時系列はちょっとだけ遡る。駆逐艦寮のダクト内に残っているであろう蚊の駆除について提督さんと打ち合わせを繰り返す傍ら、俺は鳳翔さんのお店を訪れてカメラの映像確認もしていた。
「……映っちゃいないが、やはり夜に地上へ出て来ない事からヒミズ属である可能性は低いな」
ここに居るのが十中八九アズマモグラである事は間違いないが、駆除の対象ではない動物が罠に掛かった場合は逃がさないといけないので、情報の収集は入念に行わなければならない。人前に中々その姿を見せないのが相手では、どうしても慎重になる必要があった。
カメラのメモリーカードを交換した所で携帯が鳴り始める。相手はネズミ捕りやら罠の類を取り扱ってる付き合いの長い業者だった。
「はい、後藤田です」
取り寄せをお願いしていたモグラ用の罠が手に入ったそうだ。農家やゴルフ場なんかで多く使われている物で、そこそこの実績もあるらしい。近い内に店へ送ると言っていた。
「分かりました、ありがとうございます。それでは」
情報は一通り揃った。罠も近い内にやって来る。あとは……
「……そうだ、役所行かないと」
駆除の申請がまだだった。用紙は事前に入手して記入も終わってるから、あとは窓口に持っていくだけでいい。問題はどれぐらいの日数で許可が下りるかである。まぁでも、その間は蚊の方が先だ。
市役所の環境課に申請を出し、通知が来るまでの間に準備をしながら蚊の一斉駆除を行った。
「凄いわね。煙が色んな所から出てるわ」
「これで蚊に悩まされる日々ともおさらばにゃしぃ」
駆逐艦寮の外壁にある複数の通気孔から、白い煙が立ち上っていた。これで生き残っているのは殆ど仕留めたと考えていいだろう。
「実際どうかな。あれから蚊は出てる?」
「全く遭遇しないよ、お陰で毎日快眠さ」
「あぁ、快適だねぇ。面倒な事でもやる気が湧いて来るってもんだよ~」
どうやら問題ないらしい。これでまた1つ仕事が片付いた。
「事前に説明した通り、最低でも2時間は部屋に入らないようにね。換気も十分にしてから出入りするように頼むよ。じゃあ少し席を外すけど、何かあれば連絡してくれ。それじゃ」
その場から離れて、鳳翔さんのお店へ向かった。今日は罠を何所に仕掛けるか事前に見ておくのが目的である。
「失礼致します」
「お疲れ様です。ここ最近、頻繁に来られますね」
「実は罠が手に入りましたので、何所に仕掛けるかの下見に来ました。近々、人手を借りて色々と設置する日を設けようと考えています」
「そうでしたか。ではこちらでも、声掛けをしておきますね」
「ありがとうございます」
裏の畑に出る。まず、モグラが移動に使っている本道を見極めねばならない。そこに仕掛けなければいくら待っても捕獲する事は出来ないそうだ。
「さて……モグラ塚の場所は分かってるから、まず掘り返してみるか」
小さいスコップを取り出し、近くにあるモグラ塚から掘り返していく。中には1本の道が出来ていた。ここが移動によく使っている「本道」なのか、そんなに通らない「支道」なのかは、埋めた後に修復されているかどうかで見分けるそうだ。
「ここをモグラ塚Aと呼称しとくか。じゃあ次だな」
埋め戻して道を塞いだ。そのすぐ傍に、マジックで書けるネームプレートに「A」と書いて土に挿しておく。同じ作業をモグラ塚がある分だけ繰り返した。
「あ~、腰いてぇ」
中腰の作業はキツイものである。昔は平気だったのに、ここ最近は体へダイレクトに影響が出るようになって来た。
「これが年か畜生」
親父のようにはなりたくないと思いつつ、年齢には逆らえないのだろうか。運動する習慣でも作ろうかなんて考えながら作業を進めていく。
「よーし、これでいいな」
全てのモグラ塚を一時的に潰した。ネームプレートも設置完了である。これでまた暫く様子を見て、掘り返されている所にだけ罠を仕掛ければいい筈だ。
「後は…………地面に盛り上がりがないか調べるか」
モグラが通った場所は、地面が盛り上がっているらしい。なのでまた姿勢を低くして地面を凝視する。
「……お、これは」
畝の一部に、奇妙な盛り上がりを見つけた。ここは特に何かを育てている畝ではない。
「ここから一番近いモグラ塚は……あっちか」
一番近いモグラ塚との距離は1mもない。恐らく、ここが通り道である事は間違いないようだ。それは同時に、本道の可能性が高い事の証明でもある。
「写真写真っと」
この状態をカメラに収めた。他にもないか探すと、合計で6箇所の盛り上がりを確認。その内でモグラ塚に近いものは4つだった。
「この4つは本道っぽいな。要警戒にしとくか」
立ち上がった瞬間、右足が地面にめり込んだ。驚いて思わず声が出る。
「うお!?」
トンネルを踏み抜いたらしい。これでは鳳翔さんの作業も中々進まない事だろう。
「これは鬱陶しいな、危ない危ない」
地面を埋め戻して、ここも写真に撮っておいた。今日はこれぐらいにしておこうと思う。
「駆逐艦寮からの連絡もないし、今日は帰りますかね」
鳳翔さんに断りを入れて、今日は失礼した。一応だが駆逐艦寮にも顔を出してから帰路に着く。
それから3日が経過。まだ通達はない。その間、モグラについて調べる。定休日なのでいい暇つぶしだ。
「アズマモグラは肉食性、ほぉ」
日本に生息するモグラの内、雑食性で何でも食べるのは主にヒミズ属だけだそうだ。農家が頭を悩ませているのはコイツらしい。アズマモグラは基本的に昆虫やミミズを食う肉食で、たまに植物の種子を食う事もあるそうだ。
「まぁ野菜の種を食われたら育てようがないもんなぁ」
鳳翔さんの話しでは、主に地面の踏み抜きと畝の崩壊、種を食べられる事で野菜が育たない被害が上げられていた。言われて見ると、育った野菜の方に実害が起きていないのが不思議だった。
「その他には移動に伴って野菜の根を切ってしまう被害等が上げられる……なるほど」
まだまだ勉強不足のようだ。もっと調べなくてはならない。でないと、他の所から依頼があった時に無知を晒す事になる。
「こんなに勉強してんの多分、高校受験以来じゃなかろうか」
勉強机はかなり前に近所の学童に寄付したので、自分用に買い直した滅多に座る事もない簡素な机でこうして勉強しているのが滑稽に思えて来た。こんな光景を誰かが見たら何て言うだろうか。
「やだアンタ、大学でも受けるつもり?」
部屋を覗き込んだ母親の発言で椅子から転げ落ちそうになる。どっかで聞いた事のある台詞だが、気にしないでおこうと思った。
「そんな金があるなら家を建て替えた方が宜しいかと」
「いい近所迷惑でしょそんなの。ただでさえ狭いんだから、やるなら商店街で一斉にやんなきゃ。木村さんの所なんて家が傾いちゃって、2階の窓が全部開かなくなったってね」
木村さんとはこの商店街で住人たちが出口側と呼んでいる方の角で理髪店を営んでいる人だ。戦後すぐに建てられた店舗兼住宅で長年商売している。この商店街では最も古い店だ。
「まぁ仮にやるとして、全員の生活をどう保障するかで騒ぎになりそうですな」
「でもいつかは考えないといけない問題だねぇ。あぁ、お昼どうする?」
「あ~……溜まってるレトルトカレーでも消費しますか」
「はいはい」
恐らく親父が「何でもいい」なんて言ったんだろう。戸棚の奥にひしめく安売りレトルトカレーが脳裏に浮かんだのでそう言ってしまった。
そんなこんなで時間は経ち、役所から通知が来た。駆除ないし捕獲の許可が出たので、これで仕事を実行段階に移す事が出来る。まずその旨を提督さんに伝え、罠を仕掛ける日の調整に入った。
一方で、入手したモグラの罠を取り出し、自室で動作の確認や取り扱い方を調べた。
今回用意した罠は2種類。トンネル内部に仕掛け、入ったら出られなくなるパイプ状の罠と、地面を掘り起こして仕掛けるトラバサミのような罠である。更にもう1つ、モグラの行動範囲を押さえ込む超音波発生器も用意した。
「えーと……爪を開いたら安全棒を一周回して固定し、カギ部分に引っ掛けると」
パイプ状の罠は置くだけでいいので、特に確認する事はなかった。しかしこっちの罠は中々に凶悪な外見をしている。これ捕獲じゃなくてどちらかと言えば一撃で葬るタイプの罠じゃなかろうか。
「そんで、これを掘り返した場所に仕掛け、上から土を被せたり草で覆ったりすれば良しと……本当に掛かるのか? これ」
怪しいものを感じるが実績はあるらしい。それを信じようと思います。
捕捉
畝(うね):作物を育てるために畑の土を盛った部分
今回用意した罠の内の1種類は「モグラトール」で検索すると形状が分かります。
追記
来月から多忙になるため、次回の投稿が未定になります。取りあえず土竜回は次で最後の予定です。ご了承願います。