任務:開発工廠に潜むハイイロゴケグモを排除せよ 継続中
現在の時刻は午後2時。いい所、あと3~4時間って感じだ。工廠出入り口付近にあった物の運び出しはまだ途中である。
「大丈夫な作業台はそのまま建造の方に運んでー。工具箱は休憩小屋ね。蜘蛛が居るのは全部開発の前に並べといて。あと今日の作業はキャスター付きの物が運び出せた時点で一旦終わるからねー」
夕張が的確に指示を出す。駆逐艦はその中でキビキビ動いた。当の広樹はと言うと……
「じゃあやってみようか」
「潮、参ります!」
両手でハチアブジェノサイダーを構え、ハイイロゴケグモに向けて小刻みに噴射した。
「もっと思いっ切り」
「はい!」
白い煙が一直線に繋がる。その数秒後、ハイイロゴケグモがポトっと下に落ちた。
「んじゃ次は回収。ゴミ袋と火箸の係はこっちへ」
黒いゴミ袋を持った漣と曙。そして長めの火箸を持つ朧が前に出た。全員しっかり軍手をしている。
「ぼのたんもっとゴミ袋の口を広げないと蜘蛛が手に付いちゃいますぞ。素手じゃないからまだいいかもだけど」
「朧はそんなミスしないわよね」
「……そう言われるとしてみたくなるかも」
「ちょっと漣!」
何かに目覚めたらしい朧は不敵な笑みを浮かべながら火箸をカチカチし始めた。
「朧も止めて! 嫌いになるわよ!?」
「ほーら喧嘩しない。さっさとやらないと終わらないよー」
「日が暮れちゃいますよ~」
長姉の2人がワチャワチャしてる4人を宥めた。回収を再開する。火箸で死骸を掴んだ朧が不思議な顔をした。
「……色が黒い?」
「ハイイロって名前の割には黒いわね」
「個体差があるらしいね。茶色っぽいのも居るってさ」
「確かにこっちの巣に居るのは茶色ですな」
「え? こっち?」
屈んだ漣が作業台の下を指差していた。隣にしゃがんで覗き込むと、確か色は茶色だけど同じ姿形のハイイロゴケグモが見て取れる。
「あー、本当だ」
「潮にお任せ下さい!」
この4人は任せても大丈夫そうだ。火箸で巣を卵ごと絡め取り、ビニール袋の中に先を突っ込んで袋の上から拭っている。これなら踏み潰したりせずに無理なく回収出来るだろう。
「こっち頼んだよ。何かあれば呼んでいいから」
「ほいさっさー」
「オッケーよ」
手こずってそうな所へ助け舟を出すべく動いた。手が止まってる子はいねが~。
「沈め!」
「それ毎回言わなあかん?」
「不知火、あんまりやると死骸がどっか飛んでっちゃうわよ」
鋭い眼光でハチアブジェノサイダーを噴き付ける不知火と火箸を持つ黒潮。そしてビニール袋を広げて待つ陽炎の姿があった。こっちも問題ないと思われる。
「これの扱いは私の方が慣れていますから任せて下さい」
「1回ぐらいやらせておくれよ~」
「浜風それ好きやねぇ」
ハチアブジェノサイダーを構えて得意げな浜風に交替を懇願する谷風はビニール袋を持っていた。火箸を持った浦風が慈愛の表情で2人を見ている。
(こっちも大丈夫そうだな)
そう言えばドイツの2人は……
「えい!」
Z1が工具箱の中にハチアブジェノサイダーを噴射している。5秒ぐらいして指を放した。
「どうかな」
「良いわね。動かなくなったわ」
火箸を持ったZ3は自分でビニール袋を広げ、その中に死骸を放り込んだ。あっちは2人でも十分らしい。だが一方こちら……
「スプレー缶が冷たいっぽい~」
「握る所があるんだから使わなきゃ。そのためにある部分なんだから」
「ちょっと村雨、そのニヤついた顔を止めなさい。何するつもりよ」
「えー? 何もしないわよー?」
ビニール袋を広げる白露に対し、村雨は意地の悪い笑顔を浮かべながら火箸で死骸を掴んでいた。何か悪戯をしたいようだが作業が滞るのは見過ごせない。
「はいそこ。余計な事してないで作業進めて下さい」
「すんごく冷たいっぽいー」
「その出っ張ってる所を立てると手で握れるようになるよ。そうすれば冷たくないから」
「これー?」
夕立はスプレー缶にくっ付いている長方形の部分を立てた。これで握れるようになる。ガンタイプスプレー最大の特徴だ。
「すごーい! これなら冷たくならないね!」
「いや…………さっきからそう言ってるんだけどさ」
時雨嬢の苦労がしのばれる。そんでこっちの2人、いや主に村雨様……
「あのねぇ、回りまわって自分たちが不便になるだけだからさ、ちゃっちゃと終わらせようよ。何なら加賀さん呼んで来るけどいいかな」
「あ、それはちょっと」
「アンタこの前も注意されてたっしょ。次は何かしらペナルティが来るかもよ」
「ちゃんとやります」
都合のいい時にだけ名前出してすんません。なんて思ってると後ろに居たり……
「やっほー手伝いに来たよー」
「二航戦参上、支援任務もお任せあれ」
久々に見た気がする2人組が現れた。飛龍と蒼龍である。加賀様じゃなくて良かった。
「お疲れ様です。道具は一式ありますのでどうぞ。何を手伝うかは夕張さんにお聞き下さい」
「「はーい」」
相変わらずと言うか、何かこう、感覚が若いなぁと思う。よぉ分からんものに郷愁を感じてないで仕事じゃ仕事。
「ちょっと、サボってないで混ざんなさい」
「働かないアリが居たっていい。私はそう思う」
「神通さん呼ぶわよ」
「……あぅ」
作業を眺める事で体よくサボっていた初雪を叢雲が上手く引きずり込んだ。んで、どうしてそこで神通さんの名前が出て来るんでしょうね。
「…………つかぬ事を聞きますが」
「はい?」
夕張は不思議そうな顔である。
「神通さんってその、駆逐艦の娘たちにとって凄い存在なんですか?」
その質問によって夕張の顔は何とも言えない表情に変化していった。
「あー……神通ちゃんはそのー……指導と言いますか、訓練に対してとてもストイックな所がですね」
うん。触らない方が良かったらしい。
「……出しゃばった事を聞いてすいませんでした」
「いえいえ、上手く言葉に出来なくて申し訳ないです」
何だかんだで作業は落ち着きつつあった。時刻は既に4時である。しかし、明石はまだ姿を現さなかった。
「今日はこの辺にしておきます?」
「欲を言えばもう少し何かしたいんですけどね……どうしたもんか」
出入り口周辺で取りあえず運び出せる物は全て建造工廠の方へ移し終わっていた。今は後から混ざった二航戦の2人と駆逐艦数名が、それらをもう1度チェックしている。見落としがあれば今度は建造工廠も巣窟にしてしまう可能性があるため、二重のチェックは大切だ。
「異常なしっと」
「ちょっと巣が残ってるね、拭き取ろうか。飛龍、火箸とウエス貸して」
「はーい」
チェック作業も任せて大丈夫なようだ。あれなら安心出来る。
「様子を見て来ます。時間的にはあと1時間が限度でしょうし、出入り口周辺を少し掃除するぐらいが丁度いいかも知れませんね」
「そうですね。じゃあそれはこっちでやっときます」
「お願いします」
「はい。みんなー、1回集合してー」
ワラワラと集まる駆逐艦たちを尻目に司令部棟へ向かった。随分と長くやっているが、向こうはどうなったのだろう。
足早に司令部棟まで戻って来た。中に入ろうとしたその時。
「お待ちなさい。そこに何の用ですの」
「はい?」
声のした方を振り向くと、ブラウンの髪を高い位置で結っている娘がこっちを見ていた。腕を組んでいるせいか威圧感も感じる。私は決して怪しい者では……いや、初対面の場合は不審者と思われても仕方ないか。しかも今は1人で付き添いも居ないし。
「えーと……業者の者です。害虫駆除サービスの後藤田プロテクトクリーンと申します」
「業者の方と言えど重要施設への立ち入りは禁じられてますわ。その場合は特別な許可証が」
「これですか?」
首から下げたカードを見せた。
「!!??」
いやそんなビックリされても……
「大淀さんから今日のためにお借りしております」
「だ、騙されませんわ。何か怪しい事をするつもりでしょうがこの私に見つかった以上」
「おや、今日は何の作業だ」
通り掛かりの日向が現れた。
「ああどうも。工廠の方で毒蜘蛛がですね」
「この前のみたいに素早くて厄介なヤツなのか?」
「今度のは巣を張るタイプですね。毒はそこまでなんですけど数が多いもので」
「なるほど。気を付けてな」
「ありがとうございます」
日向は去って行った。
「……ど、どうして日向さんと」
「何度か作業を手伝って頂いた事がありまして」
「騒がしいわね。司令部棟の前で何をしているのかしら」
あー、頼もしくもあり厄介な方がいらっしゃいましたよ畜生。今日は顔を合わせずに済ませたかったのになぁ。
「加賀さん! 不審者ですわ!」
「不審者ではないわ。そう見えているのなら、あなたにも何か非があると言う事よ」
「上下作業着ならいざ知らず今日は幾分かフォーマルな恰好だと思うんですけどねぇ」
「さ、急いでるんでしょう。早く行くといいわ。こっちは任せて」
「すいません」
「お待ちなさい!」
「熊野、こっちへ来なさい。一から説明してあげるわ」
後ろから聞こえる声をスルーして司令部棟に入る。執務室に戻ると、相変わらず半べそ&鼻水を流している明石がノートPCを前にチマチマと何かを打ち込んでいた。
「無理ぃ、こんな先のスケジュールまで考えるなんて無理ぃ」
「取りあえず来週と再来週だけを考えて。それぐらいなら出来るでしょ」
「編成なんてした事ないもん~」
うーん、かなり難航してそうだ……
「……あのぉ、進捗はどうでしょうか」
「あ、すいません。まだ少しかかりそうでして」
「少し所じゃないってぇこれ~」
全部を1人で仕切ってると、何にどれぐらいの人数を割り振るかは難しい作業だ。それは俺もよく分かる。
「えーとですね、今日出来そうな事は一通り終わりに近付いてまして、何か段取りが組み上がってればそれをやって本日は終了と言う流れになりつつあるんですが」
「申し訳ありません。じゃあその部分だけでも早急に」
「鬼ぃ、悪魔ぁ、大淀ぉ」
聞いちゃいけない言葉が聞こえた。提督さんが席を外しているのが幸いなのかどうか俺には判断出来ないが、これは空耳で済ませられる状況でもない。
「……いま何か言った?」
メガネが光ってる。声が低い。怖い。
「ひぃ!」
「えーと、もしご迷惑でなければ、お手伝いとかさせて頂いても、宜しいでしょうか」
取りあえずでもこの場を収めなくてはならない危機感が俺を突き動かした。胸ポケットのUSBを取り出す。
「自分がよく使ってるエクセルのデータがありましてですね。そもそもの人数がどれぐらい居て、何の作業にどれだけの人数を割り振って工程を組み上げていくかを分かりやすくしたものがございまして。あ、USBだと危険ですよね。でしたらメールでそちらのPCにお送りしますので、もし宜しければ使ってみてはどうかというご提案なんですけれども」
かなりの早口で捲し立てた気がする。明石はその言葉に救世主を見つけたような表情になり、大淀はさっきまでの自分の言動を思い返して顔を赤くしていた。
「あ、えっと…………お見苦しい所を」
可愛い。
「そ、そのデータ、お借りしても」
「はい。自分で適当に作ったやつなんで、好き勝手に作り変えて貰って大丈夫ですので」
やっぱりUSBはウイルスや何やらの危険性もあるので、オンラインストレージにアップロードしてから鎮守府の共有アドレスに転送した。
「えーと……これをダウンロードして」
ダブルクリックの音が響いた。
「……うわぁ、すっごい。人数打ち込むだけでいいんですねこれ」
「これはGの罠とか毒餌を交換する時の一例です。因みにセアカゴケグモの時を参考に作ったのがシート3の方ですね。これを見ながら考えると分かりやすいかも知れません」
「ありがとうございます! これなら簡単ですね!」
さっきまでの表情が飛んでいった明石は悠然とキーボードを叩き始めた。
「……今日は終わりでいいですかね」
「はい。また後日お願い致します」
執務室の外に出る。
「さっきは申し訳ありませんでした。変な所をお見せしてしまって」
「いやぁ自分も店でよく親父と口喧嘩したりしますよ。外回りの最中とかに、担当者の人とその上司が急に口論し始める場面とか遭遇しますし」
あれはかなり居心地が悪い。せめて2人だけの時にやってくれと思う。第3者の前ではやらないで欲しいです。
「明石とは同じ時期の配属なんです。突っ込んだ事とか言い合えるので、私としても有難いんですけど、時々あんな感じになったり」
「いいじゃないですか、右見ても左見ても肉親よりは」
「大淀ー! 1つ出来たー! 見て見てー!」
「はーい。では後でご連絡しますね」
「分かりました。自分は現場の方に解散を伝えて来ます」
司令部棟を出て工廠へ向かい、今日はこれで終了である事を伝えた。次の作業日はちょうど一週間後だ。その間、工廠の出入り口付近にハチアブジェノサイダーを徹底的に撒いて、外への勢力拡大を防ぐ措置が取られている。