やぁ諸君、私の名前は後藤田広樹。この前も言ったからもう以下略で。
今日もまた提督さんからの電話で俺は鎮守府へ向かっていた。鎮守府敷地の外苑部で草刈をしていた別の業者さんがスズメバチに刺され、鎮守府から緊急搬送されたらしい。このままだと危険なので巣を除去して欲しいとの依頼だ。正直、俺も仕事で1回刺されているので次は死ぬかも知れないから怖いがこれも仕事である。
俺、この仕事が終わったら間宮さんの所でまた団子を食べるんだ。
やべ、背筋に何か冷たいのが走った。とか思ってると鎮守府の正門に到着。警備の人とも殆ど顔見知りだが、一応形式的な確認作業だけ終えて中に入れて貰う。駐車場に車を停めると、提督さんと一緒に黒髪のロングヘアーが綺麗なメガネをかけた娘が出迎えた。
「お世話になってます、後藤田さん」
「いつもありがとうございます」
そして横に居る娘の紹介が始まった。
「大抵は執務室に居るんですが今日は事情があって、後藤田さんの仕事に同行したいと言うので連れて来ました」
「初めまして。軽巡洋艦、大淀と申します。後藤田さんのお話は提督から何度かお聞きしていました。今回、当方の敷地内で怪我人を出してしまいましたので、その報告書作成のためにご同行させて下さい」
とても綺麗な声と雰囲気だ。まるで【清楚】がそのまま人の形になったような印象を受ける。思わず言葉に詰まったが、取りあえず名刺を差し出してその場を繋げた。
「ご丁寧にありがとうございます。改めまして後藤田と申します。一応、父が店主ですが最近腰を痛めまして、殆ど自分が経営者みたいな状態です。もし害虫害獣でお困りでしたら、こちらまでぜひご連絡を」
「後藤田さん、営業はその辺で」
「あ、いえ、これは失礼しました」
「ありがとうございます、何かありましたら頼らせて頂きますね」
提督さんの中で俺は「営業熱心な跡継ぎ」と言うイメージなんだろうがそれは大きな間違いである。男子高で3年を過ごした俺は、卒業する頃にはすっかり女性への免疫が無くなっていたのだ。近所の知り合いか一軒家等の仕事先はまだしも、女性の比率が9割以上を占める鎮守府は目に毒過ぎて、こうしてないと終始ニヤニヤしモジモジするだけの気持ち悪い生き物になってしまう。だから全てを仕事に全フリして耐えているのだ。
おいおいそれに何だよそのスカートは。見えちゃいけない一部が見えちゃってるじゃんか。隠す気あるんですかそれ…
「では現場の方へお願いします」
3人でそこそこの距離を移動した。関係者以外が通っても問題ないルートを選んで進んでいく。その途中、3人の艦娘たちと出会った。
「あ!害虫のお兄さんだ!」
何だかとても傷ついた気分になった。悪気はないんだろうけどそれは止めてくれ。せめて駆除まで言って欲しかった。
「白露ちゃん、それは言葉が良くないから後藤田さんでいいよ」
「あ、そうだね、ごめんなさい」
バツの悪そうな顔で謝る。やはり素直な娘はいい。 イッチバーン
「白露姉さん、誰だい?」
その後ろから、三つ編みの髪を前に流した見た事のない艦娘が現れた。更にその後ろから白髪の艦娘も顔を覗かせている。
「害虫駆除でよく鎮守府に来てる民間の人だよ。後藤田さん、こっちの2人は妹の時雨と夕立、よろしくね」
「あなたが後藤田さん?提督から何回か話は聞いてるので名前だけは知ってました。時雨です」
「夕立です!よろしくね後藤田さん!」
「よろしく。もし部屋に得体の知れない虫が出たら電話してくれ、すぐに行くし安くするよ」
「後藤田さん後藤田さん、名刺は結構です。そういう場合は私の方から連絡しますので」
「あ、いや、毎度失礼を」
3人がはにかんだ。掴みは悪くない。取りあえずこの場は凌いだと言えよう。しかし右を見ても左を見ても何で艦娘はみんな容姿だけじゃなく性格までレベルが高いんだ。俺のような男には居づらい場所だ。そんなこんなで敷地のかなり外周部に到着。鬱蒼とした木々の生い茂る倉庫の裏手に入っていった。そして…
「あれです」
「……これは中々の」
壁と屋根の接合部分に、直径1mはあろうかと言う巨大な蜂の巣があった。しかも国内最強と恐れられるキイロスズメバチである。ブンブンと不快な音が10m以上離れていても聞こえて来た。
「……分かりました。すいませんが一旦戻りましょう」
「おや、どうしました」
「同業者を呼びます。あの大きさはちょっと1人では厳しいんですよね。それに自分は仕事の最中に一回刺されてるんで、次やられると危ないんですよ」
方々に電話を掛けまくった結果、4人の同業者が駆けつけてくれた。全員親父の知り合いである。梯子の係、殺虫剤を巣に直接噴霧する係、巣の周囲で殺虫剤を撒いて蜂の行動を制限する係、巣を切り落とす係と、役割分担を決める。自分は行動を制限する係として防護服に身を包んだ。まるで化学消防隊のような格好をした5人が集結する。
「広樹ちゃん一回やられてるもんな、ここは任してよ」
「親父さんの腰治った?今度集まって飲もうって伝えてくれや」
「でっけぇなぁおい、大物だわ」
「あれ酒に漬けるといいのが出来上がるんだよなぁ、楽しみだ」
「ありがとうございます、終わったら甘い物でもどうですか」
なんて世間話をしながら仕事を進めた。巣まで伸びる梯子を掛ける前から周りをブンブン飛んで威嚇し始める。殺虫剤をこれでもかと撒いて巣の外に居る蜂を次々に撃墜。巣穴に掃除機が突っ込まれて中の蜂を可能な限り吸い出し、最後に殺虫剤を巣穴に直接散布していく。粗方の駆除が終わり、周りを飛んでいる蜂も殆ど居なくなった。防護服を脱いで休憩モードに入った所へ、大淀さんが冷たい麦茶を持って来てくれた。
「皆さんお疲れ様です。お茶をお持ちしましたので、少しお休みになって下さいね」
おじさんたちも大淀さんの雰囲気に中てられてニヤニヤし始めた。おい止めろ。荒れ果てた荒野に咲く一輪の花に手を触れるんじゃないスケベ親父どもが。
「先輩方、あんまり度が過ぎるとご自宅に報告しますよ」
「いやそれは勘弁!」
「止めてよ広樹ちゃん!」
「冗談キツイぜ!」
「お助け!」
おじさんたちの態度が急変した事により場の空気が変わった。だが大淀さんはあんまりそれを理解していなかったらしく、不思議そうな顔をしている。すると、何所からともなく嫌な羽音が聞こえて来た。瞬間的に辺りを見回すと、弱々しく飛ぶ一匹のスズメバチが視界に入る。今にも落ちそうだが只ならぬ雰囲気をまとっているように見えた。複雑な軌道を描きながら大淀さんの背後に近付いていく。考えるよりも先に体が動いていた。
「大淀さん!」
両者の間に割って入った。左手で思いっ切り弾き落としたつもりだったが、チクッとした痛みが嫌な予感を残す。草むらにポトリと落ちるスズメバチを余所に、左手を襲う鈍痛で息が遠くなった。
「ぐぅ」
「後藤田さん!?」
ああ……やっちまった。あの時と同じ痛みがやって来る。膝を着いて苦しむ俺に大淀さんが必死で呼び掛けてくれた。そんな綺麗な声で名前を呼ばれたら、何かもう幸せな気分になってしまう。肉親以外の女性にここまで必死に名前を呼ばれるなんて俺の人生には今まで無い事だった。
「大淀さん……大丈夫ですか」
「何をしてるんですか!一声言ってくれればそれで済んだのに!」
段々と気分が悪くなり、意識が遠のいていく。ごめんな親父、お袋。跡も継げないバカ息子を許してくれ。
「広樹ちゃん!!」
そんな事を思っていたら、おじさんたちが群がって来た。スズメバチにやられた際、アナフィラキシーショックの症状で気道が狭くなって窒息するのを防ぐ「ショック体位」と呼ばれる姿勢にされる。嬉しい事ではあったが、正直おじさんたちに無理やり組み敷かれるのはいい気分ではなかった。
「しっかりしろ、俺の声が聴こえるか?」
「救急車お願いします!」
「荷物の中にキットがあるから早く取って来い!」
「任せろ!」
そこから先は、流動的に時間が流れていった。ショック体位のまま木陰に運ばれ、吸引キットで毒と針を吸い出して貰い、汲んで来た水で患部を冷やし続ける。それから鎮守府正門に駆け付けた救急車で病院に搬送された。あまり多くの自覚症状は無かったが、大事をとって数日入院となる。後から見舞いに来た大淀さんが左手を優しく握ってくれた時は「惚れてまうやろー!」なんて叫びそうになったがそれは当然抑えた。
そして鎮守府からの連絡で駆け付けた母親に「もっと考えて仕事をやれ」と理不尽に怒られた。しかしその言葉は最もである。前に出ないでも出来る事はもっとあった筈だ。それに安全確認を怠ったのも自分の責任だし、鎮守府側としっかり打ち合わせしないでこっちの主観で仕事を進めてしまった事も良くない。
頭の中が仕事の事で埋め尽くされて嫌な気分になって来たので今日はもう寝る事にした。どうせ10分もしない内に消灯だ。布団を引き上げて眠りに入ろうとする。
後藤田プロテクトクリーン 臨時休業のお知らせ
【まことに勝手ながら当店店主のぎっくり腰と従業員の入院に伴いまして、人手不足となりましたので数日間ではありますが休業とさせて頂きます】
(広樹です、まだちょっと痛いです)