鎮守府出入り業者の俺   作:土管侍

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ハイイロだけど黒とか茶色だったりもする その1

 広樹です。近所の幼稚園に来てるとです。

 

「ではお願い致します」

 

 園長先生に連れられた俺は、小じんまりとした体育館に足を踏み入れた。多くの園児たちが体育座りをしている。そのままステージに上がり演説台のある所までやって来た。

 

「今日は皆に触ったり近付いたりすると危ない虫さんを覚えて貰います。このお兄さんは、そういう虫さんから皆を守ったり、近付かれないようにしてくれる人です。よくお話しを聞いて、お家に帰ったらお父さんお母さんにも教えてあげましょう。いいですね」

 

 元気な返事が聞こえて来た。こんな時代が自分にもあったなぁと思いつつ、園長先生を横目で見やる。しかしハゲたなこの人。昔はもっと髪がたくさん……

 

「それともう1つ。お兄さんはちっちゃい頃、この幼稚園で皆と同じように過ごしていました。いい子にしていたら、皆が知らない昔の事を聞けるかも知れませんよ」

 

 何だその前振りは。そんなネタは用意してませんよ元教頭先生。

 

「……そういうのは事前に言って頂かないと」

 

「まぁまぁ。ちっちゃい子は何かご褒美があった方が励むもんだ。じゃあ頼んだよ、つくし組の広樹くん」

 

 そう、俺はここの卒園生なのだ。やっぱり来るんじゃなかったなぁ。畜生、どうしてくれよう……

 

「はいこんにちは。皆は虫や動物を見たり触ったりした事があると思いますが、その中には触ると痒くなったり、痛くなったりする虫が居ます。動物だと引っ掛かれたり、噛み付かれたりするかも知れません。まず大切な事を2つ、皆に守ってもらいたいです。触らない、近付かない。これを守るだけで、毎日楽しく過ごす事が出来ます」

 

 いら〇と屋だのから引っ張って来た素材で作ったスライド等で、とても柔らかい表現を用いて説明する。これが成人相手ならいつもの仕事モードでベラベラ喋れるが、目の前に居るのは3歳から5歳だ。難しい事を言っても仕方ない。

 

 無事、説明が終了した。さて、皆いい子にしていたので昔話をしなければならない。

 

「じゃあ皆いい子にしてくれたので昔の事を喋ろうと思います。これは噂話ですが、園庭、皆が遊んだり運動したりする所の端っこに大きな木がありますね。その木に手を触れて心の中で質問をすると、木が何でも答えてくれるという噂話が昔にありました。もしよかったらやって見て下さい」

 

 園児たちがザワついた。最近の子供はこういうのを信じないかと思ったが、意外にも通じて嬉しい。まぁこれも誰が言い出したかは知らない噂だ。

 

「ありがとうございました。じゃあ皆、拍手でお兄さんを見送ってあげましょう」

 

 一礼してこの場を去る。あとは職員室であれこれやり取りして帰路に着こうと思った所で携帯が震え出した。鎮守府からである。

 

「はい後藤田です」

 

 ちょっと見て欲しい案件が発動した。一度帰ろうかとも思ったが面倒なので直行する。

 

 と言う訳で正門で用紙に記入し、来客用の駐車場に車を停める。大淀さんが待っていてくれた。

 

「おはようございます。あれ、何かいつもと違います?」

 

 大淀さんは見慣れないチェック柄のカーディガンを羽織っていた。

 

「執務室の空調がおかしくなってしまって、ちょっと寒いので1枚上に着ているんです」

 

 おぉ、何だろう。新鮮な感じがする。くそ、こんな格好の同級生が居る青春時代を過ごしたかったなぁ。

 

「後藤田さんも今日は珍しい服装ですね?」

 

 本日の出で立ち。珍しくネクタイとYシャツにスラックスで革靴。そんで作業服の上を羽織った状態である。何所ぞの工務店に居る営業さんみたいな感じだ。

 

「あー、ちょっと学校関係で仕事がありまして。まぁ官庁とかに作業じゃなくて、打ち合わせなんかで出入りする時はこんな格好です」

 

 正直に言うとこんなのは息苦しいので嫌だ。だがその場に合わせた服装と呼ばれるものがあるじゃないですか一応。面倒だけどね。

 

「そうなんですね、よく似合ってると思いますよ」

 

「いやいや、普段が作業着なんで締まって見えてるだけですよそれは。じゃあ行きましょうか」

 

 嗚呼、お世辞でもあなたにそんな事を言って貰えるだけで生きてて良かったと思えます。我ながら小さい人間だとも思うが……

 

 

 それから少し歩いた。すれ違う顔見知りの娘たちが珍しいものを見る目になっている。これはこれでちょっと気分がいいかも知れない。

 

「今日は普段なら立ち入り禁止の区画に行きます。その手前まで来たら、許可証をお渡ししますね」

 

「立ち入り禁止……承知しました」

 

 こういう時、あまり多くの言葉を交わしてはいけない。出入りの業者には常に守秘義務がついて回るものだ。自身が見聞きしたものを外部に漏らせば逮捕されてしまう事もある。

 

「因みにですが、虫と動物のどちらでしょうか」

 

「虫ですね。自分たちでも調べてみたんですが、どうやら危険な種類のようでして」

 

 危険な種類。うーん、何だろう。港湾施設だとヒアリの可能性もあるな。

 

「ここから立ち入り禁止区画になります。この許可証を首からかけて下さい」

 

「はい」

 

 ネックストラップに許可証がくっ付いた物を受け取り、首から垂らす。目の前には港と海、そして関連する施設が立ち並んでいた。その中でも特に目を引くのが「開発工廠」と「建造工廠」とそれぞれ名称の書き込まれた大きな施設である。

 この鎮守府へ来る前に山があるが、そこから見下ろすと敷地の中は一応でも覗き見る事が出来る。確かにこの大きな2つの施設はそこからでも大きさが十分にわかる建物だった。

 

「今からあの左側、開発の方に行きます」

 

 言われるがまま着いて行く。波の音が静かに鳴り響いていた。だがそれも施設に入ると消え失せてしまう。中は言葉で言い表せないほど様々な機器でゴチャゴチャしており、機械油のにおいもした。

 

「明石ー」

 

「はーい」

 

 機械の奥から4人が現れた。その内の2人は顔見知りである。

 

「どうも、明石です」

 

「由良です。ご無沙汰しております」

 

 残りの2人。どうやら駆逐艦のようだ。

 

「レーベリヒト……いえ、レーベでいいです。駆逐艦です」

 

「駆逐艦マックスシュルツ。マックスでいいわ」

 

 何だろう。よく知ってる駆逐艦勢と比べて細く見える。いや、肌が白いからか?

 

「この2人はビスマルクさんと同じく、ドイツから来てる娘たちです」

 

「後藤田と申します。害虫駆除をしている者です」

 

「僕たちの国では、ツェッケが原因で病気になる人が多いんです。日本ではどうなんですか?」

 

 ツェッケ? 何ですかそれは。

 

「レーベ、それじゃ伝わらないわ。マダニって言わなきゃ」

 

「マダニ……あぁ、血を吸うと膨れ上がるやつか。全国的には増加傾向にあるらしいですが、この県では主だった被害は確認されてない筈ですね」

 

 マダニ。血を吸うと500円玉くらいにまで大きくなるヤツだ。これに食われると色々な感染症や諸症状を引き起こし、その致死率は30%と言われている。

 

「ここの皆は、草のある所に平気で座っているから怖かったんです。それを聞いて少し安心しました」

 

「何所にでも居る訳じゃないのよ。必要以上に恐れてたら何も出来なくなるわ。ごめんなさい、この子はちょっと心配性な所があって」

 

「まぁ立ち上がる時によく払ったり、敷物の上に座ったりすればそこまで気にする必要もないかな。あぁ、それで、今日は何が出たんですか?」

 

「向こうです、着いて来て下さい」

 

 明石さんを先頭に歩き出す。狭い通路を器用に進んで行くのが、この空間に慣れている証拠だと感じた。

 

 最終的に、施設の奥まった部分へやって来る。溶接か何かで使うのか分からないが、ガスボンベが並んでいる区画だった。

 

「こっちのボンベの隙間から、ペンライトで覗き込んで見て下さい」

 

 言われた通りに隙間を覗き込み、暗闇をペンライトで照らす。そこには、灰色っぽいような茶色っぽいようなお腹の大きい蜘蛛が、ボンベと壁の間に巣を作っていた。丸まった綿ぼこりのような物も複数見える。

 

「ボンベを交換しようとして、器具を隙間へ落としてしまったんですが、ライトで照らして探していたらこの蜘蛛を見つけたんです。気になって少し調べてみたら」

 

「ハイイロゴケグモっぽいですね」

 

 そう口走った瞬間、空気が少しだけ張り詰めた。セアカゴケグモ同様、コイツも隙間や物陰に巣を作る習性がある毒蜘蛛だ。つまり、この空間の何所にでも潜んでいる可能性がある。

 

「写真だけ撮ったら一旦出ましょう。ここ最近通っていない所は歩かないようにして下さい」

 

 ライトで照らしながら写真を撮った。そんで取りあえず外に退避する。明るい所でさっき撮ったのをもう1度確認した。

 

「…………9割近い確率でハイイロゴケグモだと思います。この丸いお腹と色、長い脚が特徴的ですからね。それにあの巣の作り方から考えても、間違いないかと」

 

「……そうですかぁ」

 

 明石さんは肩を落としながらゆっくりと大淀さんの方を見やる。

 

「おおよどぉ~……これじゃあ仕事出来ないよぉ~」

 

「前から言おうと思ってたけど、ちょっと散らかし過ぎよ。それに使用頻度が低い機器の点検が暫く出来てないって夕張も言ってたし、いい機会だから大掃除も兼ねてと思えば?」

 

「ここでそれを言わなくてもいいでしょ~、鬼なんだから~」

 

「人手は相応に用意するから安心して。取りあえず、提督とも話さなきゃ。ほら行こう」

 

 大淀さんは明石さんの手を引っ張りながら戻って行った。少し待っていて欲しいと言われたので待機する事になる。

 

「……あの中を全部調べるとなると、3日ぐらい必要かな?」

 

 脳内で作業手順を構築する。しかし気が滅入りそうになったので止めた。どっちにしろ、俺1人では限界があるので親父か知り合いも呼んだ方が現実的だろう。

 

「向こうのベンチは安全なのを確認してありますから、座って下さい。立ったままじゃ疲れちゃいますよ」

 

「あぁ、そうですね。すいません」

 

 由良さんに言われるがままベンチに腰掛けた。図々しいかも知れないが有り難い。

 

「コーヒーを淹れてくるわね。砂糖とミルクは必要?」

 

「えー……ミルクだけでお願いします」

 

「由良さんはどうしますか?」

 

「私は両方お願いね」

 

 レーベとマックスは工廠の横にあるプレハブ小屋へ向かった。恐らく休憩室か何かなのだろう。そこでコーヒーを淹れてくれるようだ。

 

(……ちょい気まずいなぁ)

 

 あんまり話した事ない艦娘と2人きりにされてしまった。どうやって時間を稼ごう……

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