私は考えに耽ていたらしい。パンケーキでちょっぴり表情が和らいでいる彼女を見て、私は小さく笑いかけた。

 

「ねえ、ゆきちゃん」

「どうしましたか」

「私、頑張るわね」

 

――――私、ゆきちゃんのこと大好きよ。

 

穏やかに笑う顔も、作戦を練る時の顔も。ちょっぴり意地っ張りで、努力家で、人々のために戦うところも、大好きよ。

 

もしかしたらこの先、ゆきちゃんの策略で私が死ぬことになるかもしれない。彼女が切り捨てた『少』側の人間になることだってあり得る。――――でも、それでも。それで良いと思えた。ゆきちゃんは誰かを切り捨てる時、本当に苦悩して、後悔して、決断する人だと知っているから。誰よりも悩んで、でも、この策でしか『勝利』はないと確信した上で、命を切り捨ててくれるから。そして、ゆきちゃんの策の『その先』に、必ずみんなの勝利があると確信しているから。

 

だから、だから――――私はゆきちゃんに命を預けられる。

ゆきちゃんの策に、命を賭けられる。

 

沢山の命を救うため、誰かの悲しみを増やさないため、仲間のため、お友達のためなら。そのためなら、私は戦えるのだ。

 

脳裏に浮かぶのは沢山の大切な人達。伊黒さん、しのぶちゃん、お館様、色々な人達が浮かんでは消えていく。

 

目を細めながら再び私、甘露寺蜜璃は笑った。




▼氷柱コソコソ裏話

柱模擬線で恋柱・水柱・炎柱・蟲柱と一緒に隊を組んでから、明道が度々この四人と共に牛鍋を食べに言っていたという裏話がある。
明道の好物は牛鍋なので、当初、彼女はウキウキとしてたのだが、何故か周りの四人から器によそわれるのが野菜ばかりという事態に。明道は野菜が苦手なのでいじめを受けているのかとショックを受ける羽目に。

実は、周りは明道の好物を野菜だと勘違いしているので、良かれと思って明道の器に野菜を入れてあげていただけ。余談だが、明道の好物が野菜だと広めたのは冨岡。

「以前の任務で明道と共に藤の家に泊まった時……。明道の食事は野菜ばかりの食事だった。俺の方には肉があったというのに。きっと、明道はわざわざ野菜だけの食事にするよう、藤の家の方々に頼んだのだろう。それくらい野菜が好きなのだと思う。
ならば、共に鍋を囲うというなら、野菜を多めに明道にわけよう。きっと喜ぶ。ムフフ」

(※ただ単に藤の家の人が明道の食事を間違えて野菜オンリーにしてしまっただけ)

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