平素より後藤田プロテクトクリーンをご利用頂き誠にありがとうございます。当店は朝10時から開店し、19時までを営業時間とさせて頂いております。定休日は基本的に毎週木曜日と、第2第4週の金曜日になりますのでご了承下さい。繁忙期に関してはその限りではございません。また夜間における駆除作業も行っておりますので、どうぞご相談下さいませ。
「…………んがっ」
休みの朝だ。今日は某月の第2週なので、明日も休みである。特にする事はないけどね……
「広樹ー、早くご飯食べちゃってー」
「へーい」
下階からする母親の呼びかけに答える。これではオチオチ寝てもいられない。1人暮らしも考えた事はあるが、実家に出勤すると言うよく分からない状態になるので、俺は考えるのを止めた。
「おざーす」
「ほら、冷めるから早く」
「いただきやす」
でもまぁ、衣食住が保障されているのはいいね。一通り自分でも出来るけど、誰かがやってくれているのは有難い事だと思う。
「ごちそうさんでした」
「食器そこに置いといてね。作業着は洗濯カゴに入れた? 部屋のハンガーに掛けっ放しにしてないでしょうね」
「入れてございます。ご安心下さい」
「ああそうそう。発注した駆除剤やら何やらがお昼前に届くから受け取っといてね。その時だけシャッター開けていいから」
「承知」
「散歩行ってくるわ~」
「あ、ちょっとお父さん。あれだったら車にガソリン入れて来てくれる?」
「えー、それ散歩じゃないじゃん」
「ついでに買い物して来て。メールでリスト送るから」
母、無双。
「広樹ー、在庫の確認しといて。足りない物あったら業者さんに口頭で発注してね」
俺の休みはこんな感じである。定休日って何だっけって状態だ。それが自営業のつらい所だが、普通の会社と違って余計なしがらみや人間関係に悩まされる事はない。まぁ、仕事が完全に分担されているのは羨ましいと思う。とは考えるものの結局、隣の芝生は何とやらって話だ。
「どれ、在庫の確認をば」
店舗側の在庫置き場に入った。これと言って不足している物はないが、ネズミ捕りの数が減っているのでこれを少し発注しておく事にしよう。
「他はいいかな~。おっと、忌避剤が残り少ないな。これも発注と……」
これぐらいの事は営業日にやっておけば、定休日にやる必要はないのではないかと思った。親父が帰って来たら改善を訴えてやろう。俺が外回りしているのをいい事に楽しているだろうから、これぐらいはやって貰わないと幾ら店長と言えど給料泥棒である。
(……じゃあお前やれとか言われそうだな)
嫌になって来た。それなりの稼ぎを叩き出しているんだから、そろそろ事務でバイトの1人や2人雇えばいいのにとも思う。お袋だってずっと家に居る訳じゃないし、親父も俺が居ない間に依頼が入れば店を無人にせざるを得ない。そう考えると、誰か居てくれると有難いのだがしかし……
「後藤田さーん、南海製薬でーす」
シャッターを叩かれる。何だよ10時半なのにもう来たのか。
「はーい、開けまーす」
ガラガラとシャッターを押し上げた。いつもの配送人から諸々を受け取る。
「何か発注の方はありますか?」
「このリスト分をですね」
さっきまで書いていた一覧を手渡した。内容の確認を待つ。
「承知しました。では近い内にお伺いします」
「よろしくお願いします」
走り去るトラックを見届け、俺は店のシャッターを下ろした。受け取った諸々を在庫置き場で仕分けし、それが終わると大あくびをしながら居住空間へ戻った。
「終わりやしたー。ちょっと横になりまーす」
「広樹ー、お昼はどうする?」
「あー……うどん等で宜しいかと」
「じゃあ松田製麺に行こうか。お父さん戻って来たらそのまま直行しちゃおう」
「へい。ちと横になりやす」
部屋に引き揚げて布団に寝転んだ。携帯を手に取ると、滅多に来ないメールが入っている事に気付く。
「……あら」
学生時代の同級生から久々に連絡が入っていた。大体半年ぶりぐらいである。他県で働いていたヤツが戻って来たから、そいつを交えて久々に集まろうと言う事だった。
「えーと日時は……今日かよ」
せっかちな連中である。まぁ休みだからいいや。
「店は任せるぞー……っと」
適当に返信した。親父が戻るまで暫しボーっとする。
その後、戻って来た親父の車に乗り込んでうどん屋へ向かった。何でか運転させられる羽目になり、時間外労働を請求してやろうかなんて考えつつ車を走らせる。
松田製麺
混み出す前に到着したので、まだ人はまばらだった。本場四国で修行した店主の作るうどんは大好評で、昼時は行列も出来る人気店である。
「いらっしゃい」
「月見山かけ、中盛りで」
と親父。
「すだちおろしの並とかしわ天を」
これはお袋。
「たぬきネギ多め、中盛りで」
広樹です。
「毎度ー」
家族3人で好みがバラバラだ。中学の頃「お前って親に似てないな」と同級生たちに言われたのを思い出す。
食い終わって会計を済ませる。何となくだがブラブラしたくなったので、帰りの運転は拒否した。「薄情者!」とか言う親父を無視し、アーケードの方へ足を伸ばしてみる。
「本屋でも寄って……金下ろして散歩しながら帰るか」
アーケードの本屋に寄った。これと言って何かを買おうとした訳でもないが、大分前に1巻だけ買った漫画が気付けば10巻も出ていたので、取りあえず2巻を購入して店を出る。その後は銀行で夜のための金を下ろし、見慣れた町をウロウロしながら帰宅した。
「……少し寝ますかね」
飲みに行く事は伝えたので、家を出る時間まで横になる。目が覚めると、外はすっかり暗くなっていた。
「んじゃあ出て来るわ。風呂は追い炊きしますので気にしないで下され」
「珍しいねぇ。気を付けるんだよ」
「お土産頼むぞー」
「お断りします」
施錠して家を出た。場所はアーケード街のちょっと引っ込んだ所にある居酒屋だ。歩いてでも20分掛からない。
海鮮居酒屋 三好屋
学生時代から世話になっている店だ。馴染みと言う程も利用していないが、店長とは子供の頃から面識がある。ガラスの引き戸を開けると、居酒屋特有の匂いに包まれた。
「広樹ー、こっちだ」
「よぉ害虫駆除業者の倅」
「黙れ葬儀屋の息子め」
「久しぶりだな広樹」
中学高校とつるんでいた連中だ。基本的に、お互い遠慮はない。
「ビールでいいか?」
「ウーロンハイだな」
「ホッピーのセットで」
「黒ビールにするわ」
ビールは直ぐに腹が膨れるので苦手だ。ウーロンハイをチビチビやるのが好きだから、初手でビールは選ばない。個人的にだけど。
宴が始まり1時間が立った。話の内容は自然と、お互いの仕事がメインになっていく。
「お前の方は最近どうだ」
「最近……鎮守府でよく仕事してるわ」
「鎮守府ってお前…………あの鎮守府か?」
「あの鎮守府だよ。世界の海を荒らし回る深海棲艦から、我ら人類を護ってくれる艦娘が集まるあの鎮守府だ」
「マジかお前! テレビで何回か見たけど可愛い子いっぱい居るじゃんか! それ所か絶世の美女揃いだろ!」
まぁ、それは否定しない。みんな美人だしみんな可愛いし。
「ここで言うような事じゃないけど出るモンは出るんだよ。月に2回は定期チェックで行ってるかな」
「誰かと話したりするのか?」
うーん、これは顧客の個人情報流出になるのだろうか? 当たり障りなければいいのか?
「…………いやぁ、基本的に事務の人としか話さないな。まぁ遠目で見た事はあるけど、それが誰なのかは分からん」
上手くはぐらかした。内心穏やかじゃない俺を余所に、3人は好みの艦娘について語り出す。
「赤城だっけ? 美人だよなぁ。俺あんな感じの大好き」
意外にお茶目で食いしん坊(常人よりは)だけどね。
「いーや、俺は加賀の方がいいな。クールな表情だけど、あれは2人きりになった絶対にデレるタイプだ」
そんな事を目の前で口走ったら文字通り真っ二つにされるだろうな。いや、縦横で四等分にされるかも……
「俺はそうだな……鈴谷って言うギャルっぽい子がいいなぁ」
うん? 鈴谷? まだ会った事がないな。ギャルっぽいとか言われると先入観が生まれて実際にあった時に話し辛そうだ。意識しないようにしないと。
しかしあれだ。仕事で出入りしているとは言え、内部の人間しか分からないような事を知っているのにちょっとだけ優越感を覚えそうだ。
「店長! 店長!」
「何だ大声出して。お客さんに迷惑だろう」
「店長! トイレにアレが出たんです! お客さんが1人出られなくなってます!」
何か騒がしい。店員の女の子と店長の声が聞こえる。
「え、本当? 参ったなぁ営業中に」
あ、何か嫌な予感がする。とか思っていると、店長がこっちのテーブルに来た。
「ひ、ろ、き、ちゃん」
「今日と明日は定休日です。俺もオフです」
「そんな冷たい事言わないでよ。好きなお酒とつまみ1つずつサービスするからさぁ」
「こっちだって慈善事業じゃないんですよ」
「頼むよぉ、同じ町内会じゃないの。地域の貢献だと思ってさ」
あー面倒くせぇ。じゃあ高いヤツを頼んでやろう。それで手打ちだ。
「分かりました。それじゃ店長がオススメに載せてるあの酒を2合ばかり貰いましょうか。あとマグロのハチを一皿下さい」
店長の顔が歪むのを尻目に席を立った。店員の女の子に話し掛ける。
「すんません、バケツと食器用洗剤お借り出来ますか?」
「え、あ、はい。持って来ますね」
右手に洗剤、左手にバケツを持った俺は、アレが出たトイレ(女性用)にやって来た。
「客で来ていた業者のモンでーす、入りまーす」
声高らかに宣言した。中に入ると、OLらしき風貌の女性がトイレの一番奥で固まっているのが見えた。彼女と俺の中間ぐらいに、黒いのが物言わず鎮座している。
「そのままお待ち下さい。それにバケツ被せますんで」
ゆっくりと近寄る。ある程度まで接近した所で、ヤツの周囲を囲むように洗剤を撒いた。空気の流れを感じ取ったヤツが逃げ出そうとするも、目の前に撒かれた洗剤を触った瞬間に動きが止まる。それを見逃さず、上からバケツを被せた。
「はい、どうぞ外へ出て下さい。あとはやっておきます」
「す、すいません」
フラ付きながら出て行く彼女を見届けると、俺は後処理を開始した。詳細は語らないでおく。
「終わりました。それじゃ、酒とつまみお願いします」
「……分かったよ」
渋々と言った感じの店長からサービスの品々を受け取る。みんなで上手い酒と刺身を堪能し、店を後にした。
「じゃあなー」
「またその内」
「うぉーす」
「さいならー」
サクッと別れた。夜風を感じながら寝静まった家に帰宅し、風呂に入ってあとは寝るだけである。
「……ま、こんな休みもいいのかな」
明日はまぁ、ゆっくり出来るといいな。どうか分からんけど。