氷柱は人生の選択肢が見える   作:だら子

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其の五: 「風柱は認めない」

俺、不死川実弥には嫌いな人間がいる。

――――氷柱の地位に就く女だ。

 

氷柱は現在、俺の隣でほけほけと笑いながら三色団子を頬張っていた。左目に大きな傷跡があるそいつは、その目を細めながら食事を楽しんでいる。対して、女の横にいる俺は貧乏ゆすりをしていた。小さな咀嚼音が横から聞こえてくるだけで舌打ちを零したくなる。俺のイラつき具合を見た氷柱の阿婆擦れ女はボケたことを抜かし始めた。

 

「不死川も団子を食べたかったですか? いや、この場合はおはぎの方がよかったでしょうか。貴方の好物と聞きましたし」

「いらねぇ」

 

この女、俺の好物をどこで把握しやがった。これだからこいつは嫌いなんだ。いつの間にか様々な情報をどこからか仕入れ、俺が一番嫌がる場面でサラリとその情報を暴露する。タチが悪いどころの話じゃねえ。性格がねじ曲がってやがる。

 

(この女とまた任務かよ)

 

デカいため息を吐く。左目傷女とは呼吸の相性もあり、共に任務に就く回数が他よりも多めだ。先程あった柱合会議の前にもこの女との合同任務だったくらいである。奴との任務の頻度は推して図るべし、だ。

 

(ああ、お館様。何故こいつと俺が組まねばならないのですか。左目傷女と組ませるのは冨岡もしくは他の柱で良いでしょう)

 

心の中でお館様に語りかけるも、彼は笑うばかりで何も言ってくれなかった。想像ではなく本当のお館様なら何か良い提案をしてくれたのだろうが、自分の頭ではこれが限界のようである。その事実に気が付き、再びため息を吐く。

 

何故、ここまで俺は氷柱が嫌いなのか?

理由は二つある。

 

一つは女の性格だ。

 

奴の性格を語るにあたって外せないのが『頭脳』である。あの女は知略のみで柱に上り詰めた実績があるように、頭脳だけは一級品だ。鬼殺隊に所属する隊士全員の名前と顔、並びに使用する呼吸や一人一人に至る癖まで完璧に記憶。それだけには飽きたらず、膨大な量の本を読み込み、ありとあらゆる知識を所持している。奴の頭脳は『歩く図書館』と言っても過言ではない。

 

氷柱の頭は鬼殺隊になくてはならないものである――腹立たしいが、その点に関しては認めざるを得ないだろう。

 

(その分、剣士としての腕は中堅程度しかねえが)

 

あの女は柱になったというのに剣の才能がてんでなかった。剣客としてなら二流、三流がいいところだろう。炎柱の煉獄や風柱の俺が氷柱と会うたびに訓練をつけてやっているというのに中々成長が見られないのだ。恐らく、あいつの才はアレが限界。天井が既に見えてしまっている。今後、もしも成長が見られるとしても『攻撃を避ける技術が多少向上した』程度しかないに違いない。

 

だからこそ、あの女が氷柱になったのは驚くべきことだった。

 

基本的に鬼殺隊は絶対実力主義だ。謂わば剣の腕が隊での地位の高さといっていい。それなのにも関わらず、剣の才がないものが柱になった――特例もいいところだ。この話をすると大概が「蟲柱の胡蝶しのぶも鬼の首を切れない代わりに奴らを殺せる毒を開発し、それが評価されて柱になれたではないか」というのだが、胡蝶は違う。蟲柱・胡蝶しのぶは腕力こそないが、剣の腕は確かだ。

 

つまり、これらが意味するのは剣の腕を差し引いても左目傷女の頭脳が重要だということである。

 

(そこまでならまだ良かったんだがな)

 

――――あの女は、あの氷柱の地位を戴く女は、人でなしだった。

 

予知じみた知略を持ち、圧倒的な空間把握能力、指揮官としての能力の高さ。あらゆる可能性を考慮して戦略を練り、隊士に怪我を負わせず、鬼を狩る効率のよさ。あれは氷柱にしかできない所業だろう。故に、最初の間は俺も氷柱を何だかんだで認めていた。奴の剣士としての弱さに呆れながらも受け入れていたのだ。

 

とある合同任務で氷柱への認識を改めるまでは。

 

その任務ではいつものように指揮が氷柱、切り込み隊長が俺という役割で進めていた。その中で、奴へ向ける信頼が変わったのは鬼を粗方処理し、最後の鬼を倒そうとした時である。

 

最後の鬼へ俺が斬りかかり、頸を刎ねるつもりで刀を右から左に動かした際、マズイことが起こった。雨でぬかるんだ地面のせいで足を滑らせてしまったのだ。結果、鬼の頸をはねることはできず、首付近の肉をえぐるだけで終わってしまったのである。いつもの俺ならするはずがない失態に思わず内心で舌打ちをこぼしたものだ。それと同時に失敗に後悔するよりも早く、俺は口を開く。

 

「頸を落とし損ね―――」

「―――不死川、大丈夫ですか」

 

こちらが言葉を口にするよりも早く、氷柱が先程の鬼の頸を切っていた。奴は既に刀を鞘へ納めており、心配そうな表情でこちらを見ている。普段の俺ならば悪態を吐きながらも礼を言ったのだろう。だが、言えなかった。説明し難い違和感を覚えたからだ。

 

(この女は何故、鬼の頸を切れた?)

 

氷柱は己が知略でのし上がっただけの三流剣客だ。そんな奴が俺の失態に気がつき、こちらが声を上げるより先に鬼の頸を素早く切れるものだろうか。答えは否だ。他の柱なら簡単にやってくれるだろう。だが、氷柱は出来ない。いや、言い方が悪いな。失態には気がつくが、俺が叫ぶよりも速く動けないのだ。奴はそういう剣士だった。

 

では、何故、氷柱は頸を切れたのか。

浮かび上がる考えはただ一つ。

 

『不死川は失態を演ずる』と確信していたのだ。

 

氷柱は剣士としての才がない代わりに様々な可能性を考慮して戦略を練っている。普段の凡人っぷりからは考えられないほど、奴は戦略に関して驚異的だった。作戦会議の段階でも「もしもこの策がダメならこちらの策で頼みます」と、必ず失敗した場合の案を組み込んでくる。故にあの女が『不死川が鬼の頸を刎ね損なう』と事前に予測していてもおかしくないのだ。

 

もし俺の考えが合っているとするならば、それは。それは――――…。

 

(氷柱は俺達仲間を根本的に信頼していないことに繋がる)

 

老婆のような白髪をなびかせ、左右で色が異なる目を細めながら、あの女は常々こう言っていた。

 

「信頼していますよ」

「不死川なら必ずやってくれるでしょう?」

「流石は不死川ですね!」

 

今なら分かる。アレは俺を信頼しているために出た言葉ではなかった。あの女自身の頭脳が分析した『不死川』なら、必ず作戦を遂行するだろうと思っていたのだ。俺が今回失態を演ずるのも知っていたのだろう。あいつならそれくらいやってのける。全隊士のその日の精神・身体の状態、出せる呼吸の威力、全てを頭に入れている左目傷女なら。

 

そう考えた時、胸の奥がムカムカとした。歯をギリギリと噛みしめる。感じたことのない感情だった。どう言葉にしたらいいのか分からない。何も説明できない状況だが、これだけは理解していた。

 

(こいつは誰一人として信用してねえ)

 

鬼を切った先程の奴の行動は『失態くらい考慮に入れていましたよ。次の策があります。心配しないで。二番目の策通りに行動しましょう』というのとは訳が違う。きっとこの女は元々俺が失敗することを前提で策を練っていた。そう、こいつは仲間を信頼なんてしていなかったのだ。恐らく自分自身しか信じていない。己が信じた頭脳が下した判断しか信頼していないのだ。この女が「信頼していますよ」と言ったのは自分に対しての言葉だったのだろう。

 

――――氷柱はとんでもない『人でなし』だ。

 

「ふざけるんじゃねえ」

「不死川? どうかしましたか?」

 

知らず知らずの間に俺は吐き捨てるように言葉を口にしていた。不思議そうに首をかしげる氷柱を無視して歩き出す。「不死川?! 何処へ?!」という声を遮断して俺は走った。説明できない胸の奥のムカムカはいつしか燃えたぎるような怒りに変わっていたからだ。慣れ親しんだ『怒り』という感情に俺は唇を噛みしめる。

 

(腹が立つ。腹が立つ)

 

失態を犯す自分自身にも、それを予測する氷柱にも。あの女にとっては誰が失敗してもどうでもいいのだろう。それを予期した上で作戦を練ることができるからだ。戦略予測を一般隊士に対して行うならまだいい。だが、この俺にまでそれを適応してくるのは何故だか納得がいかなかった。チッ、何で俺は腑に落ちねえんだ。あの女が失敗を予測して作戦を練るのは鬼殺隊にとっては利益になる。奴の性格が人でなしだったところでどうした。鬼殺に支障がでないなら問題なんてねえだろう。

 

「どうして腹が立ってんだ、俺は」

 

腹が煮え繰り返るような怒りに身を委ねながら首を傾げる。考えて、考えて、考えて。それでも分からなかった。故に俺は『女の性格が嫌いなのだ』と仮の結論を下したのである。

 

 

――――次に二つ目。

俺が氷柱が嫌いな理由のうちのもう一つは奴の『考え』だった。

 

それを直に実感したのはあの女へ怒りを抱いた任務から更に数日後のことである。その日もまた氷柱との合同での仕事でうんざりしたものだ。だが、仕事は仕事。敬愛するお館様の命に背くことはできない。仕方がなく奴との任務に励んだ。

 

「――これで任務は終いだな」

 

全ての鬼を殺し終わり、チンと刀を鞘に納める。隣にいた一般隊士に「風柱様、お疲れ様です」と言われたため、それに「おう」と返した。刀の柄を撫でながら人知れずため息を吐く。

 

(腹立たしいが、やっぱりあのクソ女との任務は早く終わるな…)

 

またもや胃からムカムカした怒りが込み上げて来た時、不意に気がついた。女が俺の隣に居ないのだ。忽然と消えた氷柱の姿を思い浮かべて舌打ちを零す。あのバカ、どこ行きやがった。ムカつく奴だが、何も言わずに消えるような人間じゃねえ。何かあったのかと思い、隊士達に「氷柱を探してくる」と告げてその場から離れた。

 

そして、俺は目にするのだ。

消えゆく鬼を見て、氷柱がこう言っている場面を。

 

「哀れな鬼に魂の救済を」

 

何を言ってやがるんだ、この女は。

 

救済? 哀れな鬼? 人を殺し、人を喰った、人の敵に対して何故そんな言葉が吐ける? その鬼のせいで何人死んだ。そいつは民間人だけではなく、仲間の隊士達も殺している。亡くなった者達、それに加えて彼らと親しかった人達の想いを考えられないのか。

 

確かに鬼は元々人間だ。だが、奴らは罪を犯した。例え鬼になることを望んでいなくても人を殺したことには変わりない。誰かにとって大事な『人』を殺害したことに変わりはないのだ。だから、俺達鬼殺隊は鬼を殺す。守るべき人間を守るために。誰かの悲しみを増やさないために。

 

(俺達は鬼を殺す。そこに鬼の救済など必要ない)

 

それなのに、それなのに、この女は『哀れな鬼に魂の救済を』と言った。鬼殺隊の剣士として頂点に君臨する、柱であるはずの女が! お前は一般隊士じゃない。柱だ。『鬼殺』の文字を掲げる鬼殺隊の柱なのだ。人々を率先して守り、一般隊士の手本となる者。その柱が鬼の救済を願っただと? これはとんでもなく罪深いことだ。先程の奴の発言は鬼の殺人の罪をなかったことにすることと同じである。鬼に殺された『人間』への冒涜だ。たった今、女は人々の想いを踏みにじったようなものである。

 

(何故、氷柱は鬼の救済なんて望んでやがるんだ)

 

伝聞するところではあの女が鬼殺隊に入った理由は『義父が鬼となり、隊士に倒されたため』だとか。志望動機としてはありふれたものだ。隊士の殆どが『鬼に家族を殺された』『家族が鬼になってしまった』という理由で鬼狩りになっているからである。通常、そういった事情で鬼殺隊を志した者は鬼を憎んでいる場合が多い。何をトチ狂ったら鬼への救済を望む羽目になるんだ。

 

(家族や友人などが鬼になった過去を持つ奴は鬼への憎しみが薄いこともあるが、救済を望む鬼殺隊士は聞いたことねえな)

 

鬼になってしまった家族や友人がまず初めに取る行動は身近の人間――自分の両親兄弟、子供、親戚、親しい知人や友人を食らうことだ。大切な人が自分にとっても親しい誰かを食す姿を見た者が鬼への救済を望むことはまずない。奴らの罪深さを心の底から理解しているからだ。まあ、鬼になった者への憐れみや悲しみを持つことならあるだろうが、それよりも彼らを鬼にした鬼舞辻を恨む感情の方が強いだろう。その場合、鬼は憎き鬼舞辻の手下となるので当然のように鬼も恨むべき対象となる。どちらにしろ、皆、鬼に多少なりとも憎悪を抱いているのだ。

 

(…分からねえ。この女が鬼に救済を望む理由が)

 

まさか、氷柱の義父は途中から鬼になったのではなく、元から鬼だったのか。鬼の義父に引き取られ、育てられたというのならあの女の考えにも納得がいく――――というところまで思考して、俺は自嘲した。なんてなんてバカバカしい妄想をしたのだろう。人を喰わず、人を襲わず、人を守る鬼などいるものか。どれだけの人間がその可能性に縋り、絶望し、それでも諦められずに鬼になった大切な人の下へ向かい、死んでいったか。子供を引き取り、育てる鬼なんていない。いてたまるものか。でなければ報われない。他の隊士達も、俺も、弟達も、お袋も、皆、報われない。

 

「人に仇なす鬼を救済する? ふざけんじゃねえ。もう一度言う、鬼に救済など必要ない。氷柱、テメェの考えは認められねえ」

 

嫌いだ。俺はこの女が大嫌いだ。人でなしの性格だけならまだ許せた。だが、その考えは認められない。人を殺した鬼を救済するなど、認めるわけにはいかないのだ。人殺しには罰を。これは道理である。

 

だから、俺は未だに鬼が消えた跡を見つめる氷柱に近づき、刀を抜いた。「よし、お前今から俺の試し切り台だ」と言いながら奴を見据えたのだ。それを聞いたクソ女は顔をギョッとさせ、困惑していた。しかし、俺は氷柱の焦りも驚きも全て無視して女へ斬りかかる。すると奴はビビリながらも俺の刃を受け止めた。「気でも触れたか」と口にしつつも神妙な顔をし始めたのだ。

 

(ハッ、流石頭脳だけは一級品だな。分かってんだ、こいつも。今回の斬り合いはただの鍛錬じゃねえ。お互いの主義主張のための斬り合いだってことをよォ)

 

だが、奴が一級品なのは知略のみだ。何故こんな女が柱になった。どうしてこんな、こんな阿婆擦れがお館様から柱の位を戴いたのだ。剣士としても、人としても未熟な人間が。

 

胸に走った痛みを怒りで覆い隠し、その日、俺はあの女と戦った。最終的にはこちらが勝ちを収める結果となったが、納得はしていない。剣の腕なら俺の方が遥かに上なのは分かりきっていたからだ。

 

 

――――こうして俺は氷柱を嫌いになったのである。

 

 

あの時の様々な感情を思い出して再度ため息を吐く。ちらりと隣を見ると冒頭で団子を食べていた氷柱はお手拭きで手をふいていた。それを視界に入れながら先日の竈門炭治郎及び鬼の禰豆子を思い出す。それと同時に、この女が言った言葉も。

 

(鬼を連れた隊士を己の寺子屋で学ばせるだと? 意味が分からねえ)

 

氷柱は通常の柱としての業務以外に寺子屋経営がある。これは女が柱になる際に希望したものだ。なんでも、鬼に親を殺された孤児を集め、鬼狩りにするための教育を効率よく施すためだとか。「育成には育手がいるだろ」や「忙しい現役の柱が教育に手を取られすぎるな」と言いたいところだが、お館様が許可を出しているだけに何も言えない。その上、この寺子屋の経営は存外上手くいっているらしく、その寺子屋の出身者から最終選別での合格者が何名か出たとのことだ。実績を残したことにより益々寺子屋の規模は大きくなるだろう。現に、鬼狩りの卵の育成以外に、既に隊士となった各階級の者達に対する研修も氷柱の寺子屋で行うことが決定したそうだ。

 

(その寺子屋で竈門炭治郎と鬼を研修させたところで何になる? 何をしたいんだ、この女は?)

 

氷柱は『人を殺したことがないとはいえ、鬼である妹を連れた鬼殺隊士を隊内で認めるか否か』の意見について否定も肯定もしなかった。ただ竈門炭治郎及び鬼を引き取るとだけ言ったのだ。なんだそれは。肯定か否定、どちらかをしろよ。何故、全く論点が違う発言をするんだ。いや、この女だから分かってやってんだろーな。

 

「やっぱりオメェは嫌いだ」

「不死川、何か言いましたか?」

「死ね」

「唐突ですね?!」

 

驚いた声を出すわりには慌てた様子を見せない氷柱にイラッとしながら、俺は団子を食らった。甘ったるい団子を歯で噛み砕きつつ目を閉じる。

 

きっと俺とこの女は相容れない。

鬼がいなくなる、その日まで。

 

それを改めて実感した俺は静かに息を吐き出した。




【悲報】氷柱、気がついたらトラブルメーカーこと柱に対する様々なフラグ一級建築士(死亡フラグ込み)の主人公を引き取る羽目に

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