氷柱は人生の選択肢が見える   作:だら子

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無限列車編
其の八: 「離席」


「明道、君は食が細い! もっと食べなければ体力が持たないぞ! 柱たるもの、一般隊士の前で倒れては示しがつかないからな!」

「煉獄、これでも私は他の女性よりも食べる方ですよ」

「む? そうか? だが、甘露寺は君よりさらに食べているだろう」

「何故貴方は蜜璃と比べたんですか。比較対象が規格外です。せめてしのぶにしてください」

「はっはっはっ」

 

炎柱・煉獄杏寿郎が大きな笑い声をあげた。177cmの長身かつ鬼殺隊隊士として肺を鍛えている彼の声はこの列車内でよく響く。隣にいる真菰が「煉獄さんはよく食べるね」とニコニコしていた。

 

(相変わらず真菰は何に対しても動じないからすげえよな)

 

思わず真菰の精神鋼っぷりに恐怖する。そんな中、不意に一つ向こう側に着席している隊士の一人が目に入った。彼は煉獄杏寿郎に視線を向けながらドン引きしている。恐らく、炎柱の横に積み重なる弁当箱の多さに戦慄したのだろう。ちなみに、この隊士は去年の選別で合格した私の寺子屋の生徒だ。彼が「柱って規格外だな」という顔をしているのを見て私は苦笑いを零す。それと同時に内心でため息を吐いた。

 

(まーーーた柱との任務かよ)

 

柱と組まされる任務の確率が高すぎてやってらんねえ。柱との仕事は危険なものばかりなので行きたくないのだ。何でこんなに私は他の柱と合同任務が多いのか。いや、理由は言うまでもないな。周りがこちらのことを『頭脳だけで柱になった隊士』だと思っているからだろう。クソ辛すぎ。全部選択肢のせいなのに。以前に隊士達が「氷柱は個人としては弱いが、隊を組むなら柱最強だ」と話しているのを聞いて白目になったもん。ゲームの選択肢が見えなくなればただのモブ隊士以外の何者でもないのにさあ。

 

(それにしても、この時期の煉獄杏寿郎と任務は本当に嫌だ…。誰か代わってくれないかなあ…)

 

私が炎柱と組みたくない理由はただ一つ。

 

――――煉獄杏寿郎の死が近づいているからだ。

 

原作では炭治郎の柱合裁判が終わり、蝶屋敷での治療完了した後、『無限列車編』が来る。そこで煉獄杏寿郎は上弦の参と対面し、命を落とすのだ。

 

だが、私、『明道ゆき』という異物が混入したことにより、原作の流れに一部ズレが生じた。蝶屋敷治療編と無限列車編の間に謎の『氷柱研修』が挟まってしまったのである。マジで要らない話が投入されたと思う。本当に本当にこの研修だけはいらなかった。

 

何故ならば、原作にあるはずのない研修が投入されたことにより、無限列車編がなくなる場合があるからだ。

 

無限列車編がなくなることは、私・明道ゆきにとっては由々しき事態である。列車での出来事がなければ煉獄杏寿郎は死なないに違いない。彼は恐ろしく強い剣士だ。正直、上弦戦以外で死ぬ場面を想像できない。

 

(もしも、もしも。煉獄杏寿郎の死が回避されたのなら、)

 

かまぼこ隊の鬼殺隊隊士としての覚悟や決意がなくなってしまう可能性がでてきてしまう。加えて、煉獄杏寿郎の遺品である鍔がなければ『刀鍛冶の里編』で小鉄君が死ぬだろう。彼は炎柱の鍔を懐に入れていたことでなんとか生き残れたのだから。「小鉄はモブキャラなんだから、一人くらい死んでも大丈夫なのでは」と思う方もいるかもしれない。だが、たかが一人でも『原作キャラクター』だ。きっちり描写されてない背景モブとは訳が違う。小鉄君の死によって大幅にズレが生じる場合もある。

 

(真菰まで生存してしまっているんだ。これ以上ズレが出てくれば、私が呪いを解くための上弦戦に支障がでる)

 

何度も何度も言っているが、私は自分が可愛い。自分の死を回避するためならば顔見知りの者だろうが、見捨てる覚悟をした。確かに煉獄杏寿郎はいい奴だ。生前でも好きなキャラクターだった。でも、原作通りに死んで貰わないと困る。私が生きるために。…………駄目だ。どんなにかっこよく話しても自分のクズさしか伝わらねえ。どう言い訳しようとも私は誰かを見殺しにした人殺しだ。

 

(あーあーこれ以上は精神的に良くないから考えないようにしよう)

 

私は思考を切り替える。兎に角、今の自分の感情としては『無限列車編で活躍する煉獄杏寿郎とは関わりたくない』だ。こいつと任務がある度に「まだ死んでないのか。早く死んでくれ」と「生きててよかった」が自分の中でごちゃ混ぜになるので会いたくないのである。

 

私は弁当を食べながら睨むように煉獄杏寿郎を見た。煉獄は先程と変わらず列車の椅子に腰掛け、ご飯を口に掻き込んでいる。

 

余談だが、現在、私・煉獄・真菰・一般隊士一名は列車に乗っていた。どんな任務かと問われたら少し困る。実は私、まだ内容を知らされていないのだ。いや、聞けなかったというべきか。炭治郎達との研修に疲労しすぎて今回の任務の把握ができなかったのである。だが、真菰もこの任務に参加することだけは知っていたので、現地で尋ねればいいやと思い、今、こうして何も知らずにここにいた。

 

「煉獄」

「ングッ、どうした、明道?」

「流石に食べすぎです。まだ出発していないのに列車内の弁当の在庫をゼロにする気ですか」

「むう…それはすま、」

「謝る必要はありません。私達の仕事は特に身体を使いますからね。……ふむ、自分で弁当を買ってきてはどうですか。まだ出発まで時間はありますし。ね、真菰」

「そうですね。煉獄さん、弁当屋が駅の少し向こう側にありましたよ」

「む、そうなのか、真菰少女! では買ってくるとしよう!」

 

手荷物を置いて外に出ていく炎柱を見て、私はギリギリと歯を噛みしめる。クソ、煉獄杏寿郎マジでいい奴だよな。ちょっと嫌味で『お前食い過ぎじゃね?』と言ったら直ぐに謝りやがる。あーーーもう嫌だ嫌だと頭を振った。気分を落ち着かせるようにカップに入ったお茶を飲んで――――

 

「腹の中だ! 主の腹の中だ! うぉおお!! 戦いの始まりだ!」

「うるせーよ!」

「伊之助は元気だなあ」

 

――――全力で噴き出した。

 

飲んだはずのお茶がカップにブシャアッと勢いよく戻る。周りには被害が及ばなかったが、自分の顔面がびしょ濡れになっていた。ポタポタと顎からお茶が膝へと落ちる。私の凄惨な様子に気がついていない真菰は「あ、炭治郎達きたんだねえ」と陽気に笑っていた。それを聞きながら震える手でハンカチをポケットから取り出して顔を拭う。

 

(なんか…なんか…幻聴が聞こえた…)

 

おかしい。おかしい! かまぼこ隊こと竈門炭治郎・我妻善逸・嘴平伊之助の声が聞こえた。つい最近までよく話していた奴らの声が耳に入ったんだが?! そ、そんなバナナ。何故、彼らがここにいる。煉獄杏寿郎との任務が入る前に「これで貴方達の研修は終わりです。ご武運を」と言って別れたはずだ。あまりにも早すぎる再会ではないか。いや、待て。本当に今の声は幻聴かもしれない。きっとそうだ。うん――――

 

「あれっ?! 明道先生と真菰さんがいる!」

「あっ、センセーとマコモサン!」

「まさか今回、炎柱の人と同じ任務ですか?」

「そうなの〜。炭治郎達は炎柱の煉獄さんに会いに来たんだよね」

「はい! 『日の呼吸』について煉獄さんなら知っているかもしれないと胡蝶さんに以前、言われたので」

 

――――幻想が打ち砕かれるゥ!

 

炭治郎達だった。間違いなく主人公御一行様だった。三人の姿がガッツリ視界に入ってきた。目を逸らしようがない現実に思わず私は崩れ落ちそうになる。もしもこの場に真菰やかまぼこ隊、弟子の隊士がいなければきっと自分は転げまわっていただろう。それほどまでに衝撃を受けていた。

 

(嘘だろ。嘘だろう…?! 何故、炭治郎がここにいる…?!)

 

この時期の『竈門炭治郎』と『列車』で連想するのは、先程も述べた『無限列車編』である。もしかすると私は今、原作の列車編に居合わせてしまっているのかもしれない。今、炭治郎は「炎柱に『日の呼吸』について聞くために彼を訪ねてきた」と言った。原作の主人公達が無限列車へと乗車する理由は『日の呼吸について知っているかもしれない煉獄杏寿郎に会うため』である。間違いなく『無限列車編』の導入部分だ。

 

どうしよう。恐怖で手が震える。考えてみろ。無限列車編では十二鬼月と戦う必要があるんだぞ。しかも、二体も! その上、二体のうち一体は上弦の参である。数多の柱を殺した経験があり、あの煉獄さえも死に追いやった『上弦の参』が登場するのだ。まず私は必ず勝てないので、絶対に関わりたくない。

 

また、この『無限列車編』での戦いはいわゆる『負けイベント』である。敗北があるからこそ次の勝利が際立ち、主人公・竈門炭治郎の成長が目に見えて分かる――そのための布石イベント。つまり、この列車編では上弦の鬼は倒せず、二十五歳で死ぬ呪いの解除はできないということになる。無限列車での戦いは私・明道ゆきにとって無駄な戦いなのだ。

 

(いや、待て、まだ希望はある! 今日の任務が無限列車編ではない希望が!!)

 

私は今回の任務内容を把握していない。そうだ、無限列車の任務だとはまだ確定していないのだ。また、明道ゆきという異物の混入により謎の『氷柱研修編』が追加されてしまった事例もある。もしかしたら今回の任務は新たに投入されたオリジナル編の可能性もあるのだ。うん、うん! きっとそうだ。まさか私が無限列車にいるわけがない。よし、真菰に確認しよう。

 

「真菰、今回の任務内容を話してもらえますか」

「あれ? ゆきさん知らなかったんですか」

「ええ。流石に忙しくて把握する暇がなくて。だから真菰に後で聞こうと思っていたんです」

「そうなんですねえ」

「真菰さんと明道先生、任務なの?! うそでしょ?! 柱の任務とか確実に強い鬼がでるじゃん帰りたいんだけど?!」

「強いかどうかまでは分からないけど、既に短期間のうちに四十名以上この『無限列車』で行方不明を出しているからね。厄介な鬼だとは思うよ。その上、隊士数名をこの列車に送り込んだけど、全員消息を絶っちゃったし」

「よ、四十人以上…?!」

「だから柱のゆきさんと煉獄さんがここに来たんだ」

「はーーーーッなるほどね! 降ります!」

 

私も降ろして?!

 

認めたくない現実がダイレクトに襲いかかってくるゥ! ビックリするくらい一瞬でフラグ回収した。全然希望なんてなかったァ! まさかの「煉獄杏寿郎」「竈門炭治郎」「無限列車」の三拍子が揃ってしまったことにより私は頭を抱える。これで今日の任務が原作の『無限列車編』だと確定してしまった。きちんと原作通りに進んでいるのは喜ばしいが、自分が巻き込まれるとなると話は別だ。真面目に泣きたい。

 

(ああああどうしようどうしよう。柱の私がここにいれば確実に巻き込まれる。絶対に十二鬼月と戦う羽目になる)

 

恐怖で胃がキリキリとしてきた。周りの音や感覚を遮断してグルグルと頭を回転させる。仮病を使うか? だが、炭治郎や善逸なら匂いと音で嘘だと分かってしまう。それとも別の任務が入ったというか? いや、真菰が私の大体のスケジュールを把握しているので直ぐに論破されてしまうだろう。緊急事態に弱い自分の頭では考えても考えても下車できる方法が直ぐに思い浮かばない。なんとか落ち着こうと外を見て――――私は固まった。

 

あれ、なんか列車――――動いてない?

 

伊之助が「うおおおすげえええ速ええ」と騒いでいるのを尻目にぽかんと口を大きくあける。彼が開けた窓から風が自分へと吹き付けてきた。伊之助の隣にいた善逸は私に怒られると思ったのか、「早く窓を閉めろ窓を!!」と必死に伊之助を引っ張っている。それを視界に入れながら私は内心で絶叫した。

 

 

煉獄杏寿郎、乗り遅れやがったァーーッ?!?!

 

 

まさかの炎柱抜きでの『無限列車』が始まりを告げた。


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