間宮にて
「あら後藤田さん、お久しぶりです」
「ご無沙汰しております」
「さぁどうぞ。間宮さん、頼んでいたのをお願いします」
「はい。お掛けになってお待ち下さい」
手洗いを済ませ、テーブル席に提督さんと腰掛けた。若干だがムサい光景に見えてそうで気が引ける。当たり障りない会話をしていると、間宮さんが何かを運んで来た。
「新商品のホットドックです。外のお客さんでお出しするのは後藤田さんが第1号ですよ」
ケチャップとマスタードの掛かったオーソドックスなタイプだ。意外な登場に戸惑うも、小腹の空いた胃が「早く寄越せ」と言ってきかない。
「これは美味そうですね。しかし、お店の雰囲気とはちょっと合わないような」
「ええ、なので持ち帰り専用のメニューにしてあります」
「タイミングが合えば挨拶させようと思っていますが、アメリカから来ている艦娘が居ましてね。彼女の故郷から親族が大量の材料を送って来たんですよ。自分だけじゃ消費仕切れないからと相談されまして、部内だけの限定メニューにした訳です」
アメリカから来ている?会いたいような会いたくないようなと言った感じだ。まぁ取りあえず、このホットドックが冷めない内に頂こうと思う。
「じゃあ、いただきます」
結論だけ言う。メチャクチャ美味かった。日本で作られたのとは根本的に違うように感じる。心地いい満足感を味わいつつ、俺は作業再開のためにコンテナ地帯へと舞い戻った。皆も休憩を終えたようで、背伸びしたり柔軟体操をしている。
「そろそろ再開するぞー」
「カラーコーン増やしておきました。それと手伝いの応援です」
そう言う大淀さんの後ろには、見慣れない4人組が立っていた。服装を見るに姉妹2組と言った感じである。
「伊勢型1番艦の伊勢よ。航空戦艦……って言ってもよく分かんないか」
取っ付きやすそうな雰囲気だ。子供の頃、近所に居た中学生の姉貴分を思い出した。
「2番艦の日向だ。提督から話はよく聴いている。不肖ながら手伝わせて貰おう」
姉とはまた違う雰囲気を纏っている。だが落ち着きがあって話しやすそうだ。
「高速戦艦、榛名と申します。ご迷惑でなければ、お手伝いさせて下さい」
あ、はい。どうも。よろすくおながいします。すまんがあまり近付かんでおくれ、ワシには刺激が強すぎる。
「霧島です。金剛型では一番下の妹です。よろしくお願いしますね」
何だろう、普通にどっかの会社で働いてそうな雰囲気だ。まぁ俺のような人間にはそちらのご令嬢より話しやすそうで助かるんですがね。
「後藤田と申します。いつもお世話になっております」
取りあえず資料を渡して説明した。4人にも加わって貰い作業を再開する。そう言えば戦艦と話をしたのは初めてだ。恐らく加賀さんが一番最初に絡んだ、いわゆる大型艦艇と呼ばれる存在だろう。
「後藤田さん、ここに居るクモは違いますか?」
「見せて下さい」
ご令嬢の横にしゃがんだ。いい匂いが漂って来て思わず思考が停止する。
(あかん、これはあかん)
仕草にも表情にも出さず気合を入れて振り切る。超堅物モードに移行した。
「間違いありませんね。では他に居ないか引き続きよろしくお願いします」
「はい、ありがとうございます」
純真無垢。大和撫子。どれだけの言葉を尽くしても表現するには足りない気がする。俺のような男だらけの青春を過ごした人間にはやはり刺激が強すぎて辛いっス。
「ねぇ、ちょっと手伝って」
伊勢と日向がコンテナに掛けられたブルーシートを剥がそうとしていた。それを手伝っていると、作業に少し飽きたらしい佐渡さまが松輪を追い掛け回しているのが目に飛び込んだ。
「まつ~、サドゴケグモだぞ~」
「や、やめて、来ないで」
そんな光景を尻目にブルーシートを剥がし終わる。するとここだけ10匹近くが群生している事が判明。思わず辟易する光景だ。
「うわ、どうしてこんなに沢山」
「凄い数だな。出来れば直視したくないが」
「気色悪いわね。カラーコーンで囲みましょう」
コンテナの周りにカラーコーンを置いていると、後ろから何かがぶつかって来た。前かがみだったせいでバランスが取れず、クモが数匹へばり付いているコンテナへ突っ込んでしまう。
「げぁ!!」
変な声が出た。同時に両腕を思いっ切り引っ張られてコンテナから剥がされる。伊勢と日向が助けてくれたらしい。
「大丈夫か!」
「コラ!佐渡!何やってんのアンタ!」
どうやら俺はサドゴケグモにぶつかられたようだ。幸いにも体にクモは着いておらず、寿命が縮む思いで済んだ。
「ご、ごめんなさい!はぅぅ」
追い掛けられていた松輪を残して佐渡は逃走。伊勢は飛行甲板を展開させて何機かの水上機を発艦させた。見つけ出して捕まえる気なのだろうか。
「あーびっくりした」
「済まない。誰かを海防艦のまとめ役にするべきだった。怪我はないか?」
気遣ってくれる日向に思わずときめく俺が居た。男の自分よりもしっかりした体格の女性にそんな事を言われるとは情けない限りである。
「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
「ごめんね。後で謝らせに行くから」
これが戦艦の器の大きさかと思う。今まで駆逐艦や巡洋艦の、自分と年相応かそれに近い存在と触れ合っていただけに、この触れ合いは大きな衝撃だった。
「ナンダオマエ、ホレッポイタイシツカ?」
「ニイチャン、センカンハイイゾ、ミンナムネオオキイゾ」
うるせぇ、ほっとけ。聴こえないふりして作業再開だ。30分ばかり掛けて捜索が終了し、業務用殺虫剤を撒いて1匹ずつ息絶えていくのを見届ける。屍骸も回収した。
「駆除は終わりました。後は忌避剤を撒きますので、まだ暫くはこの辺に出入りしない方が安全かと思われます」
忌避剤を皆に渡し、セアカゴケグモの居たコンテナに噴霧して回った。これも一通り終了したので作業は取りあえずこれでお終いだ。
「ほら、ちゃんと謝んなさい」
「ご、ごめんなさいぃ」
佐渡さまは瑞雲と二式水戦に追い掛け回されて、力尽きた所で加賀さんのお縄を頂戴した。まるで母親に怒られるやんちゃ盛りの子供のようである。ちょっと悪戯心が生まれた俺は、意地悪な発言をして見た。
「よーし、じゃあ罰としてこのクモの屍骸を食べて貰おうかな」
「勘弁してくれ!もう2度とやんないからぁ!」
どうやらしっかり反省しているらしい。絶望の淵に立たされたような顔が悪いけど少し面白かった。
「では、この辺で失礼致します」
「ありがとうございました」
道具を纏めて駐車場へ向かう。バックドアを開けて積み込みを終え、俺は鎮守府を後にした。翌日、料金に関して連絡を入れた時、佐渡さまの言動が少し大人しくなったと聴いた。まぁいい薬になったんじゃないだろうか。
(広樹です、クモは暫く見たくないとです)