鎮守府出入り業者の俺   作:土管侍

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8本足が迫る

 ある日、家のポストに見慣れない封筒が入っていた。差出人は県庁の自然環境課である。

 

「お、ついに来たか」

 

 少し前に受けた狩猟免許の合否通知だ。ガラにもなく胸の鼓動が高鳴る。こんなのは高校受験以来の感覚だった。逸る気持ちを抑えて封筒にカッターを入れていく。

 

「……ごうかーく」

 

 鳥獣の保護及び管理並びに狩猟適正化に関する法律により狩猟免許を与える。よってこの証を公布する。〇〇県知事

 

「これで事業拡大への第一歩が踏み出せるな。いや、寧ろこっからが大変だけど」

 

 現状、俺の経験値はゼロだ。知り合いのツテを頼ってあちこち修行させて貰ってから、正式な業務として請け負う事になるだろう。

 

「って訳で、次は親父の番な」

 

「おう任せろ」

 

 しかし、親父の不合格は続くのだった。

 

 そんな中、久々に鎮守府より相談でなく初っ端から依頼として仕事が飛び込んだ。急いで来て欲しいそうなので車を走らせ、毎度お馴染みのやり取りを終えて来客用の駐車場に到着する。

 

「……静かだな」

 

 敷地内は妙に静まり返っている。正門の警備は特に変わった様子は感じなかったが、何かあったのだろうか。

 

「取りあえず提督さんに連絡を」

 

「ヨォニイチャン、キョウハオレタチガアンナイシテヤルヨ」

 

「ワケアッテソトヲムヤミニアルケナインダ、ツイテキテクレ」

 

 久々に耳元で独特の甲高い声が聴こえた。こいつらと押し問答はしたくないので、黙って従う事にする。

 

 声の聴こえる方へ進み続けた所、恐らく潜水艦寮だったと記憶している建物に到着した。

 

「……ここでいいのか?」

 

「チョットマッテロ、ヨンデクルゼ」

 

「ケッコウナキョウテキダ、チュウイシロヨ」

 

 あの声が遠ざかる。5分ぐらいが経過した頃、急に頭上を無数の艦載機が飛び交い始めた。おまけにヘリコプター見たいなのが飛んで来て、目線の高さまで降りて来る。

 

『聴こえますか、後藤田さん』

 

 提督さんの声だ。目の前で飛んでるヘリっぽいのから聴こえている。

 

「はい、聴こえてます」

 

『このような形で申し訳ありません。実は潜水艦寮でタランチュラのような蜘蛛を見たと報告がありまして、全員を寮に隔離しました。ですが後藤田さんだけでは万一の際に危険ですので、志願者を募って人手を集めています。集計次第に向かわせますのでもう少しお待ち下さい』

 

 聞き間違いだろうか。タランチュラとか聴こえた気がする。マジか……

 

「……えー、タランチュラ、と」

 

 携帯端末で特定外来生物について環境省が定めているガイドラインを閲覧する。タランチュラに関しては特に記述が無かった。県庁のHPも調べるが、同じように記述はされていない。

 

「駆除について法令関係は特に問題無さそうだな。装備さえあればやれるか……」

 

『お待たせしました、各寮から6人が向かっています。陣容は日向・古鷹・ザラ・龍田・白露・綾波です』

 

 あ、何か嫌な単語が聞こえた。これまで接触を回避し続けて来れたのは幸運だったのだろうか。思わず帰りたくなってしまう。

 

「お久しぶりですぅ~」

 

 背筋を凍らせるような甘ったるい声が聴こえる。なるべく冷静を装って振り返った。

 

「大変ご無沙汰致しております。何時ぞやは至らない所をお見せしてしまいました」

 

「私も出過ぎた事をしたと反省しました。今回はお手伝いに徹させて頂きますねぇ」

 

 あれ、前より物腰が柔らかいような……

 

「ですが、仕損じた場合は遠慮なく仰って下さい。必ず仕留めますからぁ」

 

 うん。やっぱり怖い。

 

「相変わらず、君は難儀な物ばかり相手にする仕事が多いな。他の所でもそうなのか?」

 

 日向さんは落ち着いていて接しやすいです、はい。

 

「いやぁ普段は小物ばかりでして。ここは外国の船も出入りするでしょうから、外来種はいつ出ても不思議ではないでしょう」

 

 そこへ古鷹とザラ、白露に綾波も合流した。

 

「何か凄いのが出たそうですね。注意して探しましょう」

 

「Buon giorno、お久しぶりです」

 

「綾波にお任せ下さい。必ずお守りします」

 

「また私の助けが必要みたいだね。何時でも頼っていいよ」

 

「あなた騒ぎに託けて俺をいじりに来ただけでしょうが」

 

「トイレの件はもう言わないからさぁ」

 

 そう言いながら白露は思い出し笑いしている。あの件を知っている綾波以外は不思議そうな顔で見ていた。もうその話は止めてくらはい。

 

「はい。それでは何か厄介なのが出たそうですので、注意して参りましょう」

 

 全員を引き連れて潜水艦寮へ足を踏み入れた。そんな我々を1人の艦娘が出迎える。

 

「潜水母艦、大鯨と申します。ここの寮長を務めています。この度はご足労頂き、ありがとうございます」

 

 たいげい? ああ、「だいげい」でも「おおくじら」でもなかったんだ。そう読むのね。

 

「後藤田と申します。何でもタランチュラのようなのを見たとか」

 

「はい。蜘蛛って大体は巣にくっ付いていますから、床をあんなに大きいのが歩き回っているので驚きました。気になって調べましたら海外の蜘蛛だそうで、大急ぎで提督に一報を入れた次第です」

 

「何所で見たか教えて頂けますか。他の方々は部屋ですね?」

 

「提督の指示で、私以外は許可が出るまで部屋の外に出るのは禁じられました。取りあえずは安全だと思います。見つけたのはこちらです」

 

 8人はゾロゾロと移動する。到着したのは掃除器具の置かれた小さい部屋だった。

 

「ここです。一応、廊下はずっと見張っていたので、まだ他の場所には移動していないと思います」

 

 狭い空間は体の小さい生物にとって有利だ。人間は体が大きいのでどうしても一歩劣る。

 

「大鯨、どんな形をしていたか正確に教えてくれるか。色も知りたい」

 

「あ、はい。色は黒くて全身に光沢がありました。それと何と言うかその、ちょっとだけですがフサフサもしていました」

 

 日向が大鯨より情報を聞き出す。タランチュラは大体がフサフサしていそうだが、黒くて全身に光沢があると言う言葉が引っ掛かった。

 

「……まさかなぁ」

 

 どの都道府県だか忘れたが、それっぽい物の写真がネットに載ってたのを思い出した。大急ぎで検索すると、悪い予想が的中してしまう。その画像を大鯨に恐る恐る見せた。

 

「もしかして……これですか?」

 

「はい! これです!」

 

 最悪だ。まだ国内で目撃情報は無いが、これが敷地外に逃走したとなると騒ぎになるだろう。

 

「どうした、正体が分かったのか」

 

 日向の問い掛けに、ゆっくり言葉を選んで答えた。

 

「相手は恐らく、シドニージョウゴグモです。オーストラリアに住む蜘蛛で、姿形は似てますが正確にはタランチュラではありません。因みにこいつ、世界最強の毒蜘蛛として有名です」

 

 冷たい風が通り過ぎた。同時に、そいつが居るであろう部屋から自然と距離を置いてしまう。どうしたもんだろうか……

 

「いつもみたいに殺虫剤をぶちまければ終わりじゃないの?」

 

「あそこから既に移動していたとすると、それは無駄な作業になるよ」

 

「厄介だな。まず正確な所在を押さえなければならないか」

 

「取りあえずでも、あの部屋を虱潰しに探せばいいんじゃないかしらぁ」

 

 しからばこうする事にしよう。俺を中心に数名であの部屋から物を出しつつ、目標を捜索し見つければ駆除、見つからなければ他の所を探す。その間、残った者は寮の中を巡回して他の所に居ないか探って貰うのだ。それを提案してみる。

 

「何人かに別れて、あの部屋を捜索するチームと他の場所に行ってしまってないか探るチームを作りましょう。見つければその場で駆除、居なければ探るチームとは別で行動し、まだ見ていない場所を回る。これでどうですか」

 

 全員が納得してくれた。あの方の近く居るのは怖いので、このまま人選もしてしまおう。

 

「では日向さんと重巡のお2人にはこちらを手伝って頂きたいです。龍田さんと綾波ちゃん、白露ちゃんは捜索の方を」

 

「心得た」

 

「はぁ~い、じゃあ行きましょうね~」

 

 こうして上手くあの方と離れる事が出来た。一安心したのを悟られないよう、さっさと行動を起こす。

 

「始めましょう。ゆっくりでいいので、1つずつお願いします」

 

 箒やモップ、バケツ等をゆっくり運び出す。1人が部屋に入る間はもう1人がそれを見守り、更に2人で周囲を見張った。

 

「もし見つけてしまったら、どうすればいい」

 

「恐らくですが、問答無用で噛み付いたりはしないと思います。ゆっくりと距離を取って殺虫剤をかける空間を作り、自分が責任を持って処理します」

 

 運び出しは続く。しかし、最後に残ったゴミ袋が入るカートを移動しても、その姿を見つける事は出来なかった。

 

「何も居ないな」

 

「あの、もしかしてこのカートの中に居るんじゃ」

 

 古鷹がそう発言した。皮手袋を嵌めて、カートの中に入っている物を取り出していく。

 

「ザラ、天井の近くも注意してくれ」

 

「了解です」

 

 カートの中が空になった。ここまで来ても、まだ見つけられていない。

 

「移動してしまったんでしょうか……」

 

 古鷹は不安げになり、自然とザラが見張っていない方向を注視した。この連携は流石だと思う。

 

「大鯨が私たちを出迎えている間に移動した可能性もあるな。捜索チームと連絡を取ろう」

 

 しかし彼女たちも、まだ見つけられていないそうだ。この状況は宜しくない。

 

「どうする。あまり少人数になると、万一の際に対処が難しくなるぞ。この面子で捜索に出るか?」

 

「そうですね。全員でなるべく固まって移動しましょう」

 

 掃除器具は廊下の壁に等間隔で立てかけた。これは隠れられる場所を作らないためである。

 

 日向の提案通り、4人で捜索を開始して20分ばかりが経過した。何度か龍田率いるチームとすれ違うも、未だに発見出来ていない。1度休憩を兼ねてロビーに集合した。

 

「椅子へ無闇に座れないのが辛いですね」

 

「私は地べたでもいいけどね」

 

 こういう時の白露は逞しい。綾波は育ちの良さが感じられた。

 

「皆さん。お茶が入りましたから、一息入れて下さいね」

 

「大鯨、あまり1人で動き回るな。危ないぞ」

 

 湯飲みを配る大鯨が背中を見せた瞬間、日向の表情は凍り付いた。何と大鯨の背中に、真っ黒い8本足がピッタリくっ付いていたのだ。俺もその光景に釘付けとなり、体が硬直する。

 

「大鯨!」

 

「え、何ですか日向さん」

 

「じっとするんだ。絶対に動くんじゃないぞ」

 

 その声色と表情で察したのか、大鯨の顔が青くなった。カタカタと小刻みに震え始める。

 

「も、もしかして、私の」

 

「大鯨さんダメ! 動かないで!」

 

「じっとして下さい!」

 

「落ち着け、大丈夫だ。大丈夫だからな」

 

 ザラと古鷹が大鯨に呼びかけ、日向は落ち着かせようと尽力している。龍田は飄々としているが綾波はすっかり青ざめていた。そんな中、白露は何か考えている様子だ。

 

「あらぁ、これは手詰まりねぇ」

 

「ねぇ、箒で叩き落とす?」

 

 その提案は是とも言えるし否とも言えた。

 

「逃げ出されたら厄介だ。だけど、それも選択肢の1つだな」

 

 どうする。どうすればこの場を収められる。余り考えている時間は無い。ここは彼女の提案を実行して見るべきか。

 

「その提案、やって見るか」

 

「何か手伝いましょうかぁ?」

 

「アレを箒で叩き落とします。もし可能でしたら、あの時のようにして貰えませんか」

 

「ん~……ちょっと自信ないけど、やって見るわねぇ」

 

「みんな、椅子の上に登って! 今から叩き落すよ!」

 

 白露ちゃんの呼びかけで、俺と龍田さん、大鯨さん以外は椅子の上に立った。大急ぎで箒を取りに走り、再び戻って来る。

 

「準備はいいわよぉ」

 

 あの槍が実体化され、鈍い輝きを放っている。正直怖いです。ふと思ったけど、ここに居る皆はやろうと思えば同じ事が出来る筈だ。どうしてやらないのだろうか。まぁそれについては機会があればその内に聴いてみよう。

 

「では行きます」

 

 自在箒を蜘蛛の上からそっと近付け、そのまま勢いよく振り下ろした。ボトッと床に落ちるがすぐに体勢を戻して走り去って行く。

 

「おっと!」

 

「あら~、意外にすばしっこいのね」

 

 蜘蛛は廊下へと姿を消した。それを追いかけていくと、スクール水着を身に纏った2人組と出くわす。

 

「いやぁ! 蜘蛛でち!」

 

「だからイクはまだ出ない方がいいって言ったの!」

 

 どうやら蜘蛛も驚いたらしく、こっちへ引き返して来た。脚が長いので大きく見えるが、体そのものは5~6cmなのでそこまで巨大な訳ではない。

 

「食らえ!」

 

 殺虫剤を左右に振りながら噴霧した。こうすればどっちに逃げようが、薬剤の中へ突っ込む筈だ。

 

 蜘蛛は玄関の方を目指して走り出すが、気化しかけた薬剤の中を突っ切ったためある程度のダメージを負ったらしい。動きが少しずつ鈍くなっていく。

 

「はーい、外には出させませんよー」

 

 小走りで先回りして玄関を閉めた。蜘蛛は歩みが更に遅くなっている。

 

「悪いね。仕事だからさ」

 

 真上から殺虫剤をかけてトドメを刺した。脚を折り畳んで小さくなり、完全に動かなくなってしまう。

 

「……終わりました」

 

「ありがとうございます! ほら、イクちゃんとゴーヤちゃんも」

 

 イク? ゴーヤ? どんな字ですか?

 

「ありがとうでち! 潜水艦の伊58、ゴーヤでち」

 

「潜水艦の伊19、イクって呼んでいいの。やっつけてくれて、ありがとうなの」

 

 58でゴーヤ、19でイク、なるほど…… しかし、何故に水着なんですかね……

 

「後藤田と申します。潜水艦の皆さんは初めてお会いしますね」

 

「あ、2人共。どうして許可が出る前に部屋から出て来たのかしら?」

 

「何かロビーの方が騒がしくって、退治出来たんじゃないかと思っちゃったんでち」

 

「連絡が来てないから、イクはまだ出ない方がいいって言ったの」

 

「もう、ダメですよ。もしかしたら、2人のどっちかが噛まれてたかも知れないんですからね」

 

「ごめんなさいでち」

 

 うーん、まぁその件に関しては同意なんですが……

 

「みんなー、蜘蛛の退治が終わったなのー」

 

 目に毒です。特にあなた。何所がとは言いませんが今にもはち切れそうじゃないですか。

 

「本当? ロビーにスマホ置きっ放しだから取りに行っていい?」

 

「もうロビーで本を読んでも、大丈夫?」

 

「お風呂にどぼーんしに行ってもいいの!?」

 

「まだ許可が出てないから待ってしおいちゃん!」

 

 いかん。スク水集団が現れた。これはいかん。倫理的にも色々と……

 

「あー、えー、ではそろそろ失礼致します」

 

「はい! ありがとうございました!」

 

 死骸を回収して、潜水艦寮を後にした。一歩踏み出した瞬間から耳元であの声がし始める。

 

「スクミズハキライカ?」

 

「イクダケジャナイゾ、ハッチャンモオオキイカラナ」

 

「知らん! 俺は帰る!」

 

 早歩きで駐車場に辿り着き、車に乗って鎮守府から退散した。今日は随分としつこく、正門を出る直前まで声がしていた。

 

「あー疲れた」

 

 何かもう、怪しいお店が開けそうな空間だった。取りあえず帰ろう。そんで死骸も処理しよう。

 

(広樹です。それから暫く、スク水系が自分の中で流行りました。まぁ、左程長続きはしませんでしたが……何を言ってるんでしょうね)

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