鎮守府出入り業者の俺   作:土管侍

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黒くて光ってる素早いアイツ リターンズ

 その日、俺は鎮守府でゴキの定期駆除を行っていた。

 

「どっこいしょ」

 

 水周りの隙間に仕掛けた業務用ゴキブリホイホイを回収する。おぞましい光景を何も考えない事による無の境地で乗り切った。脱出するも力尽きたらしい屍骸を小さい箒で集め、これも回収。新しいホイホイを設置するのを繰り返した。

 

「こいつらが人間の生活圏から居なくなるには、人類の数が減らないとダメなんかね」

 

 おっと、こんな所で発言していい事じゃないな。しかしだ、当の駆除業者である自分の家にすら何かしら出現するのを考えると、そう思うのも仕方ないかも知れない。実際、商店街の裏手なんてのはここより酷いもんだ。

 

「えーと、屍骸回収良し。新しい罠の設置良し。毒餌も良しと」

 

 まぁそんな訳で、俺たちのような人間は生活が出来ているし、需要があるってのは有難い事である。

 

「さてと……お次は重巡寮か」

 

 今居るのは潜水艦寮だ。全員出払っているため、寮長の大鯨……だいげい? おおくじら? とか言う責任者らしい艦娘の書置きが残されている。チェックリストをその横に置いた俺は、立会いしている古鷹と共に次の目的地である重巡寮へと足を向けた。

 

「今日は静かですね」

 

 素人目でも分かる鎮守府内の平穏な空気に、古鷹は遠慮気味に話し始めた。

 

「後藤田さんは民間の方なので機密に触れるような事は言えないんですが、ちょっとあちこちで色々あって、その調整で皆出払ってまして……」

 

 そりゃそうか。いくら皆と親しくなっても、俺は所詮外部の人間である。正門で段々と顔パスが利くようになっても、それは向こうの信頼によって成り立っているだけだ。立場を弁えなければ、一瞬にして崩れ去ってしまうだろう。

 

「なるほど、道理で人気が殆どない訳だ」

 

「今この敷地内に居るのは、恐らく総勢10人も居ないと思います。もし何かあっても直ぐには駆け付けられないので、慎重に行動して下さいね」

 

「了解です。じゃあ始めますので後はお任せ下さい」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 重巡寮でも一仕事を終え、諸々の詰まった袋を担いで一旦駐車場を目指した。良い子にも悪い子にも平等に害虫の死骸を与える、嫌なサンタクロースと言う変な存在が頭の中に浮かび上がる。

 

「……お仕事お仕事」

 

 しょーもない想像を振り払って車のバックドアを開け、袋を中に放り込んだ。今日は久々にワゴンで来ているため積載量の大きさが嬉しい。次に行くのは駆逐艦寮なので、仕事道具を気持ち多めに持って行く事にした。何しろ駆逐艦寮は大きさ広さ共に最大である。簡単に弾切れするようでは無駄な疲労を増やすだけだ。

 

「さてと、行きますかね」

 

 一歩踏み出した所で鼻先に冷たい雫が落ちた。今日は曇天が低く垂れ下がっている割に、降水確率30%と言う何とも中途半端な天気である。

 

「くそ、降り出したか。急がないと」

 

 足早に駆逐艦寮へと向かう。雨足は次第に激しくなり、寮に到着する頃には見通しが利かないほどの大雨になっていた。お陰でずぶ濡れである。

 

「うーわ、どんだけ降るんだよ」

 

 雨音も一層激しさを増し、建物を叩く音で自分の声すらよく聞こえなかった。取りあえずドアを開けて中にお邪魔する。

 

「後藤田です。誰か居ませんか」

 

 シーンと静まり返っている。まるで誰も居ないようだ。これは外部の人間にとってあまり好ましくない。いくら最高責任者のお墨付きとは言え、他人の敷地で好き勝手に動き回っていい訳ではないだろう。

 

「……すいませーん」

 

 返事はない。この雰囲気は大昔に見た映画を思い出す。そう、夏休みを目前に控えた子供達が、小学校の旧校舎に入り込んで怪異に遭遇するあの映画だ。

 

「どうすっかなぁ」

 

 古鷹の話では、この敷地内には自分を含めて10人も居ないとの事だった。下手するとこの建物には自分しか居ない可能性も高い。

 

「…そうだ、火元責任者が管理室に居る筈だ」

 

 管理室は1階ロビーの近くにある。そこなら誰かしら居るだろうと思い、荷物を置いて近付いた。

 

「後藤田ですけども、誰か居たりしませんか」

 

 数秒後、ドアが開いた。煎餅を咥えた白露が驚いた表情で出迎える。

 

「ふぇ、ふぉふぉうふぁふぁん?」

 

「おす。定期駆除に来たぞ」

 

 取りあえず管理室に上がらせて貰った。大きめのタオルを借りて水気を拭い、白露が煎れたお茶を啜る。

 

「留守番?」

 

「まぁね。火元責任者は各艦のネームシップで持ち回りだから、今日はたまたま私の番だったって事」

 

 そう言いながら白露はテレビのチャンネルを変えつつ煎餅に齧り付く。ボリボリといい音が室内に響いた。

 

「贅沢な時間を邪魔して申し訳ありませんがね、一緒に来て貰いましょうか」

 

「えー、いいじゃん別に立会いなんてしなくても。委細お任せ致します」

 

「そう言う訳にはいかんの。第一、ここは基本的に男子禁制だろ?」

 

「明日の朝まではこの白露しか居りません。ですので勝手にやって頂いて結構です」

 

「悪いけど提督さんとの契約書があるんだ。従って貰いますぜお嬢さん」

 

「ぐぬぬ」

 

 兄妹のようなやり取りをしつつ、2人は雨音の支配する世界へと踏み出した。別にロマンチズムを感じるような気取った人間ではないが、まるで世界に2人だけ取り残されたような雰囲気である。

 

「……メッチャ降るな」

 

「こんなの海の上でスコールにぶち当たった時よりはマシだよ?」

 

「マジかよ。艦娘ってすげぇな」

 

 まずは1階の水回りからだ。洗面所や給湯室に仕掛けてある業務用ホイホイを回収し、毒餌も新しいのに取り替えていく。時間を追うごとに数を増していくビニール袋を白露は辟易した表情で見ていた。触りたくないオーラが全身から滲み出ている。

 

「ウソでしょ、ここだけでこんなに居るの……」

 

「いや、これは単純に設置する罠の数が多いだけだ。連中の通り道や溜まり場は一箇所じゃない。だからこうやって数で勝負するのがいいんだよ。若干は予算を圧迫するけどね」

 

 とは言うが、ここの仕事は金が良いのでこちらとしても力を入れるのは仕方ない。本来なら大企業レベルので駆除を要求される場所に、俺のような零細企業が出入り出来ているのは築き上げた信頼に他ならないのだ。と思いたい。

 

「えーと、これで最後だな」

 

 仕掛けていた最後の業務用ホイホイを持ち上げた瞬間、中からそこそこ大きい元気なヤツが飛び出して来た。

 

「だぁ!何で生きてんだよ!」

 

「ひぃ!」

 

 ヤツは俺と白露ちゃんの足元から目にも留まらぬ速さで逃げ出した。追い駆けようとしたが、驚いた白露ちゃんが俺に飛び乗って動けなくなる。

 

「降りてくれ!ヤツの行き先だけでも!」

 

「やだ!絶対やだ!」

 

「足元には居ないから安心しろ!頼むから降りてくれ!ってか海の上で化け物と戦ってるのにあんな小さいの怖くないだろ!」

 

「それとこれは別!」

 

 追い駆けるのは諦め、取りあえず彼女を落ち着かせる事にした。おんぶするような状態で一旦管理室へと撤退する。

 

「もういいだろ。降りてくれ」

 

「……居ないよね?」

 

「ドアが閉まってたから少なくともさっきのは入り込んでない筈だ」

 

 渋々と言った感じでようやく解放された。重かったと口走りそうになるのを寸前で飲み込む。

 

「ここに居ていいぞ。後はやっておくから」

 

「アレが徘徊している状態で1人にされるのはちょっと……」

 

 いつもは明るいのに珍しく弱気だ。まぁ確かに何所で遭遇するか分からない状態では心細いだろう。それに今、この寮には彼女1人しか居ないのだ。

 

「それじゃあ早く終わらせるから手伝ってくれ。このビニール袋を必要な時に広げてくれるだけでいいから」

 

 と言う訳で、大急ぎで終わらせる事になった。一気に上階へと駆け上がり、回収と再設置を繰り返す。

 

「ここって何階建てだっけ」

 

「4階建て。次で終わりだよ」

 

「よし、さっさと済ませよう」

 

 階段を上がって4階に到達する。ここも同じく回収と再設置を素早く行った。

 

「これで全部だな。後は薬剤を撒くから少し離れててくれ」

 

 しかし、肝心の薬剤を下の階に置き忘れていた事に気付いた。取りに行こうとしたその瞬間、白露ちゃんが大声を出す。

 

「足!後藤田さん!足!」

 

 足?何のこっちゃと思って自分の足を見ると、ヤツが作業服にくっ付いているのが見えた。

 

「うぉ!?」

 

 驚いて思わず足を大きく動かす。振り払ったかどうかは分からなかったが、俺はそのお陰でバランスを崩し盛大に床へ転んだ。痛みを堪えつつ目を開けると、視界の数cm先に遁走を図ろうとするヤツが見えた。

 

(……逃がすか)

 

 右手を大きく振り上げ、逃げ出す寸前のヤツへ向けて叩き付けた。手の中の形容し難い感触に絶望を感じつつ、仕留められた満足感をも味わう。

 

「……大丈夫?」

 

「…………捨ててもいい雑巾があれば貰えるかな。水で濡らして固く絞って来てくれると嬉しい」

 

「あ、うん、分かった。ちょっと待ってて」

 

 終わった。次に来る時、俺は手でGを叩き潰した男として有名になっているだろう。もう皆、以前のように接してくれないかも知れない。それこそ本当の意味で「害虫のお兄さん」扱いされてしまうんだろう。

 

「はい、これ」

 

 雑巾を受け取り、諸々の処理を終えてしっかり手洗いした。白露ちゃんはやはり何所か余所余所しい。

 

「……誰にも言わないからさ、気にしないでいいよ」

 

 どうやら俺が色々深く傷ついたと思ったらしい。その優しさが有難かった。

 

「今度来た時は間宮さんで何か奢ってあげるからさ」

 

「いや、口止め料的な意味で俺が出すべきだろ」

 

「だから誰にも言わないって」

 

 気付くと、雨は上がっていた。全てを回収してワゴンに乗っける。

 

「じゃあまたその内」

 

「うん、じゃあね」

 

 車を出す。バックミラーには手を振る彼女の姿が見えた。色々痛い目にあったけど、距離感が縮まったのは嬉しい事である。

 

(……もしかして堅物よりこういうたまにドジやる方が受けるのかな)

 

「イヤァソレハトキトバアイニヨルダロ」

 

「オマエサンノカタブツハソレデイガイニウケガイイゾ」

 

 急に耳元へ飛び込んだその声で危うく変な方向へハンドルを切りそうになった。敷地内で事故っては提督さんと大淀さんに迷惑が掛かってしまう。

 

「静かにしろ!急に現れるな!あと脳内の声を勝手に拾うな!」

 

「シキチナイカラデレバキエルカラアトチョットツキアエヨ」

 

「タマニハオレラトモコウリュウシヨウゼ」

 

 ええい鬱陶しい。無視だ無視。さっさと帰るぞ畜生。

 

(広樹です。白露ちゃんに飛び乗られた時まぁその……いい感触がしたとです)

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