すらりと伸びた手足、真っ白な体躯。
ベールを被せたようなシルエット。
美しい女性を彷彿とさせる流し目は、俺を捉えて言い放った。
『まぁ、なんて汚らわしい』
「はいはい、分かってるって。…あぁもう、切るよ?!」
母親からの長々しい確認を遮り、電話を切った。
「れでれで」
「そうだよなぁ、ほんと過保護だよなぁ…」
相棒のレディアンのつぶやきに頷いて、ため息をつく。
島巡りを始めてはや一ヶ月ほど。
旅が初めてで心配なのは分かるが、さすがにほぼ毎日電話をかけてくるのは呆れてしまう。
「いい加減ほっといてほしいんだけどなぁ…」
島巡りは順調だし、手持ちもそこそこ増えてきた。
道中スカル団…とかいう不良集団に絡まれたこともあるが、レディアンたちで追い払えた。
今の手持ちなら多少のトラブルもなんのそのだ。
「さぁーて…! 天気もいいことだし、さっさと進むか!」
「れでばー!」
レディアンが嬉しそうに拳を突き上げた。
そう。
何の問題もなく、俺は島巡りをやり遂げるんだ。
そのはずだったのに。
シェーダジャングル。
「オイオイオイオイオイ! 隠してると身のためにならねぇぞ!」
「だから本当に知らないって!」
どうして俺は今、スカル団に追い回されている。
「嘘つけェ! ここに一番にたどり着いたのはお前だ!
つまりお前が"あのポケモン"を連れてるんだろ!」
「っくそ、話にならねぇな! レディアン!」
レディアンはスカル団の方へ振り返ると、全身から銀色に光る風を吹き出す。
「うわわ!!」
「これ以上痛い目みたくなきゃ、追いかけんな!」
シェードジャングルは天然の迷路のようなもので、木々や草に視界を遮られる。
この中だったら撒けると思ったのだが…。
「みーっけた! コラッタ、かみつく!」
目の前に突然コラッタが現れ、レディアンが噛みつかれてしまう。
「れでー!」
「レディアン!」
「動くんじゃねぇぞ~!」
いつのまにか背後にはイワンコが睨んできていた。
この距離では攻撃範囲内だ。
「俺のイワンコはイイ子だからな。一度嗅いだ獲物のニオイはきっちり覚えてるんだぜ?」
「くそ、道理で振り切れないはずだよ…!」
ぞろぞろとスカル団が増えていく。
その人数、5・6人。
全員がポケモンを連れている。
これじゃあ逃げ切れない!
「いい加減に観念しろよ。あのポケモン、出せや」
「だから知らねーって! 何の話だ?」
「そんな言い訳通じねーって言ったろが!
この森の上空にヘンな穴が現れたの、お前も見てたんだろ!」
「ヘンな穴…?」
確かにこの森の上空に、謎の穴が現れたのを俺は見た。
だからこそこの森に入って行ったのは、事実だ。
「だがポケモンと何の関係があるってんだよ?」
「大アリなんだよねぇ。最近噂になってんだ!
ヘンな穴から超珍しいポケモンが現れるって!」
「めずらしい…ポケモンだと…?」
戸惑う俺をよそに、じれったいと感じたのか一人の男がアーボを取り出した。
「ひどい目に遭わなきゃ言えないようだな…!
アーボ! ようかいえき!」
「な―――…ちょ、待てよ…!」
青ざめて頭を腕で隠す。
痛みを想像して目をつぶっていた。
『なんですか、この汚い生き物は』
鈴の音のような清らかな声が響く。
そっと目蓋を開くと、いつの間にか目の前には"なにか"がいる。
「な、あ、どっから…?」
「こ、こいつがまさか…!」
男が口々に慌てふためく。
信じられないことに、今にも口から溶解液を吐き出そうとしていたアーボは、10mも離れた木のところでのびていた。
「すげぇ! こいつを捕まえれば…!」
「やれコラッタ! かみつく!」
『貴方もずいぶん汚れているのね』
アーボは蹴り飛ばされたのだと、ようやく気付いた。
目にほとんど残らぬほどのスピードで、真っ白なポケモンと思われるなにかが、コラッタを蹴り上げる。
『近づかないでほしいわ』
「そ、そんな…」
「何してんだひるむな! ズバット、ちょうおん…」
『貴方はうるさいわね』
「ズバット―!」
圧倒的だ。
6体はいたであろうポケモンを、たった1匹で倒していたのだ。
『なぜ私を襲うの?』
「くそ! わけわかんねぇ強さだこいつ!」
「ちくしょう手持ちがやられちまった…」
「とりあえず、ずらかるぞぉ~!」
男たちがバタバタと走り去る。
それを眺めるポケモンの目は、遠目から見ていてもぞっとするほど冷淡だった。
『挨拶もなしだなんて、呆れた』
俺は思わず、怪我をしたレディアンを腕に抱きかかえた。
こいつがどんなポケモンか分からないが、さっきの速さで攻撃されたらおしまいだ。
その気配に気づいたのか、静かにポケモンが振り返る。
すらりと伸びた手足、真っ白な体躯。
ベールを被せたようなシルエット。
美しい女性を彷彿とさせる流し目は、俺を捉えて言い放った。
『まぁ、なんて汚らわしい』
「だ、誰が汚ないって…!?」
思わず反論してしまった。
すると、ポケモンは唖然としたように目を見開く。
『貴方……私のことばが分かるの?』
「あぁ? へ、えっと…いや、まぁ、それなりには」
『ふうん…こっちは言葉の通じない輩だけかと思ったけど…例外もいるのね』
「な、なんだか随分饒舌なポケモンだな…?」
『ちょうどいいわ。貴方でいい』
するとポケモンはモデルのように洗礼された足取りで近寄って来る。
「な、なんだ…!」
俺を見下ろすようにポケモンが目の前に立つ。
『貴方、名前は?』
「名前…なんでそんなの」
『では名無しさんと呼べばいいのかしら』
「~…ッ、俺の名前はルーカス! ルーカスだよ」
『そう』
とだけ呟いて、表情も変えないままポケモンは首を傾げた。
『あんまり美しくない名前ね』
「さっきから失礼だなオイ…」
『私はフェローチェ』
フェローチェは、そこで初めて、その冷たい眼差しを柔らかくした。
『ルーカス。貴方には、私が故郷へ帰るのを手伝ってもらうわ』
こうして。
俺はフェローチェと出逢ってしまったのだ。