氷柱は人生の選択肢が見える   作:だら子

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其の七: 「鬼を連れた兄は拳を握る」

(不思議な匂いがする人だなあ)

 

俺、竈門炭治郎は隣に座る『女性』を見ながら心の中で小さく呟く。自分と一緒に縁側に腰掛けるその人は、一度見たら忘れられないような珍しい色彩をしていた。真っ白な髪に青緑色の左目と黒色の右目。善逸の髪色の派手さを彷彿とさせるような奇抜な色彩である。

 

そんな彼女の名前は『明道(あけみち)ゆき』。

この鬼殺隊の中でも最上の位を戴いている『柱』だ。

自分の兄弟子、冨岡義勇と同じ地位に就く人間である。

 

(こう言っては失礼だけど、全然強そうじゃない。明道先生からは強者の匂いがしない)

 

俺が禰豆子と共に裁かれた柱合裁判へ出席していた柱達は皆、強者の匂いがした。きっとあの場にいた人達は冨岡さんと同じくらい強いのだろう。 それなのに、この氷柱の位を戴く『明道ゆき』からは「普通の人」の匂いしかしない。いくら嗅いでも強い人間の匂いがしなかったのだ。研修を受けるために改めて彼女と対面した時も、その匂いは変わらなかった。

 

(どうやって明道先生は柱になったんだろう)

 

基本的に鬼殺隊は実力主義だと聞いた。理由は恐らく、強い剣客でなければ上位の鬼に勝てないからだろう。どれだけ他の才があろうとも、剣の腕がなくては生き残れない。結果、鬼殺隊は自動的に実力主義社会になっていったに違いない。しかし、その弱肉強食の鬼殺隊にありながら、『明道ゆき』からは強者の匂いはしなかった。これは何故なのだろう。冨岡さんくらいの強さがなければ柱にはなれないんじゃないのか。

 

(鬼殺隊当主のお館様が「氷柱は知に優れた柱」と言っていた。明道先生は賢いから柱になれたのか)

 

でも、「賢い」くらいで実力主義の鬼殺隊の柱になれるだろうか。不思議に思ったが、考えても分からないことは仕方がない。俺は一旦、その思考を止め、明道ゆき先生の授業を真面目に受けることにした。

 

まず、そこで驚いたのが、研修先の先生の屋敷である。氷柱邸は普通の屋敷とは違い、『家』というよりも『学校』に近い造りだったのだ。一緒に研修を受けることになった善逸と伊之助も学校のような明道先生の氷柱邸に驚いていたっけ。その際、善逸が「何でこんな造りにしているんだ」と疑問を口にしていたが、その理由は直ぐに分かった。

 

氷柱・明道ゆきは『鬼狩りを育てる学校』の運営者だったのである。

 

氷柱邸には十五歳以下の子供が約十名ほどいた。彼らは鬼狩りになるためにこの屋敷で修行を積んでいるのだという。その子供達の教師を務めるのが柱の明道ゆき先生だったのだ。しかし、教師は彼女だけでなく、引退した様々な隊士達も入れ替わりで務めているとのことである。加えて、時々他の柱や現役の隊士達も氷柱邸に立ち寄り、教鞭をとっていると聞いた。

 

(授業では沢山の隊士達の多種多様な呼吸を見れて、すごく勉強になった)

 

それ以外には鬼殺隊隊士としての心構えや軍警から捕まりそうになった時の対処など、鬼狩りとして生きていくための一般常識を教えてもらえた。また、その他にも役に立つ知識について伝授され、聴いていて楽しかったなあ。更に、氷柱邸内には図書館並みに本が沢山あり、学び舎としては最高の場所だったのである。伊之助は「こんな話を聞いて何になるんだ! 鬼を斬る為には鍛錬した方がいいだろうが!」と憤っていたけれど。

 

だが、その伊之助の怒りも直ぐに収まることになる。

――本業でもある鬼殺の研修が始まったからだ。

 

研修では氷柱の明道ゆき先生が率いる隊に参加することになった。約十五名に及ぶ隊だ。これほどまでに多くの仲間達と隊を組んだことがなかったのでドキドキしたものである。その際、俺は姉弟子である真菰さんの隊に所属することになった。自分・真菰さん・善逸・伊之助の四人になった時、俺は真菰さんに対して元気よく挨拶をする。

 

「真菰さん、お久しぶりです!」

「炭治郎、久しぶりだね」

「誰だこの女」

「伊之助、女性にそんな言い方をしてはいけないぞ!」

「エッッッッ何?! 炭治郎、こんな美人さんと知り合いなの?! 教えろよ紹介しろよ!!」

「真菰さんは俺の姉弟子なんだ」

「ハァーーッ?! おまっおまえっなんて羨ましいやつなんだ!! なんてやつなんだ!! ふざけんなよ炭治郎!!」

「善逸と伊之助、だっけ? 確か炭治郎と同期だったかな。炭治郎と仲良くしてあげてね」

「ハイ!!」

「権八郎は俺の子分だからな!!」

「ふふ、これでも私、氷柱・ゆきさんの継子だから厳しく教育するから覚悟してね。今回の授業では一番重要な『隊』として戦うことの大切さを学ぶから、心してかかること!」

 

真菰さんに微笑まれ、デレデレとする善逸に呆れていた時、『明道ゆきの継子』という言葉を聞いて驚いた。まさかあんなに強い真菰さんが明道ゆき先生の継子だとは思わなかったのだ。失礼だが、あの真菰さんが明道先生から学ぶことなんてあるのだろうか。そんな考えが自分の顔に出てしまっていたのだろう。真菰さんは浅葱色の目を細めながら笑った。

 

「ゆきさんの『強さ』はもう直ぐ分かるよ。だから安心して、炭治郎」

 

明道ゆき先生考案の作戦が始まった瞬間、その言葉の意味を直ぐに理解した。

 

「――気がついたら鬼へ刃を振り下ろせてる…?」

 

気がつけば、最短の経路で鬼までの道筋を駆け抜け、最も奴らの頸を斬りやすい位置に到着していた。結果、鬼に気がつかれないまま刃を振り下ろすことに成功したのである。しかも、途中、危ない状況に陥ったとしても、丁度いい時に何故か別の隊の助太刀が来たり、逆に俺達が絶妙な瞬間に他の隊士達の助けに入れたりした。これが一回だけならまだしも、二回、三回と続けばおかしい。伊之助も「何だこれ?! 次々に鬼と会えるなんてスゲーな!! スッゲー楽に倒せる!!」と驚いていた。

 

(これは偶然なんかじゃない。意図的に作り出されたものだ)

 

その時、不意に真菰さんと目があった。すると彼女は意味ありげにニッコリと微笑んできたのである。そんな真菰さんの表情を見た瞬間、ビリッと頭に電流が走った。あり得ないことに気がついてしまったからだ。手が震え、思わず拳を握ってしまう。

 

「まさか、この『偶然』を明道先生が作った…?」

 

ポツリと呟いた言葉が自分の中の疑惑を確信にしてしまう。ありえない。ありえるはずがない。明道ゆき先生からは戦略を張り巡らせているような『匂い』はしなかったのだ。それどころか香ってきたのは強烈なまでの恐怖、恐れ、怒り、焦り、喜び、安堵、困惑という様々な感情がごちゃ混ぜになった匂いだった。明道先生からはいつも沢山の強い感情の匂いがする。だから、彼女の考えていることが分からないことも多い。しかし、これほどまで綿密な作戦を練っているのなら、別の匂いがしそう、な、もの、を――――。

 

――――『ごちゃ混ぜになった匂い』?

――――『明道先生の考えが分からないことが多い』?

 

「まさか」

 

もしかして、明道先生からごちゃ混ぜになった『匂い』がするのは、

 

(『わざと』させているのだとしたら?)

 

ゾワリと身の毛がよだつ。気がついてはいけないことに気がついてしまった気分になった。恐らく、氷柱・明道ゆきは全て『分かって』いるのだ。どこに・どうやって・いつ・誰が行けば効率よく鬼を狩れるのか。他の隊士達から入る助太刀の異常なまでの回数や鬼との遭遇率は、そうでなければ説明がつかない。また、明道先生から様々な匂いがしたのも、きっとこちらに自分の考えを悟らせないためだ。俺は沢山の匂いと強すぎる匂いが一度に来てしまうと嗅覚の精度が落ちてしまう。恐らく、彼女はそれを狙った。

 

氷柱・明道ゆきは凡人だ。

でも、その頭脳と振る舞いは間違いなく強者だ。

 

「先生が柱になれた理由が分かった気がするなあ…」

 

素直に恐ろしいと思った。今、俺は武力による恐怖でもなく、鬼への恐怖でもなく、知略による恐怖を感じていたのだ。だからこそ、不安になった。予知じみた戦略を練る明道ゆき先生は何故俺を引き取ったのだろう。何の目的のためにあの人はこちらに教育を施そうと思ったんだ。考えれば考えるほどドツボにハマっていった。

 

恐ろしさのあまり震えた時、不意に禰豆子が目に入る。禰豆子は月の光に照らされながら蝶々を追いかけていた。ちなみに、先程の鬼殺の授業は既に終わり就寝の時間帯になっている。鬼になる前はあんなにしっかりした妹がまるで子供のように蝶々を追う姿を見て、俺はむんっと気合を入れた。

 

「俺は長男だ! 禰豆子の兄だ! 竈門家の炭治郎だ!! 長男たるもの恐怖に負けるな! 俺は今まで頑張ってきた! これからも俺は負けない! 怖がっていても! 不安でも! 負けない! 未知が怖いなら知ればいい! 聞けばいい!! 俺は!! 負けない!!」

 

パシンッと両手で頰を叩き、とりあえず俺は明道先生を捕まえることに決めた。途中、真菰さんに遭遇したので先生の居場所を聞いたら「この縁側で座ってたら会えるよ」という助言をもらうことに成功。結果、俺は縁側に腰掛けて明道ゆき先生を出待ちすることにした。すると真菰さんの言う通り、先生がこの場にやってきたのである。俺は直ぐに彼女を捕まえ、意を決して聞いてみた。何故、俺を引き取ったのか。どうして俺に学ばせようとしたのか。

 

それを聞いた明道ゆき先生は目をパチパチとさせた。いつものように彼女から様々な感情が強烈に匂ってくる。しかし、それが一瞬にして霧散し、『不安』の一色に染まった。

 

(どうして、明道先生は不安になっているんだ…?)

 

不思議に思っていると、先生は視線をウロウロと彷徨わせた。しかし、直ぐに彼女は目をギュッと閉じる。そして静かに目を見開き、言葉を紡いだ。消え入りそうなか細い声だった。

 

「実はね、私の義父は鬼だったんです。でも、それは途中から鬼になったのではありません。『最初から』鬼だったんです」

「な――――…」

 

俺はギョッと目を見開かせた。嘘かと思って明道ゆき先生の方を向くが、彼女は至って真剣な表情をしている。また、『匂い』も嘘をついている匂いはしなかった。

 

「私は鬼の男に拾われ、その男の養子になりました。自分の実の両親は流行病で死にましてね。その際、村の人々に口減らしのために売られ、色々あって出会ったのが義父なのです」

「そんな…。鬼が子供を育てるなんてことがありえるのですか」

「道楽か何かで私を拾ったと思いますよね? でもね、義父は本当に『人』だったのです。誰よりも真摯で、誰よりも優しく、誰よりも厳しかった」

「……その、先生のお父上は今…」

「死にました。いえ、私が殺しました。ある日、義父が『人の形をした何か』を食らっているところを見てしまいましてね。その際に丁度街に来ていた鬼殺隊の方と共に義父を殺しました」

 

先程とは打って変わって、明道先生の言葉には何の感情も乗っていなかった。匂いも恐ろしいまでに無臭だ。しかし、『義父を殺した』という発言をした瞬間、何もなかったはずの彼女から微かに一つの匂いがしてくる。それは胸が締め付けられるような『悲しみ』だった。先生は言う。自分は呪いを掛けられたのだと。二十五歳までに上弦の鬼を殺さなければ死ぬ呪いをその『目』に貰ったと、そう言うのだ。

 

(なんて、酷い)

 

信じていた親に死の呪いをかけられるなど、これほどまでに辛いことがあろうか。やはり、禰豆子や珠世さんのような鬼以外は人を騙し、人を呪い、人を殺す、人の敵なのだろう。俺も今まで何人かの『鬼』に出会ってきたが、皆、人を食らい、騙す鬼ばかりだった。その事実に唇を噛みしめる。

 

(明道先生が俺を引き取ったのは…)

 

禰豆子を、鬼を、連れているからなのだろうか。危険分子である俺達を排除するために彼女はこちらへ教育を施そうとしたのか。その理由が一番しっくりきた。少し悲しい気持ちになりながらも、明道ゆき先生の方へ再び視線を向ける。悲惨な過去を語ったはずの先生は何故か穏やかな表情を浮かべていた。

 

「でも、私は義父を恨んでいません」

「どうしてですか」

「だって、あの時、言われたんです。義父を私が殺す時に『ごめん』って」

「…」

「義父との生活は幸福だった。あの幸せは嘘じゃなかった。きっと義父は何か理由があって自分を殺そうとしたのだと思ったんです」

 

「でも、」と先生は続けた。鬼殺隊に入り、鬼の醜悪さを知ったのだと言う。義父が自分を襲った理由が、本当に『何かあったから』なのかが日に日に分からなくなっていったそうだ。ギュッと拳を握る明道ゆき先生を見て、再び俺は唇を噛みしめる。その時、先生はパッと顔を上げた。先程とは打って変わって輝くような笑顔に面食らう。

 

「その時に、君が、君達が来てくれたんです。そう、竈門炭治郎と禰豆子が」

「俺と禰豆子…?」

「禰豆子は鬼になってもなお、人を喰らおうとしなかった。人を守ろうとしていた! 君は知らないんでしょう。私がどれほど驚いたか、どれほど安堵したか。きっと義父の愛は嘘じゃなかった。義父は確かに『人』だった。

 

ありがとう、竈門炭治郎。ありがとう、禰豆子。君達が生きていてくれて良かった。どうか禰豆子を人間に戻してあげてね」

 

その言葉には積年の『想い』が籠っていた。苦しみも、悲しみも、恐怖も、焦りも、喜びも、全てが詰まっていたのだ。俺の左目から自然と涙が一つ流れ落ちる。

 

(この人は俺達を排除するために引き取ったんじゃない)

 

義父から自分への『愛』を確信したくて引き取ったんだ。

 

仮にも柱であるはずの明道ゆき先生がしてはいけない行為だと思う。けれど、彼女は行動せずにはいられなかったのだ。本当に禰豆子は人を襲わないのか、人を守るのか。それが知りたくて明道先生は俺達を引き入れた。周りの隊士達が聞けば「公私混同するな」と怒ってもいいような事案である。でも、彼女の行動に俺は何も言えなかった。鬼の家族を皆に認めてもらえない辛さは痛いほど分かるからだ。

 

(やっぱり『柱』の人達は凄い)

 

兄弟子である冨岡さんも恐ろしいほど強かった。そして、明道ゆき先生も剣客としての才能はないが、知将として優れている。心を鍛えに鍛えて、力を磨き、彼らは柱になったのだろう。俺も強くならなくては。禰豆子を人間に戻さなくては。先生の想いに報いるためにも。

 

俺、竈門炭治郎は静かに拳を握った。

 





次回予告: 明道ゆきの腕が吹っ飛ぶ



炭治郎は光のコミュ障というワードを以前にどこかで見て、妙に納得してしまった。兄弟子・冨岡義勇を数日間追いかけ回した挙句、最初は「冨岡さん」呼びだったのに、ある日突然、勝手に「義勇さん」呼びにチェンジさせてた長男力(光のコミュ障力)がヤバイ。

あと、コメントや評価、ブクマ等々ありがとうございます。想像以上にもらえたので驚きました。嬉しいです。また、コメントへ返信できていなくて申し訳ない。返信で盛大なネタバレコメントをよくやる人なので、最終回まで返信は控えさせていただきます。すまない…。

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