大変にお待たせ致しております。
一旦店に戻り、必要な道具やら何やらを車に積み込んでから鎮守府へ引き返した。それを台車に乗せて戦艦寮までの道のりをガラガラ進んでいる所で、加賀さんと遭遇する。
「この前はごめんなさいね。確認不足だったわ」
「ああいえ、こちらも色々と不十分でした。今度は看板か何かを用意します」
「それで、大淀とは仲良くなったのかしら?」
「……何を仰っているのかさっぱり」
そんな余裕はありませんでしたよ畜生。
「あら、倉庫閉じ込めイベントは男女の仲を深めると雑誌か何かで読んだのだけれど」
「そんなゴシップ記事は忘れて下さい。不健全です」
まさか計算してやった? いや、考えすぎだろう。
「急ぎます故、御免」
何でお侍のような口調になったのかは自分でも分からないです。
取りあえず足を進め、戦艦寮に辿り着くと金髪の綺麗な美人が仁王立ちしていた。角度的に見えてしまいそうなのを意識しないようにします。
「Guten Tag、私はドイツで生まれたビスマルク型戦艦1番艦、ビスマルクよ。あなたが Herr後藤田ね。1度顔を拝んでおきたかったの」
やっべー、超美人やん。もしかして元女優さんだったりされます?
「えー、はい、自分が後藤田です。定期的に出入りさせて頂いております」
「何かお願いする機会があるかも知れないから、その時はよろしく頼むわね。じゃあ、ちょっと用事があるからこれで失礼するわ」
「道中お気を付けて下さい」
ビスマルクは去って行った。風になびく髪から良い匂いがしましたが、今は仕事モードなので気にしません。
寮に入ると、見た事のある服装だけど顔は知らない2人組に遭遇した。ブラウンのロングヘアとショートヘアの組み合わせだ。ショートヘアの方から話し掛けられる。
「あ、もしかして後藤田さんですか?」
「ええ、そうです。お初にお目に掛かります」
「金剛型戦艦2番艦、比叡と言います。榛名と霧島からはちょっと前にお話だけ聞いておりました」
「nice to meet you、英国で生まれた金剛型戦艦の1番艦、金剛デス」
むぅ? 顔に見合わず海外の方のようですね。イントネーションもちょっと違う。不思議なもんだ。
「後藤田と申します。お見知りおき下さい」
「ハイ、妹たちの事もよろしく」
「邪魔するぞ。後藤田さんは居るか?」
「テイトクゥーーー!!!!」
寮に提督さんが現れた瞬間、目にハートを浮かべて走り出した。さっきまでの落ち着いた感じが吹き飛ぶ。
「コラ、お客さんの前で止めんか!」
「何時になったら私の愛を受け止めてくれるのデスカーー!」
二重人格か何かですかね……
「……えーと、あれでしたらそちらを優先して頂いて構いませんので」
「すいません! 出直します!」
「提督ゥ! 逃げないで下サーイ!」
金剛は寮から立ち去ろうとする提督さんに引き摺られたまま消えて行った。何だったんですかね今のは……
「…………では作業に戻りますのでこれで」
「あ、はい。お見苦しい所を」
「いえいえ、失礼します」
何も考えません。何もね。
炊事場に戻ると、大和型の2人が待っていた。長門さんと陸奥さんはどうしたのだろうか。
「遅くなりました。あれ、長門さんと陸奥さんはどうされました」
「2人は別の仕事で席を外した。くれぐれも宜しくとの事だ」
「頑張ってお手伝いさせて頂きますね」
美女2人を従える男。聞こえはいいが見た目は姫2人と下僕の方がお似合いだ。
「それではまず、この手袋をして下さい。アリはその体に見合わず、噛まれると結構痛いんです。アレルギー症状を起こす可能性もあるのでご注意下さい」
皮製の手袋を渡した。他にはゴーグルとマスクも用意している。
「髪は出来れば纏めて頂いた方が安全です。床に接した部分からアリが上って来るかも知れません」
「じゃあ、一旦自室の方へ失礼しますね。すぐに戻りますから」
「私はこのままで構わんが」
「長門さんから指示には従えって言われてるでしょ。早く行くわよ」
2人は自室へ引き揚げて行った。ポツーンと残されたまま俺は準備を進める。数分後、2人は髪を纏めた上から帽子を被って戻って来た。
「お待たせしました」
残った装備を整え、作業開始となる。まず工程の説明からだ。
「取りあえず、目に見える範囲のアリを除去しましょう。それが終わったら、棚を1つずつ移動させて綺麗にしていきます。棚が無くなった所も順次清掃し、一応ですが巣が出来ていないかを確認しようと思います」
業務用殺虫スプレーを手渡す。これを使ってアリの駆除を開始した。
「アリさんごめんなさい。私の不注意でこんな事に」
「止せ大和。建物の外に居るならいざ知らず、こうなってはやるしかないだろう」
何だか心を痛めてらっしゃるようですが、アリって結構見境ない連中なんですぜお嬢さん。食える物は何でも食うし、田舎じゃあ知らない内に玄関へ入り込んで家の中まで踏み入って来る厄介な奴らなんですよ。
「原因が人為的な物とは言え、一旦テリトリーを侵したらそれは害虫となります。これを放っておくと、外で生活してる無害なアリまで入り込んでお互いに良くない状況を作り出します。ですので、あんまり気にしないで下さい」
「そ、そうですね。では、参ります」
スプレーの噴霧が始まる。アリたちは異常に気付いて動きが早くなるも、次第に緩慢な動作になっていった。気付けば引っくり返ってピクピクしているアリで床が埋め尽くされていく。
「一旦、掃除機を掛けます。場所を空けて下さい」
これで死骸を吸引し、こちらの領土を広げていった。10分ほどを掛けて目に見える範囲の駆除が終了する。
「どうでしょうか」
「ええ。十分だと思います。では棚を廊下に移動させて綺麗にしていきましょう」
「また私の出番だな。任せて貰おう」
再び武蔵が棚の移動を始めた。1つずつ廊下に運び出し、張り付いているアリが居ないかを確認してアルコール除菌のウェットティッシュで拭いていった。俺はその間、棚が無くなった所に巣が出来ていないか調べていく。
「…………あらぁ」
壁と床の境目に隙間がある。そこからアリが出入りしているのを見つけてしまいました。
「こりゃあ泊り込みかな」
それはそれで間宮さんのご飯が食べられるので良いが、この仕事があと2日で片付くかは微妙なラインになって来た。
「取りあえず薬剤を流し込むとして……これどうすっかな」
隙間の周辺に殺虫剤を撒いた。続いて、この隙間をどうするか考えなくてはいけない。
「考えてても始まらん。ここは先住者に相談か」
と言う訳で、2人に状況を伝えた。下手すると内装業者の登場かとも思われたが、大和さんが何所かに内線を掛け始める。何となく、彼女が来る事が予想された。
数分後……
「ご無沙汰しています、後藤田さん」
「お久しぶりです」
明石の登場である。何に使うのか分からない道具が沢山入った腰物を着けていた。
「それで、隙間ってのは何所ですか?」
「ここなんですがね」
件の隙間を指差した。相変わらずアリが出入りしているものの、殺虫剤に阻まれてそれ以上は進めないでいる。
「あー、楽勝です。お任せ下さい」
明石は隙間を埋める準備を始めた。彼女の仕事は開発がメインだったと聞いていたが、普段はこんな事までやってるのだろうか。
「こういう事もやるんですね」
「私が好きでやってるだけです。修理も仕事のひとつなので、何でも経験値になるんですよ」
「なるほど。あ、埋める前に薬剤を流し込ませて下さい」
隙間へ薬剤をこれでもかと流し込んだ。今回はその場凌ぎだが、後でまた本格的な駆除も考えるべきだろう。室内の数をこれ以上増やさないため、取りあえずこの穴を塞ぐのが先決だ。
「ではお願いします」
「了解ですっ」
彼女はそう言うと、仕事を手際よく終わらせてしまった。思わず見惚れるぐらいの手さばきに感動する。
「これで完了です。もう部屋の中には入って来れないですよ」
「ありがとうございます。これで作業が続けられます」
「じゃあこれで失礼しますね。またゆっくりお話しましょう」
「え、ああ、では」
硬直する俺を余所に明石は去って行った。うん? え? いやいやまさか。だから無いってば。自惚れるな俺。
「……仕事しよ」
全てを頭の中から打ち消して仕事に集中する。棚は全て運び出され、掃除もほぼ終わり掛けていた。残るは巨大な業務用冷蔵庫だけだ。
「これ、動かしていい物ですか?」
「流石に私だけではちょっと無理だな。大和、一緒に運び出そう」
「廊下には出さないで、隅の方へ移動させましょう。これを廊下に出すと皆が通れなくなるわ」
2人は冷蔵庫を挟むように立った。本当に持ち上がるのだろうかと半信半疑に見守っていると、意外と軽そうに冷蔵庫が持ち上がる。マジか……
「よーし、ここらでいいな」
「私たちは掃除を続けますね」
冷蔵庫があった所の床は、かなり酷く汚れていた。ケーキの生地が固まったと思しき塊が幾つも確認出来る。
「これを綺麗にすれば、取りあえずはいい筈だ」
何匹かアリが残っているのでまずそれを駆除した。ガムテープで死骸を取り除き、鉄ヘラで固まった生地を剥がしていく。かなり頑固にこびり付いて、中々に骨の折れる作業だ。
「腕が痛ぇな畜生。もう少しもう少し」
約20分が過ぎ去り、全ての生地を剥がし終わった。綺麗に水拭きもして跡を拭き取り、殺虫と忌避効果のある薬剤を満遍なく噴霧する。
「これでいいな。そっちは大丈夫ですか」
振り返ると、斜めにされた冷蔵庫を武蔵が支え、大和が底部を掃除している光景が目に飛び込んだ。何とも力強い場面である。
「大和よ、まだか。中々重いぞこれは」
「もうちょっと待って」
やがてそこの掃除も終わり、冷蔵庫は再び垂直に戻った。棚や冷蔵庫を元々あった位置に戻し、一応これで全ての工程は終了となる。後は少しだけ調べたい事があった。
「この炊事場が面している所の屋外には、何がありますか?」
「えぇと……確か小さな花壇がありますね」
花壇か。と言う事は、元々そこに居たアリが中に入って来た可能性もあるな。
「見に行っても構いませんか?」
「大丈夫だと思いますけど……ちょっと待って下さいね」
「管理している者が居るんだ。一応、伺いを立てよう」
3人でその管理者の部屋へと向かった。階段を上がって2階へ行き、1つの部屋へ辿り着く。
「山城さん、大和です。いらっしゃいますか?」
ノックから数秒後、ドアが開いた。扶桑さんと同じような格好をしているがショートヘアで儚げな美人が顔を出す。
「……なに」
「ちょっと花壇を見させて頂けますか? 実は炊事場にアリが入り込んでいるのが分かりまして、もしかすると山城さんが手入れされている花壇の方からやって来た可能性が」
「……いいわよ。一応、その辺については配慮してたつもりだったけど、不備があったのなら謝るわ」
「いえ不備だなんて、そんな」
「後でどうだったか教えて頂戴。相応に対策を練るから」
「はい、ありがとうございます」
ドアが閉まる。随分とぶっきらぼうな態度だが、決して冷たい訳ではないようだ。
「……今のは」
「扶桑さんの妹さんです。不幸が口癖でして、提督が何か不幸だと思わないようになる事をすれば良いとアドバイスされた所、花壇の手入れを始められたんです」
「手を掛ければ草花は相応に答えてくれる。お陰で、その口癖も1日10回から2~3回に減った」
そんな効果があるとは驚きだ。確かに園芸療法と言うのがあるが、表面化するほどに効果のある事だったとは知らなかった。まぁ取りあえず、これで花壇を調べる事が出来る。
寮を出て裏手に回ると、そこには確かに小さいながらも立派な花壇が存在していた。花の種類は詳しくないが、どれも綺麗に咲いている。
「ではアリの有無を調べましょう。自分は壁の方を見ますので、お2人は周辺をお願いします」
二手に別れて捜索を開始。だが炊事場が丁度向こう側にあるであろう壁の一帯にアリの姿は確認出来なかった。
「外れかな。そっちはどうです」
「大きさが違う。中に居るのとは別種のようだ」
ふーむ、ここから導き出される答えとしては、床下に居たのが屋内に上がって来た可能性が高そうだ。隙間は埋めて貰ったから、1日2日ぐらいは凌げるだろう。だがその後も継続的に様子を見る必要がありそうだ。
「取りあえずこれで様子を見ましょう。明日またお伺いします」
「苦労を掛けるな。こちらでも手が空いた時に何度か見ておくとしよう」
「アリさん、そんな所でどうしたの? お家に帰れないの?」
大和は花壇を囲むレンガの外で右往左往しているアリを指先に乗せ、花の傍にある巣の近くへ降ろしてあげていた。
「はい、これで大丈夫ね。バイバイ、アリさん」
あぁ、うん。可愛いなぁと思いました。はい。体の割りにとか言ったら当然失礼なんだろうけど、どうにも言動が幼くなる時がありますね。
「……えー、今日はこの辺で失礼致します」
「あ、はい。ありがとうございました」
「では戻ろうか。長門や陸奥にも今日は終わったと伝えておく」
一度、寮に戻って道具を纏めた。そそくさと駐車場まで引き揚げるも、まだ夕方にもなっていないので久しぶりに間宮さんの所へ顔を出す事にした。
次回は続きからのハプニング回となります。
また暫くお待ち下さい。