広樹です。今日は定期チェックの日です。まず執務室に寄って、各寮や施設にどれだけ居るかの大まかな時間、そして作業内容が書き込まれた工程表を提出しに行きます。
提督さんは居なかったので大淀さんに手渡す。
「おはようございます。本日の工程表です」
「はい、確かに」
どれ今日も頑張りましょうかね……はて、大淀さんの表情が少し暗い?
「…………どうかしました?」
「え……あ~……いえ、大丈夫……です」
本人が大丈夫と言うならあんまり突っ込まない方がいいか? って訳でお仕事お仕事。
鎮守府を東奔西走してあちこち駆けずり回る。気付けば時刻は昼をとっくに過ぎていた
「さーて、今日はこれでお終いっと」
チェックリストに記入漏れは無い。全て終了だ。足元に転がる無数のゴミ袋は全部車に押し込んでやるぜ。
「腹減ったなぁ。食堂で何か食って帰るか」
車に積んでいる台車を取りに足を進め出したその直後、キョロキョロしながら歩く大淀さんが視界に飛び込んだ。どうしたのかと思っているとこっちを見た途端に駆け寄って来る。
「すいません、もう帰られる所ですか?」
「後作業が残ってるのでまだ居るには居ますけど……もしかして何か出ました?」
「えーと……部外者である事を承知で、お願いがありまして」
お願い。聞きましょう。でもその前に……
「分かりました。ただ昼もまだなんで、その後でいいですか?」
「はい。執務室でお待ちしてますね」
一旦別れて、ゴミ袋を車に積んでから昼を食いに向かう。部外者なのを承知で、と言う事は恐らく内部に関わる何かで頼み事があるのだろう。都合よく曲解出来る部分は存在しない。
まぁでも……買い出しを手伝って欲しいとかだったら嬉しいかも……
って訳で昼を食った俺はまた司令部棟に戻って来た。階段を上がって執務室を前にする。
「……よし」
ノックした。「どうぞ」と言われたのでドアを開ける。
「失礼します。お待たせをしました」
「お疲れ様です。コーヒーを淹れますから、座って待ってて下さいね」
どうやら今日は提督さんも加賀様も居ないようだ。それ所か今日の鎮守府は何時ぞやのように人気が無い。取りあえずソファに浅く腰掛ける。
数分後、恐らく安物ではないであろうコーヒーカップとソーサーがテーブルに2つ置かれる。小脇に何かの資料を挟んだ大淀さんが向かい側に座った。
「それでお願いと言うのは」
「……まず、これをご覧下さい」
テーブルに資料から取り出された一枚の写真が置かれた。
「…………航空写真ですか?」
「はい。この鎮守府を上空から撮影したものです。それで……」
大淀さんが一箇所を指す。
「ここに建物があるのはお分かりですか」
「ここ……あー、何かありますね」
そこは鎮守府の北。殆ど森しかないが、何か建物があるのが分かった。
「鎮守府建設の際、この辺にも何か建物を作る予定で土地を買い上げたそうなんですが、結局は何も作らずに終わってしまい、手付かずになっている場所なんです。実は近い内に用地確保に伴う開発が予定されておりまして」
「この辺が含まれていると」
「はい。記録ですと、廃業した水産加工会社の社屋と小さな工場があったそうなんです。それで……」
「取り壊しの前に状況の確認が必要……そんな所ですか?」
「……はい」
見えて来た。森の中にある何が居るんだかよく分からない場所を1人で探るのは勇気が要る。もしかすると、まだ見ぬ危険な外来種が潜んでいる可能性も高い。
「予算取り付けのために、上の方から早めに状況を調べて欲しいと言われてまして……ただ鎮守府は今、提督も含めて大勢が出払っている状態なんです」
「分かりました。ご一緒すればいいですか?」
大淀さんの表情が明るくなった。やめて。惚れてまうがな。
「ありがとうございます! 1人ではちょっと怖くて」
どうやらこの件で悩んでいたらしい。俺みたいなので良ければいつでも馳せ参じますです。
「まぁ男でもこれを1人でやるのは少し抵抗がありますねぇ。それで日時はどうされますか」
「明日は厳しいでしょうか。あまり時間がないもので……」
「ちょっとお待ち下さい」
手帳を広げる。俺が行かないといけない案件は無かった。外回りは親父にやらせればいいな。たまには働かせないと店の椅子に座ってるだけの存在になってしまうし。
「大丈夫ですよ。虫が飛んで来る可能性もありますから、メッシュのカバーが付いた帽子を持って来ますね。それと長靴か安全靴みたいなのはありますか?」
「自分で考えて必要そうなのは一応揃えてあるんです。でも帽子はお借りしたいですね」
「殺虫剤も1つぐらいあった方が良さそうですね。今回はお手伝いの範囲ですので料金等については大丈夫です」
「申し訳ありません。では明日の朝9時に来て頂けますか?」
「承知しました。何か変更点があれば店の方までご連絡下さい」
ちょっと冷めたコーヒーを飲み干してから失礼した。駐車場まで戻って来た所で、ふと気付く。
「……ほぼ1日2人っきりか」
何だかんだ一緒に居る事も多かったが、精々が1~2時間程度である。恐らく明日は9時から昼を跨いで午後まで掛かる筈だ。そう考えると、これまで最も長い時間を過ごす事になる。
「…………あかん、意識したらあかん」
これはお手伝いだ。やましいものではない。取りあえず自分を納得させて車に乗り込み、家へ帰った。
帰宅と同時に明日の準備に取り掛かる。メッシュカバー付き帽子を2つ。殺虫剤を予備まで含めて4本。1人2本持つ計算だ。あとは手袋やら安全靴を用意する。若干でもウキウキしている自分を無理やり冷静にさせ、今日を終えた。
翌日。鎮守府に行く途中のコンビニで昼とスポーツドリンク、ウェットティッシュを買った。もしかしたら手作りの弁当なんて用意してくれてたりして、なんて都合の良い妄想を消し去って現実的に考える。出入り業者とはそもそも訪問先に迷惑を掛けないのが鉄則だ。利用してもいい施設があれば利用するが、そうでないのなら自分たちで用意しておくべきである。
「……行くか」
エンジン始動。いざ鎮守府へ。
正門で以下略のやり取りを行う。来客用の駐車場へ車を進めた所で、視界の端に映った存在を意識しない事に全神経を集中させた。
「おはようございます」
「おはようございます。本日はよろしくお願い致します」
長靴。ツナギ。背中にはリュックサック。そして、髪を後ろで纏めた大淀さんの姿。見入ってしまいそうになるのを悟られてはならない。絶対にだ。
「えーと、これが帽子です。それと殺虫剤は2本持っといて下さい。使い切る事はないと思いますけど念のため」
「はい。あぁ、草刈り鎌をどうぞ。昨日、森の入り口付近をちょっとだけ見て来たんですけど、結構背の高い草が沢山ありましたので、進むのに便利だと思います」
「ありがとうございます。じゃあ行きましょうか」
少し。いや、暫く歩いた。敷地内の通路は車が走れる広さを確保されているが、そのためには単なる入場許可証ではない特別なやつの発行が必要だそうだ。これの発行は時間が掛かるので、昨日の今日では用意出来ないものらしい。
「ここから入ろうと思います。ちょっとずつ行きましょう」
「お~……かなり鬱蒼としてますね」
と言うか不気味だ。森が濃いせいで陽の光が差し込んでない。こんな所に鎌1本で分け入っていくのは重労働である。
「よいしょっと」
草を刈りつつ道を切り開いていった。人が通れるだけの幅を作って進んで行く。
「これはキツイですね。1人でやったら1日2日じゃ終わらないですよ」
「距離も結構あるみたいなんです。無事に着けるといいんですけど」
黙々と草を刈り続けた。森に入って1時間近くが経過した段階で小休止を取る。
「あー、腕がいてぇ」
「はぁ……疲れた」
草を踏み分けて座る場所を作る。帽子を外して水分補給だ。
「あとどれぐらいでしょうね」
「もうちょっとだと思います。途中で、社屋と工場があった敷地内に入るための道路に出る筈なんです。鎮守府に来る途中の道で、フェンスで塞がれている所があるのはご存知ですか?」
「あぁ、山を下りた所のカーブの途中ですね。あそこがここに伸びてるのか」
と言う事は、どっかで舗装された道が現れるって訳か。なら迷う事はないだろう。
「そろそろ再開しますか。こんな所でも日が暮れると何が出るが分かりませんし」
「はい。頑張りましょう」
また暫く、鎌を振り続けた。その途中で急に空間が開け、割れたアスファルトから草が生えている古い道に飛び出す。
「お、これがその道ですか」
「えーと…………向こうですね」
道路に対して垂直にぶち当たったので、右に向かって進む。左に行けば恐らくフェンスの所へ出る筈だ。それでは意味がないので右へ進む。5分ばかり歩いた先に出て来たのは、雰囲気MAXの廃墟だった。
「……ここが鎮守府の敷地じゃなかったら、入り込んで肝試しとかしてる連中が居そうですね」
「写真を撮りますので、ちょっと待って下さい」
大淀さんが備品のデジカメで外観とここに来るまでの道を撮影した。それが終わると、中途半端に開いた古びた正門から敷地内に足を踏み入れる。地面は草が生い茂って何がどうなのか分からないが、恐らく立っている辺りが駐車場で、目の前にあるのが社屋で、左にあるのが工場のようだ。
「……佐々木水産…………あー、ここだったんだ」
赤錆びた看板の文字が何とか読み取れた。子供の頃に母親と近所のスーパーへ買い物に行った時、缶詰コーナーで「佐々木の鯖缶」なんて商品を見たのを思い出す。ここがその工場だったらしい。
「ご存知ですか?」
「子供の頃に近所のスーパーで売ってた缶詰のメーカーみたいです。気付けば見なくなってたんで、知らない内に潰れてたようですね」
まぁそんなのはどうでもいい。写真を撮る大淀さんの後ろで周辺を見まわしつつ警戒した。
「中に入ります?」
「……あんまり入りたくないんですけど、必要ですから」
困り顔の大淀さん、いいですね。
「じゃあ先に入りますね。一応、人の気配が無いかだけ確認します」
社屋の正面入り口から中に入った。ガラスが散乱してないので、保存状態は良さそうである。積まれた段ボール箱や応接セットも、経年劣化はしているがほぼそのままだ。床も埃や落ち葉が溜まっている事から、人の出入りは無さそうなのが分かる。
「大丈夫みたいです。どうぞ」
「は、はい」
資料を上に渡すだけなら、またその内に解体業者か何かが下見に来る筈だ。なので今回は奥まった部分や部屋の中までは探らず、大雑把にこんな感じだと分かる写真が撮れれば良いだろう。
それにですね、万一に住み着いている人が居た場合を考えると、何が起きるか分からなくなります。もしもこっちが大勢で向こうが1人なら、あまり大きい声では言えないけど最悪は何とかなるじゃないですか。でも今、我々は2人だけです。だから否応にでも慎重に行動する必要があります。
と言うか、何人だろうがでこんな所に出入りするのは関心しませんが……
「あんまり奥には行かないで下さい。床を踏み抜いたりしたら危険です」
「変な気分ですね。何かの痕跡があるのに、誰も居ないのって……」
取りあえずここはもういいだろう。外に出てまた休憩となった。作業着を捲って腕時計を見る。
「……もう12時前なんだ」
「お昼にしましょうか。間宮さんにお願いして、お弁当を作って貰ったんです」
あ、はい。出来ればあなたの手作りが食べたかったなぁ、なんて口が裂けても言いませんけどね。
「いやぁすいません。昼の事なんてすっかり忘れてましたよ」
リュックに入っているおにぎり達よ。帰ったら食うからそれで勘弁してくれ。
「どうぞ」
「頂きます」
手提げに入った間宮さんのお弁当を広げる。内容は稲荷寿司と円筒状の容器におかずが入っているものだった。とても美味しかったです。
昼休憩を済ませ、探索を再開する。今度は工場側だ。
「また先に入りますね」
先陣を切って中に入った。こっちも人が出入りした形跡は無さそうである。
「大丈夫です」
「はい」
汗が出て来た。帽子を取ってタオルで汗を拭おうとしたその時、鼻先を嗅いだ事のある何かが掠める。
「…………大淀さん」
「何ですか?」
「壁に寄って下さい。それと暫く喋らないようお願いします。動物が居そうなので」
大淀は無言で頷き、壁にそっと体を着けた。
(……お?)
床に見た事のある模様を発見。しゃがみ込んで確認すると、それは足跡だった。
(…………どっかに居るな)
獣の臭いだ。恐らく、ここ最近ずっと探していたアイツが居る。足跡を追っていくと、開けっ放しになっている部屋の中へ伸びていた。
(ちょっと失礼しますよっと)
仕事道具の1つであるファイバースコープを取り出す。隙間に突き刺すと、中がどうなっているか見れる優れ物だ。内視鏡検査とかに使われてますね。
(……寝床発見)
部屋の隅でアライグマが寝ていた。ここがヤツの住処らしい。
「…………どう攻めるか」
幸い、この部屋に窓は無い。ファイバースコープの先端をグリグリ動かして確認するが、他に出入り口も無さそうだ。と言う事は袋の鼠に出来るかも知れない。
「よし」
音を立てないよう静かに立ち上がり、正に抜き足差しでそこから遠ざかった。
「すいません、出ましょう。アライグマが居ます」
「……こんな所に?」
「今は寝てます。申し訳ありませんが、捕獲を優先させて下さい」
一先ず外へ出た。工場の探索は中止して司令部棟まで足早に戻る。
「誰か人手を……2人か3人ぐらいで良いんですが」
「ちょっと待って下さいね」
あちこちへ内線を掛けている。そう簡単に捉まらないと思っていた矢先、重巡寮で予定より早く戻っているグループが居ると判明した。
「呼び出しました。青葉さんと衣笠さん、利根さんに筑摩さんが来てくれます」
「分かりました。捕獲機を持って来ますから、ここで待機されるようお伝え願います」
司令部棟を飛び出して間宮さんのお店に向けて走り出す。罠に掛からない強敵だと思っていたが、あんな所で寝ているとは想像もしてなかった。このチャンスを逃す手はない。