初のモグラ退治に臨み5匹の成果を出した直後、イノシシが罠に掛かったと連絡を受けた俺は、翌日に装備を整えて日義さんの元を訪れた。
「……おぉ、本当に居ますね」
「まだ元気みたいだな」
イノシシは罠から逃れようとして激しく動き回っている。豚よりも野太い声が響いていた。ここは幾つかある獣道の1つで、そこに仕掛けた罠に掛かったようだ。偶然ではなく狙った場所だったので気分もちょっと良くなる。
「いいか、今回はお手本を見せるが、次に掛かった時はやって貰うぞ」
「はい」
今からするべき事。それは【止め刺し】と呼ばれる作業だ。罠に掛かった獲物を電気ショックや棍棒なんかで行動不能にし、血抜きを行うための前作業である。
「罠を仕掛けた周辺を中心に地形が少し変わってるな。これを土俵と言うんだ。言い返せば、獲物は罠が外れない限りこの土俵の外に出る事は出来ない」
「分かりました」
「んで、その状況を利用してワイヤーを巻き取らせるように追い込むぞ」
2人でイノシシを左右どちらかの方向に追い回し、イノシシ自身がワイヤーを木々に絡ませてその長さを短くしていくように誘導し続けた。最終的にイノシシは身動きが出来ないようになる。
「そいじゃあ、コイツでやるからな」
日義さんはザックの中から大き目のハンマーを取り出した。それで無事に止め刺しの作業が終わる。
あ、その後の作業については割愛致します。大変にグロテスクで御座いました故……
それから暫くし、モグラの定期チェックで鎮守府に来ていた所、加賀様に呼び止められた。何もやましい事はしてないんですが何の御用でしょうね。
「悪いわね、駆逐艦寮でちょっと困った事が起きているわ。話だけでも聞いてくれるかしら」
「何でしょうか」
「蜂でも蚊でもないのが大量に飛び回ってて、何人か刺されてしまってるの。羽の音で怯えている娘も出てるわ。正体を突き止めて、もし対処出来るのであればその度合いによっては依頼としてお願いする事も考えています」
蜂でも蚊でもない? そんで刺す? はて……
「ほぉ……分かりました、取りあえず行ってみます」
「後で連絡を頂戴。提督には伝えておきます」
「承知しました」
駆逐艦寮へ向かった。ロビーに入ると同時に屯している娘たちを発見する。面子は知らない顔ばっかりなので取りあえずスルーし、管理人室のドアを叩いた。
「はい。あ、後藤田さん」
「お邪魔してます。加賀さんから聞いて来たんだけどさ」
中に居たのは吹雪ちゃんでした。更に綾波ちゃんも奥から出て来た。
「こんにちはー、どうされましたか?」
「蜂でも蚊でもないのが飛び回ってるって聞いてね。刺された娘から話を聞きたいんだけど、出来るかな」
「はい。呼び出しますからちょっとお待ち下さいね」
管理人室の中に入れて貰った。数分待った後、4人の娘たちがやって来る。
「五月雨です。ご無沙汰してます」
「……初雪です」
「吹雪型7番艦、薄雲と申します。ご足労頂いてありがとうございます」
「綾波型、曙よ。あんなに痛いのに蜂じゃないって何なのよもう」
4人とも顔色が良くないように見える。寝不足だろうか。
「加賀さんから聞いて来たんだけど、詳しく話して貰えるかな」
それぞれが刺された時の事情を聴く。共通するのは、何かの羽音がしたと思えば一瞬で遠ざかり、まだ音がしたと思った瞬間、体の一部に激しい痛みを感じたそうだ。蜂かと思って慌てて振り払うも、同じように瞬間的な羽音を残して消え去ったと言う。
「…………何だろうね、それ」
「分かりません~、もう3日も痛くてよく眠れないんです~」
「痛い……なんにも集中出来ない……引き篭もりたい」
「アンタは結局引き篭もりたいだけでしょ」
「凄く腫れてるんです。これって何なんでしょうか」
そう言いながら、薄雲は腕の一部を指差した。そこは紫に変色して痛々しく腫れ上がっている。
「うわ、酷いなこれ」
痛みが強いなら蚊ではないし、蜂は刺されると赤く腫れる事が多いので本当に蜂でもないようだ。
「因みに羽音ってどんな感じかな。ブーンとかブブブとか」
「本当に一瞬よ。ブン! って鳴ったわね」
「瞬間的だった……真横を砲弾が通り過ぎるみたいに」
はい? 砲弾? まぁ聴かなかった事にしよう。
「取りあえず敷地内を少し回らせて貰おうかな。遭遇した所は覚えてる?」
地図にそれぞれ書き込んで貰った。被害は全て屋外で発生しているようだ。その情報を元に捜索を始める事とする。
「それじゃあちょっと行って来る。4人はもう大丈夫だから部屋に戻って貰っていいよ」
管理人室を出てロビーから建物の外に出ようとした。そこで寮に戻って来た白露&村雨に遭遇する。
「何か珍しい組み合わせだね」
「いや別に姉妹なんだから誰と一緒に居たっていいじゃん」
「あらあらー? 姉さんに会いに来たんですかー?」
またこの娘はもう……
「加賀さんから頼まれて様子を見に来ただけだよ。蜂でも蚊でもないのが飛び回ってるらしいね」
「あー、確かに最近そっちこっちでブンブンと」
そう言った瞬間、白露がビクッとした。瞬間的に後ろを振り向く。
「今後ろに居た!」
「大袈裟よ姉さんったら」
しかし、村雨もビクッとなって身を屈めた。どうやら近くを通ったらしい。
「アンタだって怖いんじゃん!」
「ちょっとビックリしただけよ!」
「建物の中に入ってな。見て回って来るから」
2人が寮に入るのを見届け、何がこの辺で悪さをしているのか調査を始めた。他の寮と違ってここだけ常に何かしらの被害が出ているのはどうしてなのだろか。
「……おっと?」
出入り口から右回りに進む。そこには背丈の高い草木が植えられた場所があるのだが、建物との間に分け入っていくと、外壁にかなり大き目のハエのような虫が何匹か張り付いているのが見えた。
「…………アブだったのか」
アブ。漢字では虻と書く。こいつの場合、刺すと言うよりは皮膚を嚙み千切ってそこから出る血を吸引するそうだ。それが中々に痛いと聞く。
「ここ最近は湿気が多かったから、それで増えたんだな」
とか言っていると耳元で羽音がした。思わず身を屈める。
「うお!」
急いでその場を離れた。アブ自体に危険な毒はないが、噛まれると酷い時は3週間近くも腫れるらしい。ちょっと御免被りたい怪我である。
「参ったなぁ、車に殺虫剤あったかな」
ブツブツ言いながら寮の入口まで戻り、また中に入って管理人室のドアを叩いた。
「後藤田でーす」
「はーい」
ドアを開けてくれた吹雪ちゃんと共に管理人室へ入った。状況を説明する。
「殺虫剤なら確か在庫がここに」
そう言いながらロッカーを開けると、殺虫剤の詰まった段ボールが積んであった。しかもこれは最近発売された「ハチアブジェノサイダー」と言う商品で、銃みたいに噴射の出来るガンタイプだ。噴射距離も長くて使いやすい。
「おー、いいの置いてるね。高かったでしょ」
「あ~ちょっと値段までは」
「ウチだったら安く卸すから今度相談してよ。多いほど値引き出来るからさ」
「一度司令官と話してみます」
いかん、久々に商魂を出してしまった。それよりまず、加賀様に連絡しないといけないだろう。
「ここから執務室に電話って出来るかな。加賀さんに報告しないといけなくてね」
「じゃあ掛けますね」
内線を掛けて貰った。いや、別の施設に掛けるのは外線だろうか。まぁいいや。
「加賀さんです、どうぞ」
「ありがとう」
受話器を受け取り、事のあらましを話した。
『分かったわ。では正式に仕事としてお願いします。ついでだけれど、なるべく皆が自分で対処出来るように指導もして貰えるかしら。あなたも何かある度に呼び出されてたら他の仕事が回らないでしょう?』
「お気持ちは有難いのですが別に迷惑だとは思ってませんよ」
『どうかしらね。腹の底では乙女の花園に出入りしてよからぬ事を考えてないかしら』
「人を変態みたいに言わないでくれませんかね……」
『駆逐艦はストライクゾーンじゃないと言う事ね。やっぱり軽巡がお好み?』
「帰っていいですか」
『冗談よ。じゃあお願いね』
受話器を戻す。最近どうも冗談が冗談に聞こえない時があるんだよなぁ……
「お仕事になりました。加賀さんから指導も頼まれたんだけど、今って誰か集められる?」
「ロビーに居る娘たちを呼びますね」
と言う訳で人手が招集された。さっきまでロビーでお喋りしていた娘たちである。
「秋月型防空駆逐艦、秋月です! よろしくお願いします!」
「2番艦の照月と言います。最近ここに来たばかりです」
「3番艦、涼月と申します。皆さんからお話は伺っておりました」
「4番艦の初月だ。よろしく頼む」
「陽炎型の浜風です。お初にお目に掛かります」
「私は磯風と言う。長々とここを開けていたが、つい先日に浜風と共に帰って来た所だ」
「初めまして、萩風です。お世話になります」
わー、みんな可愛い、綺麗。そんで立派。何所がとは言わないけど。
「後藤田です。話だけは聞いた事があるでしょうが、皆さんが居ない間にここへ出入りさせて貰っております。加賀さんから指導も頼まれたので、全員で今この辺を飛び回ってる厄介な存在の駆除を行いたいと思います」
まずアブについて一通り説明する。萩風はちょっと引き気味の顔になったが、他はやる気になったようだ。
「対空戦闘はお任せ下さい!」
「腕が鳴るな。万事任せて貰おう」
「磯風、それは僕たちの台詞だ。秋月型の本領を見せてあげよう」
「私たちも対空戦闘では負けませんよ」
「あ、えっと……私はそんなに得意じゃないですけど、頑張りますね」
何か分からないが火を点けてしまったらしい。拙い選択肢だったのだろうか。
「えーそれでは、この殺虫スプレーを使います。本数も沢山あるので1人2本ぐらいを使い切るつもりで行きましょう。くれぐれも誰かの顔に向けて噴射しないようにお願いします」
そんで減った分はウチで発注して儲けさせて貰おう。いや実際ですね、ここの仕事は他に比べてやっぱ金額を貰えるんですよ。他を疎かにしてる訳じゃないけど、いい繋がりを得れたと思います。
全員の準備が終わり、ゾロゾロと寮の外に出て行った。萩風以外は両手にスプレーを構えて殺気立っている。
「じゃあ着いて来て下さい。その辺を飛び回ってるから注意してね」
と言った瞬間、耳元で羽音がした。身を屈めて離れる。
「うおービックリした」
だが驚いたのは自分だけではなかった。彼女たちも盛大に慌てている。
「え、何!? 耳元を何かが通った!?」
「3時、いえ4時の方向にも!」
秋月と照月が羽音に混乱している。無理もない。
「萩風、足に何か居るぞ! 振り払え!」
「いやぁ!」
磯風に指摘された萩風は涙目になって足をバタバタさせた。まずい、このままでは収拾が付かなくなる。
「寮の壁を背にしよう。そうすれば後ろは安全だ」
全員で建物を背にして歩き始めた。これなら180度の範囲だけで対応出来る。
「なるほど、海の上では出来ない戦術だ」
「僕たちはいつも全方位に気を張っているから、それが半分になるだけでこんなに安心出来るものなんだな。無暗に背中合わせになると隊列が崩れるし」
「後藤田さん、一度提督の試験を受けて見ては如何でしょう。それなりに才能があるのではと浜風は思います」
「いやー俺にそんな度胸はないなー」
でも内心、ちょっと揺れました。まぁ仮に受かったとして続けられるかは分からないし、こんなに女性だらけの環境は心臓に良くないですわ。それに俺みたいな適当なやつに人々の平和をなんて重責は耐えられません。
「後方、来ます!」
「お冬さんには近付けさせません!」
照月と涼月がスプレーでアブを撃退した。して、お冬さんとはどなたでしょうか。今ここには冬の名前が付く娘なんて居ない筈ですが……
「初月、真上にも注意して」
「大丈夫だ秋月姉さん」
「萩風、顔色が悪いですよ」
「な、何か私だけ場違いな気がして」
「案ずるな萩風、私たちがついている」
んー、まぁ確かにやる気満々な6人の中で1人だけ及び腰なのは見て分かる。
「そろそろだ。この角を曲がった先の壁にいっぱい居るから、ゆっくり行こう」
接近を悟られないよう壁伝いに進む。さっきは気付かなったが、鼻先を腐臭が掠めた。もしかすると何かに集っていたのが臭いに釣られて飛び回っていたのかも知れない。
ある程度まで近付いた。ここからならスプレーも十分届く。
「じゃあやろう。スプレーは上下に噴きつけると拡散して広範囲に届くし、こっちに飛んで来るのも避けられるからオススメだよ」
2人ずつ交代でやって貰う事になった。自信のない萩風は他の所から来ないか見張りを任せる。ただ1人にさせるのも不安なのでそこに加わった。
「俺も一緒に見張ろうか」
「す、すいません。お役に立てず」
秋月型4人と磯風&浜風が盛大にスプレーを噴射し始めた。殺虫剤を食らったアブが次々に地面へと落ちていく。
「さてと、他に居ないかな」
とか言っていると耳元を掠めた。手で払った瞬間、コツンとした感触があった。
「おぉ、それなりに質量あるんだなこいつら」
約10分後、粗方の退治が完了した。気化しきってない薬剤で視界が少しだけ白い。
「独特な匂いがしますね」
「着臭ガスが混ざってるんだ。これだと人間ならすぐに分かるから、万一の時に中身が漏れ出てるって警告にもなる。あとはその辺の草木にも吹きかけて、外周を回って他に居ないか探しながら戻ろう」
そのまま寮の外壁を回りながら、所々で飛んでいるアブを撃墜しつつ進んで行く。一周して戻って来てから地面をよく見てみると、何かの死骸があるのが分かった。
「……カエルか何かか?」
ぶっちゃけもう原形を留めてない小動物らしき亡骸が横たわっていました。これは一体なんなんでしょうね。最早こうなっては探るだけ無駄だろうが。
「これに集って血を吸ってたって訳か。そいじゃこれも回収しますかね」
ゴム手袋をして回収完了。ビニール袋で5重包みにした。これならもう虫は集まって来ないだろう。
「はい終わりでーす。お疲れ様でしたー」
使い切った殺虫剤を計上して吹雪ちゃんに報告する。目論見通り、減った分はウチで補充する事になった。毎度ありがとうございます。
「出入口とかに常備しとくといいよ。あとはドアを開けっ放しにしない事かな、そうすれば中には入って来れない」
「ご苦労様でした。司令官にも伝えておきます」
「ありがとうございました! これからに役立てます!」
「楽しかったぞ、またこんな事があれば進んで手伝わせて貰おう」
「ご教授頂き、ありがとうございました。これからも陽炎型を宜しくお願い致します」
「蜂が出た時は今度こそ秋月型に任せてくれ。全て叩き落して見せる」
「わ、私はちょっと遠慮したいです」
皆の自信もついたようで何よりです。萩風は仕方ないでしょう。それではお暇します。
(広樹です。もしまたスズメバチが出たら本当にお願いしようかと思います。それか親父に仕事を投げます)
涼月と初月が逆でした。
失礼致しました。