俺の名前は冨岡義勇。
一応、お館様から『柱』の位を頂いている水の呼吸の使い手だ。
俺は今、縁側に腰掛けながらとある二人の柱の練習試合を見ている。一人は炎柱の煉獄杏寿郎、もう一人は氷柱だ。二人とも日輪刀ではなく竹刀を使っての練習試合をしていた。本来、柱同士の戦いなら己の呼吸の良さを存分に使った良き戦いが観れるのだろう。だが、今回ばかりは違った。何故なら、炎柱の煉獄が戦っているのが氷柱だからだ。
「むう! 前より強くなったな。中々攻撃が通らない!!」
「煉獄にそう言われると自信が湧きますね」
煉獄が嬉しそうに声を上げると氷柱は小さく笑みを浮かべる。ここの会話を聞いておかしいと思った者もいるだろう。まるで先生と生徒の会話のようだと。現に、戦いで付いた汚れは氷柱の方が炎柱の煉獄より遥かに多かった。柱同士の戦いでこれは明らかに不自然だ。
この戦いで分かることはただ一つ。
氷柱の剣士としての実力は柱に至っていないということだ。
(普通であれば彼女は『氷柱』になるべきではない。だが、彼女は柱になるべき人間だ)
矛盾した考えだが、この考えが正しいからこそ彼女は柱に至った。氷柱たる彼女は確かに剣客としての才能はない。しかし、別の分野――――戦術・戦略家として優秀だったのだ。
今、氷柱は炎柱の煉獄杏寿郎と一対一で戦っている。ただ純粋に剣の腕を磨くためだけの戦いだ。彼女は確実に炎柱に負けるだろう。だが、これがもしも隊単位での戦いなら話は違ってくる。例えば、勝利条件は隊長を倒すことで、お互いが一般人二名と階級甲の隊士一名を連れて山の中で戦え、と言われた場合。
この場合、必ずと言っていいほど氷柱が勝利するのだ。
彼女は圧倒的な空間把握能力と頭の回転の速さ、並びに、人をいかに上手く使えば労力が少なく敵を倒せるかという戦術の組み立てに優れていた。初めての森でさえ、まるで見知った場所かのように全速力で駆けることが可能。その上、そこに予知じみた戦略が加わるのだからスキがない。
その彼女の優秀な頭のおかげで、『氷柱の率いる隊に入れば絶対に生き残れる』と言われるほどだ。まあ、『絶対に』生き残れるわけではないが、氷柱が率いた隊の生存率は八割を超えていた。驚異の生存率だ。
(だが、それでも彼女が『柱』に至るのは難しいと考えられていた)
戦闘能力面からみて、柱になる条件である『十二鬼月の打倒』もしくは『鬼を五十体倒す』のは難しく、柱にはなれないだろうと言われていたのだ。彼女が任務に加わった隊全体が倒した鬼の数は多いが、自身が実際に頸を切った鬼の数は少ないという矛盾を抱えていたからである。
しかし、ある時、彼女は下弦の参、肆の二体から負傷した隊士二名と村人三十名を守り切り、下弦の肆の打倒に成功した。
これだけ聞けばまるで一人で下弦の肆を殺したかのように聞こえるが、実際に倒したのは負傷した隊士だという。本来なら彼女ではなく負傷した隊士が下弦の肆を殺したことになるのだろうが、この時ばかりは少し事情が違ったのだ。のちに、下弦の肆を殺した隊士はこう語った。
「確かに私は下弦の肆の頸を切りました。切りましたが――本当に倒したのは私ではありません。彼女です。彼女の戦略がなければ一般人を守ることも、下弦の肆を殺すことすらもできなかったでしょう」
これを受けて、お館様は特例として『戦略に優れた隊士』を氷柱として迎えることに決めた。戦略をもってして下弦の肆を倒した者だからと。勿論、反対の声は上がった。彼女が氷柱になるには他の柱より剣士としての腕が明らかに劣っていたからだ。しかし、時が経つにつれ、その声も減っていった。
(……やはり柱になる者は才ある人間ばかりだ。他の柱にしても皆、強い)
俺は柱に相応しくない。最終選別も死んだ錆兎のおかげで越えられたようなものだ。本来なら錆兎が水柱になるべきだった。だが、彼はもういない。いないのだ。生き恥を晒すようだが、錆兎の代わりに水柱に任命されたのなら最後まで務めなくては。
そう考えていると自分に誰かの影がかかった。顔を上げると左目が青緑色で右目が黒色の白髪の女性がこちらを見ている。女性――先程まで煉獄と戦っていた氷柱だ。どうやら俺があれこれ考えている間に試合は終わっていたらしい。既に恋柱の甘露寺と蛇柱の伊黒の練習試合が始まっていた。
「大丈夫ですか、冨岡。何やら思い詰めた顔をしていましたが」
「……何故そう思う?」
「見たら分かりますよ。あまり暗い顔をしないでください。ほら、おまんじゅうでも食べましょう」
穏やかに微笑みながら饅頭をつきだす氷柱に面食らう。無言でおずおずと饅頭を受けとり、首を傾げた。
(何故、彼女は俺の考えていることが分かるのだろうか)
俺が一しか発言していなくても、彼女だけは十のことが分かるようだった。度々「冨岡、言葉が足りていませんよ」と俺の発言を補足してくれるのだ。縦に傷の入った青緑色の左目と黒色の右目を蔦子姉さんのように優しげに細めながら。
それもあってか、氷柱との任務は非常にやりやすかった。俺が考えていることを見越して戦ってくれているので攻撃のみに専念できるからだ。後ろを見る必要はなく、前だけ向いていればいい。
(彼女との戦いには安心感というものがある。戦闘中にはあまり抱いてはいけない感情だが…)
恋柱と蛇柱の戦闘を眺める氷柱の彼女を横目で見る。素直に青緑色の左目が綺麗だと思った。彼女の日輪刀と同じ青緑色の左の瞳。適性が氷の呼吸の者の日輪刀は青緑色になることが多い。恐らく、氷は水と風の呼吸の派生だからだろう。水の青色と風の緑色が混ざったような青緑色になるのだ。
また、彼女の青緑色の瞳は綺麗なだけではなく、鬼の探知ができる珍しい目だった。鬼の居場所やその人物が鬼かどうかを判断できる目らしい。『鬼の目』と称されるそれは『鬼』と付くはずなのに酷く美しかった。
そこまで思考して、俺は一息つく。
(…氷柱には剣士としての才能はない。だが、知に優れ、人を必死に守ろうとしている)
人を守るため更に隊士達を増やし、強化するべく、彼女は氷柱になる条件に『鬼狩りを養成する学び舎を作ること』をお館様にお願いしたのだという。育手が各地にいるのだから必要ないのでは、という声もあったが、氷柱はこう言った。
「確かに従来通りの育手制度も悪くはありません。少人数での、一人一人のことを育手自らがよく考えた教育は優れた剣客を生み出します」
「では、今まで通りで構わないのでは?」
「育手制度には短所も多く存在します。一例として挙げられるのは『酷い育手に当たれば剣士としての道が途絶える』『合わない呼吸を覚えてしまう』などですね。学び舎制度になれば全ての呼吸を経験してもらい、その人物に合った呼吸を効率的に覚えさせることができる」
「なるほどね。だが、学び舎を作るに当たって教える人物に当てはあるのかい? 生徒はどこから確保してくる? 例えば孤児を生徒にするにして、彼らの宿舎や鬼狩りを諦めた際の他の道を示す方法は?」
「大丈夫です、決めております」
少し強張った顔だったが、確かにはっきりと氷柱は言っていた。随分と真っ直ぐな瞳をする女性だと思ったものだ。ちなみに、この会話は偶然耳に入ってしまったものである。聞くつもりはなかった。
これは余談になるが、氷柱と俺が初めて出会ったのは彼女がその会話を終えた後、廊下でばったり会ってしまったことがきっかけだ。その際、彼女は沢山の資料を抱えており、俺に遭遇したことに驚いたのか紙をぶちまけてしまった。拾うのを手伝ったことから氷柱との交流が始まったのである。
当時のことを思い出しながら饅頭を口に含む。酷く甘い味がした。
(彼女と交流するようになってからは色々あったな…)
文通をするだけではなく、芝居を観に行ったり、流行りのカフェーに行ったりもした。一時期、彼女と何度もばったり会うこと多々があり、「折角だから行きませんか?」と言われたのだ。芝居だのカフェーだのは行ったことはなかったが、行ってみれば中々興味深かったな。特にプリンアラモードというのを食べる彼女は幸せそうだった。
考え事をしながら食べると食べ物は直ぐになくなるらしい。彼女からもらった饅頭はもうなくなってしまっていた。饅頭を包む紙を綺麗に折りたたみ、ふうと息を吐く。それと同時に茶が飲みたいなと思った。その瞬間、すかさず横から湯のみが差し出される。
「冨岡、飲みますか? 隠の方が入れてきてくれたんです」
「…ああ」
本当に彼女は俺の心を読んでいるような気さえしてくる。本人に真面目な顔で一度聞いたことがあるが、「そんな、まさか!」と笑われてしまった。鼻がいいだの、耳がいいだの、そういうわけではないみたいだ。ひとえに氷柱の頭が良いから俺の言動を予測してしまうだけかもしれない。
彼女から茶を受けとり、ズッと啜ると身体が温かくなる。身体どころか、心も何故かホワ…と温かくなるのを感じた。それに再び首を傾げ、胸を押さえてみる。彼女と会話すると胸がホワホワするのはどうしてなのだろうか。
(まあ、いいか)
悪くはない気持ちだ。特に考えなくても良いだろう。そう判断して、俺はもう一度茶をすすった。